中国映画レビュー&解説『菜肉馄饨 Shanghai Wonton(2025)』上海映画②:高齢者を軽やかに描く革新性

豆瓣:菜肉馄饨

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

上海を舞台に上海語で描かれる「上海映画」という新しく革新的な潮流。一方で高齢者が前向きに生きる姿を軽やかに描くもう一つの革新的潮流を、さりげなく体現した先駆的な都市型ドラマ。

 

菜肉馄饨菜肉馄饨

【スタッフ & キャスト】

2025年 中国 108分 豆瓣評価:7.1/10
監督:吴天戈(ウー・ティアング)
出演: 周野芒(ジョウ・イエワン)潘虹(パン・ホン)茅善玉(マオ・シャンユー)陈国庆(チェン・グオチン)王琳(ワン・リン / リリアン)徐祥(シュー・シャン)

 

 

 

【あらすじ】

定年を迎えたエンジニアの老汪【周野芒(ジョウ・イエワン)】は、妻の素娟【潘虹(パン・ホン)】を亡くした悲しみから抜け出せず、彼女がまだ側にいて自分と話しているという幻覚にしばしば襲われている。息子の小汪【徐祥(シュー・シャン)】とは、毎週土曜に実家に帰ってきて、父の手作りワンタンを食べるだけの関係だ。
老汪はある日、息子の結婚相手を探すために人民公園の「お見合いコーナー」へ出向き、同世代の老金【陈国庆(チェン・グオチン)】、美琴【茅善玉(マオ・シャンユー)】、阿芳【王琳(ワン・リン / リリアン)】らと知り合った事で、知らず知らずのうちに予期せぬ恋愛の渦に巻き込まれていく。

 

 

 

【感想】

上海を舞台に上海語で描かれる「上海映画」という新しく革新的な潮流。一方で高齢者が前向きに生きる姿を軽やかに描くもう一つの革新的潮流を、さりげなく体現した先駆的な都市型ドラマ。

 

上海らしさが溢れる

先にレビューを書いた『拼桌(2026)』より数ヶ月早くに公開されたこちらは、より一層上海に根差した高齢者たちを描いていて、よりローカルでクラシカル。だがその分、より深い愛着が上海という街に溶け込んでいる。その誇りが、より高い志を持った作品に昇華したように感じられるのだ。

この作品もまた、全編が上海らしさに溢れている。脚本は全編上海語=滬語。そして、こちらは料理以上に風景や美術にフォーカスされている。並木道を走り抜ける自転車、さりげなく西洋風の垢抜けたファッション。主人公の住まいもクラシカルなアパートで、友人達と集まるのは老舗ホテル。お茶でなく珈琲を飲むといった、この街ならではの素敵な雰囲気を随所に醸し出す。
でも本作はそうした観光客向けではない、生鮮市場や公園のような、よりローカルな風景も捉えていて、その象徴が、タイトルにもなっている上海名物のワンタン、菜肉馄饨だ。

 

菜肉馄饨

高齢者を軽やかで前向きに描く

主人公は3年前に妻を亡くし、定年後で時間を持て余している高齢の男、老汪。忙しい息子がたまに帰ってくる時に、彼は毎度、この菜肉馄饨を作る。そして、本人をよそに結婚の心配をして、同じような親たちが我が子の相手を探しに集っている公園に行き、同世代と知り合っていく。
この映画は、そうした一連を決して暗いトーンでは描かない。老汪は今も妻の幻影を見て、幻の妻と会話する程に、喪失から未だ立ち直れていない。上海の演劇・伝統芸能の4大名門機構の実力派たちが演じている友人となった男女にも、それぞれに悩みがある。でも、たとえ菜肉馄饨の材料を買うためでも、街に出れば友人はいるし、市場や近所の人々もみんな暖かい。住み慣れた土地であればこれからも穏やかに過ごしていける事を実感でき、希望を感じられるのだ。

 

菜肉馄饨

今までの中国映画では見なかった革新性

こうした前向きな作りは、例えるなら中井貴一と小泉今日子のドラマ『続・続・最後から二番目の恋(2025)』や、同じく小泉今日子と小林聡美の『団地のふたり(2024)』などを思い起こさせる。
中国映画でこんな風に、高齢者を主人公として描き、それも前向きで自立した存在として軽やかに描いた作品は、ちょっと見たことがない。人生の主役を引退し、子世代との対立や老い、死と直面している存在だった価値観からの転換。それはとても斬新で革新的だし、今後もっと増える予感すらあるテーマだ。
特に昨年頃から表面化してきた中国映画のトレンド、大作主義から離脱し、より生活者目線の作品が増えている事、そして日本以上に急速な高齢化を思えば、こうした作品はよりマッチするし、もっと受け入れられていく、その先鞭となる映画だと感じる。

