【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
酷評多数なのも納得のファンタジー映画。指摘は無数にできるが、むしろ製作陣とプロモーションの間に大きな断絶を感じる。意図的に公開までミスリーディングしたと思える歴史的な問題作。
www.youtube.com 731 | Official Trailer | 正式预告片 ｜ Coming to GSC this 25 September 2025
【スタッフ & キャスト】
2025年 中国 125分
監督: 赵林山（チャオ・リンシャン）
出演: 姜武（チアン・ウー / ジャン・ウー）、王志文（ワン・チーウェン）、李乃文（リー・ナイウェン）、林子烨（レスター・リン / リン・ズーイエ）、孙茜（スン・シー）、冯文娟（フェン・ウェンジェン）
【あらすじ】
王永章【姜武（チアン・ウー / ジャン・ウー）】は日本軍に捕まり、収容所へ連行される。そこは様々な人体実験を行う731部隊の管理する収容所であった。王永章は、同じように収容されている市民らと共になんとかして脱走しようと画策する。
【感想】
酷評多数なのも納得のファンタジー映画。指摘は無数にできるが、むしろ製作陣とプロモーションの間に大きな断絶を感じる。意図的に公開までミスリーディングしたと思える歴史的な問題作。
抗日戦争勝利80年の節目となる満州事件勃発の日に公開となり、人体実験を行っていた事で知られる731部隊を描いた事で日本でも大きく取り上げられている本作。筆者は中国本土から1週間遅れの9月25日から公開されたマレーシア・クアラルンプールで見ることができた。公開1週目でもあり、まだまだ大きくプロモーションされ、公開館数も非常に多かった。
だが偶然かどうか、筆者が見た回は観客が筆者のみの貸し切り状態であった。平日とはいえMid Valley Megamallという巨大モールで、最も客が入りそうな18時からの回にも関わらずこの状況なので、もしかすると、もう大陸での評価が伝わっていたのかもしれない。
他の回で本作のチケットを買っているカップルを見かけたが、30歳前後のごくごく一般的な雰囲気のカップルであった。
報道などでも既に言われているように、本作は公開前の期待や、同時期に公開された「南京写真館（2025）」の高い評価に反して、評価はあまり良くない。特に中立的で映画に詳しい人向けのメジャー映画評サイトである豆瓣では、本作の評価の公表を止めている。こうした事自体は時々あって、女性の描き方で炎上した「我本是高山（2023）」や、本作と同時期公開の「东极岛 (東極島、2025) 」、文化大革命の描写があるNetflix版SFドラマ「三体（2024）」などあるが、炎上などによる冷静な評価が期待できないケースもあり、恐らく相当な低評価が投じられていると想像できる。それぞれの評価文は全て読めるので興味があれば翻訳しながら見ていくのも良いだろう。
実際に見た筆者も、この映画は正直なかなか難しいと感じた。監督の伝えたい事やコンセプトが見えてこないのだ。脱出劇としてシリアスな感じもするが、コミカルに見えるシーンもあったり、リアルに見えない大げさなシーンも混在していて、なかなか安定しない。せめてどういうジャンルの映画として作ったのか、そうした大まかな区分けですら鑑賞中もなかなか見えてこないので、どうリアクションしたらいいのかずっと不安な感覚で見ないといけない。例えるなら最終目的地を知らされずに運転手をしているような感じで、仮にコメディならコメディでもいいので、そうわかる演出にして笑っていいシグナルを見せて欲しいところだ。センシティブな内容だけに余計に不安な気持ちのまま見続けていた。その意味で、映画としての伝え方が下手だとまず評価はできるが、本作のコンセプトそのものは正直よくわからないのだ。
冒頭から、731部隊を率いた石井四郎が語り始めるのだが、羽織袴での登場だし、リアリティラインがかなり低いことは明白だ。ネットなどで揶揄されていた日本軍の女性軍人や花魁道中、銭湯みたいな大浴場、子供が飛んでいたりみんな笑顔で獄中を走るシーンなどもちゃんと登場するし、鉢巻に羽織袴で収容者を見張る軍人なんかも出てくる。ディテールの時代考証だけでなく、やたらと明るくクリアで今っぽいライティングやカメラワークだったり、戦争の暗い雰囲気の演出もあまり無く、むしろポップですらあったり、SF的でもある。
