香港映画では見えなかった香港を描くフィリピン映画『Hello, Love, Goodbye(2019)』レビュー&解説

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【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

香港で働くフィリピン人家政婦たちを主人公にした、香港映画の盲点をついたようなフィリピン映画の大ヒット作。香港映画ではなかなか描かれない正反対の視点がとても衝撃的な一方で、とても素敵で良質な若者たちのラブストーリー。

 

Hello, Love, Goodbye

【スタッフ & キャスト】

2019年 フィリピン 117分 IMDb評価:7.3/10
監督:キャシー・ガルシア・モリーナ(Molina, Cathy Garcia-Sampana)
出演:キャスリン・ベルナルド(Kathryn Bernardo)アルデン・リチャーズ / リチャードス(Alden Richards)カカイ・バウティスタ(Kakai Bautista)リト・ピメンテル(Lito Pimentel)ジョロス・ガンボア(Joross Gamboa)

 

 

【あらすじ】

家族のために香港で家政婦として働きながら、看護師になるためカナダへの移住を夢見る女性ジョイ【キャスリン・ベルナルド】。突然家政婦の契約を打ち切られそうになった彼女は、急遽バーでの仕事を紹介してもらう。そこには現地で陽気なバーテンダーの青年イーサン【アルデン・リチャーズ】がいた。次第に惹かれ合う二人だが、やがて「愛する人と一緒にいる未来」と「自分の夢や家族への責任」の間で、人生の大きな決断を迫られていく。

 

 

 

【感想】

香港で働くフィリピン人家政婦たちを主人公にした、香港映画の盲点をついたようなフィリピン映画の大ヒット作。香港映画ではなかなか描かれない正反対の視点がとても衝撃的な一方で、とても素敵で良質な若者たちのラブストーリー。

香港では、多くの家庭が共働きで家政婦やナニー(乳母)を雇っていて、彼女たちのほとんどはフィリピンなどの他国から、家政婦専用の特定ビザで来ている。彼女たちは毎週日曜になると、中環の休日のオフィス街に集まり、段ボールをひいてお喋りしたり、荷物の発送や送金している光景を繰り広げている。筆者も初めて見た時はイベントでもやっているのかととても驚いた。
この映画は、そうやって働くフィリピン人の目線から見た香港が見れる映画だ。どこも有名な風景なのに、香港映画からは決して伝わってこない感情がにじみ出ていて、様々な感情を刺激してくる。

 

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そして、この映画が何よりも素敵だったのは、まずは純粋な恋愛映画、夢を追いかける若者の青春映画として仕立てられている事だ。ひょんな事から出会い、惹かれあって、そして別れへと辿る。驚くほどストレートなタイトルと同じく、王道のストーリーを丁寧に描いていて、気がつくと瑞々しい2人、ジョイとイーサンにときめいてしまっている。とはいえ現代的に、しっかりと女性を一人の自立する存在として後押しするように描いていて、さすがフィリピン歴代最高のヒット作、そして、さすがヒットメーカーとして良質なRom-com(ロマンチック・コメディ)を多数手掛けてきた監督だ。

 

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主人公の家政婦・ジョイは、恵まれない、厳しい環境ではあるものの、決してそこを全面に出し、堪え忍ぶようには描かない。彼女には、カナダに行く夢があり、いつかそこに家族を呼び寄せるという、夢に向かって前向きに努力する若者だ。そんな彼女なら、そりゃあ誰だって応援したくなる。
もう一人の主人公・イーサンはまた別の立場のフィリピン人。父親も香港に定住資格を持ち、家族は離島である長洲島に住んでいる。だが将来の夢がない、我々にも近い存在で、それ自体が家族の期待を裏切っていると家族から非難される、家父長制的なプレッシャーを受けている複雑な役柄だ。
当たり前のように2人とも普通の若者で、そんな彼らが青春の一瞬に出会う、その舞台が香港だったというだけなのだ。

 

