【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
主演の赵丽颖（チャオ・リーイン）の矜持を感じる気合いの演技。ろう者x前科者x女性という社会の暗闇でもがく人々を重苦しいリアリティで描いたノワール映画。
www.youtube.com 向阳花 ｜ We Girls | Official Trailer | 正式预告片
【スタッフ & キャスト】
2025年 中国 124分
監督: 冯小刚（馮小剛、フォン・シャオガン）
出演: 赵丽颖（チャオ・リーイン）、兰西雅（ラン・シーヤー）、啜妮（チュアイ・ニー/ チュオ・ニー）、王菊（ナオミ・ワン / ワン・ジュー）、程潇（ソンソ / チェン・シャオ）、王啸宇（ワン・シャオユー）
【あらすじ】
女子刑務所で同部屋であった聾者の毛阿妹【兰西雅（ラン・シーヤー）】と手話が使える高月香【赵丽颖（チャオ・リーイン）】は、酷い生活環境であったために出所してからも行く場所が無く、仕方なく二人で協力して生活していこうとする。だが、女子であり前科者、1人は障害者という二人に社会は何の援助も与えてくれず、彼女たちは生き抜くためにより一層厳しい状況へと追い込まれていくのであった。
【感想】
主演の赵丽颖（チャオ・リーイン）の矜持を感じる気合いの演技。ろう者x前科者x女性という社会の暗闇でもがく人々を重苦しいリアリティで描いたノワール映画。
ノワールは大げさかもしれないが、ここに出てくる女性5人にとって頼れる者は誰もおらず、転落寸前のキツい社会状況の中で自ら闘い生き延びようともがいていて、まさにノワール的な世界観の物語になっている。
ラストシーンに少しの希望は見えるものの、それは誰かからの助けではなく、状況が好転したわけでもない。
ビジュアルでは5人の女性が写っているが、赵丽颖（チャオ・リーイン）演じる高月香と、兰西雅（ラン・シーヤー）が演じるろう者の少女・毛阿妹の2人の物語だ。
生活苦からの犯罪で刑務所に収監される2人。高月香は、娘が病により耳が聴こえなくなったという悲しい状況なのに、一方で家には障害者の弟と仕事もしない夫も抱えているという、がんじがらめのどん底の状況で、娘の人工内耳の費用を作る為に法を犯してしまう。
孤児でもある毛阿妹は、同じようなろう者の子達と共同で生活し、ストリートでスリをさせられながら生きてきた。
獄中の生活も厳しいが、彼女たちのような戻れるような環境にいなかった受刑者は、出所したところで何の援助もなく放り出されるような厳しい状況で、刑務所の門を出た途端に行き場を失くす。それは日本でも似たようなもので、本作を見ながら筆者は、日本での障害を持つ犯罪者について書かれたルポ「累犯障害者」を思い出していた。
劇中でもとりわけろう者である毛阿妹の厳しい状況が描かれる。5人のうちの1人、看守の邓虹らによってそれまでの環境から抜け出したいと決意できたのに、実社会はろう者であり女性で前科者という三重にハンデを持つ毛阿妹には、合法的に生きる方法はほとんど何も残されていない。駅の雑踏に座り物乞いをする彼女を見かねて、高月香は一緒に暮らす事にするのだ。
高月香を演じる赵丽颖（チャオ・リーイン）は、数多くの古装劇ドラマで華々しく活躍してきたが、映画では久々の出演だった张艺谋（チャン・イーモウ）監督による正当防衛についての作品「第二十条（2024）」以降、児童誘拐を描いた「浴火之路（2024）」、ミャンマー華人についての「チャオ・イェンの思い（2024）」と、抑圧された女性、社会から隠された存在の役ばかりを演じていて、本作でも再びこうした役を演じている。かなりの薄化粧に粗っぽい言葉づかいで、この役への熱意や気合みたいなものまで伝わってくる。ひょっとすると彼女はこうした役を演じる事で、恵まれない女性たちへの寄り添う気持ちや告発の思いを込めているのではないか。それが自身の社会的役割と考えて役を選んでいるのではないか。そんな風に思えるくらい強い気持ちが感じられた。
同じくらい気迫が伝わるのが、5人のうちのもう1人の受刑者・胡萍役だった王菊（ナオミ・ワン / ワン・ジュー）だ。最近どんどん出演作が増えている彼女だが、完全ノーメイクで最初は認識できないくらいに役になりきっていて、ガラは悪いが祖父母想いという良い役で忘れられない。
