【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
社会のシステムからこぼれ落ちた人間の生き方、救われ方を描く、小説の映画化作品。女性の描き方に多少気になる点があるとはいえ、周冬雨(チョウ・ドンユイ)が「少年の君」以来の実力を発揮していて、強烈な存在感を見せつける印象的な作品。

www.youtube.com Strangers When We Meet (2024) 朝云暮雨 - Movie Trailer
【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 108分
監督: 张国立(チャン・グオリー)
出演: 范伟(ファン・ウェイ)、周冬雨(チョウ・ドンユイ)、宋佳(ソン・ジア)、毛孩(マオ・ハイ)、范湉湉(ファン・ティエンティエン)、杨皓宇(ヤン・ハオユー)
【あらすじ】
27年間の服役を終えて出所した老秦【范伟(ファン・ウェイ)】は、長期の服役中に両親を亡くし、実家は立ち退きとなって政府から大金が支払われる事となった。人生の大半を刑期に費やし、金以外は何も持たない初老の男となった老秦は、結婚しようと相談所へ行くのだが現実に打ちのめされる。
そこで、同じく出所したてという若い女・常娟【周冬雨(チョウ・ドンユイ)】と出会うのだった。
【感想】
社会のシステムからこぼれ落ちた人間の生き方、救われ方を描く、小説の映画化作品。女性の描き方に多少気になる点があるとはいえ、周冬雨(チョウ・ドンユイ)が「少年の君(2019)」以来の実力を発揮していて、強烈な存在感を見せつける印象的な作品。
中国では昨年の4月に公開され、時おり名前を聞く作品だったが、ようやく見ることができた。監督をしたのが俳優でよく知る张国立(チャン・グオリー)という点に興味を引かれたが、あらすじを読むと若い女と老いた男が結婚する話だという。なんだか心配になったので、なかなか手が進まなかったのだ。そうして実際に見てみたが、心配が杞憂だったとまでは言えなかったが、それ以上に周冬雨(チョウ・ドンユイ)の強烈な演技に圧倒される、見る価値のある作品であった。今後彼女のキャリアを語る上でポイントになる作品になるだろう。

とはいえこの映画、作中に幸せな人物など誰一人いない、厳しい内容の作品だ。主演の2人は共に元犯罪者であり、中国に限らずともそうした人物の周囲には"まとも"な人は近づいてこない。彼らの世界に関わるのは少人数だけの狭い狭い世界で、だからこそ主人公・老秦と周冬雨(チョウ・ドンユイ)演じる常娟は、いびつな関係である事を知りつつ結婚する事にしたのだ。
特に前半は、そのいびつさがより際立ち、なかなか見ているのが辛い。老秦は模範的な態度で出所して、普通以上に礼儀正しく振る舞い、まともな人物として生きていこうとする。そして刑期の間に亡くした両親が望んでいたからと、半ば親孝行で結婚相手を探し始める。だが、27年間の獄中生活で生じた常識や社会経験の不足が、またも彼を社会の片隅へと追いやっていく。
一方の常娟もまた、出自は怪しいが明らかに身寄りがない。そしてまだ24歳だというのに、10年もの刑期を終えて出てきたところだという。最初、老秦は常娟を怪しんでいたし避けるようにしていた。だが、結局彼らは結婚する事にしたのだ。