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彼らにとって、特にジョイにとっては香港は通過点と割りきった場所に見える。香港社会からも日の当たらない存在として扱われがちだが、実はフィリピン人の側からも、お金を稼ぐ場所以上の思い入れはほとんど伝わってこない。
劇中に香港人はジョイが世話をする家庭以外に登場せず、彼らの生活に対等に関わる香港人はいない。一方でジョイもイーサンも、仕事以外に香港人と友人や恋愛、結婚を考えていた風なそぶりはまったく無く、たとえ広東語が話せてさえ、香港の人や文化が彼らの生活に繋がっていない事が見えてくる。
ちょうどほぼ同時期に香港映画でも、フィリピン人家政婦を描いた映画が作られている。『淪落の人(2018)』という、黄秋生(アンソニー・ウォン)主演の良作で、彼は当初フィリピン人家政婦になかなか優しく対応できない。改めて見ると、彼は障害を負い仕事を失った事で、香港社会から脱落=淪落した自身を受け入れられるようになった事で、ようやく家政婦と対等な関係を築けるようになっていて、彼女たちの地位の低さが前提となっている事がわかる。そして家政婦のエヴリンも実は高学歴という設定で、本作での看護学校を卒業しているジョイにも共通する点だ。彼らが香港で働くことをキャリアパスの1ステップとして捉えている事がわかるし、ひいては現在の日本で働く外国人たちも日本を「通過点」や「キャリアのステップ」として見ているのかもしれない、と連想させられる。

 

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映画では、そうした香港のフィリピン人の現実を数多く描くことで、凄まじいリアリティも持っている。例えば警察から追われたり、本国の兄弟から無邪気に靴をねだられたり。そうした細やかなディテールの積み重ねが重みを増していく。
確かに彼らにとって香港は通過点だ。それは冒頭からはっきり示される。でも2人の仲が進展していくにつれて、実は通過点だけじゃなかったんだ、様々な思い出が積み重なった、彼らにとっても大事な場所になったんだ、と思わせる素敵な結末へと収束していく。
エンディングはオープニングの空港のシーンへと戻ってくる。そこでのジョイの表情から、彼女の胸中を感じてこちらも胸が熱くなる。無数の驚きと気持ちの良い感動が押し寄せる、驚くほどの良作だった。

 

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【トピック】

予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)


www.youtube.com Hello, Love, Goodbye Official Trailer | Kathryn Bernardo, Alden Richards | 'Hello, Love, Goodbye'

現地での公開・興行収入・日本での公開/配信

◯ 本作は2019年7月31日にフィリピンで公開、翌8月1日からは他国でも上映された。大ヒット作品となり、8億8000万ペソ(23億円)の興行収入でフィリピン映画歴代最高の興行成績を打ち立てる。この記録は2024年公開のABS-CBN制作『Rewind』によって更新されるまで維持された。

◯ 日本では劇場公開はなかったが、現在Amazon Primeによって配信されている。

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  • Kathryn Bernardo
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◯ 2024年に、本作の続編『Hello, Love, Again(2024)』が公開。ジョイがカナダに行ってからを描くこちらも、本作と並ぶ大ヒットとなった。


www.youtube.com 'Hello, Love, Again' Official Trailer | Kathryn Bernardo, Alden Richards

 

 

監督:キャシー・ガルシア・モリーナ

監督のキャシー・ガルシア・モリーナ(Molina, Cathy Garcia-Sampana)は、1971年生まれのフィリピンを代表する映画・テレビ監督。主に大手制作会社スター・シネマのもとで活動し、ロマンチックコメディや家族ドラマのジャンルで圧倒的な支持を集めてきた。  彼女の手がけた作品は、国内の歴代興行収入記録を何度も塗り替えており、フィリピン映画界随一のヒットメーカーとして知られる。代表作には『One More Chance(2007)』『The Hows of Us(2018)』などがあり、共感を呼ぶ等身大のストーリーテリングが特徴である。卓越した商業的成功と確かな演出力により、同国のエンターテインメント界で数々の映画監督賞を受賞している。

 

 

 

主演2人の奇跡的なキャスティング

◯ 本作の主演二人のキャスティングは、フィリピン映画界における「奇跡の共演」と評されるほど異例で衝撃的なものだった。

フィリピンのテレビ業界には、最大手ABS-CBNとGMAによる激しい覇権争いの歴史があり、独自の「ネットワーク戦争(Network Wars)」と呼ばれる高い壁が存在した。両局はタレントと専属契約を結び、競合局の番組への出演や、異なる局に所属するスター同士の共演を厳しく制限してきた。

