【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
上海を舞台に、料理が若者たちの孤独を繋いでいく都市の物語。上海だからこそ成立するローカルな画作りと、グローバルな現代の若者たちの姿が交錯する新世代な映画。

【スタッフ & キャスト】
2026年 中国 98分 豆瓣評価:6.2/10
監督:吴靖(ウー・ジン)
出演: 王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)、江疏影(ジャン・シューイン)、李雪琴(リー・シュエチン)、郑云龙(チェン・ユンロン)、傅首尔(フー・ショウアル)、刘佳(リウ・ジャ)
【あらすじ】
美食に対して独自のこだわりを持つ「プログラマー」の陆拾谷【王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)】と、食事によって癒やしを得ている編集者の张嘉怡【江疏影(ジャン・シューイン)】は、ランチタイムの偶然の相席で知り合う。共に美味しいものを探し求める中で、二人は次第に味覚も心も通じ合う「食の相棒」となっていった。
陆拾谷は母の思い通りに黙々と生活し、仕事に取り組んでいたが、心の中では波乱が渦巻いていた。一方、张嘉怡は編集の仕事や恋愛で次々と壁にぶつかっていく。
【感想】
上海を舞台に、料理が若者たちの孤独を繋いでいく都市の物語。上海だからこそ成立するローカルな画作りと、グローバルな現代の若者たちの姿が交錯する新世代な映画。
言わずと知れた大都市・上海。古くからの文化の中心であり、映画でも無数の作品の舞台となってきた。だが、ほとんどが租界をはじめ国際都市としてスパイやマフィアが暗躍し、上流階級が存在する「イメージとしての上海」を描き、上海の街と人々を描くローカル映画として上海を扱った作品は多くはなかった。
ところが2021年、『股疯(1994)』以来約30年ぶりに全編上海語で作られた邵艺辉(シャオ・イーホイ / イーフイ)監督による『白さんは取り込み中(2021)』と同監督の『好東⻄(2024)』のエポックメイキングなヒットによって、上海に住む人々の視点から描く、地に足の着いた作品の可能性が芽生える事になった。本作はその流れを汲む、新しい「上海を描いた映画」だ。

2つの対照的な上海映画
本作より数ヶ月前に、同じく上海を舞台にして上海語で描かれた映画『菜肉馄饨(2025)』が公開されて、新たに2つも「上海映画」が登場した。こちらも見たが、同じく上海らしさが際立つ素敵な作品だ。この2作はそれぞれ違う方向から上海の良さを描いているが、本作で向かう先は料理だ。
冒頭からとにかくたくさんの美味しそうな料理が登場して、それらの料理たちによってストーリーの意味も裏付けされていく。酱爆猪肝や葱油拌面といった上海名物の日常食から、親たちのルーツへと、料理を通して主人公たちの人生を辿っていく。見ているだけでどんどん食欲が湧いてくる。
映像も美しい。上海の美しい街を、自然光を美しく捉えた印象的なカットが数多く登場する。自転車で並走する2人、上海らしいクラシックな建築、それらを縫ってドローンで浮遊し、夜のバイクで駆け抜ける2人。初秋という季節も、このストーリーにぴったりだ。この、光を美しく捉えた画を見ながら、どことなく張律(チャン・リュル)監督『柳川(2021)』を思い出していたら、プロデューサーは正にその張律(チャン・リュル)監督であった。

素敵な街に住む、孤独を抱える若者たち
そんな素敵な街、上海で暮らしている主演の2人の生活はしかし、様々な思いを抱えている。共に30歳前後の設定だろうか。仕事のプレッシャーは強く、将来への漠然とした不安ものしかかる。そんな重たい日々から、疲れないライトな関係性として最近話題の「搭子文化」を求める2人は、偶然の相席=拼桌から、恋愛にも至らない食の好みだけが合う関係「飯搭子」な付き合いになっていく。
でも、こんな若者はきっと上海だけではない。東京にも、ソウルにも、そして北京にもいる。都市に住む若者の価値観として、現代の世界共通のものだろう。一見上海のローカル映画と感じるが、描かれているのはグローバルな都市の若者たちだ。

