【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
ノスタルジックでエレガントな犯罪映画。気合の入った郭富城(アーロン・クォック)が主役に相応しく魅力的。改めて「四大探長」を描いた膨大な過去作たちへと繋がる入口に丁度よい映画。
www.youtube.com 《風再起時》 預告 Trailer | 主演:郭富城、梁朝偉、杜鵑 | 特别演出:許冠文、春夏 | 聯合演出:譚耀文、金燕玲、吳卓羲、張繼聰 |梁朝偉榮獲亞洲電影大獎最佳男主角|翁子光導演編劇
【スタッフ & キャスト】
2022年 香港 144分
監督:翁子光(フィリップ・ユン)
主演:郭富城(アーロン・クォック)、梁朝偉(トニー・レオン)、杜鵑(ドゥ・ジュアン)、許冠文(マイケル・ホイ)、春夏(ジェシー・リー)、譚耀文(パトリック・タム)、呉耀漢(リチャード・ン)
【あらすじ】
1960~70年代、汚職が横行していた時代の香港を舞台に、実在した汚職警察官を描いたクライム・サスペンス。四大探長と呼ばれた香港警察の大物たち、中でも磊樂と南江の二人を中心に、彼らの栄枯盛衰を時代の流れとともに描いていく。
【感想】
クラシックで陰影の美しい色使いの画面、古き良き時代に活躍した人々を懐かしさとともに振り返る映画だった。
今までにも何度も描かれた、ある意味古典的な題材ながら、想像されるワイルドでダイナミックな犯罪映画というよりはむしろノスタルジックでロマンチックな"あの頃は良かった"的なPV的な映画といえるかもしれない。
香港映画の古典的テーマとはいえ、最低限の説明もあるので知らずに見ても楽しめるが、制作側も観る側も知っててみる前提で作られてはあるし、そもそも恐らくコンセプト自体が古典の変奏曲として作られているし、郭富城(アーロン・クォック)の起用にも経緯があったりするので、やはり関連作を知っている方が遥かに楽しめるのは間違いない。
主人公の二人は、香港犯罪史上でも屈指の大事件の首謀者であり、香港映画の定番である廉政公署の設立にも影響を与えたキャラクターだ。今までにも何度も映画化され、特に磊樂こと呂樂は劉德華(アンディ・ラウ)をはじめとする名優が演じてきたが、本作では特に悪人色は薄くなっていて、この二人に共感する前提で描かれている。特に磊樂の郭富城(アーロン・クォック)は魅力的で、彼の映画と言っても良いくらいだ。後半の恰幅がよくなった時代では、この撮影のために太って肥満で膨れあがった腹を晒していて、役作りの成果を存分に堪能できる。
ダイナミックな時代が背景ではあるが、良く言えばエレガントに描かれているのでゆったりとしたタイム感だ。大河ドラマでもあるので、見せ場が分散してしまっているきらいもあるが、美しい画面に浸っていければ十分に楽しい映画であった。2~3時間で描くのはもったいなくて、可能であればむしろ連続ドラマになんかなれば最高のシリーズになりそうな気もした。
【トピック】
◯ 2022年8月の香港国際映画祭でワールドプレミア。その後2023年2月5日以降中国大陸、香港&マカオの順で一般公開。
公開翌週の香港での興収ランキングは3位。
マーヴェル映画「アントマン&ワスプ:クアントマニア(2023)」や台湾ドラマ「時をかける愛(想見你)」の映画版、「毒舌弁護人」などに次ぐ順位となった。
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◯ 2023年11月の香港映画祭2023にて日本上映。
◯ 翁子光(フィリップ・ユン)は1979年生まれの44歳。香港映画批評家協会会員で制作と同時に批評を寄稿したりもしている。2010年ころから監督作品を制作している。「ファイアー・レスキュー(2014)」の次作「九龍猟奇殺人事件(2015)」で香港金像奨で13部門ノミネート7部門受賞の快挙を達成した。昨年ヒットし話題になったサスペンス映画「正義迴廊(2022)」ではプロデューサーを務めている。
本作にも出演の何佩瑜(ジーナ・ホー)とは交際していた事がある。
◯ 制作には多くの時間を要した。当初は5時間ほどの長さだったが、大幅に整理され多くのシーンをカットして144分に収められた。
登場人物の相関図
◯ 四大探長を題材とした映画は過去に何本も制作されている。主なものでは、
劉德華(アンディ・ラウ)が呂樂(リー・ロック)を演じた「リー・ロック伝 Part 1(1991)」と「リー・ロック伝 Part 2(1991)」、
さらに「九龍帝王(1992)」、「四大探長(1992)」、「月夜の願い/新難兄難弟(1993)」などに、梁家輝(レオン・カーフェイ)が呂樂(リー・ロック)を演じている「金錢帝國(2009)」、「金錢帝國:追虎擒龍(2014)」では吳鎮宇(フランシス・ン)が彼を演じ、さらに再び劉德華(アンディ・ラウ)が演じた「追龍(2017)」などがある。
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◯ 本作の内容に関連した映画としては周潤發(チョウ・ユンファ)の2作、「風の輝く朝に(1984)」や「黒社会(1989)」などもある。