当時、キャスリン・ベルナルドとアルデン・リチャーズは、それぞれ国内メディアを二分するライバル局(ABS-CBNとGMA)の看板トップスターであった。さらに二人は、それぞれの局で「KathNiel」「AlDub」という、国民的人気を誇る固定の公式恋愛ペア(ラブチーム)を組んでおり、その枠を超えて他社のスターと組むことは業界のタブーに近い状態だった。

この強固なビジネス構造の壁を壊し、局とラブチームの垣根を越えて実現したW主演だからこそ、本作は公開前から社会現象級の注目を集め、歴史的な大ヒットへと繋がったのである。

 

 

キャスリン・ベルナルド(Kathryn Bernardo)

◯ ジョイ(Joy)。フィリピンで看護学校を卒業後、家政婦(Domestic Helper)として香港で働いている。将来はカナダで看護師として働き、家族を呼び寄せたいと考えている。

◯ 1996年生まれのフィリピンを代表する圧倒的な人気を誇る女優である。
2003年に子役としてキャリアをスタートさせ、ドラマ『Mara Clara』のリメイク版(2010年)の主演でブレイクを果たした。  彼女は同国の映画界において、興行収入の歴史的記録を次々と塗り替えてきた「ボックスオフィス・クイーン」として名高い。
代表作には、国内で社会現象的な大ヒットを記録したロマンス映画『The Hows of Us(2018)』や、本作とその続編『Hello, Love, Again(2024)』などがある。確かな演技力とカリスマ性で、世代を超え広く愛される国民的スターである。

 

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アルデン・リチャーズ / リチャードス(Alden Richards)

◯ イーサン(Ethan)。蘭桂坊のバーでバーテンダーをしている。父親が居住権を持ち、自身も居住権取得を希望するも、それ以外に将来の目標を持っていない。

◯ 1992年生まれのフィリピンを代表するトップ俳優、歌手、実業家である。2010年のデビュー後、バラエティ番組内の即興恋愛企画「AlDub」で社会現象的な人気を獲得し、一躍国民的スターとなった。

本作『Hello, Love, Goodbye』シリーズ以外でもヒット作を連発しており、近年の代表作には、julia Barrettoと共演して複雑な大人の恋愛を演じきった『Five Breakups and a Romance(2023)』やシリアスなサスペンスドラマ『The Road(2011)』での怪演など、ジャンルを問わない確かな演技力が高く評価されている。

 

 

その他の俳優

カカイ・バウティスタ(Kakai Bautista)

ヒロインのジョイを公私ともに支える出稼ぎ労働者の友人、サリ・ダラガ役をユーモアたっぷりに演じたカカイ・バウティスタ。
フィリピンのベテランコメディアン、女優、そして歌手である。卓越したコメディセンスと親しみやすいキャラクターで、数多くの映画やドラマの脇を固める名バイプレイヤーとして活躍している。

 

リト・ピメンテル(Lito Pimentel)

主人公イーサンの父親であるマリオ・デル・ロサリオ役。
長年にわたりフィリピンのエンターテインメント界で第一線を走り続ける実力派のベテラン俳優。重厚な人間ドラマから映画、テレビドラマまで幅広くこなす確かな演技力に定評がある。

 

ジョロス・ガンボア(Joross Gamboa)

主人公イーサンの友人であるジム役。
俳優、コメディアン、モデルとしてマルチに活動する実力派スターである。数々のヒット作に出演しており、フィリピン映画界の興行収入トップクラスの作品に名を連ねるヒットメーカーの常連でもある。

 

 

 

【香港でのロケ地】

1. 中環:日曜日になると数多くのフィリピン人が集う、本作のテーマを象徴するエリア。

中環 - Wikipedia

2. 蘭桂坊(ランカイフォン):ジョイがバイト先として紹介されたバーのあるエリア。

蘭桂坊(ランカイフォン)[Lan Kwai Fong] | 香港ナビ

3. 中環碼頭:ジョイとイーサンが初めてきちんと会話を交わす場所

中環碼頭 クチコミ・アクセス・営業時間|香港【フォートラベル】

4. 長洲島:イーサンの父と弟が住んでいる。中環からフェリーで行ける離島で、島内には自動車がなく、独特の風景が観光地としても知られている。『ラスト・ソング・フォー・ユー(2024)』も長州島で撮影している。