地方出身者の住む都市
同時期に公開の『菜肉馄饨(2025)』は、昔から上海に住んできた高齢者たちを描き、上海の文化、上海語のコミュニケーションを強く打ち出しているが、この『拼桌』は、それとは綺麗に対照的な描写になっている事を感じる。
家族の喪失という両方の作品で同じきっかけを描きながらも、高齢者の親たちとはまったく違う価値観を持つ若者世代。一方で社会の厳しさも正面から受け止めて消耗してもいる。『菜肉~』は上海がアイデンティティの人々だが、『拼桌』の2人は地方から上海に来たというルーツを持つ。2人の言葉もせいぜい上海訛りという程度で、ストーリーも次第にルーツとなる湖南地方へと向かっていく。それは東京に住む地方出身者と同じで、彼らもまた上海を構成する市民の一部である。そして、どの都市もまた、そうしたグラデーションを持つものだ。
詩的なテイストの映像・脚本
そのような目線でこの『拼桌』を見ると、まるで映像詩のような淡々とした心象描写と感じる。この詩的な表現は、陈哲艺(アンソニー・チェン)監督の『国境ナイトクルージング(2023)』にも近いが、それ以上に微細な気持ちを描いているし、それに呼応して気持ちを引っかける気の利いた台詞が随所に置かれる。例えば、王传君(エリック・ワン)演じる陆拾谷がご飯に誘った张嘉怡に待ちぼうけを食っている。そんなシーンで、店の主人がこんな台詞をつぶやく。
「人を待つってのは料理と同じだよ。待てば待つだけ苦くなっていく」

どちらの映画も上海という街の一側面を描いていて、さらに『白さんは取り込み中(2021)』と『好東⻄(2024)』もまた同じ街のアナザーサイドを見せる。ここまで多層的な魅力を持つ街はそんなに無いし、そうした映画が同時期に揃って出てきた事もすごく面白い。ぜひこの機会にこれらの「上海映画」を見て、それぞれの味わいを食べ比べてみるのが良いと感じた。
『白さんは取り込み中』中国映画レビュー&解説「爱情神话 B for Busy Myth of Love(2021)」 - daily diary
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【トピック】
予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)
www.youtube.com A Table For Two (2026) 拼桌 - Movie Trailer - Far East Films
中国での公開・興収ランキング・興行収入・日本での公開/配信
◯ 本作は2026年3月14日に中国本土で公開。興収ランキング10位以内には入らなかった。興行収入は786万元(1.8億円)。
◯ 現在のところ、日本での公開/配信の予定はない。
監督: 吴靖(ウー・ジン)
◯ 吴靖(ウー・ジン)はプロデューサー、脚本家として何作かの商業作品にも携わってきたが、本作が初監督作となる。

プロデューサー:张律(チャン・リュル)
◯ 朝鮮族の中国人で現在は韓国に在住。小説家から映画製作に転身し、特に自身と同じ中国在住の朝鮮族をテーマにした映画を多く撮ってきた。
「キムチを売る女(2005)」や福岡3部作「群山:鵞鳥を咏う(2018)」、「福岡(2020)」、『柳川(2021)』などで知られる。
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王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)
◯ プログラマーをしている陆拾谷。独身。独特のこだわりを持つ。
◯ 本作で共演した江疏影(ジャン・シューイン)とは大学の同窓生にあたる。また、妻である齐溪(チー・シー)も出演している。
2007年にオーディション番組『加油!好男儿』に出演し、そこからコメディドラマ『爱情公寓(2009)』で日本人漫画家を演じて人気になる。大ヒット映画『薬の神じゃない! (2018)』での主役チームの一員を演じ、監督の次作『素晴らしき眺め(2022)』にも出演。
程耳(チェン・アル)監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海(2016)』と『無名(2023)』、娄烨(ロウ・イエ)監督『サタデー・フィクション(2019)』、オンカジ詐欺を描いた『ノー・モア・ベット: 孤注(2023)』、中国版『三体(2023)』、陈凯歌(チェン・カイコー)監督『志願軍 ~雄兵出撃~(2023)』など数多くの話題作に出演。犯罪スリラー『黙する者が生きし場所(2024)』で主演、 今年は南京大虐殺を描いた『南京照相馆(南京写真館、2025)』など、現在トップの演技派俳優として知られている。