惜しいなと思わせるのは映像で、奥行きやグレーディングなど、全体的になんだか10年以上前のドラマみたいな質感に感じる。せっかくの素晴らしい美術を活かした、街の良さが印象に残るようなカットが欲しかった。後で知ったが本作には撮影指導に灰原隆裕、照明指導は川井稔という日本映画のスペシャリストが入っている。邦画的センスが活きる筈の作風な作品だけに、より一層残念に感じる。

 

菜肉馄饨

 

とはいえ、折しも同じように上海を舞台にしつつ、30代の男女が主人公に、若者の孤独や繋がりを描く、ちょうど本作と対照的な表現の映画『拼桌』が3月に公開されたところだ。「上海映画」の先鞭をつけた邵艺辉(シャオ・イーホイ / イーフイ)監督『白さんは取り込み中(2021)』『好東⻄(2024)』を経て、この同時期に公開された2作を併せて見てみると、正に上海が立体的に浮かび上がり、ローカル映画の素材として特別な存在感を持つ街というのが良くわかる。これからも上海を舞台に「上海映画」が作られていけば、香港映画にも近いブランドとして育っていくのではないか、そう思わせる。とりわけこの『菜肉馄饨』はさりげなくも2種類もの革新性を同時に持っていて、今後の映画史に残る作品になる可能性も持つ。観る前には予想もしなかった大事な意味を持つ映画だと感じられた。

 

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【トピック】

予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)


www.youtube.com 菜肉馄饨 Shanghai Wonton 2025 电影预告片1:定档版 (中文字幕)

中国での公開・興行収入・日本での公開/配信

◯ 本作は当初2025年11月15日に上海、浙江、江蘇エリアで先行公開が始まり、その時点ではわずか3%の劇場のスクリーンシェアでありながら、上海市内の興行収入の30%以上を叩き出すという驚異的なローカルヒットを記録。
その後12月12日に北京、広州、深圳などでの公開を経て、12月27日に全国公開を果たした。興行収入は2770万元(6.5億円)を記録した。

◯ 日本での公開/配信予定は現在のところない。

 

 

受賞・反響

◯ 本作は上海映画評論家奨で、本年に新設された上海映画奨を受賞した。

◯ 上海では、プロモーションやコラボレーションも行われ、特に高齢者の比率が非常に高かったという。

沪语新片《菜肉馄饨》吸引大量银发族:解放日報

这碗《菜肉馄饨》,好看!好逛!好吃!-上海市文旅推广网

 

 

日本人による撮影指導、照明指導

◯ 本作は撮影指導に灰原隆裕氏、照明指導は川井稔氏が携わっている。

◯ 灰原隆裕氏は、奥田瑛二監督の『今日子と修一の場合(2013)』や、安藤桃子監督の『0.5ミリ(2014)』などで撮影を務め注目を集めた。映画用フィルムへの造詣も深く、映画『牝猫たち(2016)』の撮影において「第59回撮影新人賞(三浦賞)」を受賞した実績を持つ。
近年の主な代表作には『彼女がその名を知らない鳥たち(2017)』『孤狼の血(2018)』『台風家族(2019)』『風の電話(2020)』『長崎―閃光の影で―(2025)』などがある。

◯ 川井稔氏は1981年より市川崑監督作品や東宝映画などの現場に照明助手として参加、1996年に照明技師として独立。2014年には映像照明をトータルにサポートする「株式会社アペックス」を設立し、代表取締役に就任。人間の心理描写や、重厚な空気感を光と影で演出する技術に定評がある実力派だ。
日本アカデミー賞において、『冷静と情熱のあいだ(2001)』『孤狼の血(2018)』『孤狼の血 LEVEL2(2021)』で3度の優秀照明賞を受賞している。

 

 

監督:吴天戈(ウー・ティアング)

