中国映画レビュー&解説「雪豹 Snow Leopard」

雪豹 (豆瓣)

雪豹 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

雪豹 (电影) - 维基百科,自由的百科全书

 

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

2023東京国際映画祭グランプリ&金鶏奨4部門ノミネート
チベットの凍てつく美しい風景、そしてリアルとファンタジーの狭間にいる雪豹
保護する/されるという、人間vs野生動物の非対称な関係に疑問を投げかけてくる。

 

 

雪豹雪豹


www.youtube.com 雪豹 - 予告編|Snow Leopard Trailer|第36回東京国際映画祭 36th Tokyo International Film Festival

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2023年 中国 109分
監督: 万玛才旦(ペマ・ツェテン)
出演: 金巴(ジンパ)熊梓淇(ディラン・ション / ション・ズーチー)才丁扎西(ツェテン・タシ)、旺卓措、洛桑群培(ロプサン)更登彭措

 

 

 

【あらすじ】

チベットの山村で雪豹が捉えられたと聞き、撮影に向かう地元のテレビクルー。いざ現場に着くと、そこには家族とともに、飼っていた羊を9匹も噛み殺されたと、雪豹に激昂する男【金巴(ジンパ)】がいた。貴重な保護動物である雪豹を守ろうとする役場の人間と、生活がかかっている住民。雪豹法師【才丁扎西(ツェテン・タシ)】と呼ばれる若い僧も交えて、緊張だけが高まっていく。

 

 

 

【感想】

チベットの美しい風景を背にして、人間と野生動物の関わりを寓話的に描いている。近代的な見方と土着的な倫理観のねじれが興味深い。

田舎、未開の地、言い方は色々だが自然が支配する土地での、人間と野生動物との付き合い方は今までも数多くいろんな形で描かれてきたが、この映画はそういった作品達から得てきた常識や固定観念とはちょっと違う描かれ方になっていて、新しい驚きがあった。

 

雪豹

 

驚きのひとつは雪豹だ。東京国際映画祭ではファンタジックと形容されていたが、つまり雪豹にちょっとリアルを越えた性格づけがなされていて、人間に対して怒ったり懐いたりと、色々とアクションする。だがそれは、例えば昔話や伝承であるような精霊とか神の使いとかの人間に近いキャラクターではなくて、言うならば犬やネコくらいの人に慣れた動物くらいのレベルだ。

しかもその描写がとてもリアルで美しく、チベット映画という先入観を完全に覆すクオリティで驚く。ただし、吠え方や威嚇の仕方、人間との距離の取り方などの動きはネコ科の動物らしくなかったり、野生動物らしく見えない点も多少あったりする。
そんなリアルとファンタジーの狭間にいるような雪豹が、写実的で美しいチベットの風景や人々の間に浸入し混乱させる、筆者にはそんなストーリーのように見えた。

 

雪豹

 

面白く見たもうひとつの点は、人々の考え方だ。雪豹によって家族の財産だった家畜が殺された事件に、家族、特に金巴(ジンパ)は激怒し、雪豹を殺さなければと激昂する。雪豹を吊るし上げる様なイメージシーンすらあって、野生生物は保護するものという現代的な目線からすると、まるで生贄のようでもあり、キリストの磔を思わせるようでもあった。
筆者も驚きもし、そもそも、何よりも自然と共に生きている彼らの様な人々こそ野生生物を敬い、大切に思う伝統や風習とかあるんじゃないのかと思ったりもした。

けれども、もしかしたらこれこそが真に自然の中で生きる事なのかもしれない。保護するもの/されるものな非対称な関係ではなく、やるか/やられるかの対等な関係。お互いが真剣に生き延びようとしている。彼らは本来遊牧民であり、定住する事も最近の事のようで、それはつまり、今の生き方自体が政府によって伝統を否定されているようなものだ。そうした非合理を押しつけられている中で起こった事故。それを更に彼らにとっての非合理な理由で逃せと命令し、さながら生活を破壊するかの様に圧力をかけてくる役場の人間や警察官。金巴(ジンパ)とて、怒りたくて怒っている訳ではない。

だがしかし、同じ家族の一員である雪豹法師と呼ばれる弟は、兄・金巴(ジンパ)とは反対の考えだ。彼はまた一度街に出て、そこで写真に出会い、カメラを持って法師となって家に戻ってきている。現代社会の感覚に触れた後に、故郷のリアルに生きる兄とは違う考えに至った存在だ。雪豹法師の事をどう捉えるかでこの映画をどう見るかが変わるのかもしれない。

