来し方 行く末/耳をかたむけて - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
中国映画ではちょっと無いくらい静謐で微細な心情を描いている映画。もらとりあむタマ子を思い出すような日本映画ぽさ。胡歌(フー・ゴー)&吴磊(ウー・レイ)の琅琊榜以来の共演は意外な関係性を見せる。


www.youtube.com #胡歌 #HuGe 定档 9月9日电影《不虚此行》发布首支长预告
www.youtube.com 映画『来し方 行く末』予告編|2025年4月25日(金)公開
【スタッフ & キャスト】
2023年 中国 119分
監督: 刘伽茵(リュウ・ジャイン / ジアイン)
出演: 胡歌(フー・ゴー)、吴磊(ウー・レイ)、齐溪(チー・シー)、娜仁花(ナー・レンファ―)、甘昀宸(ガン・ユンチェン)、黄磊(ホァン・レイ)
【あらすじ】
闻善は、40歳ちかくになろうとしているが、脚本家としての夢を諦められないまま、アルバイトでお葬式での弔文制作を代行する仕事をしている。
様々な顔を持つ死者の人となりを遺族から聞き取り、弔文に仕上げる日々。だがある日、一人の女性が闻善の元へ怒りながらやって来る。弔文の内容が彼女の知っている人物像と違うと言うのだが。
【感想】
絵画的でもあり、時間もゆっくりと進んでいく。その中に埋もれそうになっていたある1人の男を、俯瞰した目線で描いている。
遅めの青春期を描いた、主人公のモラトリアムを静謐な空気の中に閉じ込めたような映画であった。
多くの人には若かりし頃にこういった悩みの時間があるだろう。だが大抵の場合、それはこの映画よりももっとドロドロとして、自堕落で、部屋も汚かったりするのではないだろうか。
この映画での主人公・闻善は確かにうろうろと考えを徘徊させながら、まだ何者でもない時間を過ごしているが、その美しい顔立ち、規則正しい生活で、整頓された空気を保っている。映像も美しく、静物画のようなカットを時折挿みながら、さながら時を刻むように彼の悩む日々を切り取っていく。

闻善は、脚本を書く事に挫けたまま、葬式での弔文制作を代行するアルバイトをしている。脚本家を志望する思いを整理できぬまま、弔文にまつわる依頼者や葬儀場の担当者との心ここにあらずな日々。心許せる友人などは登場せず、家族とは遠く離れて一人暮らし。人生を終えた死者について書きながら、生きる意味のある人生を未だ持ち得ない自身とを重ねる様に、前半の彼は生気のない日々を重ねている。
映画の目線は、彼に寄り添いつつ、だが一歩引いた観察者のような距離感で捉えている。監督は主人公・闻善に自身を投影したそうだが、映画の目線からは既に「あの時代」からは卒業していて、改めて冷静に見つめなおしているかのように感じられる。

原題は「不虚此行」で "無駄じゃなかった" などといった意味だ。邦題の「耳をかたむけて」は英題の「All Ears」からだろう。原題は、映画を見た後では腑に落ちるので、やはり原題が良いなと思わせる。
様々な不思議な人々が登場して、そこもちょっと面白い。
同居人の吴磊(ウー・レイ)が演じる小尹という若者は、最初は大した会話もないけれど煙草を吸う時だけ一緒にいる感じで、仲が良いのかもはっきりしない関係に見える。怒りながら押しかけてきた女性・齐溪(チー・シー)が演じた邵金穗も、話を聞いていくとぐっと印象が変わってくる。そして弔文を依頼に来た葬儀業者・甘昀宸(ガン・ユンチェン)演じた陆。中国で商売をやっているキャラとは思えない穏やかさで、却って印象的であった。
こういった静かな中国映画といえば、「柳川(2021)」や「小さき麦の花(2022)」などが思いつく。だが、日本の福岡やウイグルに近いエリアなど、どちらも風景それ自体が魅力的なそれらの映画とは違い、本作は北京の都市の中にひっそりと隠れているような感覚で、ちょっと似た中国映画が他に見当たらない。
個人的にはむしろ、日本映画の方が近い感覚を感じた。こういった微妙な気持ちを掬い上げる映画だと、たとえば正にタイトル通りな「もらとりあむタマ子(2013)」や「街の上で(2019)」、「佐々木、イン、マイマイン(2020)」などを思い出したりする。
本作は曇り空に青空がのぞき始めるような、ほんのりと明るいエンディングが素敵だ。こういった機微を描くような中国映画がもっともっと見たいし、おそらくこれから増えていくんじゃないかと思える、そんな気持ちにさせてくれる良作であった。
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★★★★☆ 星4