郭富城(アーロン・クォック)
◯ 四大探長のひとり、磊樂。呂樂(リー・ロック)をモデルとする。
戦前に広東省から香港来て警察官となる。戦後も警官として成果を挙げながら妻との出会いをきっかけに汚職にも手を出し、一方で新界、荃灣を経て油麻地の探長となり、最終的には香港島全体の総探長に登りつめた。
◯ 1990年代から今もなお大人気で毎年数多くの出演作がある、現在の香港を代表する俳優。膨大な出演作があるが、主なものは
杜琪峯(ジョニー・トー)監督「裸足のクンフー・ファイター(1993)」、「柔道龍虎房(2004)」、
譚家明(パトリック・タム)監督作で、今作同様に徐天佑(チョイ・ティンヤウ)が息子を演じた「父子(2006)」、
「アニタ(2022)」のリョン・ロクマン&サニー・ルク共同監督による「コールド・ウォー 香港警察 二つの正義(2012)」と続編「コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義(2016)」、
「浮城(2012)」、周潤發(チョウ・ユンファ)との「プロジェクト・グーテンベルク(2018)」、中国映画「ピースブレーカー(2017)」、名優3人が揃った「ホワイト・ストーム 世界の涯て(2023)」などなど。
今作の翁子光(フィリップ・ユン)のヒット作「九龍猟奇殺人事件(2015)」でも主演し、今作のモデル・呂樂をはじめて描いた映画の内のヒット作「リー・ロック伝/大いなる野望 PART II(1991)」では呂樂の息子役を演じるなど、今作の主演には他にない適任だったと言える。
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徐天佑(チョイ・ティンヤウ)
◯ 磊樂の青年期は徐天佑(チョイ・ティンヤウ)が演じた。
◯ 郭富城(アーロン・クォック)に酷似しており、「父子(2006)」でも親子を演じている。二人組の音楽グループ"SHINE"として黃又南(ウォン・ヤウナム)と共に活動していた。
主な出演作はCM撮影をきっかけに知り合ったフルーツ・チャン監督の映画「リトル・チュン(1999)」を皮切りに、「金魚のしずく(2001)」、「AV(2005)」、「父子(2006)」、スティーブン・ソダーバーグ監督のパンデミック映画「コンテイジョン(2011)」、「ハッピーパッポー(2019)」など。
梁朝偉(トニー・レオン)
◯ 四大探長のひとり、南江。藍剛がモデル。本作では梁朝偉(トニー・レオン)の主演作「花様年華(2000)」のオマージュシーンも用意されている。
父親が弁護士という裕福な家庭に育つが、日本との戦争を経験した後香港警察に入隊。7種の言語を使いこなすインテリでありながら誠実な人格で黒社会とも深く付き合い、短期間で多くの成果を挙げていく。最終的には九龍、新界区の総探長となった。
◯ 言わずとしれた名優。「恋する惑星(1994)」、「ブエノスアイレス(1997)」などのウォン・カーウァイ作品群や、侯孝賢監督「悲情城市(1989)」、香港ノワールの代名詞「インファナル・アフェア(2002)」、汪兆銘政権の工作員を演じたヴェネツィア金獅子賞&金馬奨「ラスト、コーション(2007)」と、挙げるべき作品には枚挙にいとまがない。
今年は日本でも翌年公開予定の「無名(2023)」で中国金鶏奨主演男優賞を受賞し、これによって香港金像奨、台湾金馬奨と併せて3つの中華圏の大賞をすべて受賞した俳優となった。
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杜鵑(ドゥ・ジュアン)
◯ 磊樂の妻、蔡真。自身も大きな人脈を持っており、暗躍する。
◯ 1982年上海生まれのモデル。10年ほど前から映画にも出演しており、主な作品は中国金鶏奨助演女優賞ノミネート、香港金像奨では助演女優賞と新人賞にノミネートされた陳可辛(ピーター・チャン)監督作「アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ(2013)」や徐峥(シュー・ジェン)監督の「ロスト・イン香港(2015)」、オールスター映画「君のいる世界から僕は歩き出す(2016)」など。
許冠文(マイケル・ホイ)
◯ ジョージ・リーこと李子超。汚職を操作する廉政專員で磊樂と南江を追求していく。
◯ 「新Mr.Boo!アヒルの警備保障(1981)」をはじめとする大ヒット作「Mr. Boo!」シリーズで監督・主演し、特に日本で大人気になると共に、ゴールデン・ハーベストならびに香港映画界を代表する人気俳優となった。
譚耀文(パトリック・タム)
◯ 四大探長のひとり、嚴洪。顏雄がモデル。磊樂の下で働いていた。マフィアの跛豪と親しい。
◯ 多くの香港映画に出演している名優だが、歌手でもある。俳優としては「BEAST COPS 野獣刑警(1998)」で香港金像奨で助演男優賞を受賞。膨大な出演歴があるが、最近では「イップ・マン 継承(2015)」、や「イップ・マン外伝 マスターZ(2018)」、「L風暴(2018)」や「P風暴(2019)」などの風暴シリーズや「逃獄兄弟(2020)」からの投獄兄弟シリーズ、「レイジング・ファイア(2021)」など。
