中国映画レビュー&解説「サタデー・フィクション 兰心大剧院(蘭心大戯院)Saturday Fiction」

兰心大剧院(蘭心大戯院)Saturday Fiction: 豆瓣

サタデー・フィクション - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

シンプルに見ても面白いモノクロのスパイアクション。でもアルマゲドンへとカウントダウンしていく中で人々が何を想い何処へ向かうのか、抗えない運命を思うと更に面白い。中島歩がゾクッとする美しさ。

 

 

 

サタデー・フィクション 兰心大剧院サタデー・フィクション 兰心大剧院


www.youtube.com Saturday Fiction Final Trailer | 兰心大剧院


www.youtube.com 映画「サタデー・フィクション」予告編

 

 

【スタッフ & キャスト】

2019年 中国 127分
監督: 娄烨(ロウ・イエ)
出演: 巩俐(コン・リー)赵又廷(マーク・チャオ)オダギリジョーパスカル・グレゴリートム・ヴラシア黄湘丽(ホァン・シャンリー)中島歩王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)张颂文(チャン・ソンウェン)

 

【あらすじ】

1941年、日本軍の占領を免れた上海の英仏租界は、当時「孤島」と称されていた。魔都と呼ばれるこの上海では、日中欧の諜報部員が暗躍し、機密情報の行き交う緊迫したスパイ合戦が繰り広げられていた。

日本が真珠湾攻撃をする7日前の12月1日、魔都上海に、人気女優の于堇(ユー・ジン)【巩俐(コン・リー)】が現れる。新作の舞台「礼拜六小说(サタデー・フィクション)」で主役を演じるためだ。一方、この大女優于堇(ユー・ジン)には、幼い頃、フランスの諜報部員ヒューバート(パスカル・グレゴリー)に孤児院から救われ、諜報部員として訓練を受けた過去があり、銃器の扱いに長けた「女スパイ」という裏の顔があった。

そして2日後の12月3日、日本から海軍少佐の古谷三郎(オダギリジョー)が海軍特務機関に属する梶原(中島歩)と共に、暗号更新のため上海にやってくる。ヒューバートは于堇(ユー・ジン)に告げる。「古谷の日本で亡くなった妻は君にそっくりだ」と。それは、古谷から太平洋戦争開戦の奇襲情報を得るためにフランス諜報部員が仕掛けた“マジックミラー計画”の始まりだった……。

公式サイトより

 

 

【感想】

シンプルに面白いスパイものアクション映画。全編モノクロだし、娄烨(ロウ・イエ)監督だし等と色々考えてしまうところを、全て忘れて純粋に見る方が楽しめそうな映画だった。

特に巩俐(コン・リー)が全編で大活躍していて、これはもう彼女の映画と言って良いだろう。普段のやや無愛想というか、あまり表情を変化させない彼女のキャラクターが、今作でのハードボイルドなスパイという役割になった途端、すべてに意味を持ち始める。

 

サタデー・フィクション 兰心大剧院

 

白黒の画面であり、雨であり、夜であり、戦時下の不穏な情勢である。全員が何かを隠し持ってそうに見える空気の中で、実際に様々なものを隠し持ちながら演劇出演という名目で上海に到着した彼女は、着いたその時点でもう既に何層にも重ねられたキャラクターになっていて、観客も彼女が何者かよくわからない。間違っても彼女に共感はできない孤高の存在なのだ。

他の登場人物も同様だ。全員が本当の役割は一体何なのか、深層を見せているのかもわからず、誰にも感情移入できないままに、世界が変わる日である真珠湾攻撃の日=12月8日・土曜日(サタデー)へと、日付は着々と進み、計画は静かに進行していく。

 

サタデー・フィクション 兰心大剧院

 

だが、むしろそれこそが本作の前提条件な気がした。やはりこの1920年代、言ってみれば「謀略の時代」の上海を描くなら謀略は必然だし、例えば同時代が舞台の映画「無名(2023)」などでも、登場人物に共感できる存在など誰もいない。
だからこそスパイの存在が最も輝いていたし、監督はいわば女&アジア版ジェームス・ボンドを今作で、巩俐(コン・リー)で描きたかったのではないだろうか。そして彼女は見事にその期待に応えたと思う。特にホテル前での銃撃戦でのすばやいアクションは、切れ味も鋭く思わず声が出るほど最高にカッコよかった。

そしてタン氏こと赵又廷(マーク・チャオ)。「So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~(2013)」以来ひさしぶりだが、あの映画と同じ文系男子的なナイーブさが、この泥臭い映画に素晴らしいアクセントになっていた。