映画・テレビドラマの両分野で活躍する国家一級監督。
父親の吴贻弓(ウー・イーゴン)は、『城南旧事(1983)』『巴山夜雨(1980)』などの名作を手がけた中国映画界「第四世代」の大巨匠であり、上海国際映画祭の創設を主導した人物。
自身はこれまで、サスペンス、警察ドラマ、ヒューマンドラマ、歴史劇、ネットドラマなど、非常に幅広いジャンルを手がけてきており、単なる芸術至上主義ではなく、丁寧な細部(ディテール)の積み重ねによって物語のリアリティを担保する、職人気質な演出スタイルに定評がある。上海国際テレビ祭での最優秀監督賞をはじめ、中国のテレビ映画を対象とする「百合奨」優秀監督賞など、数々の賞を受賞している。
主な作品は映画『大捷 (1995) 』『女人的天空 (1999) 』『一线缉毒 (2010) 』など。

菜肉馄饨

 

 

 

周野芒(ジョウ・イエワン)

◯ 汪建华(老汪)。定年退職し、妻を3年前に亡くして一人暮らしをしている。

◯ 名門・上海戯劇学院を卒業後、舞台(話劇)の世界で知られるようになる。1990年代から大作ドラマ「水滸伝 永遠なる梁山泊(1996)」や張国栄(レスリー・チャン)、鞏俐(コン・リー)主演の陳凱歌(チェン・カイコー)監督作品「花の影(1996)」などで活躍。また声優としても『007/カジノ・ロワイヤル(2006)』『007/慰めの報酬(2008)』中国版でのジェームズ・ボンド役などの吹き替えを担当している。

映画では、邵艺辉(シャオ・イーホイ)監督の上海を描いた第一作「白さんは取り込み中(2021)」で中国金鶏奨・助演男優賞を受賞。フェミニズム映画として大ヒットした監督の次作「好東⻄ -Her Story- (はおどんしー、2024)」にも出演。『最高でも、最低でもない俺のグッドライフ(2024)』『She Has No Name(2024)』でも好演している。

菜肉馄饨

『不止不休』中国映画レビュー&解説「The Best is Yet to Come(2020)」 - daily diary

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『好東⻄ -Her Story- (はおどんしー) 』中国映画レビュー&解説「好东西 Her Story (2024)」 - daily diary

『最高でも、最低でもない俺のグッドライフ』中国映画レビュー&解説「走走停停 Gold or Shit / G for Gap(2024)」 - daily diary

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潘虹(パン・ホン)

◯ 老汪の妻・陈素娟(汪太太)。

◯ 彼女もまた、1954年上海に生まれ・上海で育った生粋の「上海人」。1970年代後半のデビュー時には、劉暁慶(リウ・シャオチン)斯琴高娃(スーチン・ガオワー)と共に新時代"三大女星"と呼ばれて人気を博した。
『人到中年 (1982) 』『井 (1988) 』などでも映画賞を受賞している。

なんといっても、最近まで非常に希少だった全編上海語で制作された映画で、1990年代の株ブームに沸く上海をユーモラスに描いた「股疯(1994)」で劉青雲(ラウ・チンワン)と共演。「コテコテの上海のローカルなおばちゃん(買い出し袋を提げてまくしたてる姿)」をリアルな上海語で怪演。映画全編に漂う「あの時代の上海のエネルギー」を体現して、金鶏奨、百花奨、華表奨などその年の主演女優賞を総なめにした。
上記の周野芒(ジョウ・イエワン)とは、ともに上海戯劇学院で学び、上海を拠点に活動してきた同世代のトップランナーである。

『白さんは取り込み中』中国映画レビュー&解説「爱情神话 B for Busy Myth of Love(2021)」 - daily diary

菜肉馄饨

 

 

 

茅善玉(マオ・シャンユー)

◯ 友人のひとり・林美琴。夫を既に亡くしている。老汪に娘を会わせようとする。

◯ 上海の郷土伝統演劇である「滬劇(こげき/上海オペラ)」の最高峰に君臨する大スター(国家一級俳優)。長年にわたり上海滬劇院の院長を務め、上海文化を象徴する顔として絶大な人気と尊敬を集めてきた。
12歳から上海滬劇院に加入。1980年代前半、若干20代前半にして伝統劇や現代劇のヒロインを演じ、またたく間にスターダムを駆け上がった。中国の演劇界で最も権威ある梅花奨を2度受賞している。

菜肉馄饨

 

 

 

陈国庆(チェン・グオチン)