冯小刚（馮小剛、フォン・シャオガン）監督は「芳華-Youth-（2017）」での、若者たちの細やかな心理描写が本当に良かったが、本作でも上手く纏められてあってすごくわかりやすく楽しめる。重いテーマだがメリハリが効いてて全くダレない。
ろう者の映画として見た場合でも、最近ではもうすぐ全国公開の「愛がきこえる（2025）」とも、まして香港映画の素晴らしい「私たちの話し方（2024）」ともまるで違う、より一層ハードな世界を見せている。
ただし注意が必要なのは、ストーリーの一点でびっくりするような展開があり、これが賛否両論を呼びそうなものになっている。個人的には必要だったかも疑問だし、意図が見えない。本国のレビューもこれと似たプロットの粗さについて厳しめの評価も散見される。
そこを踏まえたとしても、女性たちが自身の人生を切り開こうともがくフェミニズム映画としても、また、例えば浮浪孤児を扱った王俊凯 （ワン・ジュンカイ）主演作「野孩子（2024）」とか、本作と同様に女子受刑者についての周冬雨（チョウ・ドンユイ）主演作「朝雲暮雨（ちょううんぼう、2024）」のような、知られていない中国社会の片隅をリアルに見せてくれる良質な社会派エンタメ映画としても、とても見応えのある作品だった。
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【トピック】
◯ 清明節の連休に合わせて2025年4月4日に中国で全国公開。公開初週は同日に公開の「マインクラフト／ザ・ムービー（2025）」や、ロングランの超大ヒットアニメ「ナタ 魔童の大暴れ（2025）」に次ぐ3位となったが、翌週から2週連続で1位を獲得した。
興行収入は2.3億元（48.6億円）となった。
◯ 本作は作家・虫安が2019年に発表し、2024年発行の「教改往事」に収められた短編「女监里的向阳花，开出高墙外」が原作となっている。虫安は1989年生まれで、自身の受刑者経験を元に多くの犯罪者を描いた作品を発表している。
※小説はここで読むことができる。
◯ 監督の冯小刚（馮小剛、フォン・シャオガン）は1990年代から活躍する人気映画監督だ。1958年生まれで高校卒業後は軍に入隊し、7年ほど軍の文工団で活動していた。
その後脚本から映画制作の活動を開始。1992年に葛优（グォ・ヨウ）主演「再見のあとで」の脚本で中国金鶏奨にノミネート。後に妻となる徐帆（シュイ・ファン）主演「永失我爱 (1994) 」で映画監督デビューし、以来「手機 (2003) 」や「イノセントワールド -天下無賊-（2004）」、「狙った恋の落とし方。（2009）」、「唐山大地震（2010）」、「一九四二 (2012) 」、「わたしは潘金蓮じゃない（2016）」、「芳華-Youth-（2017）」などを監督してきた。
一方で初期には「夢の請負人（1997）」、「遥かな想い チャイニーズ・ドリーム in U.S.A.（1998）」、「ミレニアム・ラブ（1999）」といった春節向けの喜劇映画で、今まで香港でよく作られていた「賀歳片=春節映画」を中国本土でもヒットさせた。
また俳優として出演することもよくあり、特に管虎（グェン・フー）監督の良作「ロクさん（2015）」では、非常に印象的な役を主演、仲代達矢主演作「ハチ公物語（1987）」の良作リメイク「忠犬八公（2023）」でも、愛情深い飼い主を演じている。
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赵丽颖（チャオ・リーイン）
◯ 高月香。ネット上で"白狐狸"を名乗り、猥褻な行為を見せるライブ配信をしていて逮捕された。聾者の娘がいるため手話ができる。
◯ 2006年に中国Yahooが主催したオーディションで選ばれ芸能界入り。ドラマ「新还珠格格 (2011) 」での役が人気となり、「後宮の涙（2012）」の主演で更に人気となった。「お昼12時のシンデレラ（2014）」に主演の後、「花千骨（2015）」、「楚喬伝（2017）」、そして「明蘭（2017）」と大ヒット古装ドラマに立て続けに主演し、その人気を不動のものとした。
最近のドラマでは「有翡（2020）」、「ワイルド・ブルーム（2022）」、「輝け！シンフー（2022）」、「与凤行 (2024) 」などに出演。
