アニタ - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
【スタッフ & キャスト】
2021年 香港
監督: 梁樂民(リョン・ロクマン)
出演: 王丹妮(ルイーズ・ウォン)、劉俊謙(テレンス・ラウ)、廖子妤(フィッシュ・リウ)、林家棟(ラム・カートン)、古天樂(ルイス・クー)、楊千嬅(ミリアム・ヨン)、楊祐寧(トニー・ヤン)、中島 歩、岩城滉一
【あらすじ】
1980年代以降の香港歌謡界を代表する不世出のスーパースター・梅艷芳(アニタ・ムイ)の生涯を描く。
【感想】
本当に素晴らしい映画だったのだが、それについて記す前に筆者は香港歌謡界については新参者である事を伝えておかなければいけない。ここ数年で色々と深掘りを始めたばかりで当然アニタ・ムイとその当時の香港についても完全な後追いだが、ただそれでも、本作の予告が流れ始めた時からいつか見られる事を大変楽しみにしていた。とはいえ、日本では一瞬だった劇場公開を都合により諦めた後は半ば諦めていたのが、まさかの早さでDisney+でのディレクターズカット版が公開となった。さらに今回、飛行機内上映で劇場版も前半だけ見ることができたので少し比較する事もできた。
ともあれ、映画は本当に素晴らしい。彼女とあの頃の香港歌謡界の輝きを十二分に堪能できる、哀しくも美しい作品だ。
主演のルイーズ・ウォンは本当に素晴らしいアニタを見せてくれた。特に最後のコンサートでは、本当にアニタにそっくりに見えて鳥肌が立ったシーンも幾つかあったほどだ。とはいえコンサートや歌唱シーンはそれほど多めではなく、それも本人映像が重なる形を取っており、もっとステージでのアニタを観れる方が良いかとも思ったが、それは残された本人の歌唱を聴く方が良いという判断だろうし同感だ。
むしろ今まで香港のお茶の間に流れていたイメージの裏側、レスリー・チャンや姉、Eddieや周囲の人々との強い絆を、当時でも見れなかったであろうプライベートな角度から描く事がメインとなっており、そういったシーンがまた、いかに彼女が周りから慕われていたのかを改めて感じさせる。一方で成功してもなお九龍城で食事をしたり、露店の腸粉をふるまったりするなど、気さくで飾らない人柄が随所で描かれていて、皆が好きになる理由が本当に良くわかる。
全体としては大きく4つのパート、「デビューまで」、「近藤真彦との恋愛」、「カラオケ事件とその後」、「最後」とに分かれているが、劇場版は「カラオケ事件以降」にあたるディレクターズカット版のエピソード3と4を中心に大幅にカットして2時間にまとめているようだ。中にはテレビのインタビュー場面など史実との食い違いもあるようだが、概ね関係者の証言を基に作られている。
もうひとつ印象的なのは、やはり日本への深い親近感だ。冒頭付近からもう「上を向いて歩こう」がかかりながら始まり、クラブでの歌唱シーンでのGメン'75主題歌という選曲、英語名で冗談にしろ「アリガト・ムイ」が出てくるところ、西城秀樹や山口百恵の名前、コンサートでの日本のファンのアップなどなど、アニタ本人はもとより映画全体の至る所に日本との関わりが見えてくる。いかに香港と香港歌謡界が、まるで日本が欧米の文化に抱く憧憬と同じように、日本に好意を抱いてくれていたのかが改めて実感される。
近藤真彦とのシーンについては、その扱いの大きさにまず驚く。映画版では全体の4分の1ほどの尺をこの件に使い、いかに彼女の人生に大きな影響を与えたかを否が応でも感じざるをえない。また決して彼を非難するような描き方をしていない上、その時のアニタが大変に可愛らしく幸せそうに描かれていた。
いずれにしてもこの映画を見ている間は、最初から最後まで香港が最高に輝いていた黄金時代の、あのキラキラした美しい情景が丁寧に再現されていて、それを見ているだけでもうっとりとしてしまう。あの時代の香港を体験できた人々が心底羨ましくなる、そんな素晴らしい映画だった。
ひとつだけ気になる点があるとすれば、ディレクターズカットのエピソード1にある最初にコンテスト出場の声をかけられる場面だ。マネージャーらしき男が姉に1人で活動するように勧めようとすると、アニタが歌を歌い始めるのだが、この部分に日本語字幕はつかない。だが実際は、その男に対して即興の歌で断りの返答をし、それを見たプロデューサー、黎小田(マイケル・ライ)が声をかけるという、アニタの実力を垣間見せるとても印象的な場面なので、ぜひとも字幕をつけて欲しかったところだ。