◯ 友人のひとり・金阿三(老金)。

◯ 上海の人々から親しみを込めて「阿庆(アチン)」の昵称で呼ばれている伝統的な笑芸「滑稽戯(かっけいぎ)」の最高峰に位置するトップスター(国家一級俳優)。
若くから地元の上海青芸滑稽劇団で活動していたが、45歳の時に『阿木林 (1998) 』の主役に抜擢されて知られるようになる。その後驚異的な視聴率を誇ったご近所系シチュエーション・コメディ『老娘舅 (1995) 』で爆発的な人気を得た。
今年日本でも遂に放送された王家衛(ウォン・カーウァイ)監督が上海を描いたドラマ『繁花(2023)』にも出演している。

菜肉馄饨

 

 

 

王琳(ワン・リン / リリアン)

◯ 友人のひとり・阿芳。老金と仲が良い。

◯ 1970年生まれの実力派俳優。1990年に公費でソ連(現ロシア)の全ロシア映画大学(VGIK)へ留学。帰国後大ヒットドラマ『情满珠江 (1994) 』でデビューした。赵薇(ヴィッキー・チャオ)主演の大ヒットドラマ『情深深雨濛濛(2001)』での早口の上海訛りで相手を罵倒する強烈な演技は、中国ドラマ史に残る悪女として語り継がれるだけでなく、今でもスタンプやネットミームになるほど知られている。

菜肉馄饨

 

 

 

徐祥(シュー・シャン)

◯ 老汪の息子・小汪。エンジニアの仕事が忙しく、気持ちにも余裕がない日々を送る。

◯ 上海語カルチャーの最前線を走る若手実力派俳優。1970年生まれ。15歳で上海戏剧学院附属戏曲学校に入学して滑稽戯を学び、2019年には名門・上海滬劇院に加入。滑稽戯の軽妙なセリフ回しと、滬劇の美しい発音の双方を若くして叩き込まれ、芸の土台を築いた。

2020年からはショート動画配信を開始。「市民の徐さん」として上海の日常や文化をユーモラスに描いた動画が爆発的ヒットを記録し、フォロワー200万人を超えるトップインフルエンサーへ成長。現在は独立し、映画「好東⻄ -Her Story- (はおどんしー、2024)」『She Has No Name(2024)』など、話題の映画や舞台へ立て続けに出演する注目の存在だ。

菜肉馄饨

『好東⻄ -Her Story- (はおどんしー) 』中国映画レビュー&解説「好东西 Her Story (2024)」 - daily diary

『She Has No Name』中国映画レビュー&解説「酱园弄·悬案(醬園弄·懸案)She's Got No Name (2024)」 - daily diary

 

 

 

【菜肉馄饨(菜肉ワンタン)とは】

ひき肉と刻んだ野菜の餡(あん)を包んだ、中国の江南地方(上海、江蘇省、浙江省など)を代表する伝統的な大ぶりのワンタン。中でも劇中に登場した上海の菜肉大馄饨は一つひとつが大きくボリュームがあり、主食(主菜)として親しまれていて、官帽または元宝(中国の昔の貨幣)の形に仕上げるのが特徴だ。
伝統的には「荠菜(ナズナ)」、または「上海青(チンゲンサイ)」を使用するが、特に春先に採れる荠菜(ナズナ)は上海人に好まれている。またスープに「猪油(ラード)」を少し効かせるのも上海流。江南地方では「前日の夜に材料を準備して、朝に包んで食べる」という定番の朝食メニューとなっている。

baike.baidu.com

blog.wenxuecity.com

www.sohu.com

 

 

 

【ロケ地】

劇中では、上海の様々な風景が登場する。

1. 南昌路

かつてのフランス租界エリア

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2. 淮海路

フランス租界エリアを東西に走る一大ショッピングストリート

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3. 人民公园

都心の中の大きな公園

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4. 复兴公园

欧風の造園デザインが印象的な歴史ある公園

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5. 复中菜场

(復中生鮮市場 / 復中市集)は徐匯区の歴史あるエリア(衡復風貌区)に位置するローカルな生鮮食品市場。徐匯区復興中路1239号

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6. 永康路

バーが並びプラタナス並木に文化財住宅が点在する閑静なストリート

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7. 长乐路

個人商店が並ぶ庶民派ショッピングストリート

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8. 国际饭店(パークホテル)

南京路に立地する1934年建築の歴史ある著名ホテル

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9. 外滩华尔道夫酒店(ウォルドーフ アストリア上海)

19世紀が発祥の歴史あるビル

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10. 锦江乐园

老舗遊園地だが、ハリー・ポッターのテーマパークへの大規模リニューアルの為に昨年から休園している。

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