長洲島 - Wikipedia

『ラスト・ソング・フォー・ユー』香港映画レビュー&解説 | 日本ロケで青春を振り返る鄭伊健イーキン・チェン主演作「久別重逢 Last Song For You (2024)」 - daily diary

5. アベニュー・オブ・スターズ:ジョイの決断についての会話が交わされる場所。

アベニュー・オブ・スターズ (香港) - Wikipedia

6. 旺角:屋上にあるイーサンが借りた場所

旺角 - Wikipedia

その他、最後の3日間に2人は怪獸大廈(モンスターマンション)獅子山ハイキングコースなどの名所を巡る。

We Found the Filming Locations for “Hello, Love Goodbye”!: klook.com

 

 

 

【同じテーマを扱った関連作品】

 

『Sunday Beauty Queen(2016)』

本作と同様に、日曜日のセントラルを舞台に、フィリピン人メイドたちがミスコンに情熱を燃やす姿を追ったドキュメンタリー。フィリピンで最も権威のある「メトロマニラ映画祭」で高く評価され、ドキュメンタリー映画として史上初めて「最優秀作品賞」を受賞した。


www.youtube.com Sunday Beauty Queen (2016) | Full Movie | Babyruth Villarama | TBA Studios

 

『Hong Kong Trilogy(2015)』

王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の『恋する惑星(1994)』などの撮影監督として、世界中に「香港の記号(ネオンや路地)」を植え付けた巨匠クリストファー・ドイルによるドキュメンタリーとフィクションを融合したオムニバス映画。第三章に中環のフィリピン人たちが登場する。


www.youtube.com HONG KONG TRILOGY: PRESCHOOLED PREOCCUPIED PREPOSTEROUS Trailer | Festival 2015

 

『母と娘(Anak, 2000)』

OFWが抱える家族の崩壊と葛藤をリアルに描いた、フィリピン映画史に翻る社会派ヒューマンドラマの金字塔。
香港の家政婦として働き詰めた母親と、長年の不在から「捨てられた」と怨む長女との激しい対立と修復のドラマは、当時の歴代興行収入1位を記録する大ヒットを達成。新旧トップ女優による魂の熱演は名シーンとして今なお語り継がれ、アカデミー賞外国語映画賞のフィリピン代表にも選出された2000年代を代表する傑作だ。


www.youtube.com ‘Anak’ FULL MOVIE | Vilma Santos, Claudine Barretto

 

『Sana Maulit Muli(1995)』

フィリピンとサンフランシスコを舞台に、海外移住がもたらす心の変化と遠距離恋愛の崩壊・再生を描いた不朽のロマンス傑作。
巨匠オリヴィア・M・ラマサンのデビュー作であり、世界の歌姫レア・サロンガと名優アガ・ムラックが競演。環境の変化で自立していく女性と、プライドを砕かれる男のリアルな葛藤を活写し、数々の映画賞を総なめにした90年代フィリピン映画の頂点。


www.youtube.com 'Sana Maulit Muli' FULL MOVIE (Digitally Restored) | Aga Muhlach, Lea Salonga

 

『Milan(2004)』

『Sana~』の監督による、イタリアへ密入国し失踪した妻を捜す純朴な青年と、現地で彼を支える逞しい出稼ぎ女性(OFW)との切ない愛とサバイバルを描いたロマンティック・ドラマの傑作。
『Anak』が親子の断絶を描いたのに対し、本作は異国での孤独がもたらす男女の愛憎やOFWの過酷な現実を活写。ピオロ・パスカルとクラウディン・バレットの名演が光る本作は、興行・批評ともに大成功を収め、今なお愛されるフィリピン映画の名作。


www.youtube.com ‘Milan’ FULL MOVIE (Digitally Restored) | Claudine Barretto, Piolo Pascual

 

 

『Minggu Pagi di Victoria Park(Sunday Morning in Victoria Park、2010年)』

こちらはインドネシアから香港への家政婦を描いた作品。父親の命により働くと同時に、香港で行方不明の姉を探す事になった妹を描く。
インドネシア人家政婦が毎週日曜に集う銅鑼湾(コーズウェイベイ)の維多利亞公園(ビクトリアパーク)も登場する。


www.youtube.com MINGGU PAGI DI VICTORIA PARK - Trailer FIlm Indonesia 2010.flv

 