さらに驚くのは中島歩だ。「アニタ(2021)」での柔らかい印象とはガラッと変わった雰囲気でもう素晴らしい。ちょっと現実離れしたクールでセクシーな孤高の存在になっていて、映画の中ですらちょっと浮いて見えるくらいの強烈な存在感であった。邦画ではもしかすると使いきれないかもしれないと思わせるレベルだ。

 

 

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【トピック】

◯ 2019年9月のヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映されたが、コロナ禍に入り公開が延期。中国では2021年10月15日に公開された。公開初週は興収ランキング4位。興行収入は2000万元(4億円)。

 

◯ 日本では2023年11月3日から公開。

www.uplink.co.jp

 

◯ 日本語字幕を担当された樋口裕子さんによる、本作についてのプロダクションノートが発表されていて、制作背景がわかり興味深い。

note.com

 

 

◯ 映画全体の原作は虹影(ホン・イン)による2009年に発表された小説「上海之死」である。
また1925年に上海で発生し、デモ鎮圧に多数の死傷者が発生した五・三〇事件を描いた横光利一の小説「上海」を、タイトルを「礼拝六小説(Saturday Fiction)」と変更して劇中で演じている。
礼拝六派については、上記のプロダクションノートが詳しく、監督も本作を礼拝六派へのオマージュだとも発言している。

 

 

◯ タイトルでもあり、撮影にも使用された蘭心大戯院は上海に今も現存する歴史的建造物。2022年にリニューアルが完了したが、撮影はちょうどリニューアル工事に入るタイミングで行う事ができた。また俳優たちの宿として、蘭心大戯院の向かいにあるジンジャンホテル(上海錦江飯店)を使用した。

歴史建築物(126)蘭心大戯院 - 歴史建築物

zh.wikipedia.org

蘭心大戯院では、最近も吉本興業の上海公演でも使用されるなど、現役の劇場として使用されている。

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◯ キャセイ・ホテルの撮影は同じく外灘にある和平飯店で行われた。フェアモント ピース ホテル上海として現在も営業中。

 

 

 

◯ 天安門事件を描いて発禁処分となった「天安門、恋人たち(2006)」や同性愛についての「スプリング・フィーバー(2009)」「シャドウ・プレイ(2018)」などで知られる娄烨(ロウ・イエ)監督は、既に一度章子怡(チャン・ツィイー)と仲村トオル主演の恋愛サスペンスとして「パープル・バタフライ(2003)」で1930年代の上海を撮影している。両親が有名俳優であった監督は、子供の頃に蘭心大戯院を何度も訪れていて馴染み深い場所であった。

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兰心大剧院 サタデー・フィクション



 

巩俐(コン・リー)

◯ 俳優であり、連合国であるフランス=共産党のスパイ・于堇(ユー・ジン)。舞台「礼拝六小説(Saturday Fiction、内容は上記のとおり小説「上海」)」を演じるために上海を訪れた。舞台での役柄も共産党の闘士である女子工員という設定だ。

◯ 巩俐(コン・リー)は言わずとしれた名優だ。
张艺谋(チャン・イーモウ)監督の初期代表作「紅いコーリャン(1988)」「紅夢(1991)」「秋菊の物語(1992)」で主演し、数々の映画賞を受賞。
陈凯歌(チェン・カイコー)監督の名作「さらば、わが愛/覇王別姫(1993)」「きれいなおかあさん(1999)」、さらにハリウッドでの章子怡(チャン・ツィイー)主演「SAYURI(2005)」にも出演した。
陳可辛(ピーター・チャン)監督作「中国女子バレー 奪冠(2020)」では中国バレー界のレジェンド・郎平を演じた。

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赵又廷(マーク・チャオ)

◯ 演出家、谭呐(タン・ナー)。舞台も于堇(ユー・ジン)と共演し、以前交際もしていた。この舞台では上記の小説「上海」を演じており、ここでの谭呐(タン・ナー)は日本人・参木(さんき)を演じている事になっている。

◯ 赵又廷(マーク・チャオ)は台北出身の台湾人俳優。台湾ドラマ「ブラック&ホワイト(2009)」で主演デビューし高評価を得た後、台湾映画「モンガに散る(2010)」でアジア映画大賞新人賞を受賞。「LOVE(2012)」を経て陳凱歌(チェン・カイコー)監督作「捜索(2012)」に出演。
スター女優・趙薇(ヴィッキー・チャオ)の初監督作で良作だった「So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~(2013)」では杨子姗の相手役として主演した。5年後の「南極の恋(2018)」でも同じ組み合わせで再び出演している。
他の出演作は映画「ハーバー・クライシス(2014)」「ドラゴン・クロニクル(2015)」「王朝の陰謀(2018)」「陰陽師: とこしえの夢(2020)」杨幂(ヤン・ミー)との古装劇ドラマ「永遠の桃花(2017)」など。