私たちが公開前からプロモーションや予告編で見ていた、あのダークで残酷な映像とはまったく違う雰囲気だが、映画全体としてはむしろこのライトな雰囲気で統一されてあって、もう最初から意図的にこの方向性で作っていったのは間違いない。
それは中国の情報でも同じで、この記事を書くために予告編や中国の公式プロモーション画像を一通り見ていたのだが、どの画像も映画の雰囲気をまったく反映していない、暗く深刻な画像ばかりが用意されている。
確かに、どれも登場した映像やシーンなのは間違いなくて、嘘ではない。だが相当に恣意的な切り取り方、チョイスになっていて、登場人物1人ずつをイメージした時に筆者が想起するシーンは、どれもまったく選ばれていない。例えば主演の王永章を演じる姜武（チアン・ウー / ジャン・ウー）は、収容所の配膳係を命ぜられる事で所内の構造を把握していく。そこも無機質な廊下だがむしろ宇宙基地みたいなクリーンさを表現していて、やはりプロモーションでは一切使われない。
本作の特徴は、むしろ本編とプロモーションの大きな齟齬だ。筆者は中国映画をよく見る者として、こうしたプロパガンダ映画もそれなりの数を見ているが、確かにここまで杜撰な歴史考証の作品も珍しいとはいえ、まあ程度ものと思わなくもない。むしろ低評価の理由の半分は、事前に「731部隊を描いた」と謳ってプロモーションしていた点で、だからこそ謳い文句との違いに多数が評価を下げたのだと想像する。
想像でしかないが、もしかしたらこのような齟齬は、作品完成後に出資者や経営サイドからプロモーション方針の変更があったのではないだろうか。
本作の制作には黒龍江省や山東省、吉林省などなど各地域の宣伝局が数多く名を連ねている。そして監督は経験も少なく、正直今までの実績もそれほど芳しくない人物だ。
つまり、思ってたものとは違うものが完成してしまったが、集客を見込めるテーマなだけに、今更この映画をそのままバカ正直にプロモーションするより、時勢に乗っかって期待を煽るミスリーディングの方がまだ収益の回収が見込めると経営陣が判断した、そんな風にも思えてくる。
それ程に事前のイメージと映画の作りがかけ離れているし、最初からモチーフとしての731部隊を描いた、リアリティの無い映画だと言われていれば、ここまでの炎上にはならなかっただろうと想像する。
まあ出来の悪さは製作陣の問題なので、監督は甘んじて批判を受け入れる事も理解されているとは思うが、こうした売り出し方を選択した人々も相当に重い責任を負っているだろう。無責任とさえ言えるし、「南京写真館（2025）」制作陣の、批判も覚悟の上で真正面から向き合い製作した気合いの入った姿勢とは比較にならない。監督もある意味被害者なのかもなあと、少々不憫にも思えてくる。とはいえ、筆者も中国映画でここまで酷い映画もほとんど見たことがないし、その出来で年間興収ランキング4位となる18億元（383億円）ものあり得ない興行収入を達成したという意味では、悪魔に魂を売った経営陣の判断は正しかったと言える。
本作はある意味でパロディ的でもあるので、日本軍をそこまで悪く感じない作りだと言える。なので珍品、笑いもの等として半笑いで見るのも否定はしないが、良い機会なので「南京写真館（2025）」やこちらも良作の「南京！南京！（2009）」と比較しながら、中国人の日本観を理解する参考作品として見る価値もあると言える映画だ。
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【トピック】
◯ 抗日戦争勝利80年の節目となる満州事件勃発の日・2025年9月18日に中国全土で公開開始。公開初日の興行収入は予約も含めて3.45億元（73.5億円）に達し、興収ランキングは、それまで4週連続1位をキープしていたジャッキー・チェン主演作「シャドウズ・エッジ（2025）」を抑えて2週連続1位を獲得した。