 

 

【OFW(海外フィリピン人労働者)とは】

OFW(Overseas Filipino Workers:海外フィリピン人労働者)の歴史は、1970年代にマルコス政権が国内の失業対策と外貨獲得のために国家戦略として海外派遣を推奨したことに始まる。当初は中東の建設現場への出稼ぎが中心であったが、次第に女性の家政婦や医療・介護従事者、IT人材へと職種が多様化し、派遣先も世界中に拡大した。

現在、OFWの総数は数百万人規模に上り、彼らが故郷へ送る海外送金はフィリピンの国内総生産(GDP)の約1割を支える経済の生命線である。しかし、本作でも描かれているように、家族と離れ離れになることによる家庭崩壊や、現地での過酷な労働環境、権利侵害といった深刻な社会的課題も依然として抱えている。

 

【香港に出稼ぎに来るフィリピン人とは】

香港の家政婦ビザ(FDHビザ)

フィリピン人が香港で家政婦として働く際は、「外国人家庭内労働者(FDH)ビザ」を取得する必要がある。このビザは特定の雇用主との2年契約が条件であり、雇用主の自宅への住み込みが義務付けられている。最低法定賃金や往復航空券の支給、医療費の負担などが法律で保障されている一方、原則として他職種への転職や、長期在住による香港の永住権(居留権)の取得は認められていない。

◯ 特徴的なポイント

1. 解雇・契約終了から14日以内に国外退去(Two-week Rule):不法就労防止の規則だが、労働者側としては解雇されるとすぐに追い詰められるプレッシャーとなっている。

2. 完全住み込み義務: 雇用主の自宅への居住が法律で義務付けられており、外部通勤は認められない。

3. 厳格な一箇所雇用の原則: 契約した雇用主、住所、家事関連の職種以外での労働(アルバイトや店舗手伝い)は一切禁止。

4. 独自の最低賃金と現物支給: 一般の最低賃金法とは別に専用の「最低許容賃金」が設定され、無料の食事提供も義務。

5. 雇用主の費用全額負担: 渡航時の往復航空券代や、滞在中のすべての医療費は雇用主が負担する。

6. 永住権の除外: 通常「有効なビザで連続7年以上合法的に居住」すれば永住権(香港居留権)を申請できるが、FDHビザの場合はカウントされない。

 

 

香港におけるフィリピン人出稼ぎの歴史

香港へのフィリピン人出稼ぎは、1970年代の後半から本格化した。当時、経済成長を遂げた香港では中産階級の共働き世帯が急増し、安価で英語が話せる家庭内労働者の需要が高まった。同時期にフィリピン政府も国策(OFW政策)として海外派遣を後押ししたため、多くのフィリピン人女性が香港へ渡った。1980年代以降その数はさらに拡大し、現在も香港の家庭環境や労働市場を底辺から支え続ける重要な存在となっている。

現在、香港における外国人家庭内労働者の総数は約37万人規模で推移している。コロナ禍のロックダウンによる一時的な減少を経て、近年は再び回復・増加傾向にある。
国籍別では依然としてフィリピン人が約55%と過半数を占めるが、他国からの同業者としてインドネシア人が約42%まで急追しており、二大勢力となっている。さらに、香港の急速な高齢化に伴い、従来の育児だけでなく高齢者介護のニーズが急増しているのも大きな現状変化である。

男性の海外労働者

全体数では女性が約6割、男性が約4割であり、男性の方が少ない。1970年代の国策開始当初は男性が主流だったが、需要の変化により「移動の女性化」が進んだ。

男性の職種は、インフラや産業を支える現業・専門職が中心である。陸上勤務では、中東やアジアを舞台に建設作業員、エンジニア、重機オペレーター、工場作業員として活躍している。

また、男性OFWの大きな特徴として海上勤務(船員)が挙げられる。世界の商船で働く船員の約4人に1人がフィリピン人と言われており、その大半を男性が占める。彼らは貨物船やタンカー、クルーズ船のクルーとして国際物流を底辺から支えており、陸海ともに世界の現場に不可欠な存在となっている。

 

 

 

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