【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
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【スタッフ & キャスト】
2023年 中国 130分
監督: 申奥（シェン・アオ）
出演: 张艺兴（張芸興、レイ）、金晨（ジン・チェン）、咏梅（ヨンメイ）、王传君（ワン・チュエンジュン）、王大陆（王大陸、ダレン・ワン）、周也（ジョウ・イエ）、孙阳（スン・ヤン、サニー・サン）
【ストーリー】
中国国内でプログラマとして働いていた潘生【张艺兴（張芸興、レイ）】は、報われない仕事環境に嫌気が差して東南アジアでの割の良い仕事を見つけてきた。
魅力的な条件だったが現地に到着した途端、全員が目隠し&拘束されパスモートも奪われ、ネットカジノのプログラムをさせられる。実は連れてこられた場所は中国の人々を違法ネットカジノへと誘導する詐欺集団の根城であった。反抗するものは徹底的に暴力で抑えられ、とうてい逃亡できそうにない。
高給を求めて来たモデル、梁安娜（アンナ）【金晨（ジン・チェン）】と共に潘生はなんとか脱出を図ろうと画策する。
【感想】
怒涛の勢いで展開するスピーディさ、心拍数上がりっぱなしのすごい緊張感。最高にヒリヒリする前半と、すごいバランスでまとめあげた後半の仕上がり。この映画の正解を求めて見終わった後も語り合いたくなる作品であり、一本で何粒も美味しい映画だった。
この映画は、ネットカジノの犯罪を海外から行うネット犯罪、日本でも最近タイやカンボジアで逮捕された特殊詐欺のような犯罪を描いている。オープニング早々から詐欺集団への隠れリクルーティングが始まるのだが、展開がすさまじく速い。良い話と思えそうなのはほんの数分でもう終わり、更にそこから自らの陥った状況を知って絶望を覚えるのもわずか10分ほどの感覚で、観客の我々も张艺兴（張芸興、レイ）や王大陆（王大陸、ダレン・ワン）と同じく、あれよあれよとあっという間にのめり込んでしまうのだ。このテンポ感、まるで被害者の感覚を疑似体験させる為かと思うほどだ。
ストーリーは事件の現場での、被害者側と加害者側、さらにネットカジノにハマっていく側とその家族、警察側からといろんな立場から描かれ、男女もほぼ同数になっていて、観客もどこかで共感する部分が見つかるようになっている。
だが描写はかなりエグい。特に前半は、直接は見せないものの何をやったかはわかる残酷な場面がいくつもあり、ショック度も高い。日本ならPG12指定が付きそうだし、残酷なシーンが苦手な方にはちょっと難しいだろう。
だがしかし、本作の驚きはむしろ後半の描き方だ。中盤から一転して別の映画のようになり、あれだけハードで残酷な展開だったのに最終的には家族も一緒に見れるような仕上がりになっているのだ。ネタバレしたくないのでこれ以上は書かないが、是非とも実際に映画を見てほしい。筆者は見ながらひっくり返りそうになった。とてつもないバランスの映画になっている。
という訳で見終わった時には、まるでジェットコースターにでも乗ったようになかば呆然としたのだが、その後で改めて色々と考えてみて、この映画はやはりこの形だからこそヒットしたのだという納得にたどり着いたのであった。もちろんこのような展開になったのには様々な理由があるだろうが、結局は「ヒット作を作る」という、この目的を極限まで最優先した結果なんじゃないかと思う。
仮に日本での公開が実現しても、世の映画好きやレビューサイトの得点での高評価はすんなりとは得られないだろう。だが、あらゆる世代にも見に行こうと思わせる映画を作るなら、特に今の時代、このエグ味とこのエンディングのコンビネーション以外の手法ってあるんだろうか？もし日本向けに改良するとしたらどうするのが良いのだろうか？もしあるとすれば、それはもう「圧倒的に良い映画」を作るという、ド正論という名の無理難題しか無いのではないか。などなど、単にスーパー大ヒットというだけでなく、この映画の取った手法なんかでも色々語り合う要素は満載の、本当に見て良かったし、是非とも多くの人に見て欲しい作品であった。
なお、演技はどの俳優も素晴らしかった。誰か1人を特筆する事もできないくらい、全員のキャラがいきいきと存在感を発揮している。また、全体の画面のルックは、やはり「薬の神じゃない（2018）」を彷彿とさせ、出自を感じるものだった。
また舞台の描写は報道で話題になったタイというより、元になったミャンマーやカンボジアなんかを思わせる。冒頭の観光地エリアは少しマカオの住宅街なんかにも似ている感覚だ。
中国映画レビュー「薬の神じゃない！ 我不是药神 Dying to Survive ニセ薬じゃない！私は薬の神ではない」 - daily diary
【トピック】
◯ 2023年8月8日から中国全国公開。初週より興収ランキング1位を取り、以降4週連続興収トップを維持。公開当日で興収7億元（146億円）を記録と大きな話題になり、以下のような社会現象を巻き起こすほどの人気を得た。公開一ヶ月後の9月9日に興収38億元（793億円）を突破した。
