中国映画レビュー&解説「家出の決意 出走的决心 Like A Rolling Stone」

出走的决心 (豆瓣)

家出の決意 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

毎シーンごとに心をえぐる果てしなく重い物語、家を出た時の表情が忘れられない。
とにかくこの事実を知れ/見ろ/わかれという切実さ。
咏梅(ヨン・メイ)も姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)も二人共にすごい演技

 

 

家出の決意 出走的决心


www.youtube.com 电影《出走的决心》曝终极预告 主宰自己人生方向“走花路”

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2024年 中国 106分
監督: 尹丽川(イン・リーチュエン)
出演: 咏梅(ヨン・メイ)姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)吴倩(ウー・チェン)张本煜(チャン・ベンユー)马苏(マー・スウ)艾丽娅(アイ・リーヤー)

 

 

 

【あらすじ】

李红(リー・ホン)【咏梅(ヨン・メイ)】は家族のために人生を捧げ、良き娘、良き妻、良き母としての役割を忠実に果たしてきた。終わらない家事と生活の重荷が、彼女をうつ病に追い込む。
絶望の中、彼女は人生の別の選択肢を見つけ、新たな人生の旅を計画し、本当の自分を再発見していく。

現代中国映画祭2024より

 

 

 

【感想】

タイトルの「出走の決心」へと至る、果てしなく報われない日々を観客と共に追体験する物語。
これもまたひとつの虐待の記録だし、そしてその果てにたどり着いた美しい風景に、傷ついた心が洗い流されていく。

映画のタッチはそこまでだが、とても重い映画だ。もう冒頭から、娘の出産に付き添うために熱望していた同窓会を断らざるを得ないシーンが始まる。娘の一大事だ。仕方ない。同窓会もまたやるんだし。そうして李红(リー・ホン)は、成都に行くのを断り、娘のそばで忙しく世話をする事にする。
同じような事はどこでも日常的に、日本でも起こっている。そして、それは大した事ではない事になっている。でも、後半で同じシーンが再び登場した時には、私たちはもうそんな風には決して思えなくなっている。

 

家出の決意 出走的决心

 

李红(リー・ホン)の人生は一事が万事そんな風に扱われてきた。現代と1985年、そして1992年、1995年と、彼女の人生は昔からずっと周りの人から諦めさせられ、妥協させられ、希望を捨てさせられて毎日の雑事をこなさせられてきた。そして、それがより一層辛いのは、さもそれが当然かのように軽く扱われている事なのだ。その妥協の代わりが、たとえば奮い立つような大仕事とか緊急の一大事だったなら、せめて納得のしようもあるだろうに。

映画のタッチはひたすら暗いものではなくて、明るい場面もある。2人の出会い、赤ん坊を連れて新居のアパートへの引っ越し、そういうシーンはとても素朴で温かい雰囲気に溢れている。やや滲んだような色調もとても心地良い。だがそれとても、むしろ李红(リー・ホン)の思いと同じで、こんな日々でも少しでも明るくしたいからという、刹那の希望に見えて、より気持ちが苦しくなる。

 

家出の決意 出走的决心

 

女性への虐待を描いた最近の中国映画では、去年にも女性監督がまさに家庭内暴力との戦いそのものを描いた、よりドラマチックな佟丽娅(トン・リーヤー)主演作「我经过风暴(2023)」がある。こちらでも本作と同じように辛いシーンを延々と見せ続けるという描き方だ。「我经过风暴」の方がストレートで映画的だが、本作は常に隠し撮りのように物陰からのアングルで撮影していて、むしろよりリアルに見せつけてくる。
どちらも共通して、この現実を知らしめる、見ればわかる、わかって欲しいという切実で気迫のこもった感情がひしひしと伝わってくる。同時に、決して終わらないかのような永遠の絶望も味わわされる。

とにかく主人公・李红(リー・ホン)を演じた咏梅(ヨン・メイ)が素晴らしい。特に心をくじかれる場面でも、なんとか奮い立たせて聞き流そうとする時の、幾重にも幾重にも感情が含まれた、曖昧で意味深い表情。その表情を見るだけで様々な言葉が聞こえてくるようで、本当に深い演技であった。
見事なクソ夫を演じた姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)も、憎まれ役として本当に素晴らしかった。薄ら笑いで小言を言うシーンなど本当に酷くて、さすがである。本作は男性二人には一切の言い訳や共感の余地を与えていない。それだけにこの人物がどう「悪」なのかをはっきりとわかるよう演じきる事が本当に大切だった筈で、その要求を見事に全うしている素晴らしい演技だった。

 

この映画は本国で非常に高く評価され、1億元を越えるヒット作となった。有名になった人がモデルとはいえ、50歳を越えた普通の女性が主人公になっている映画がここまでのヒットになった事も特筆すべき事だし、この事実こそがこの映画のポテンシャルを物語っていると思う。
今年の春節には同じく女性による女性のストーリー「YOLO 百元の恋(2024)」が公開され、この翌々月には「好东西 (2024) 」が更に大きなヒット作となっていて、そうしたタイミングの今、今作のような女性の物語を観る事には大きな意味がある。