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オダギリジョー

◯ 日本の帝国海軍少佐・軍事情報将校および暗号技術者である古谷三郎。新しい暗号をレクチャーするために上海を訪問したが、亡き妻・美代子にそっくりの女優・于堇(ユー・ジン)にホテルで遭遇してしまう。

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中島歩

◯ 海軍の特務機関で、古谷を警護する梶原。

◯ 海外映画は梅艷芳(アニタ・ムイ)の人生を映画化したヒット作「アニタ 梅艷芳(2021)」以来の2作めの日本公開となる。

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パスカル・グレゴリー

◯ フレデリック・ヒューバート(休伯特)は古書店を営みつつ・連合国の諜報活動を行っている。

◯ フランス人俳優。ヌーヴェル・ヴァーグ期の名監督エリック・ロメールや、「王妃マルゴ(1994)」などで知られる巨匠パトリス・シェローの映画、舞台でも常連。ロメールの代表作「海辺のポーリーヌ(1983)」やシェローの代表作「王妃マルゴ(1994)」には共に出演している。「エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜(2007)」では仏セザール賞助演男優賞にノミネート。
今年は「それでも私は生きていく(2022)」が公開、来年は2月に「ジャンヌ・デュ・バリー」が日本でも公開予定。

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黄湘丽(ホァン・シャンリー)

◯ 于堇(ユー・ジン)のファンで付き人になる事になった白云裳(バイ・ユンシャン)。

◯ 黄湘丽(ホァン・シャンリー)は映画監督・演出家の孟京辉の事務所に所属し、2008年頃から孟京辉の演出する舞台に出演してきた。映画は本作がほぼ初出演となる。

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王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)

◯ 舞台のプロデューサーであり谭呐(タン・ナー)の友人・莫之因(モー・ジーイン)。中国新感覚派の作家・穆时英(ムー・シーイン)を思わせる設定になっている。

◯ 2007年にオーディション番組「加油!好男儿」井柏然(ジン・ボーラン)らと共に出演して知られるようになった。コメディドラマ「爱情公寓(2009)」で日本人漫画家を演じて人気になる。
大ヒット映画「薬の神じゃない! 我不是药神(2018)」での主役チームの一員だったのを覚えている人も多いのではないだろうか。この監督の次作「素晴らしき眺め(2022)」にも出演。
程耳(チェン・アル)監督の浅野忠信出演「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海(2016)」と 梁朝偉(トニー・レオン)が金鶏奨主演男優賞を受賞・王一博(ワン・イーボー)と共演の「無名(2023)」にも出演。今年はそれ以外にも、社会現象にまでなった大ヒット作「ノー・モア・ベット: 孤注(2023)」、陈凯歌(チェン・カイコー)監督作「志愿军:雄兵出击(2023)」、大ヒットSFドラマ中国版「三体(2023)」と大作出演が目白押しの出世の年となった。

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トム・ヴラシア

◯ キャセイホテル支配人・ソール・シュパイアー(夏皮尔)。

◯ トム・ヴラシアは役名もそうだがドイツ人俳優。大ヒットドラマ「 ゲーム・オブ・スローンズ(2012)」で知られる。
映画では英国の画家ターナーを描いた「ターナー、光に愛を求めて(2014)」やイタリア映画「ローズ島共和国(2020)」での主演、「ラッシュ/プライドと友情(2013)」など。ドラマでは「ストレンジャー・シングス シーズン4(2020)」「クロッシング・ライン(2013)」シリーズなど。

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张颂文(チャン・ソンウェン)

◯ 于堇(ユー・ジン)の元夫・倪则仁(ニイ・ザーレン)は、以前日本軍の協力者だったが逆に日本軍に拘束・拷問されていた。

◯ ロウ・イエ監督作品の常連で「パリ、ただよう花(2011)」「シャドウプレイ(2019)」にも出演。
本作に出演後、ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」で主人公の父親役として知られるようになった。共産党100周年となる2021年には「革命者(2021)」で主演、「1921(2021)」でも大きい役で出演と、同時期公開の2作で活躍。今年も大ヒットドラマ「狂飙(2023)」や映画「不止不休(2020)」がようやく公開されるなど、多くの作品に主演格で出演している。大ヒット映画「ノー・モア・ベット: 孤注(2023)」では恐らく「狂飙(2023)」との関連で謝辞に名前が挙げられている。

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