10月6日時点での中国での興行収入は18億元（383億円）と、2025年の興行収入ランキングで「ナタ 魔童の大暴れ」、「唐探1900」、「南京写真館」に次ぐ年間4位となっている。
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◯ 監督の赵林山（チャオ・リンシャン）は1975年長春生まれ。CMディレクターとして数多くのCMを手掛け、その後映画監督として、周潤發（チョウ・ユンファ）&刘亦菲（リウ・イーフェイ）が主演、玉木宏も出演という、デビュー作としては異例に豪華な時代劇「曹操暗殺 三国志外伝（2013）」を手掛けた。本作が監督2作目となる。
◯ 赵林山（チャオ・リンシャン）監督は上記の前作を制作した2012年頃から本作を構想していたが、2017年になり企画が始動。2019年末に脚本が完成、2021年2月～翌年1月まで青島の撮影所で撮影した。メインキャストの姜武（チアン・ウー / ジャン・ウー）、王志文（ワン・チーウェン）、李乃文（リー・ナイウェン）は無報酬で出演したという。
◯ 歴史考証の顧問には、ハルビンにある七三一部隊罪証陳列館の館長・金成民が就いている。
姜武（チアン・ウー / ジャン・ウー）
◯ 収容所に収監されるも脱出を試みる男・王永章。
◯ 1967年生まれ。俳優でもある「太陽の少年（1994）」などの映画監督・姜文（チアン・ウェン）は実兄である。
駆け出しの頃に張芸謀（チャン・イーモウ）監督の名作「活きる（1994）」に出演しているが、知られるようになったのは風呂屋を描いた良作「こころの湯（1999）」で多くの映画賞を受賞してからだ。
この時期に香川照之も出演したカンヌ映画祭・審査員特別グランプリを受賞した兄・姜文（チアン・ウェン）監督の戦争映画「鬼が来た！（2000）」にも出演している。その後ドラマ「空镜子 (2001) 」や「别了，温哥华 (2003) 」、「小姨多鹤 (2009) 」などに出演。
その後は映画出演が増加、「我的唐朝兄弟 (2009) 」や姜文（チアン・ウェン）監督作「さらば復讐の狼たちよ（2010）」、「罪の手ざわり（2013）」、ノワールの良作「無言の激昂（2017）」、劉德華（アンディ・ラウ）主演作「ショック ウェイブ 爆弾処理班（2017）」、「エイト・ハンドレッド（2020）」、「修羅の街、飢えた狼たち（2021）」、ヒットしたフェミニズム映画でDV夫を演じた「家出の決意（2024）」などに出演している。
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王志文（ワン・チーウェン）
◯ 収容所で同室の杜存山。王永章たちより先に収容されていた。
◯ 1966年生まれ。主演ドラマ「南行记 (1990) 」や「皇城根儿 (1992) 」が高く評価され知られるようになり、「过把瘾 (1994) 」、「黑冰 (2001) 」、「天道 (2008) 」、「青瓷 (2012) 」など、多くのドラマに主演する。
映画では陈凯歌（チェン・カイコー）監督「始皇帝暗殺（1998）」や劉徳華（アンディ・ラウ）主演「墨攻（2006）」のほか、「黄金時代（2014）」、「本がつなげる恋物語（2016）」、アニメ「カンフー・パンダ３（2016）」中国版の声、そしてドラマでは「大丈夫 (2014) 」、「叛逆者（2021）」などに出演している。
李乃文（リー・ナイウェン）
◯ 同部屋のメンバー、顾博轩。
◯ ドラマ「爱在苍茫大地（2010）」や「爷们儿（2014）」、「平凡之路（2023）」などで知られる。
映画では名作「薬の神じゃない！（2018）」やコロナ禍を描いた「你是我的春天（2022）」、陈凯歌（チェン・カイコー）監督作「志願軍 ～雄兵出撃～（2023）」や不景気下でのサラリーマンを描いた「年会不能停！（2023）」など。张艺谋（チャン・イーモウ）監督作では「崖上のスパイ（2021）」、「坚如磐石（2023）」、そして最新作「第二十条（2024）」と常連になりつつある。
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林子烨（レスター・リン / リン・ズーイエ）
◯ 同部屋のメンバーの少年、孙明亮。マジックが得意であった。