主人公の老いた男が若い女と結婚するという、男に都合が良さそうなストーリーで、監督もベテラン男性。2024年という時代に危なっかしい企画だが、見ていても結構ハラハラさせられる。常娟が積極的に近づき、老秦も色々と買い与えたり嬉しそうな表情をしたりと、一線は越えないものの、男のファンタジー的な描写がちょこちょこ出てくるのだ。常娟をファム・ファタル的な不思議な存在に見せようとしたりと、まあ2人が幸せならばいいか…なんて思ってたりしていたが…
だがしかし、後半は一転して、これまでとは全く違う様相を呈していく。
ここから名優・周冬雨(チョウ・ドンユイ)の真価が発揮されていく。多くの作品に出演してきた彼女の、何面もの違う顔を見せるその振れ幅に改めて驚いたし、凄みや気迫で言えば「少年の君(2019)」にも匹敵するレベルだ。「小さな私(2024)」の易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)と同じく、今すぐ世界に羽ばたいて国際的な映画に出演したらいいのに、そう思わされるような圧倒的な演技を見せつける。
本作は、似た境遇ながら対称的とも言える2人が、一度味わった絶望に結局また絡め取られていく、ある意味でノワールとも言えるような、下層社会の典型のような物語だ。2人は共に、弱肉強食の下層社会をサバイブしてやろうという、中国映画でよく描かれる肉食動物的な逞しさも持たない。それぞれただ慎ましく生きていきたいと願う、ある意味で鏡のような存在だ。であるならば、ぜひ女性側からこの物語を描いて欲しかったと、見終わってそう思わせられた。
彼女の気持ちはより傷つき、より絶望している筈で、それこそより映画として描かれるべきものである筈だ。常娟の人生を想像すると、心が掻きむしられるようになる。それ程衝撃的な映画であった。
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【トピック】
◯ 本作は2024年4月20日に北京国際映画祭でワールドプレミア。翌月5月17日から全国公開を開始した。公開初週の興収ランキングは8位を記録した。
興行収入は1881万元(3.8億円)。
◯ 日本では、2025年7月からの天壇映像グローバルツアー 北京国際映画祭セレクション:中国映画週間というイベントにて上映された。
◯ 本作はノンフィクション作品を対象にした投稿プラットフォーム「真实故事计划」の作品賞・第二回非虚构写作大赛で大賞を受賞した、夏龙の「穿婚纱的杀人少女(2019)」を原作としている。だが実話であるという根拠が見つからなかったので、その点ははっきりしない。
张国立执导《朝云暮雨》开机,改编自死缓犯被骗婚的非虚构故事_风闻
◯ 原作もこのリンクから読むことができるし、ノベライズ版も2024年末に虫安というペンネームで出版された。
◯ 第二回非虚构写作大赛受賞作のアンソロジーにも収録されている。
◯ 監督の张国立(チャン・グオリー)は、むしろ俳優としてよく知られている。
15歳頃から貴州省の鉄道部で工員として勤め始めたが、偶然にも普通語が話せたため鉄路文工団という中国鉄道部所属の演劇や雑技団、舞踊団もある芸術団体で、アナウンサーとしてキャリアを開始した。その後1970年代に俳優へと転身し、数多くのドラマや映画に出演している。
主な主演した作品は、全6部の大長編ドラマ「康熙微服私访记(1997)」や歴史ドラマ「铁齿铜牙纪晓岚(2001)」、「忠诚 (2001) 」、「金婚 (2007) 」、「中国1945之重庆风云(2011)」、馮小剛(フオン・シャオガン)監督の映画「一九四二(2011)」、「手机(2003)」、「芳華-Youth-(2017)」など。
映画監督としてもドラマ「五月槐花香(2004)」などを手掛けている。
最近の主な出演作はジャッキー・チェンの「カンフー・ヨガ(2017)」、「老师·好(2019)」、「クラウディ・マウンテン(2021)」、张艺谋(チャン・イーモウ)監督「坚如磐石(2023)」など。

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◯ タイトルの「朝雲暮雨(ちょううんぼう)」とは、男女が夢の中で契りを結ぶこと、あるいは男女の情交を意味する故事成語で、「巫山の雲雨」とも言う。
紀元前・春秋戦国時代の楚の文人・宋玉が記した「高唐賦」にある故事から、重慶・長江流域の名勝・巫山を舞台にした伝承となっている。
「朝雲暮雨」の成り立ちについての解説:巫山 - Wikipedia
「高唐賦」は中国南北朝時代に編纂された詩集「文選」に収録されている。
◯ 今作のプロデューサーである韩三平(ハン・サンピン)は主旋律映画「建国大業 (2009) 」などの監督であり、大ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」のプロデュースなどでも知られるヒットメーカー。中国最大の映画制作会社「中国電影集団」の会長にまで登りつめたが、党の重鎮であった周永康との関係で調査を受け退任している。
「カンフーハッスル(2004)」、「クレイジーストーン(2006)」、「空海 美しき王妃の謎(2017)」ほか、数多くの映画をプロデュースしている。
范伟(ファン・ウェイ)
◯ 老秦。30年の刑期を終え出獄したばかり。両親の望みどおり家庭を持ちたいと思っていた。
◯ 撮影には30kgの減量をして臨んだという。
小品というコント的な喜劇で活躍してきた俳優。特に1996~2003年は"春晩"という春節前夜の特番での小品に毎年出演していた。
俳優としては「胡同(フートン)愛歌(2003)」でモントリオール映画祭・主演男優賞、映画「ミスター・ノー・プロブレム(2016)」で台湾金馬奨・主演男優賞を受賞した。ドラマ「老大的幸福 (2010) 」での演技でも数多くの賞を受賞している。
映画「愛しの故郷(2020)」の後、大ヒットドラマ「ロング・シーズン (2023) 」に出演。张艺谋(チャン・イーモウ)監督の「ワン・セカンド(2020)」、「第二十条(2024)」の2作に出演し、先月公開の陳可辛(ピーター・チャン)監督のカンヌ出品作「酱园弄 (2024) 」にも出演している。

