【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
世界各地で今まさに登場し始めているフェミニズム映画の中国の到達点。監督の前作と同様、上海らしさ溢れる街の風景の中で、子どもまで含めた現役世代の女性たちによって作られた都市生活の物語。珠玉のセリフたちが並ぶ脚本が素晴らしい。
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【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 123分
監督: 邵艺辉（シャオ・イーホイ）
主演: 宋佳（ソン・ジア）、钟楚曦（チョン・チューシー）、曾慕梅（ヅェン・ムーメイ）、章宇（チャン・ユー）、赵又廷（マーク・チャオ）、任彬（レン・ビン）
【あらすじ】
王铁梅【宋佳（ソン・ジア）】は離婚し、娘と共に上海の古めかしいアパートに引っ越してきた。隣に住む小叶【钟楚曦（チョン・チューシー）】は、バンドをやっている若い女性だ。ネットメディアの編集長という新しい仕事も見つかり、王铁梅は新しい生活に忙しいが、そこへ元夫や小叶の恋愛などの新しい問題が発生しはじめる。
【感想】
世界各地で今まさに数多く登場しているフェミニズム映画の中国の到達点。監督の前作と同様、上海らしさ溢れる街の風景の中で、子どもまで含めた現役世代の女性たちによって作られた都市生活の物語。珠玉のセリフたちが並ぶ脚本が素晴らしい。
今作は監督の前作「白さんは取り込み中（2021）」の並行世界の物語となっている。この前作は、同じ上海が舞台だが中年男性が主人公で、都市に住む人々の生活を描いており、これまた会話がとても素敵な素晴らしい映画だった。今作以上にオシャレなエリア、クラシックな街並みを魅力的に見せていて、トレンディとすら言える空気を湛えていた。
今回は、そうしたトレンディさは多少控えめだが、やはり他の都市では出てこない独特の素敵な雰囲気があって、外庭や部屋の造作まで心踊る細やかな絵作りがなされている。
そういう空気感は映画全体を貫いていて、もう中国映画っぽい空気みたいなものは殆ど感じられないし、なんとなく監督や製作陣のバックグラウンド自体も様々な国のカルチャーを摂取してきたんだろうなと感じさせる。今までの中国映画界とは違う価値観が映画全体に染み出している感じなのだ。
前作の美点だった台詞回しは、今回女性たちという事もあって本領発揮と云わんばかりによりキレが増してていい。それを演じる女性3人のノリの良さも伝わってくる。
この3人の置き方も良くて、バランスの取れた2人にあえて9歳の女の子という組み合わせ、しかも大事な台詞をあえてこの子に言わせている。すごくフェアな扱いだし、対等な関係性がより強調されている。宋佳（ソン・ジア）演じる王铁梅は確かに年長で経験値も高くて、賢い。女性の地位向上にも意識的であり続けていた。だが大事な事はそこじゃない。その大事なところは台詞でなく物語で見せる。そこが最高だ。
そして物語をリードする女性陣も全員が完璧ではない。
今作のストーリーはリアリティよりもやや理想主義的に描かれている。だがそれはユートピアを描くためではなく、未だ足りていない現在状況を見せるためだ。男性陣はそれなりに努力しているが、いかにも彼女たちとは噛み合っていない。そして、エンディングの通り、この映画はそこを批判している訳でもない。
コミカルなテイストも多くて楽しいが、それも同じ意図からくる演出だと感じたし、それはちょうど日本で公開中のイタリア映画「ドマーニ！ 愛のことづて（2023）」のテイストにも通じる感覚なのではないだろうか。
本作のタイトルは「好东西」つまり「いいもの」という事だが、好を分解して「女子のもの」とも読めるようになっている。それが何かを描く映画でもあるのだ。
女性が作る女性の映画という意味でのフェミニズム映画は、中国でもここ最近増えてきていて、しかもしっかりヒットするようにもなっているのがとても好ましい。本作の直前に公開された「家出の決意（2024）」や、その前にも「我经过风暴（2023）」や「YOLO 百元の恋（2024）」などもあるが、告発という形で作られているものが多かった印象だ。だがこれはより深く、より間口は広く、よりポジティブに作られていて、7.21億元（141億円）と大ヒットしたのも納得できる。
2024年の到達点として確実に中国映画史に残る映画だと感じた。とはいえ、日々進んでいっているテーマでもあり、今後もより一層進んだ映画が登場して欲しい。個人的には農村部が舞台の作品だったり、「マッドマックス 怒りのデス・ロード（2015）」のようにヒーロー的な女性キャラが活躍する、またはロールモデルになるアイコン的な主人公が登場する作品などなど、もっともっと色んなバリエーションが増えて欲しい。