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周文健(マイケル・チョウ)
◯ 四大探長のひとり、肥Bこと韓生。韓森がモデル。
◯ 「新Mr.Boo!香港チョココップ(1986)」で映画デビュー。主な作品はシティハンターのオマージュ映画「孟波(1996)」や「逃學威龍2(1992)」、ヒット作「正義迴廊(2022)」などとなるが、その他にも
「レディ・スクワッド/淑女は拳銃がお好き(1988)」、「ポリスストーリー2/九龍の眼(1988)」、「僕たちは天使じゃない(1988)」、「城市特警(1988)」、「ミラクル/奇蹟(1989)」、「ゴッド・ギャンブラー(1989)」、「彼女はシークレットエージェント(1990)」、「月夜の願い/新難兄難弟(1993)」、「ラッキー・ファミリー(1997)」などなど多数の作品への出演歴がある。
何珮瑜(ジーナ・ホー)
◯ 南江の妻、Cora
◯ モデルとして周秀娜(クリッシー・チャウ)と同時期の2005年にデビューした何珮瑜(ジーナ・ホー、過去の芸名は何佩瑜で、一見同じだが一文字変更している)は、2010年代から俳優として映画出演をしていたが、当初は呉彦祖(ダニエル・ウー)主演「独身の行方(2011)」や「グランド・マスター(2013)」、「スペシャル・フォース 特殊機動部隊(2016)」などでのセクシーな役が多かった。2018年にエンペラー・エンターテインメント(英皇娛樂)に移籍してからは「ザ・フェイタル・レイド(2019)」、「逃獄兄弟(2020)」、「レイジング・ファイア(2021)」など硬派な大作に出演が続いている。今年は中国映画のヒット作「愛してる!(2023)」にも出演した。
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春夏(ジェシー・リー)
◯ 戦時中に磊樂の命を救う小愉。だがその後日本軍の慰安婦にされてしまう。
◯ 監督の出世作「九龍猟奇殺人事件(2015)」でも主演。2022年の中国のゼロコロナ政策に反対する白紙運動に賛同する投稿をしたため、本作PRの微博から彼女の名が削除された。
他には董子健(ドン・ズージェン)主演のコメディ「脱单告急(2018)」や東京国際映画祭で上映の「恋唄1980(2020)」、ドラマ「奇遇人生(2018)」などに出演している。今年11月24日から公開の、「ブエノスアイレス」や「花様年華」など王家衛(ウォン・カーウァイ)作品でスチールカメラマンをしていた夏永康監督による中国香港合作映画「靠近我一点」でも主演している。
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謝君豪(ツェー・クワンホウ)
◯ マフィアの跛豪こと吳卓豪。吳錫豪がモデル。四大探長の嚴洪と親しい。
◯ 多くのドラマ、映画に出演している。「南海十三郎(1997)」で金馬奨主演男優賞受賞。映画では「天作之盒(2004)」や「バーニング・ダウン 爆発都市(2020)」での犯人役や大ヒット作「未来戦記(2022)」に「毒舌弁護人(2023)」、「ホワイト・ストーム 世界の涯て(2023)」など昨今更に大作出演が増加中。ドラマでは古装劇「月に咲く花の如く(2017)」や「三国志 Secret of Three Kingdoms(2018)」など。
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吳卓羲(ロン・ン)
◯ 香港最大のマフィア14K(十四堂)のボス、郭兆雄。葛肇煌がモデル。
◯ 吳卓羲(ロン・ン)は2000年に古天樂(ルイス・クー)の推薦で訓練生から無綫電視(TVB)と正式契約。主な出演作はドラマ「大唐雙龍傳(2003)」、「恋するパイロット(2003)」、2005年からの「学警雄心」シリーズなど。
映画では「ショックウェイブ(2017)」と続編の「バーニング・ダウン(2020)」、「ハード・ナイト(2019)」、「邊緣行者(2022)」、「逃獄兄弟2(2022)」とその続編などである。
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張繼聰(ルイス・チョン)
◯ 四大探長の手下として働く豬油劑。
◯ 子役から俳優のキャリアを始めた張繼聰(ルイス・チョン)も多くの作品に出演している。パトリック・タムと同じく「イップ・マン 継承(2015)」や「L風暴(2018)」や「P風暴(2019)」などの風暴シリーズ、「逃獄兄弟(2020)」からの投獄兄弟シリーズにも出演している。
今年公開のコロナ禍での香港社会の苦しみを描いた「星くずの片隅で (2022)」 では、台湾金馬奨の主演男優賞にノミネートされた。また歌手としても広く知られている。
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