◯ そもそもは4～5歳ころからキッズモデルとして活躍。その後も抖音（TikTok）で数百万いいねを獲得するなど有名な存在だったところで、芸能界入りする。2011年生まれなので、本作撮影の2021年にはまだ10歳であった。俳優デビューはその前年、2020年に撮影したブロマンス時代劇「皓衣行」なのだが、撮影後にいわゆるBL規制がかかり現状はお蔵入りに。だが、その後は大ヒットドラマ「天才基本法（2022）」や「雲之羽（2023）」、「大梦归离 (2024) 」、昨年中国映画週間で日本での上映もされた主演映画「校内探偵～隠された発明品～（校园神探、2024) 」 などで知られるようになっている。
孙茜（スン・シー）
◯ 王永章の妻、林素贤（画像左）。収監時、妊娠していた。
◯ 1977年生まれでなんといっても「宮廷の諍い女（2011）」での侍女・崔槿汐役で知られている。「ミーユエ 王朝を照らす月（2015）」では主人公の母親役を演じた。
リアルな時代考証で高い評価を得た抗日ドラマ「二炮手 (2014) 」にも出演している。
冯文娟（フェン・ウェンジェン）
◯ 日本軍の女軍人・今村佳代。
◯ 1989年生まれ。監督の王晶（ウォン・ジン / バリー・ウォン）や劉偉強（アンドリュー・ラウ）に抜擢され、周潤發（チョウ・ユンファ）主演の香港映画「ラスト・シャンハイ（2012）」で映画デビュー、そこで香港金像奨・新人賞にノミネートされる。
「ヘリオス 赤い諜報戦（2015）」や「オペレーション･メコン（2016）」、再び周潤發（チョウ・ユンファ）主演作「プロジェクト・グーテンベルク（2018）」など、アクション映画、香港映画人脈の作品への出演が多い。
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出演した日本人俳優たち
◯ 石井四郎役：平田康之は声優として「銀河英雄伝説・本伝 第1期（1988）」や「機動警察パトレイバー（1989）」などに出演。その後俳優として朝ドラ「純情きらり（2006）」や大河ドラマ「功名が辻（2006）」、映画「BALLAD 名もなき恋のうた（2009）」などに出演している。中国作品には映画「走向共和 (2003) 」で伊藤博文役を演じて以来、浅野忠信も出演している「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海（2016）」や大ヒットドラマ「偽装者（2015）」など、20作ほどに出演している。
◯ 吉川役：小野巽は俳優だが本作が中国映画デビュー。映画「沈黙の艦隊（2023）」にも出演している。
◯ 一澤役：佐藤匠は1996年生まれの俳優で、映画「告白（2010）」や「学校の怪談 呪いの言霊（2014）」、舞台などに出演していた。中国映画は本作がデビューとなる。
◯ 太田役：渋谷天馬は数多くの中国映画に出演している俳優。1969年生まれでアメリカ留学の後、俳優となり、2006年に中国へ渡る。甄子丹（ドニー・イェン）の大ヒット作「イップ・マン 序章（2008）」や南京大虐殺を描いた张艺谋（チャン・イーモウ）監督の映画「金陵十三钗 (2011) 」、台湾映画「KANO 1931海の向こうの甲子園（2014）」、娄烨（ロウ・イエ）監督「サタデー・フィクション（2019）」などのほか、ブルース・ウィリス主演の中国映画「エア・ストライク（2018）」などにも出演。日中交流にも熱心でNPO法人日中文化交流推進会の理事長も務めている。
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◯ 安藤広太役：美濃輪泰史は1983年生まれで、香港でスタントマンとしてキャリアを開始した俳優。中国でも活動し、张艺谋（チャン・イーモウ）監督の映画「金陵十三钗 (2011) 」や「捍卫者 (2017) 」、梁朝偉（トニー・レオン）、王一博（ワン・イーボー）が主演したスパイ映画「無名（2023）」、ドラマ「传家 (2022) 」などに出演している。
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