中国映画レビュー「小さき麦の花 隐入尘烟 Return to Dust」

小さき麦の花 隐入尘烟 Return to Dust

小さき麦の花 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

 

 

 

小さき麦の花 隐入尘烟小さき麦の花 隐入尘烟


www.youtube.com 《#隐入尘烟》/ Return to Dust 电影发布预告 尘烟尽 见众生(武仁林/海清) 【预告片先知 | Official Movie Trailer】


www.youtube.com 2023/2/10(金)公開『小さき麦の花』予告編

 

 

【スタッフ & キャスト】

2022年 中国 133分
監督: 李睿珺(リー・ルイジュン)
出演: 武仁林(ウー・レンリン)、海清(ハイ・チン)、杨光锐、赵登平、王彩兰、曾建贵

 

 

 

【ストーリー】

中国西北地方の農村を舞台に、互いに家族から厄介払いされ見合い結婚させられた貧しい農民の有鉄(ヨウティエ)と内気な貴英(クイイン)が、やがて互いを慈しみ、作物を育て家を作り、慎ましくも強い絆で結ばれた日々を追った<永遠の愛>についての物語。

Filmarksより

 

 

【感想】

じっくりと農村の四季を写し取りながら、時代に巻き込まれていく二人の姿を見せていく。中国でヒットしたというのが信じられないほどゆったりと時間が流れ、細かな部分まで丁寧に作り込まれているのがよくわかる映画だ。

ただし、冒頭から歪みが見え隠れしていて、決して平穏に終わることはないんだろうなという予感を感じさせながら物語が進んでいく。まず妻・貴英(クイイン)の障害のある姿がドンと見せられる。貴英(クイイン)の気まずそうな様子、周囲の人々のあけすけだが配慮もしている様子など、決して嫌な気分にはならないが、どうして良いかわからない、所在ない、ある種の居心地の悪さを感じてしまう。ただ、居心地が悪いのは観客の自分であって彼らではなく、特に後に夫となる有鉄(ヨウティエ)は、びっくりするほど意に介することもなく、穏やかなままでいるのだ。

 

小さき麦の花 隐入尘烟

 

彼らははにかみながらも、周囲の勧めに従い一緒になり、そして有鉄(ヨウティエ)との生活を始める。
とても絵画的な美しい農村の風景の中、畑を起こし、トウモロコシを植え、小麦を植え、刈り取るという、中国北西部での昔からの農作業のカレンダーを見せていく。一方で、小川の魚を素手でつかみそのまま焼いて食べたり、また大雨が降ればずぶ濡れになっても日干しレンガが濡れてしまわないように作業をする必要もある。

有鉄(ヨウティエ)と貴英(クイイン)はすべてに穏やかで、自分から望む事は何も無い。だが周囲から様々に求められ、それに合わせて厄介な事を引き受ける羽目になる。自らたった二人だけで、日干しレンガを一個ずつ作るところから家を建てていても、村の世話人的な男がBMWでやってきて、また難題を置いて帰っていく。
大きな事件も一度となく起こるのだが、それらはすべてさらっと描くにとどまり、また有鉄(ヨウティエ)の日焼けした皺だらけの顔が、作業へと戻っていく。

二人は互いに気遣い、二人の気持ちだけは通じ合い、この家と畑のある小さな世界さえあれば何の問題もなく一生を穏やかに過ごせたはずであった。だが、激動の中国でその生活を望むのはあまりに難しかったろう。周囲は、まるで流行に乗るように時代に合わせて価値観をアップデートさせていく。それはたとえば家財道具を引き取りに、近代的な街にはあまりに場違いな馬車で歩いているシーンが象徴的だ。今から12年前、2011年の設定とはいえ、この映画で出てくるような農村は、もはやファンタジーだろう。

 

小さき麦の花 隐入尘烟

 

冷静に見れば彼らは貧困と呼ぶしかない環境で、中国の平均月収を大きく押し下げている最底辺の層という事になる。だからこそ古い家を取り壊し、近代的なライフスタイルへと変化させようという政策が進められているという事でもある。問題は、他の村人と違って彼ら二人は決してそれを望んでいないという事だ。
また、彼女のような障害のある人々は日本ほどの施設の質や量もなく、結婚する事ができなければ多くの人々は家を出ることすらままならず、閉じ込められている事も多いだろう。貴英(クイイン)の人生は幸せだったのか、じゃあどうすれば正解だったのか簡単に答えられるものでもない。描かれた環境は実は映画のトーン以上に深刻で闇深い話のようにも感じる。
社会の中では隠れたように見失われた存在の、原題「隐入尘烟(塵の中に隠れて)」が示す人々やその風景を描いたストーリーだ。