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江疏影(ジャン・シューイン)
○ 編集者の张嘉怡。穏やかな性格でキャリアアップを狙う彼氏がいる。
○ 本作で共演した王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン) とは大学の同窓生にあたる。
1986年上海生まれ。名門・上海戯劇学院を卒業後、すぐに芸能活動へ進まずにイギリスへ留学し修士号を取得。赵薇(ヴィッキー・チャオ)が監督した良作『So Young〜過ぎ去りし青春に捧ぐ〜(2013)』で多くの映画賞を受賞。
ドラマでは『恋愛先生 MR・RIGHT(2018)』や『九州縹緲録〜宿命を継ぐ者〜(2019)』、『孤城閉〜仁宗、その愛と大義〜(2020)』、『30女の思うこと 〜上海女子物語〜(2020)』など多くの大ヒット作に出演。
梁朝偉(トニー・レオン)&王一博(ワン・イーボー)のスパイ・サスペンス映画『無名(2023)』では共産党の女スパイを演じた。
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李雪琴(リー・シュエチン)
◯ 张嘉怡の同僚・三三(王秋蕊)。
◯ 2020年頃からピン芸人として活動し、それ以外にも様々な分野で活躍するマルチタレント。北京大学卒業、ニューヨーク大学に留学した高学歴でもある。
映画でも、大鹏(董成鹏、ダーポン)監督・主演の『いいひと 保你平安(2023)』以来、贾玲(ジア・リン)主演『YOLO 百元の恋(2024)』や『“骗骗”喜欢你(2024)』、『我,许可(2026)』などに出演し、『鉄⻄区に⽣きる(2023)』や『飛行家(2025)』などで主要キャストを演じており、更なる活躍が期待されている。

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郑云龙(チェン・ユンロン)
◯ 张嘉怡の彼氏で映像クリエイター・叶凡。劇中では接待のため行きたくもないカラオケで歌うというシーンもある。
◯ 1990年生まれ。主にミュージカルで大活躍していて、特にスーパー・ボーカリストだけを集めたオーディション番組『声入人心 第一季 (2018) 』での、圧倒的な歌唱力でブレイク。以降、彼の出演するミュージカルは大人気となる。映画『柳浪闻莺 (2021) 』やドラマなどにも出演するが、ミュージカルをメインに活動を続けている。

傅首尔(フー・ショウアル)
◯ 张嘉怡の上司・庞薇薇。
◯ 1984年生まれ、安徽省出身の作家、論客、タレントである。会社員や主婦生活を経て、等身大のエッセイや小説を発表。彼女の名を全国区にしたのは、2018年からの大ヒット討論番組『奇葩说』への出演だ。市井の日常や自虐を交えたユーモア溢れる語り口から、現代女性の本音や人生の本質を突く卓越したトーク力を発揮し、シーズン7で王者の称号を獲得した。近年は「人間精神安定剤」としてバラエティ番組で絶大な信頼を集める。
なお彼女は、それまでテレビなどで自身も語っていた夫との良好な関係を、『再见爱人 第三季 (2023) 』において、お互いに深く愛し合い感謝し合っているものの、ライフステージの変化によって生じた「精神的なすれ違い」を告白。その後離婚を選択した。
本作への彼女の出演と、劇中での台詞は、それを踏まえたものになっている。