【トピック】
◯ 2023年6月10日に上海国際映画祭でワールドプレミア。その後2023年9月9日に中国で全国公開。興収ランキングは公開初週で7位となった。興行収入は2740万元(5.9億円)。
◯ 2023年10月23日からの東京国際映画祭で「耳をかたむけて」という邦題で上映された。2025年4月25日から「来し方 行く末」と改題され、ミモザフィルムズの配給で全国公開予定。
◯ ベルリン国際映画祭に出品。上海国際映画祭ではメインコンペティションで最優秀監督賞と主演男優賞を受賞した。
◯ 本作には映画監督の曹保平(ツァオ・バオピン)がプロデューサーを務めている。
過去9作の監督作品があるが、「李米的猜想(2008)」で金鶏奨主演女優賞を受賞、ノワールの名作「烈日灼心(2015)」でも監督賞にノミネートされている。ようやく公開された日本を舞台にした話題作「涉过愤怒的海(2023)」の他にも、范冰冰(ファン・ビンビン)主演作品「她杀」は、既に数年前には撮り終わっているものの、現在も公開延期が続いている。
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◯ 監督の刘伽茵(リュウ・ジャイン / ジアイン)は、1981年生まれの女性監督。
2002年に北京学生映画祭で短編「火车」が最優秀監督賞を受賞。初監督で主演もした「牛皮(2005)」がベルリン国際映画祭でプレミア上映され批評家賞&カリガリ映画賞を獲得。続編である「オクスハイドⅡ(牛皮2、2009)」はカンヌ、ロカルノ、バンクーバーなどの著名映画祭に招待され、大阪アジアン映画祭インディーフォーラムでも上映された。この時3部作の2作目と案内されたが3作目は作られず、本作はそれ以来14年ぶりに公開された映画作品となる。
現在は北京電影学院の助教授をしている。黄秋生(アンソニー・ウォン)主演の香港映画「白日青春 生きてこそ(2022)」では脚本のコンサルタントとして名を連ねている。

胡歌(フー・ゴー)
◯ 脚本家を目指しているが未だ芽が出ず、弔問の代筆業で生活している闻善。
◯ 今作共演の吴磊(ウー・レイ)とは、ドラマ「楊家将伝記(2006)」と「琅琊榜(2015)」以来3回目の共演となる。
23歳でゲームのドラマ化作品「仙剑奇侠传(2005)」で主演。「伪装者(2015)」主演の後、大ヒット古装劇ドラマ「琅琊榜(2015)」の主演でブレイク。本作公開後だが「县委大院(2022)」にも主演している。
映画では岩井俊二監督「チィファの手紙(2018)」や吴京(ウー・ジン)主演「クライマーズ(2019)」などに出演のほか、なんといっても孤独な逃亡者を演じたノワール的な良作「鵞鳥湖の夜(2019)」での主演が印象的であった。
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吴磊(ウー・レイ)
◯ 闻善と一緒に暮らしている小尹。
◯ 胡歌(フー・ゴー)とは、ドラマ「楊家将伝記(2006)」と「琅琊榜(2015)」以来3回目の共演となる。
3歳の頃から子役でも活動していた俳優だ。大ヒットドラマ「琅琊榜(2015)」に出演し、その後「蒼穹の剣(2018)」、「覇剣(2020)」、「クロスファイア(2020)」、「長歌行(2021)」、「星漢燦爛(2022)」と多くの人気ドラマで主演を務める。2019年にはフォーブスの中国著名人100人の中にも名を連ねた。
映画では、张子枫(チャン・ズーフォン)と「モフれる愛(2019)」、「この夏の先には(2021)」の2作で共演している。「父に捧ぐ物語(2021)」《乘风》編では吴京(ウー・ジン)と共演、教育パパママの奔走を描いた「学爸(2023)」にも出演している。
本作では東京国際映画祭出品の際、来日してレセプションに出席した。

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齐溪(チー・シー)
◯ 亡くなった人とネットで交流があった邵金穗。弔文が故人の印象と違うと怒りながらやって来る。
◯ ロウ・イエ監督の「二重生活(2012)」で台湾金馬奨新人賞を受賞。その後も范冰冰(ファン・ビンビン)主演の「万物生长(2015)」やベルリン国際映画祭最優秀男優賞&最優秀女優賞W受賞作品「在りし日の歌(2019)」に出演。
最近では、日本に住む中国人についての映画「如果有一天我将会离开你(2021)」で主演、大鹏(ダーポン)が主演した良作サスペンス「第八个嫌疑人(2023)」、同じく大鹏がこちらは監督を務めた王一博(ワン・イーボー)主演のダンス映画「熱烈(2023)」など、年々大作への出演比率を増している。
映画「無名(2023)」やドラマ「三体(2023、テンセント版)」をはじめ、数多くの作品に出演している名脇役で「素晴らしき眺め(2022)」で共演している王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)と昨年10月に再婚した。

