中国映画レビュー「不止不休 The Best is Yet to Come」

不止不休 The Best is Yet to Come

The Best Is Yet To Come(英題) - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

 

 

 

不止不休不止不休


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【スタッフ & キャスト】

2020年 中国 117分
監督: 王晶(ワン・ジン)
出演: 白客(バイ・クー)苗苗(ミャオ・ミャオ)张颂文(チャン・ソンウェン)宋洋(ソン・ヤン)王奕权(ワン・イーチュアン)周野芒(ジョウ・イエワン)秦海璐(チン・ハイルー)

 

 

【ストーリー】

2003年SARS流行後の中国。韩东【白客(バイ・クー)】は中卒という金もコネも学歴も無いなか、新米ジャーナリストとして新聞社で働けることになった。そこで先輩記者黄江【张颂文(チャン・ソンウェン)】の示す新聞記者としてのあるべき姿、そして彼の進める社会の闇を暴く調査報道に触れ、自分の進む道を見極めたのだが…

 

 

【感想】

理想に燃える若者が、中国社会と報道記者の現実にぶつかりながら自分の生き方を見つけていく。中国社会の底辺を見せながらも、ギリギリのところで青春映画的にもなっていて、監督の出自を垣間見せる描き方が良い映画だった。

中国の新聞記者という、現代ではより一層存在感が薄くなってしまった仕事の話で驚く。彼の国での報道が日本の報道記者たちの仕事とどれほど違うのか、よもや想像すら難しくなってしまったが、本作の舞台は2003年。携帯電話がようやく普及し始めたような時代で、まだまだネットメディアより新聞が大きな力を持っていた頃である。
ただ、そんな当時でも既に我々の思う自由な報道からは乖離した状況だっただろう。日本で見れるジャーナリストが主人公の映画といえば、ほとんどが自由主義の国でのストーリーという中で、いったい中国の記者はどんな風に記事を集め、他社をリードする記事を書いていたのか、すごく興味深かった。

 

不止不休

 

白客(バイ・クー)演じる主人公は、学もない、金もない、田舎から出てきた北漂という典型的な、意欲だけが空回りする若者だ。それでも持ち前のガッツでなんとか調査報道の現場の助手として同行させてもらえるようになる。この調査報道の手法が、潜入という昭和の、特に1970年代の日本でも盛んにあったようなクラシックなやり方でなかなか趣深い。
鉱夫たちの風貌になりきり、鉱山事故の隠蔽を暴くために現地に潜入する調査に同行する中で、危険を犯してでも社会の歪みを暴く事の意義に目覚めていく。

主人公の韩东と、彼と付き合っている苗苗(ミャオ・ミャオ)演じる小竹の、将来の夢を抱きながら貧しい環境で必死に働いている姿がとてもいじましく、ちょっとナイーブとも言える程だが、むしろそれが美しい。
でも、描かれている風景はとても現実的で冷徹だ。社会の暗部にまみれた世界の中で、不眠不休のせいで散らかった部屋で、日々の仕事に追われながらそれでも夢を追っている。

 

不止不休

 

後ろで鳴る、半野喜弘の音楽も素晴らしい。美しい響きなのに不穏で、ほのかな希望も感じさせる奥行きのある音像が映画の印象をブーストする。筆者は彼の2005年のアルバム、細野晴臣、原田郁子、ハナレグミらが参加した「Angelus」を買って以来久々に彼の音楽を聴いたが、今も変わらず最高だった。

本作のプロデューサーであり、監督の師匠でもある贾樟柯(ジャ・ジャンクー)の味である、苦い現実とそこでもがく人々が今作でも描かれている。現実の厳しさを冷徹に描く点はいかにも師匠譲りだが、一方でふとファンタジーのようにボールペンが重力を失っていくような、心がぽっと暖かくなるシーンも入ってきたりして、この若い二人への感情が伝わってくる部分が素敵だ。

「薬の神じゃない!(2018)」を思わせるテーマでもあるし、とはいえ決して報道のありようだけを描いている社会派を気取った映画でもなく、ただの無邪気な青春物語でもない、静かなエンディングの余韻が胸に残る映画だった。