【劇中に登場する料理】
劇中には上海料理や湖南料理など、多くの料理が登場する。
1. 酱爆猪肝
ランチタイムに陆拾谷が注文。
近所の食堂で味噌で強火で炒めた豚レバー。上海らしいテイスト(本帮菜)である「濃油赤醬(濃い油と醤油・味噌系の濃厚な味付け)」の、上海の家庭や大衆食堂で見かけそうな、白飯が進む定番系のおかず。
2. 葱油拌面
同じくランチタイムに张嘉怡が注文。
上海を代表する麺料理のひとつ。シンプルな料理だが奥深く、食堂や麺屋では朝食や昼食として普通に食べられている、あまりにも日常的なソウルフード。
3. 蟹粉拌面
陆拾谷が张嘉怡を誘い、残業後の夜食として2人で食べる。
葱油拌面よりもう少し贅沢な「ちょっと贅沢な上海のご馳走」。上海蟹の身、カニ味噌、卵巣をほぐして炒めたものを、麺の上にたっぷりかけて食べる。
4. 响油鳝丝
2人がいつもランチの店で夕食として注文。
上海本帮菜(上海の伝統料理)を代表する名菜のひとつで、より古くからの上海、よりローカルを象徴する料理。細切りにしたタウナギ(黄鱔)を甘辛く炒め、仕上げに熱々の油をかけて香りを立たせる。タウナギの旨味が美味しい。
5. 红烧肉
2人が注文した夕食のひとつ。
中国全土で食べられているが、上海では特に重要な「本帮菜」の代表格。「豚の角煮」に似ているが、上海風の红烧肉は「甘みがかなり強い」「脂を楽しむ」「とろける食感」が特徴で、「浓油赤酱(濃い油、濃い醤油)」という上海料理の特徴を象徴している。
6. 酒香草头
草头=南苜蓿(アルファルファの若葉、クローバーに似た葉物)を強火で炒め、仕上げに紹興酒を加えて香りを立たせた料理で、上海人にとっては非常に「上海らしい」料理だが、日本ではほとんど知られていない。
水郷地帯である上海周辺の江南地域の特産物を活かしたもの。
7. 辣椒刀豆
陆拾谷の父親が愛し、张嘉怡の祖母が作っていた思い出の味。
湖南地方の家常菜。刀豆(ナタマメ)という大きなさやいんげんを、唐辛子とニンニクで炒めたもの。
8. 猪油拌粉
陆拾谷の父親が愛し、张嘉怡の祖母が作っていた思い出の味。
湖南省長沙などでとてもポピュラーな、米粉(米线・粉)、猪油、剁椒、酸豆角などを使った朝食文化のひとつで、幅広のビーフンを豚のラードで和えたもの。
【上海映画ピックアップ】
◯ 上海を舞台にした映画は今まで数多く作られてきたので、代表作をピックアップ。
【オールド・上海】
戦前の魔都・上海を描く
『ラスト・シャンハイ(2012)』
周潤發(チョウ・ユンファ)主演。1930年代の激動の上海を舞台に、裏社会の頂点へ上り詰めた男の愛と闘いの一代記を描く壮大な香港ノワール。
『上海ルージュ(1995)』
巨匠・张艺谋(チャン・イーモウ)監督が鞏俐(コン・リー)を迎え、1930年代の上海マフィアの愛憎劇を、目も眩むほど美しい「赤」の色彩で切り取った傑作。
『ラスト、コーション(2007)』
李安(アン・リー)監督が放つ、第2次大戦下の日本占領下の上海を舞台にした、スパイの女性と暗殺対象の男との命がけで狂おしい心理戦と愛欲のドラマ。
『上海グランド(1996)』
張国栄(レスリー・チャン)と劉徳華(アンディ・ラウ)の豪華共演で、1930年代の魔都・上海の固い絆で結ばれた男たちの友情と裏切りをスタイリッシュに描いたアクション。
【現代の上海】
巨大都市の近未来・路地のリアル
『ふたりの人魚(2000)』
世紀末のどこか退廃的で混沌とした上海の川辺を舞台に、幻の人魚伝説と、2人の瓜二つの女性を巡る切なくミステリアスなラブストーリー。
『おばさんのポストモダン生活(2006)』
香港の許鞍華(アン・ホイ)監督が上海在住の高齢女性を主人公に描く、笑えて、切なくて、都市の孤独があるコメディ。周潤發(チョウ・ユンファ)や赵薇(ヴィッキー・チャオ)が出演。
『夜の上海(2007)』
赵薇(ヴィッキー・チャオ)と本木雅弘が共演、きらめく現代の上海の街で、言葉の通じない男女が過ごした一夜の心の交流を描いたハートウォーミングなロマンス。
『30女の思うこと 〜上海女子物語〜(2020)』
大都市・上海で暮らす、キャリアや結婚・子育てに奮闘する30代女性3人のリアルな葛藤と成長を描き、中国で社会現象となった大ヒットドラマ。
※ちょうど2026年7月からフジテレビ系にて本作のリメイクドラマが『Tokyo middle 30』というタイトルで放送される予定。
【ドキュメンタリー】
『海上伝奇(2010)』
巨匠・賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督が、激動の歴史を生き抜いた人々の「記憶」の証言を通して、上海という都市の100年の歩みを浮き彫りにした傑作ドキュメンタリー。
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