女性による映画作りはまだ始まったばかりだ。
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【トピック】
◯ 本作は2024年11月22日に中国で全国公開。公開初週から4週間連続で興収ランキング1位を獲得した。興行収入は7.21億元（141億円）。
◯ 監督の邵艺辉（シャオ・イーホイ）は、初監督となった前作「白さんは取り込み中（2021）」が中国金鶏奨・脚本賞を受賞、7部門ノミネートで全作品中2位のノミネート数という高評価を獲得した。山西省の出身だが北京電影学院卒業後6年ほど上海に住んでいた。
宋佳（ソン・ジア）
◯ 最近夫と離婚して娘と暮らしている王铁梅。ネットメディアの編集長をしており、かつてはジャーナリストを志していたが挫折感を持つ。
◯ 1980年ハルビン出身。ドラマ「其实不想走 (2001) 」で俳優デビューし、大ヒットドラマ「闖関東（ちんかんとう、2008）」での印象的な役で知られる事となった。映画「崖上のスパイ（2021）」の原案となったドラマ「悬崖 (2012) 」で高い評価を得る。
映画では「萧红 (2012) 」やカンフー映画「ファイナル・マスター（2015）」、娄烨（ロウ・イェ）監督「シャドウプレイ（2019）」などに出演。
最近ではドラマ「小舍得 (2021) 」、「A LIFELONG JOURNEY ー人世間（じんせいけん）ー（2022）」に出演のほか、実在の無料公立女子高の設立に尽力した女性の自伝的物語「山花烂漫时 (2024) 」が大変高く評価された。
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钟楚曦（チョン・チューシー）
◯ バンドでボーカルをしている小叶。マッチングアプリで小胡と出会うが、彼のはっきりしない態度から不安でいつまでも悩んでいる。
◯ 冯小刚（フォン・シャオガン）監督の映画「芳華-Youth-（2017）」で知られるようになる。
他にも「脱单告急（2018）」や「モフれる愛（2019）」、ジャッキー・チェンの「ナイト・オブ・シャドー 魔法拳（2019）」、今作同様に黄景瑜（ホアン・ジンユー）と共演となる「ワイルドグラス（2020）」、中国共産党の誕生を描いたオールスター映画「1921（2021）」などに出演。昨年は映画「FPU～若き勇者たち～（2024）」で国連平和維持活動の隊員を演じたほか、SFコメディ映画「从21世纪安全撤离 (2024) 」やドラマ「灿烂的风和海 (2024) 」に出演している。
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曾慕梅（ヅェン・ムーメイ）
◯ 王铁梅の娘、王茉莉。積極的ではない性格のため、母・王铁梅は心配している。
◯ 2013年生まれ。90年代後半から活躍し、婁燁（ロウ・イエ）監督の映画「ブラインド・マッサージ（2014）」や林超賢（ダンテ・ラム）監督の香港映画「激戦 ハート・オブ・ファイト（2013）」で知られる女優・梅婷（メイ・ティン）の実の娘。
リアリティ番組「妈妈是超人」第一シーズン（2016）に親子で出演し芸能界デビュー。映画「断·桥 (2022) 」に出演以来、映画出演は2作目となる。
章宇（チャン・ユー）
◯ 小叶のバンドメンバー・小马。小叶と共に次第に王铁梅らと仲良くなる。
◯ 章宇は長らくインディー映画に携わっていたが、「象は静かに座っている（2018）」での主演で知られる事となった。良作「无名之辈 (2018) 」のほか、大ヒット映画の名作「薬の神じゃない!（2018）」で主人公の5人組の一人の若者を演じ、最近では同監督の「素晴らしき眺め（2022）」にも出演。
张艺谋（チャン・イーモウ）と娘の张末（チャン・モー）共同監督の良作「狙击手（2022）」では朝鮮戦争での非常に印象的な狙撃部隊隊長を演じ、陳可辛（ピーター・チャン）監督のカンヌ出品作「酱园弄 (2024) 」にも出演するなど、決して多くに出演しないが良作ばかりという俳優だ。
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赵又廷（マーク・チャオ）
◯ 王铁梅の元夫。今でもなにかと家に来たり会う事も多い。
◯ 赵又廷（マーク・チャオ）は台北出身の台湾人俳優。
台湾ドラマ「ブラック&ホワイト（2009）」で主演デビューし高評価を得た後、台湾映画「モンガに散る（2010）」でアジア映画大賞新人賞を受賞。「LOVE（2012）」を経て陳凱歌（チェン・カイコー）監督作「捜索（2012）」に出演。
スター女優・趙薇（ヴィッキー・チャオ）の初監督作で良作だった「So Young～過ぎ去りし青春に捧ぐ～（2013）」では杨子姗の相手役として主演、5年後の「南極の恋（2018）」でも同じ組み合わせで再び出演している。