 

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【トピック】

◯ 2020年のヴェネツィア国際映画祭・オリゾンティ部門コンペティション、東京フィルメックス・コンペティション部門に出品され、日本でも2021年公開決定との発表もあったが、おそらくコロナ禍によって中国が公開延期となった影響により、今に至るも公開予定は出ていない。
中国本国も公開が延期され、3年を経た2023年3月24日にようやく全国公開となった。

 

◯ 公開翌週に興収ランキングで最高4位を記録。公開1週間で興収5000万元(9.8億円)を突破した。

 

◯ 監督の王晶(ワン・ジン)は、「長江哀歌(2006)」「山河ノスタルジア(2015)」で知られる名匠・贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の元で長年映画製作に携わっていて、カンヌ映画祭脚本賞受賞作「罪の手ざわり(2013)」以降の各作品で助監督を務めた。監督としては本作が初作品となり、師・贾樟柯(ジャ・ジャンクー)がプロデューサーを努めている。
ジャッキー・チェン主演「シティーハンター(1993)」などで知られる香港人の王晶(ウォン・ジン)監督とは別人である。

中国映画3本レビュー(滚蛋吧!肿瘤君・人魚姫・山河ノスタルジア) - daily diary

 

こちらの現在の贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督最新作「帰れない二人(2018)」でも助監督を務めた。

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◯ 本作の製作後の2021年、上海国際映画祭 "YOUNG X"という新人育成プログラムに選出され、相声芸人/俳優の郭麒麟(グオ・チーリン)主演で「不止」という短編を制作している。

 

◯ 当時の中国のB型肝炎(乙型肝炎=乙肝)患者は激しく差別されており、たとえ中国トップの精華大学卒業者であっても、患者と判明すれば即就職は不可能になるほどであった。特に就職時の健康診断で患者であることがバレると、失職する可能性が極めて高かった。その為に「代检族」という、検査用に身代わりとなる血液を提供する人々が現れた。患者は、公務員試験用に提供してもらう場合、代检族に20万円以上を支払う必要もあったとされる。後にこれが社会問題となり、2007年以降も何度も政府は通達を出し、就職時の患者差別を禁止している。

 

 

 

 

白客(バイ・クー)

◯ 中国東北部の吉林/黒龍江省の牡丹江の出身で、北京に上京してきた田舎者"北漂"で、高校中退までの学歴、金も無く、コネも無い"三無青年"ながら新聞記者を目指す、韩东を演じる。

◯ 白客(バイ・クー)は、元々大学生の頃に日本のギャグアニメを翻訳してネットに投稿するグループの先駆け「cucn2」の一人として2010年頃に知られるようになる(「ギャグマンガ日和」の中文翻訳は中国アニオタ史の大きなエポックだが、これを投稿していた)。
その後俳優として活動を開始、ウェブドラマ「万万没想到(2013)」で人気を博す。順調にキャリアを積み重ね、王宝强主演「大闹天竺(2017)」や、 黄渤(ホァン・ボー)主演「被光抓走的人(2019)」「クラウディ・マウンテン(2021)」にも出演。今年はドラマ「三体(2023)」にも出演している。

 

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中国映画レビュー「被光抓走的人 Gone With The Light」 - daily diary

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张颂文(チャン・ソンウェン)

◯ 先輩記者、黄江。

◯ ロウ・イエ監督作品の常連で「パリ、ただよう花(2011)」中国映画レビュー「1921」 - daily diary

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苗苗(ミャオ・ミャオ)

◯ 韩东と一緒に上京し、同棲している小竹を演じた。

冯小刚(フォン・シャオガン)監督「芳華-Youth-(2017)」での主演で知られるようになった。
ドラマ「爱上你治愈我(2019)」「青春抛物线(2019)」「我是余欢水(2020)」などにも出演している。
2020年に「So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~(2013)」などに出演の俳優・タレントの郑恺(カイ・チェン)と結婚し出産。2022年に二人目の子供を出産した。

 

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宋洋(ソン・ヤン)