【トピック】
○ 本稿は多くの情報を「アニタ・ムイ ファンブログ 梅艷芳歌迷BLOG」を書かれているIkuyoHKさんにご教授頂いた。アニタ・ムイについて当時ご経験された事をはじめ、大変詳しく記されており、彼女について更に深く知りたい方は是非お読み頂きたい。
○ 2021年11月12日に公開され、その年の中国語映画で香港興収ランク1位を記録。2022年香港電影金像奨では最優秀新人賞、最優秀助演女優賞、衣装、音響、視覚効果の計5部門を受賞、12部門ノミネートとなった。香港での総興行収入は6200万香港ドル(約12億円)を超え、香港の歴代中国語映画ランキングで「未来戦記(明日戰記、2022)」や「飯戲攻心(2022)」、「コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義 寒戰II(2016)」などに続き4位を記録した。映画版の上映時間は2時間17分、ディレクターズ・カット版は5話合計で3時間45分。2022年2月2日から (日本では4月6日から) Disney+でディレクターズ・カット版の配信開始。
香港映画レビュー「6人の食卓 飯戲攻心 Table For Six」 - daily diary
○ 監督の梁樂民(リョン・ロクマン)は「コールド・ウォー」シリーズで知られる。
◯ 筆者の2022年中国・香港映画ベスト5で第4位に選んだ。
○ 作中のビジュアルはアニタ・ムイの過去のものから再現するのではなく、ミックスして作り上げたようだ。ポスターもこんな感じで仕上げられている。
劇中に登場した楽曲
○ 傳說 ディレクターズ・カット版の主題歌(石川まなみ "まほろば伝説" カバー)
○ 上を向いて歩こう(坂本九)
○ 行快啲啦喂(上官流雲、ビートルズ "Can't Buy Me Love" 広東語カバー)
○ 面影(しまざき由理)
○ 風的季節(ポーラ・チョイ)
○ 心債(ドラマ「香城浪子」テーマ曲)
○ 戲劇人生(ジョニー・イップ)
○ つぐない(テレサ・テン)
○ 默默向上游(レスリー・チャン)
○ 飛躍舞台
○ HISTORY(郷ひろみ)
○ This is my trial(山口百恵)後藤からプレゼントされたレコード
○ 壞女孩 Bad Girl(シーナ・イーストン "Strut" カバー)ラジオ局から放送禁止となった
○ 烈焰红唇
○ 裝飾的眼淚(中森明菜 / 竹内まりや "駅" カバー)
○ 愛我的只有我
○ ケ・セラ・セラ(ドリス・デイ)
○ 笑看風雲變
○ 相思河畔
○ 風継続吹(レスリー・チャン、山口百恵 "さよならの向こう側" カバー)
○ Monica(レスリー・チャン、吉川晃司 "Monica" カバー)
○ 為你鍾情(レスリー・チャン)
○ 寂寞夜晩(レスリー・チャン)
○ 似水流年
○ 女人花
○ IQ博士(水森亜土 "ワイワイワールド" Dr.スランプ アラレちゃん香港版OP曲)
○ 夕陽之歌(近藤真彦 "夕焼けの歌" カバー)
○ 歌之女
劇中に登場した映画作品
○ 「偶然(1986)」
○ レスリー・チャンと共演した映画は「ルージュ 胭脂扣(1987)」
○ レスリー・チャン出演の交換条件として出演したシネマ・シティ作品は「開心勿語(1987)」
○ ep2の最後で出演辞退したのは「ロアン・リンユィ 阮玲玉(1991)」
(上海ロケがあったため、天安門事件に強く反対していたアニタが辞退したのだが、劇中では理由については描かれていない)
○ プロデューサーの何冠昌(レナード・ホー)が出演を勧め、映画版では劇場公開シーンからカラオケ事件が発生する打ち上げへパーティの元となった作品は、ジョニー・トー監督作「チャウ・シンチーの熱血弁護士 審死官(1992)」
劇中に登場した場所
○ 幼少の頃に歌っていたのは荔園という1997年まで荔枝角(ライチーコック)にあった遊園地
○ デビュー前に姉妹で歌の仕事のために入っていく劇場は、1993年まで佐敦にあった華盛頓戲院(Washington Theatre)