 

中国映画レビュー&解説「我经过风暴 The Woman in the Storm」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「YOLO 百元の恋 热辣滚烫 YOLO」 - daily diary

家出の決意 出走的决心



 

【トピック】

◯ 中秋節の連休である2024年9月15日に中国で一般公開。
公開初週は王俊凯(ワン・ジュンカイ)主演の「野孩子 (2024) 」や乔杉(チャオ・シャン)主演「一雪前耻 (2024) 」、張家輝(ニック・チョン)主演の中港合作「重生 (2024) 」などに次ぐ興収ランキング5位。だが翌週には3位に上昇、更に翌週には2位と徐々に人気が上がっていった。
興行収入は1.24億元(25.8億円)となり"破億"のヒット作となった。

 

 

◯ 日本では早くも2024年11月22日からの現代中国映画祭で上映中。

katsuben-cff.lespros.co.jp

 

 

 

◯ 監督・脚本の尹丽川(イン・リーチュエン)は、作家として小説「再舒服一些(2001)」や長編「贱人(2002)」、エッセイ「37°8(2003)」などを発表、今年は詩集「混蛋的好心(2024)」を出版している。
また自身の映画監督作品も「公园 (2007) 」以来、本作が7作目となる。張芸謀(チャン・イーモウ)監督の名作「サンザシの樹の下で(2010)」では脚本を担当した。

家出の決意 出走的决心

 

 

 

咏梅(ヨン・メイ)

◯ 李红(リー・ホン)。子供の頃は長女として大学に行く事も許されず、結婚後は母親として夫と子供の世話に明け暮れる中、ひたすら耐え忍んで生きてきた。

◯ 1990年代から俳優をしておりドラマ「中国式离婚(2004)」や、张艺谋(チャン・イーモウ)監督作「崖上のスパイ(2021)」の原案であるドラマ「悬崖(2013)」に出演していたが、映画「黒衣の刺客(2015)」が話題となる。大ヒット古装劇「如懿伝(2018)」に出演後、映画「在りし日の歌(2019)」での主演でベルリン映画祭最優秀女優賞、金鶏奨主演女優賞を獲得した。
その後もホームドラマ「リトルハピネス~小歡喜(2019)」や古装劇「風起洛陽(2021)」などに出演。最近は易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)主演の映画「素晴らしき眺め(2022)」や大ヒットした特殊詐欺についての映画「ノー・モア・ベット: 孤注(2023)」で警察である公安局刑事を演じた。

家出の決意 出走的决心

中国映画レビュー&解説「素晴らしき眺め 奇跡の眺め 奇迹·笨小孩 Nice View」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「ノー・モア・ベット: 孤注 孤注一掷 No More Bets」 - daily diary

 

 

 

 

姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)

◯ 夫・孙大勇。古い観念での夫像そのままに、家事はまったくせず、妻をいたわり労う事もしないまま、口うるさく家事に口出しをし続けてきた。

◯ 1967年生まれ。俳優でもある「太陽の少年(1994)」などの映画監督・姜文(チアン・ウェン)は実兄である。
駆け出しの頃に張芸謀(チャン・イーモウ)監督の名作「活きる(1994)」に出演しているが、知られるようになったのは風呂屋を描いた良作「こころの湯(1999)」で多くの映画賞を受賞してからだ。
この時期に香川照之も出演したカンヌ映画祭・審査員特別グランプリを受賞した兄・姜文(チアン・ウェン)監督の戦争映画「鬼が来た!(2000)」にも出演している。その後ドラマ「空镜子 (2001) 」「别了,温哥华 (2003) 」「小姨多鹤 (2009) 」などに出演。
その後は映画出演が増加、「我的唐朝兄弟 (2009) 」、姜文(チアン・ウェン)監督作「さらば復讐の狼たちよ(2010)」「罪の手ざわり(2013)」「無言の激昂(2017)」、劉德華(アンディ・ラウ)主演作「ショック ウェイブ 爆弾処理班(2017)」「エイト・ハンドレッド(2020)」「修羅の街、飢えた狼たち(2021)」などに出演している。

家出の決意 出走的决心

香港映画レビュー「ショック ウェイブ 爆弾処理班 拆弹专家 (拆彈專家) Shock Wave」 - daily diary

中国映画「エイト・ハンドレッド -戦場の英雄たち- 八佰 The Eight Hundred」 - daily diary

中国映画レビュー「咱们结婚吧」(3本レビュー) - daily diary

 

 

 

吴倩(ウー・チェン)

◯ 李红(リー・ホン)のひとり娘・孙晓雪。母親の辛さも感じていて、父親の理不尽さにも嫌気が差しているが、いざ結婚し子供ができるとその考えが変化していく。

◯ 古装劇のドラマ「擇天記 〜宿命の美少年〜(2017)」「如懿伝 〜紫禁城に散る宿命の王妃〜(2018)」や現代ドラマ「私の妖怪彼氏(2016)」などで知られる。
朱一龙(チュー・イーロン)主演の良作「星明かりを見上げれば(2022)」にも出演している。