他の出演作は映画「ハーバー・クライシス（2014）」、「ドラゴン・クロニクル（2015）」、「王朝の陰謀（2018）」、「陰陽師: とこしえの夢（2020）」など、ドラマでは杨幂（ヤン・ミー）との古装劇「永遠の桃花（2017）」や「マイ・ディア・ライフ（2020）」、医療もの「问心 (2023) 」など。
2023年日本公開の娄烨（ロウ・イエ）監督のスパイ・アクション「サタデー・フィクション（2019）」で巩俐（コン・リー）と共演している。
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任彬（レン・ビン）
◯ マッチングアプリで小叶と出会った小胡。眼科医をしている。
◯ ドラマ「光芒（2021）」などに出演後、2023年にドラマ「一路朝阳」、「故乡，别来无恙」、それにドラマとその映画版「美味しいロマンス The Movie（2023）」に出演して知られるようになった。その後ドラマ「成都デイズ（2023）」や檀健次（タン・ジェンツー）&张婧仪（チャン・ジンイー）が主演のラブロマンス映画「被我弄丢的你（2024）」に出演している。
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その他の俳優
◯ 王铁梅が作っているメディアの記者、小鹿役の王菊（ナオミ・ワン、ワン・ジュー）は、韓国の大ヒットオーディション番組「PRODUCE 101」の中国版「創造101（2018）」に参加。当初は上位に入賞できず選出メンバーによって結成されたグループ「火箭少女101」からは落選したが、後に正式メンバーに選ばれた。オーディション参加者からかけ離れたイメージだが、明るくポジティブな性格で逆に大ブレイク、「中国のビヨンセ」との異名までついた。
自身の楽曲が映画「李茶的姑妈（2018）」、「新喜劇王（2019）」の主題歌に採用。映画「被光抓走的人（2019）」では出演まで果たす。
ドラマとその映画版「美味しいロマンス The Movie（2023）」で、主演3人の1人を好演。ドラマ「一路朝阳（2023）」や王家衛（ウォン・カーウァイ）監督による大ヒットドラマ「繁花 (2023) 」に出演。そして先週から公開の冯小刚（フォン・シャオガン）監督の新作映画「向阳·花 (2025) 」でも主演の女性5人組の1人として出演と、じわじわ忙しくなってきている俳優だ。
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◯ 小胡のマンション管理人役に周野芒（ジョウ・イエワン）。前作で主人公の友人を演じて中国金鶏奨 助演男優賞にノミネートされた。
1990年代から大作ドラマ「水滸伝 永遠なる梁山泊（1996）」や張国栄（レスリー・チャン）、鞏俐（コン・リー）主演の陳凱歌（チェン・カイコー）監督作品「花の影（1996）」などで活躍。東京フィルメックスで上映された「不止不休（2023）」にも出演している。
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劇中で言及・登場した人物、挿入歌
◯ ソフィア・ローレン：前作「白さんは取り込み中（2021）」でも台詞に登場する。
◯ 上野千鶴子：社会学者・フェミニスト。2019年以降中国でブームとなり、「往復書簡 限界から始まる」などの書籍が人気となった。
◯ 湯山玲子：上野千鶴子との共著書「快楽上等! 3.11以降を生きる」がある。
◯ 贾樟柯（ジャ・ジャンクー）：映画監督。現在、新作「新世紀ロマンティクス」が日本で公開されている。
◯ 平遥国际电影展：贾樟柯（ジャ・ジャンクー）が主催して2017年から開催している映画祭
◯ マルコ・ミュラー：映画プロデューサー。70年代の中国留学経験から様々な中国映画を多くの映画祭を通して紹介し続けてきた。ヴェネツィア映画祭でアートディレクターを務めた後、中国に在住し平遥国际电影展のディレクターも務めている。
中国で映画の未来を拓き続けるマルコ・ミュラー - SWI swissinfo.ch
◯ フリーダ・カーロ：メキシコの現代絵画を代表する女性画家。
◯ ルース・ベイダー・ギンズバーグ：RBGと呼ばれ、アメリカでリベラル派の代表的存在として尊敬される女性最高裁判事。
◯ オープニングでは、USインディ・フォークのシンガーソングライター、ジェシカ・プラットが2024年に発表した「Life Is」が使われている。
【ライナーノーツ】 ジェシカ・プラット 『Here in the Pitch』 （5,600文字）｜Shutaro Tsujimoto
www.youtube.com Jessica Pratt - "Life Is" (Official Video)