2023年の中国映画の総合興収ランキングで3位となった。
◯ 筆者は本作を2023年中国/香港映画の個人的ベストの6位に選出した。
◯ タイトルの「孤注一掷（孤注一擲）」とは、「孤注」だけでも "ギャンブルでなけなしの金をはたいて、のるかそるかの勝負をすること。" という意味である。乾坤一擲（けんこんいってき）も同じ意味だ。
◯ 本作は東南アジアを舞台とした犯罪がテーマとあって、タイへ旅行する中国人客が激減したとか、ミャンマー政府が不満を表明するなど、舞台と考えられた国への影響が発生し、更にそれについての報道がまた再び映画への注目を集めるなど、一種の社会現象とまでなった。
◯ 特に以前からミャンマー北部を中心とした中国人によるネット詐欺の蔓延は深刻化していて、2023年現在でも1000以上の中国人犯罪グループ、数10万人という驚くべき数の中国人がミャンマー北部で詐欺活動に加担していると言われており、中国内にかかってくるネット詐欺の6割はこの地域からの発信だとされる。
2021年の軍によるクーデター以後は治安悪化で更に状況が悪化し、中国公安局もミャンマー警察と協力して撲滅に向けて取締りを強化しているが、ネット詐欺グループと連携しているのがクーデターで実験を握ったミャンマー国軍側であり、思うように進展していない。
特殊詐欺容疑者３万人を移送 ミャンマーから中国に：東京新聞 TOKYO Web
2023年10月27日から、北東部シャン州で少数民族の武装勢力や民主派勢力が、実権をにぎる国軍への大規模攻撃「1027作戦」を始めたが、ここには上記のネット詐欺対策を急ぐ中国側が、攻撃を黙認したために民主派勢力の攻勢が強まったとの見方もある。
◯ 今作はヒットメーカー、宁浩（ニン・ハオ）がプロデューサーに就いている。
宁浩（ニン・ハオ）は、北京映画学院在学中に監督した「星期四，星期三（2001）」で大学生映画祭の最優秀監督賞を受賞。さらに一人で出資、監督、撮影、編集まで行った「香火（2003）」が東京フィルメックスで最優秀作品賞、香港国際映画祭でも受賞。そして次作「绿草地（2005）」でも上海映画祭新人賞受賞と、当初から華々しい成績を上げ続ける。
そして初の商業映画で郭涛（グオ・タオ）、刘桦（リウ・ホア）、黄渤（ホァン・ボー）らが主演の「クレイジーストーン（疯狂的石头、2006）」がヒットしシリーズ化。さらに次作の「疯狂的赛车（2009）」では自身初の興収1億元（20億円）をついに突破し、名実ともにトップ監督の一員に名を連ねることとなった。
その後、シリーズ3作めのSF作家 劉慈欣原作「疯狂的外星人（2019）」やプロデュースした大ヒット作「薬の神じゃない（2018）」、オールスター映画「愛しの母国（2019）」への参加、そして今年はスーパー大ヒットした本作の公開もまだ終わっていないというのに、劉徳華（アンディ・ラウ）主演のメタコメディな監督作「ムービー・エンペラー（2023）」が東京国際映画祭で公開、大陸で現在公開中のプロデュース作「二手杰作（2023）」 もヒット中と、彼が携わる作品には間違いないと言える状況だ。
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◯ 監督の申奥（シェン・アオ）は学生時代に少数民族をテーマにした短編作品で多くの賞を受賞する。さらに幾つかの短編を監督した後、監督した初の長編商業映画で大鹏（ダーポン）&柳岩（リウ・イエン）が主演の「受益人（2019）」がヒット。結婚詐欺がきっかけで生まれるラブストーリーだが、公開初週から2週間興収ランキング4位をキープし、3週間で2.1億元（44億円）の興収を記録した。本作がそれ以来の2作め長編作となる。
◯ 「シャドウプレイ（2018）」や現在公開中の「サタデー・フィクション（2019）」などの娄烨（ロウ・イェ）監督作品、ドラマ「バッド・キッズ（2020）」などで知られる张颂文（チャン・ソンウェン）の名前がSpecial Thanksの欄に記載されている。これには今年初頭に放映され、彼も主演した大ヒットサスペンスドラマ「狂飙」との関連が取り沙汰されている。
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◯ 撮影は2021年に中国南部の海南島にある、海南大学海甸校区などで行われた。
张艺兴（張芸興、レイ）
◯ 有能なプログラマだったが、報われない状況を変えたくて甘い誘いに乗ってしまう潘生。
◯ レイは韓国のスーパーグループEXO、EXO-Mの中国人メンバー。湖南省出身で2012年デビュー。2015年から中国でもソロで活動している。