○ デビューのきっかけになったコンテストの会場、自分の英語名をどうしようか話す場所は1991年まで銅鑼湾にあったリーシアター(利舞臺)だ。
○ よく食事を取っていた道端の店があったのは言わずとしれた九龍城砦だが、ここも1993年で取り壊しが始まった。
○ 後藤と香港で夕食を共にしたのは銅鑼湾、ハッピーバレー競馬場のそばにある老舗イタリアンレストランAmigo。
○ 最初に後藤と東京で会ったバーは御茶ノ水の山の上ホテル
○ 買い物をして帰るシーンは麻布十番
○ 2人が滞在し岩城滉一の事務所社長が乗り込んで来た美しい温泉旅館は伊豆、修善寺の新井旅館である。
○ ゴールデン・ハーベストのスタジオは当時ダイヤモンド・ヒルの斧山道にあった。
○ 何冠昌(レナード・ホー)に「チャウ・シンチーの熱血弁護士 審死官(1992)」への出演を勧められた場所は、ペニンシュラホテルだ。
○ 1:99音樂會が開催されたのは香港スタジアム
○ 最後のコンサートの会場は香港コロシアム
梅艷芳(アニタ・ムイ):王丹妮(ルイーズ・ウォン)
○ 17歳からエリートモデルルック・コンテストに参加し、香港&アジア太平洋地区で代表に選出。シャネルやディオールなどのショーモデルも努めた。本作が俳優としてのデビュー作となる。
View this post on Instagram
姉:梅愛芳(アン・ムイ):廖子妤(フィッシュ・リウ)
○ 自身も歌手・俳優であった梅愛芳も、同じ子宮頸癌で3年半早くに先立つ。
○ 廖子妤はマレーシア、ジョホール州ムアル出身のモデル、俳優だ。「レイジー・ヘイジー・クレイジー(2015)」、「姉妹関係(2016)」に出演していた。
Eddie:古天樂(ルイス・クー)
○ アニタの衣装のデザインだけでなくイメージ作り全般に携わった、恩師的なEddieの役には、今最も活躍する香港映画スター古天樂(ルイス・クー)。
○ アニタ・ムイ、レスリー・チャンに限らず、陳百強(ダニー・チャン)、許冠傑(サミュエル・ホイ)、郭富城(アーロン・クオック)、何韻詩(デニス・ホー)など錚々たるスターに衣装を提供してきた劉培基(エディ・ラウ)がモデルとなっている。
作品内で出てきた様々なシーンは、彼の回想を基に描かれている部分も多い。実際に語っているシーン。
張國榮(レスリー・チャン):劉俊謙(テレンス・ラウ)
○ 古くからの盟友であり深い親交があった張國榮(レスリー・チャン)役は劉俊謙(テレンス・ラウ)が演じた。彼もまたアニタの半年前に自殺する。
○ 劉俊謙(テレンス・ラウ)は1988年生まれの香港人。ドラマ以外では「夢の向こうに(2020)」で主演しており、本作が2作目の映画出演となる。
上のシーンの元となった1984年の十大勁歌金曲でMonicaを歌う張國榮(レスリー・チャン)
蘇孝良(ソー・ハウリョン):林家棟(ラム・カートン)
○ デビュー時からの所属レーベル、華星唱片(キャピタルレコード)のチーフマネージャー蘇孝良(ソー・ハウリョン、劇中ではスーとなっていた)役は林家棟(ラム・カートン)。
○ 林家棟は「大樹は風を招く(2016)」で香港電影金像奨にて主演男優賞を受賞。「イップマン 序章(2008)」、「コールド・ウォー 香港警察 二つの正義(2012)」、「SPL 狼たちの処刑台(2017)」など出演多数。
陳淑芬:楊千嬅(ミリアム・ヨン)
○ レコード会社のアーティスト担当マネージャー、陳淑芬を演じたのは楊千嬅(ミリアム・ヨン)。実際の陳淑芬はアニタだけでなく、張學友 (ジャッキー・チュン) やレスリー・チャン、今や俳優としての知名度の方が高そうな張智霖 (ジュリアン・チョン) などなど錚々たるスターを担当した。
○ 楊千嬅(ミリアム・ヨン)自身も、俳優でも知られているが特に歌手として、華星唱片(キャピタルレコード)からデビューし、2000年代に四大歌姫の1人として絶大な人気を誇った、アニタと同じようなキャリアのスターだ。主に富士フィルムのCMにも出演した「少女的祈禱」や「可惜我是水瓶座」など。
楊千嬅 Miriam Yeung - 少女的祈禱 (Official Music Video) - YouTube
Miriam Yeung - 楊千嬅 -《可惜我是水瓶座》MV - YouTube
林國斌(ベン・ラム):楊祐寧(トニー・ヤン)