李睿珺(リー・ルイジュン)監督の前作「路過未来(2017)」では、こういった農村から深圳にやってきた若者たちの現実を描き、故郷の農村での居場所までも失ってしまうという厳しさを淡々と描いていたが、今作はそれにも増して感情を排して撮っているように見える。一方で描かれているストーリーは寓話的と言えるような、穏やかとは言えないがリアリティからは少し離れ、むしろ農村の良さ、貧困と一言で片付けられがちな伝統的な生活の美しさを描くことを狙っているように見えた。とはいえ、中国の観客の多くは「底辺の貧困層を描いた作品」と捉えたようで、そうして「貧困」の部分をより意識して見てみるとこの作品の印象もより深刻なものに変化していく。
でも、これも市井の人々を描いた映画のひとつだ。見過ごしているうちに消えてしまう風景の中に生きる人を、今のうちに描いておこうという意思を感じた。その意味で結末の描き方も、ファンタジーだから描けたと思わせる引き締まった素晴らしいエンディングであった。

 

余談だが、筆者はなぜか戦前の小津安二郎「東京の宿(1935)」を思い出していた。こちらも貧しいながらも朗らかな前半が印象的な作品だ。

 

小さき麦の花 隐入尘烟

 

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【トピック】

◯ 2022年2月からのベルリン国際映画祭で上映され、コンペティション部門にノミネートされた。中国本土では2022年7月8日に公開。
当初の入りは芳しくなかったものの、公開1ヶ月半を経た8月下旬頃から口コミにより人気に火がつき始め、9月7日には興収1億元(19.3億円)を達成したヒット作となった。
また、豆瓣(10点中8.4)やBilibili(10点中9.7)での高得点、優酷(Youku)、爱奇艺(iQIYI)、騰訊(テンセント)での映画検索ランキング1位を取得するなど、中国内の映画評価サイトでも軒並み高評価となっている。

 

◯ まだ公開も終わっていない2022年9月に中国国内で配信も開始したが、国慶節休暇前の9月26日に突如配信停止され、同時期に映画公開自体も終了した。

 

◯ 日本では2023年2月10日より公開。

moviola.jp

 

◯ 監督の李睿珺(リー・ルイジュン)にとって、本作は六本目の長編作品となる。

本作と同じ中国北西部の少数民族を描いた「僕たちの家に帰ろう(2014)」が東京国際映画祭に「遥かなる家」というタイトルで招待作品となる。

深圳に出て働く若者のダークサイドを描いた杨子姗(ヤン・ズーシャン)、尹昉(イン・ファン)主演の良作「路過未来(2017)」が、カンヌ映画祭「ある視点」部門に選出される。

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◯ 撮影は甘粛省張掖市の花墙子村で撮影された。脚本執筆に1年、撮影に1年、ポストプロダクションなどに1年を費やし、2019年から2021年まで3年をかけてこの映画を制作した。ちょうど撮影がコロナ禍が始まった2020年2月から開始予定であったが、なんとか許可を得て開始できたとの事である。

李睿珺(リー・ルイジュン)監督自身が素敵な写真とともに撮影の模様を綴っている。

movie.douban.com

 

 

 

武仁林(ウー・レンリン)

◯ 静かな夫、有鉄(ヨウティエ)を演じた武仁林(ウー・レンリン)

◯ 監督の実の叔父であり、実際にこの地方で農民をしている。ウイグル族や回族の方言に似た甘肃高台方言を話している。

小さき麦の花 隐入尘烟

 

 

 

海清(ハイ・チン)

◯ 障害を持つ嫁、貴英(クイイン)を演じた海清(ハイ・チン)

◯ 舞台となった山村とこの地の甘肃高台方言に馴染むため、海清(ハイ・チン)は1年間のスケジュールをこの映画のために空け、10ヶ月間、共演の武仁林(ウー・レンリン)の家に住み込んだ。障害により溢流性尿失禁の症状を持っているという設定。

2003年に俳優デビューし、主演したドラマ「双面胶(2007)」で知られるようになる。さらに大ヒットした主演ドラマ「彼と私と両家の事情(2009)」で数多くの賞を受賞し、その後もドラマ「蜗居(2009)」「小别离(2016)」、ダンスオーディション番組「中国好舞蹈(2014)」では講師として出演するなど活躍している。さらに2018年にはダンテ・ラム監督の大ヒット作「オペレーション:レッド・シー(2018)」に出演、章子怡(チャン・ツィイー)が監督した「父に捧ぐ物語(2021)」《诗》編出演などなど…大作から主演ドラマまで、数多くの作品で活躍している。

小さき麦の花 隐入尘烟

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