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白客(バイ・クー)
◯ 闻善に弔文依頼を斡旋している葬儀屋の男、潘聪聪。
◯ 白客(バイ・クー)は、元々大学生の頃に日本のギャグアニメを翻訳してネットに投稿するグループの先駆け「cucn201」の一人として2010年頃に知られるようになる(「ギャグマンガ日和」の中文翻訳は中国アニオタ史の大きなエポックだが、これを投稿していた)。
その後俳優として活動を開始、ウェブドラマ「万万没想到(2013)」で人気を博す。順調にキャリアを積み重ね、王宝强主演「大闹天竺(2017)」や、 黄渤(ホァン・ボー)主演「被光抓走的人(2019)」、新聞記者を描いた「不止不休(2020)」、「クラウディ・マウンテン(2021)」にも出演。昨年はドラマ「三体(2023)」にも出演、そして今年の大ヒットお正月映画「年会不能停!(2023)」では主演し、そのサラリーマン的な役柄から大人気となった。

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黄磊(ホァン・レイ)
◯ 弔文を依頼した遺族、王。
◯ 黄磊(ホアン・レイ)は、華語版ドラマ「深夜食堂(2017)」でのマスター役、受験がテーマのドラマ「小别离(2016)」、「小敏家(2021)」などで知られているが、先ごろ公開された梁朝偉(トニー・レオン)&王一博(ワン・イーボー)がW主演の「無名(2023)」にも出演した。
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娜仁花(ナー・レンファ―)
◯ ガンに侵され余命幾ばくもない事から、弔文を依頼した方阿姨。
◯ 娜仁花(ナー・レンファ―)は内モンゴル出身のモンゴル族俳優。1970年代から映画界で活動を始め、「湘女萧萧 (1986) 」でサン・セバスティアンなど海外の映画祭や中国金鶏奨・主演女優賞にノミネートされ知られるようになる。主な作品は「黑駿馬 (1995) 」や「天上草原 (2002) 」。1960年代に発生した大飢饉と内モンゴルへの大規模な養子・移住計画を描いた「我が大草原の母(2010)」でも主演した(詳しくは「海的尽头是草原(2022)」の項を参照)
最近ではドラマ「父母爱情 (2014) 」や「重生之门 (2022) 」、「小さき麦の花(2022)」の李睿珺(リー・ルイジュン)監督作「路过未来(2018)」、映画版「美味しいロマンス The Movie(2023)」などに出演している。

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孙淳(スン・チュン)
◯ 闻善のかつての恩師。
◯ 1980年代初頭から活動している孙淳(スン・チュン)は、陈凯歌(チェン・カイコー)監督の2作目「大阅兵 (1986) 」や 张艺谋(チャン・イーモウ)監督作「上海ルージュ(1995)」などに出演。ドラマ「走向共和 (2003) 」と映画「辛亥革命 (2011) 」で二度袁世凱を演じた。「香港国際警察/NEW POLICE STORY(2004)」や「ドラッグ・ウォー 毒戦(2012)」などの香港映画に出演し、「秋喜 (2009) 」で中国金鶏奨・主演男優賞を受賞した。
最近では林超贤(ダンテ・ラム)監督の大ヒット戦争アクション「オペレーション・メコン(2016)」や、大ヒット古装劇「琅琊榜<弐>(2017、胡歌(フー・ゴー)&吴磊(ウー・レイ)が出演していない方)」で長林王・蕭庭生役で出演している。
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甘昀宸(ガン・ユンチェン)
◯ 弔文斡旋を契約したいと連絡してきた葬儀屋、陆。
◯ 甘昀宸(ガン・ユンチェン)は2014年から俳優として活動。「薬の神じゃない! (2018)」、「愛しの母国(2019)」、「素晴らしき眺め(2022)」などに出演している。
昨年は本作以外にも范丞丞(ファン・チョンチョン)主演作「了不起的夜晚 (2023) 」や、「人生路不熟 (2023) 」に「ボーン・トゥ・フライ(2023)」などのヒット作にも出演して徐々に知名度が増加している印象だ。

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