◯ 韩东の友人である法学部の大学生、张博。

◯ ピーター・ホー、エディ・ポンらが主演の歴史ドラマ「楊家将伝記 兄弟たちの乱世(2006)」で知られるようになり、「ソード・アイデンティティー(2011)」「ソード・アーチャー 瞬殺の射法(2012)」「ファイナル・マスター(2015)」などの武侠アクション映画への出演、他にも中国映画祭『電影2018』で日本でも上映された社会派スリラー「無言の激昂(2017)」などで知られる。「ジョンQ(2002)」のリメイク「误杀2(2021)」にも出演している。

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周野芒(ジョウ・イエワン)

◯ 先輩記者黄江の上司、主任。

◯ 1990年代から大作ドラマ「水滸伝 永遠なる梁山泊(1996)」や張国栄(レスリー・チャン)、鞏俐(コン・リー)主演の陳凱歌(チェン・カイコー)監督作品「花の影(1996)」などで活躍。
昨年公開の上海人を描いた素敵な映画「爱情神话(2021)」で、中国金鶏奨 助演男優賞にノミネートされた。

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秦海璐(チン・ハイルー)

◯ 先輩記者黄江の妻

◯ 日本では今年1月に公開の、张艺谋(チャン・イーモウ)監督作「崖上のスパイ(2021)」で主人公のスパイチームの一員を演じている。
1996年に中央戯劇学院を卒業し、同級の章子怡(チャン・ツィイー)、梅婷(メイ・ティン)、袁泉(ユエン・チュアン)らと共に「八大金钗」と呼ばれる。香港映画「ドリアン ドリアン(2000)」で台湾金馬奨主演女優賞と新人賞をダブル受賞。他に「鋼のピアノ(2010)」、アンディ・ラウ主演「桃さんのしあわせ(2012)」など。

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王奕权(ワン・イーチュアン)

◯ 韩东が潜入取材をする場所を仕切っているボス。荒っぽいが思いやりがあり、韩东に娘の勉強相手をお願いする。

◯ 2000年代初頭から俳優活動をしており、ドラマ「刀锋1937(2004)」などに出演。「长安道(2019)」では宋洋(ソン・ヤン)とも共演している。

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FOX(福克斯)胡天渝

◯ B型肝炎患者のひとり

◯ FOX(福克斯)胡天渝は人気ラッパーだ。デビュー1年後くらいにこの作品に出演している。

不止不休

2020年にはディーン・フジオカとのコラボ曲「东京游 (Tokyo Trip)」を発表、現在は今から1年ほど前にリリースされた、ドラマ「九齢公主(2021)」の主題歌などで知られる人気歌手・等什么君とのコラボ「踏雪」が最大ヒット曲となっている。


www.youtube.com DEAN FUJIOKA & 福克斯 - “东京游 (Tokyo Trip)” (Official Lyric Video)


www.youtube.com 踏雪----等什么君(邓寓君)/FOX胡天渝

 

 

 

音楽: 半野喜弘

劇伴を担当した半野喜弘は、1990年代からエレクトロニカのジャンルで活動しており、その後映画音楽の制作を開始。
中国映画関連が割合多く、本作プロデュースの贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作品では「プラットホーム(2000)」「四川のうた(2008)」の2作、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「フラワーズ・オブ・シャンハイ(1998)」「ミレニアム・マンボ(2001)」、行定勲監督、三浦春馬主演で上海が舞台の「真夜中の五分前(2014)」などの音楽を担当している。

 

 

筆者が所有する2005年発表のアルバム「Angelus」は細野晴臣、坂本美雨、ハナレグミ、クラムボンの原田郁子、Ego-rappinの中納良恵、湯川潮音らが参加する非常にバランス良く質の高い作品だった。

Angelus

Angelus

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www.youtube.com 半野喜弘 - 夢の匂い Feat. ハナレグミ

 

 

 

 

◯ 韩东が葛藤する場面での、先輩記者黄江からの印象的な台詞(意訳)。

 

「記事の中で大事なのは、弱者に対する同情より
成熟した記者としての客観的な冷静さと合理性だ。
研修生の記事が一面に載るのがどれほど難しいか分かっているのか。
同情や思いやりに引っ張られるな。わかるか。」

不止不休

 

 

 

 

 

 

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