中国映画レビュー&解説「星明かりを見上げれば 人生大事 Lighting Up the Stars」 - daily diary

家出の決意 出走的决心

 

 

 

张本煜(チャン・ベンユー)

◯ 孙晓雪の夫、徐晓阳。穏やかで妻を労る気持ちはあるが、何かと不用意で軽率な発言で妻の神経を逆撫でする。

◯ 2013年からのドラマ「报告老板!」シリーズや大人気コメディ「万万没想到(2013)」など、刘循子墨(リウ・シュンズーモオ)監督のコメディで知られるようになった。
その縁で尹正(イン・ジョン)主演のヒット作「扬名立万(2021)」に出演。「乗風破浪(2017)」、そして「ペガサス/飛馳人生(2019)」とその続編「飞驰人生2(2024)」と、韩寒(ハン・ハン)監督作では常連だ。
昨年には张涵予(チャン・ハンユー)&劉徳華(アンディ・ラウ)がW主演したクライム・サスペンス映画「93國際列車大劫案:莫斯科行動(2023)」に出演している。

家出の決意 出走的决心

中国映画レビュー&解説「飞驰人生2 Pegasus 2」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「93國際列車大劫案:莫斯科行動 Moscow Mission」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「扬名立万 Be Somebody」 - daily diary 

中国映画レビュー&解説「ペガサス/飛馳人生 飞驰人生 Pegasus」 - daily diary

中国映画レビュー「乗風破浪〜あの頃のあなたを今想う 乘风破浪 Duckweed」 - daily diary

 

 

 

马苏(マー・スウ)

◯ 職場の同僚・马婕。李红(リー・ホン)の決断を羨ましくも尊重している。

◯ ハルビン出身の漢族俳優。主な出演作はドラマ「大唐歌飞(2003)」「我的美丽人生(2010)」「北京青年(2012)」「女人如花(2012)」など。
映画では、「心花路放 (2014) 」「老师·好 (2019) 」などのほか、爾冬陞(イー・トンシン)監督による内モンゴルが舞台の映画「海的尽头是草原(2022)」ではモンゴル系の人物を演じている。

中国映画レビュー&解説「海的尽头是草原 In Search of Lost Time」 - daily diary

家出の決意 出走的决心

 

 

 

艾丽娅(アイ・リーヤー)

◯ 李红(リー・ホン)の母親。厳しい家計の状況から娘へも生き方を押しつけようとする。

◯ 1980年代から活躍するモンゴル族の俳優で、周曉文(チョウ・シャオウェン)監督「麻花売りの女(二嫫、1994)」で華表奨/金鶏奨を受賞する高評価を得る。上記の马苏(マー・スウ)と同じく、王小帅(ワン・シャオシュアイ)監督「在りし日の歌(2019)」にも出演。最近の高評価のドラマ、「去有风的地方(2023)」「平凡之路(2023)」などにも出演している。
なんといっても昨年の話題作「宇宙探索編集部(2021)」での口やかましい事務員役が記憶に新しいが、その後もDVを描いた佟丽娅(トン・リーヤー)主演作「我经过风暴(2023)」、今年は彭昱畅(ポン・ユーチャン)主演作「雲の上の売店(2024)」に出演、本作の後、国慶節休暇に上映されたヒット作「浴火之路(2024)」にも出演と、一気に人気俳優となった状況だ。

家出の決意 出走的决心

中国映画レビュー&解説「宇宙探索編集部 宇宙探索编辑部 Journey to the West」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「我经过风暴 The Woman in the Storm」 - daily diary

中国映画レビュー&解説「雲の上の売店 云边有个小卖部 Moments We Shared」 - daily diary

 

 

 

モデルとなった実在の人物

◯ 主人公・李红(リー・ホン)にはモデルがあり、実際に1人で6ヶ月間クルマでのひとり旅をして有名になった苏敏(スー・ミン)である。
チベット自治区チャムド出身で、19歳の時に家族と河南省鄭州市へと引っ越した彼女は、映画同様の苦労の果てに2020年9月、旅に出発した。旅行の様子をアップしていた抖音(Tik Tok)で多くの人に知られるようになった。

今年6月に離婚協議を開始したが、当初は夫から50万元(1040万円)の支払いを要求された。後に16万元(330万円)に減額してきたものの、8月現在も手続きは完了していないようだ。

baike.baidu.com

courrier.jp

ニューヨーク・タイムズ紙も報道した中国最新映画:出走的決心(Like A Rolling Stone) - 中国経済新聞 ニューヨーク・タイムズ紙も報道した中国最新映画:出走的決心(Like A Rolling Stone)

www.nytimes.com

◯ 劇中では白いフォルクスワーゲン・ポロに、俗に"ジェットバッグ"と呼ばれるルーフボックスにテントを搭載して旅行をしているが、苏敏(スー・ミン)本人は屋根に装着する折りたたみ式ルーフテントを使っている。筆者もルーフテントを試したことがあるが非常に楽だし簡単で使いやすい分、本体重量も価格も相当なので、まさに旅慣れた彼女ならではのチョイスだ。

 

 

 

 

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com