映画では良作青春映画「乗風破浪〜あの頃のあなたを今想う（2017）」、昨年の中国金鶏奨・作品賞を受賞した张艺谋（チャン・イーモウ）監督最新作「第二十条（2024）」、そしてサスペンス「浴火之路（2024）」主演の後、ミャンマー華人を描いたスリラー「チャオ・イェンの思い（2024）」に出演。陳可辛（ピーター・チャン）監督のカンヌ出品作「酱园弄 (2024) 」の公開も控えている。
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兰西雅（ラン・シーヤー）
◯ 毛阿妹。聾者。スリをして逮捕された。
◯ 1998年生まれ。武漢大学の演劇科に在学中にオーディション番組「明日之子水晶时代（2019）」に出場して知られるようになったが、一旦卒業まで大学での学業を優先した。卒業後、コロナ禍を描いたドラマ「在一起 (2020) 」に出演。以来、古装ドラマ「长月烬明 (2023) 」やNetflix版「三体（2024）」や伝説的女性教師を描いた「山花烂漫时 (2024) 」、大ヒット歴史ドラマ「追风者 (2024) 」などのほか、現在公開中の檀健次（タン・ジェンツー）主演映画「震耳欲聋 (2025) 」にも出演している。
啜妮（チュアイ・ニー / チュオ・ニー）
◯ 女子刑務所の看守・邓虹。
◯ 1990年生まれ。映画「蚀之章台秋柳 (2013) 」や「命运速递 (2015) 」での演技が高い評価を受け、知られるようになっていく。ドラマ「生逢灿烂的日子 (2017) 」や「我的前半生 (2017) 」、「无所畏惧 (2023) 」、「尘封十三载 (2023) 」などへの出演で知られている。
冯小刚（馮小剛、フォン・シャオガン）監督とは、彼の監督したドラマ「北辙南辕 (2021) 」と「回响 (2023) 」で既に出演歴がある。
王菊（ナオミ・ワン / ワン・ジュー）
◯ 刑務所での先輩受刑者である胡萍。部屋を仕切るリーダー格。
◯ 韓国の大ヒットオーディション番組「PRODUCE 101」の中国版「創造101（2018）」に参加。当初は上位に入賞できず選出メンバーによって結成されたグループ「火箭少女101」からは落選したが、後に正式メンバーに選ばれた。オーディション参加者からかけ離れたイメージだが、明るくポジティブな性格で逆に大ブレイク、「中国のビヨンセ」との異名までついた。
自身の楽曲が映画「李茶的姑妈（2018）」、「新喜劇王（2019）」の主題歌に採用。映画「被光抓走的人（2019）」では出演まで果たす。
ドラマとその映画版「美味しいロマンス The Movie（2023）」で、主演3人の1人を好演。ドラマ「一路朝阳（2023）」や王家衛（ウォン・カーウァイ）監督による大ヒットドラマ「繁花 (2023) 」に出演。そして昨年末には大ヒットしたフェミニズム映画「好東⻄ -Her Story- (はおどんしー、2024) 」にも顔を出していて、じわじわ忙しくなってきている俳優だ。
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程潇（ソンソ / チェン・シャオ）
◯ 福祉ボランティアをしている郭爱美
◯ 1998年生まれで、練習生として参加の後、韓国のアイドルグループ「宇宙少女」のメンバーとしてデビュー。2023年にグループを脱退したが、その前から中国でも活動しており、オーディション番組「偶像練習生（2018）」でトレーナーと出演したり、ドラマでは「天醒の路 (2020) 」や「灵域 (2021) 」、「Falling Into Your Smile 君の笑顔にメロメロ（2021）」、「嘘つきな恋人（2021）」、「大夢帰離（2024）」など、映画では「唐人街探偵 東京MISSION（2021）」などに出演している。
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王啸宇（ワン・シャオユー）
◯ 毛阿妹や仲間と同居し兄のような存在だった黄毛。
◯ 1995年生まれ。カンヌ映画祭・レーベル選出作品で魏书钧（ウェイ・シュージュン）監督による「野马分鬃 (2020) 」に出演した他、大ヒットドラマ「ロング・シーズン 長く遠い殺人（2023）」や映画「アップストリーム ～逆転人生～（2024）」などに出演している。
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