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周冬雨(チョウ・ドンユイ)
◯ 常娟。同じように10年の刑期を終えたばかりの元受刑者。刑務所の前で老秦と出会い、結婚する。
◯ 1982年生まれだがもはや大御所と言ってもいい大女優だ。自身の会社から製作に出資するなど女優以外でも映画界で幅広い活躍を続けている。「サンザシの樹の下で(2010)」でデビューし、「ソウルメイト/七月と安生(2016)」、「少年の君(2019)」という曾国祥(デレク・ツァン)監督の秀作2作、「僕らの先にある道(2018)」などなど、数多くの映画に出演している。
2023年以降、王一博(ワン・イーボー)主演作「ボーン・トゥ・フライ」、「中国青年:我和我的青春」、ネットメディアの記者を演じた「热搜(熱捜、2023)」、「鹦鹉杀」、そして今作監督の张国立(チャン・グオリー)主演、张艺谋(チャン・イーモウ)監督の社会派サスペンス「坚如磐石」、シンガポール人・陈哲艺(アンソニー・チェン)監督の「国境ナイトクルージング(2023)」&今年3月の「平原上的火焰(2021)」という2作の刘昊然(リウ・ハオラン)との共演映画と、再び数多くの映画出演をこなしている大人気俳優だ。

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宋佳(ソン・ジア)
◯ 結婚紹介所から紹介された女性。
◯ 1980年ハルビン出身。ドラマ「其实不想走 (2001) 」で俳優デビューし、大ヒットドラマ「闖関東(ちんかんとう、2008)」での印象的な役で知られる事となった。映画「崖上のスパイ(2021)」の原案となったドラマ「悬崖 (2012) 」で高い評価を得る。
映画では「萧红 (2012) 」やカンフー映画「ファイナル・マスター(2015)」、娄烨(ロウ・イェ)監督「シャドウプレイ(2019)」などに出演。
最近ではドラマ「小舍得 (2021) 」、「A LIFELONG JOURNEY ー人世間ー(2022)」に出演のほか、実在の無料公立女子高を設立した女性の自伝的物語「山花烂漫时 (2024) 」が大変高い評価を受けた。
そして昨年末、上海を舞台にした大ヒットフェミニズム映画「好東⻄ -Her Story-(2024)」で主演し、新たな代表作となった。

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毛孩(マオ・ハイ)
◯ 老秦に掃除を任せる食堂の主人。
◯ 1977年生まれ。名門・中央戯劇学院卒業後、人民解放軍の劇団に加入する。
多くのドラマ・映画に出演しているが、主な作品はコメディ映画「炊事班的故事 (2002) 」やドラマ「县委大院 (2022) 」などがある。

范湉湉(ファン・ティエンティエン)
◯ 食堂の主人の妻。
◯ 1980年上海生まれで、バラエティ番組で活躍するタレントでもある。主な出演作は映画「カンフーハッスル(2004)」や、ドラマ「江山如此多娇 (2021) 」、王家衛(ウォン・カーウァイ)が監督した「繁花 (2023) 」など。

杨皓宇(ヤン・ハオユー)
◯ 村長。刑務所で実家の事などを手配してくれる。
◯ 1974年生まれで芸歴も長いが、日本に入っている出演作は王兵監督の映画「無言歌(2010)」ほどであった。
その後、映画「流転の地球(流浪地球、2019)」への出演からヒットSF映画「宇宙探索編集部(2023)」の主演へと繋がる。
以来、沈腾(シェン・トン)主演の「月で始まるソロライフ(2022)」、尹正(イン・ジョン)主演のミステリー「扬名立万(2021)」、ドラマでは张若昀(チャン・ルオユン)主演の「雪中悍刀行(2021)」、王家衛(ウォン・カーウァイ)が監督した「繁花 (2023) 」などがあり、昨年は张艺谋(チャン・イーモウ)監督の最新映画「第二十条(2024)」にも出演と、いまや人気俳優の一人となった。

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