映画には「前任2：备胎反击战（2015）」、「カンフー・ヨガ（2017）」、「カーズ／クロスロード（2017、吹き替え）」、「アイランド／一出好戯（2018）」、今年も「中国青年：我和我的青春（2023）」、「长沙夜生活（2023）」などに既に出演。ドラマでは中国版「プロポーズ大作戦（2017）」や「大明皇妃（2018）」などに出演している。
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金晨（ジン・チェン）
◯ モデルとして成功していたがトラブルにより解雇されてしまった梁安娜（アンナ）。
◯ 金晨（ジン・チェン）は幼少からダンスを学び、北京舞踏学院に進学し2008北京オリンピックの開会式にも参加。その後俳優としても活動を始める。
主な作品はドラマ「陰陽法師-無心-（2015）」、「萌妃の寵愛絵巻（2018）」、「隐秘而伟大（2020）」、「了不起的女孩（2020）」、「炽道（2022）」、「平凡之路（2023）」など。
王传君（ワン・チュエンジュン）
◯ 詐欺グループのトップ、陆秉坤。
◯ 2007年にオーディション番組「加油！好男儿」に井柏然（ジン・ボーラン）らと共に出演して知られるようになった。コメディドラマ「爱情公寓（2009）」で日本人漫画家を演じて人気になる。
大ヒット映画「薬の神じゃない！ 我不是药神（2018）」での主役チームの一員だったのを覚えている人も多いのではないだろうか。この監督の次作「素晴らしき眺め（2022）」にも出演。
程耳（チェン・アル）監督の浅野忠信出演「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海（2016）」と金鶏奨監督賞受賞、 梁朝偉（トニー・レオン）&王一博（ワン・イーボー）主演の「無名（2023）」にも出演。今年はそれ以外にも、現在日本公開中の娄烨（ロウ・イエ）監督作「サタデー・フィクション（2019）」、陈凯歌（チェン・カイコー）監督作「志愿军：雄兵出击（2023）」、大ヒットSFドラマ「三体（2023）」と大作出演が目白押しの出世の年となった。
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王大陆（王大陸、ダレン・ワン）
◯ 大学生で、サークルで字幕組（ファンサブ）活動に熱中するなど楽しんでいたが、ネットカジノにハマってしまう顾天之（阿天）。
◯ 台湾出身。宋芸樺（ビビアン・ソン）主演の大ヒット台湾映画「私の少女時代（2015）」のヒロインの相手役で一気に知られることになる。その後倪妮（ニーニー）主演「28歳未成年（2016）」や「男たちの挽歌」のリメイク「英雄本色2018」などに出演し、漫画「イタズラなKiss」の中国・台湾合作での映画化「一吻定情（2019）」に主演。さらに青春映画「小小的愿望（2019）」、「スーパー・ミー（2021）」などなど安定して話題作に出演し続けている。
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周也（ジョウ・イエ）
◯ 顾天之（阿天）と同じ字幕組のメンバーである宋雨（小雨）。顾天之（阿天）と付き合っている。
◯ 名作「少年の君（2019）」でのいじめっ子役で知られるようになる。ヒット時代劇ドラマ「山河令（2021）」にもヒロインとして出演。さらに映画「アウトブレイク 中国医生（2021）」、「1921（2021）」と、続々とヒット作に出演している。
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孙阳（スン・ヤン、サニー・サン）
◯ 詐欺グループのメンバーのひとり、安俊才（阿才）。
◯ 香港出身の俳優だが、主に中国大陸で活動している。ドラマ版「深夜食堂（2017）」に出演し芸能界入り。桂纶镁（グイ・ルンメイ）主演の「美好的意外（2017）」や「THE CROSSING〜香港と大陸をまたぐ少女〜（2018）」などに出演。今年は今作の後に公開された犯罪映画「第八个嫌疑人（2023）」にも出演している。
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咏梅（ヨンメイ）
◯ 公安局の刑事隊長の赵东冉。
◯ 1990年代から俳優をしておりドラマ「中国式离婚（2004）」や「悬崖（2013）」に出演していたが、映画「黒衣の刺客（2015）」が話題となる。さらに「在りし日の歌（2019）」での主演でベルリン映画祭最優秀女優賞、金鶏奨主演女優賞を獲得した。
その後もホームドラマ「リトルハピネス～小歡喜（2019）」や古装劇「風起洛陽（2021）」などに出演している。
主題歌
主題歌の「千金散尽」は杨宗纬が歌う。作詞は今年3月公開の大鹏（ダーポン）監督のヒット作「保你平安」でも主演した女性芸人・李雪琴（リー・シュエチン）だ。
中国映画レビュー「保你平安 Post Truth」 - daily diary
www.youtube.com 杨宗纬 - 千金散尽 (《孤注一掷》电影主题曲) 歌词