○ 阿Benこと林國斌(ベン・ラム)役は楊祐寧(トニー・ヤン)。モデルとなった林國斌はジャッキー・チェンのスタントチームからキャリアを始めたアクションスターで、「ポリス・ストーリー(1985)」、「プロジェクトA2(1987)」など、あの頃のジャッキー映画大作にも数多く出演している。
○ 演じた楊祐寧は台湾人俳優で、香港粵語版ではセリフが吹き替えとなっている。「コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義(2016)」などの香港映画の他、「恋するシェフの最強レシピ(2017)」、「建軍大業(2017)」、中国版「深夜食堂(2019)」などの中国映画にも多く出演している。
後藤夕輝:中島歩
○ 近藤真彦こと日本の歌手後藤夕輝を演じた中島歩。日本人は岩城滉一も出演している。
アニタ・ムイ本人が語っている映像も残っている。
黎小田(マイケル・ライ):白只(マイケル・ニン / バイ・ジー)
○ 華星唱片(キャピタルレコード)の名レコード・プロデューサー、黎小田(マイケル・ライ)役を演じた白只(マイケル・ニン / バイ・ジー)は「九龍猟奇殺人事件(2015)」の犯人役で知られる。
その他
○ アニタが相談もしていた映画プロデューサーは、あのゴールデン・ハーベストの何冠昌(レナード・ホー)だ。
「男たちの挽歌(1986)」をはじめ、本作にも登場の「ロアン・リンユィ 阮玲玉(1991)」にも出演した李子雄(レイ・チーホン、ウェイス・リー)が演じている。
○ 後藤の日本語を通訳していた女性は王敏奕(ヴィーナス・ウォン)、
○ 幼少時に歌を歌っていた遊園地、荔園の楽屋で話しかけてきたり、「上を向いて歩こう」を歌っていた若い男性は、後の有名俳優鄭少秋(アダム・チェン)で、陳家樂(カルロス・チャン)が演じている。
○ ディレクターズカット版のエピソード5冒頭、Eddieの事務所に突然かかってきた電話で、喉に効く飲み物の作り方をアドバイスしたのは任劍輝(ヤム・キムファイ)。1950~60年代の粵劇や映画での大スターである。特に低音での歌が素晴らしく、男役を演じることが多かった。1987年に76歳で死去したが、本作での登場シーンも最晩年と思われる。
釵頭鳳〔1957年〕(有字幕) 尾段[真相大白]任劍輝 吳君麗 譚蘭卿 蘇少棠 合演 - YouTube
○ ディレクターズカット版エピソード2終盤での、舞踏会のようなシーンなどで交際をほのめかしたシーンの若い男性はモデルの劉米高で、当時アニタと交際していたとされる。舞踏会のシーンなどは1988年に二人が共演したタイタス(鐵達時)という時計ブランドのCMの撮影シーン。実際のCMは上海と南京で撮影された。本作では淺水灣(レパルスベイ)にあるThe Repulse Bayという元ホテルの高級マンションで撮影している。
そのCMがこちら
○ 上の劉米高との交際の後のシーン、アニタに見守られながら何本も時計を購入する男性は恐らく阿Paulがモデルだろうと思われる。90年頃に大学生の阿Paulと交際し、プロポーズを受けた事などもあり引退も決意するが、後に破局することになる。
アニタ・ムイに関する動画は、映画に関するものだけでも数多く見ることができる。
デビューの契機となった1982年の新人コンテスト「新秀歌唱大賽」での映像。作中でもこの映像が流れていた。「風的季節」はその前年に徐小鳳(ポーラ・チョイ)が歌ったヒット曲。
アニタがクルマから降りようとする際に見かける、若い女性ファンに囲まれていた若手バンドがBEYOND。80年代後半から、1993年にヴォーカルでリーダーの黃家駒(ウォン・カークイ)が日本のバラエティ番組収録中の事故で亡くなるまで絶大な人気を誇った。このシーンのように当時ファンが多く集まっていたのは、亜洲電視(ATV)や無綫電視(TVB)など、多くのテレビ局が集まっていた廣播道周辺が定番だったようである。
アニタの周囲にいた、1:99音樂會のプロデュースを任された3人組の若者はアニタがバックアップしたグループ、草蜢(グラスホッパー)の面々だ。
アニタと近藤真彦本人の「夢絆」(きずな)のデュエット
最後のコンサートでのウェディングドレスでのMCと、最後の曲「夕陽之歌」(近藤真彦「夕焼けの歌」のカバー)