 

雪豹

 

色々とわかりにくい点もあったりして、万玛才旦(ペマ・ツェテン)監督の作品を初めて見た筆者も、果たして彼の狙いが理解できたかは、わからない。

特に雪豹のファンタジックな描写と、人々が揉めていたり屋内で皆で食事する場面を写す手持ちカメラによるリアルめな描写との差異など、リアリティラインが曖昧になっているところは、混乱を誘ってしまう気がする。だがチベットの凍てつき荒涼とした、ヒマラヤの高峰を望む美しい風景と、そこでの現実が突きつけられる感覚は、他の映画にはない衝撃があって印象深い映画だ。

 

 

 

【トピック】

◯ 2023年9月6日からのヴェネツィア国際映画祭でワールドプレミア。2024年4月3日から中国で一般公開された。興行収入は846.8万元(1.7億円)。

 

◯ 日本では2023年10月23日からの東京国際映画祭で上映され、グランプリを獲得した。

2023.tiff-jp.net

 

◯ 中国金鶏奨では主演男優賞など4部門にノミネートされた。

www.teppayalfa.com

 

 

※いわゆるチベットは、1949年または1951年以来中国によって実効支配されていて、中国内のチベット自治区となっている。チベットを代表する存在としてよく知られているダライ・ラマは、現在インドにある亡命政府のリーダーというより、チベット仏教の象徴的指導者となっている。
これらの事情により本作は中国映画として制作されている。

 

 

◯ 監督の万玛才旦(ペマ・ツェテン)は高山病により2023年5月8日に53歳で急逝。本作が遺作となった。

青海省海北チベット族自治州出身のチベット族中国人。1990年代に小説家として知られるようになり中国での少数民族文学賞などを受賞。その後映像制作も開始、2002年に初作品となる30分の短編「静静的嘛呢石」が中国の大学生映画祭で優秀賞を受賞した。後に長編「静かなるマニ石(2005)」として発表され、中国金鶏奨・新人監督賞をはじめ多くの映画賞を受賞した。
その後、東京フィルメックス・グランプリを獲得した「オールド・ドッグ(2011)」「タルロ(2015)」「撞死了一只羊 (Jimpa、2018) 」「羊飼いと風船(2019)」などの作品を監督している。

雪豹

 

 

 

金巴(ジンパ)

◯ 一家の兄。

◯ 今作で中国金鶏奨・主演男優賞にノミネートされた。
1985年生まれ。30歳頃に出演したデビュー作となる映画「皮绳上的魂 (2016) 」で台湾金馬奨・新人賞を受賞。「撞死了一只羊 (Jimpa、2018) 」「羊飼いと風船(2019)」の万玛才旦(ペマ・ツェテン)監督作に出演しているほか、「巡礼の約束(2018)」や2023年の中国金鶏奨2部門ノミネートの「回西藏 (2022) 」にも出演している。詩人でもある。

雪豹

 

 

 

熊梓淇(ディラン・ション / ション・ズーチー)

◯ テレビクルーのカメラマン・王旭。

◯ 2013年に歌手のオーディション番組「中国梦之声」で芸能界入り。2016年にDylanという名で台湾のボーイズグループSpeXialの第四期・新メンバーとなり2021年まで活動した。
俳優としてもSpeXial加入の頃から開始し、ドラマ「公诉 (2023) 」などに出演しているが、商業映画出演は今作が初となる。

雪豹

 

 

 

才丁扎西(ツェテン・タシ)

◯ 金巴(ジンパ)の弟・雪豹法師。雪豹に魅せられている。
演じた才丁扎西(ツェテン・タシ)は今作が映画デビューとなる。

雪豹

 

 

 

洛桑群培(ロプサン)

◯ 金巴(ジンパ)と雪豹法師兄弟の父親(画像右)。雪豹を山へ逃がすべきだと考えている。

◯ 洛桑群培(ロプサン)は、今作で中国金鶏奨・助演男優賞にノミネートされた。
女優・陈冲(ジョアン・チェン)が監督した映画「シュウシュウの季節(1998)」で台湾金馬奨・主演男優賞を受賞。その他、チベットが舞台のドラマ「拉萨往事 (2002) 」や陈飞宇(チェン・フェイユー、アーサー・チェン) が主演の歴史ドラマ「将夜 戦乱の帝国(2018)」、映画「ディープ・シー・ミュータント(2022)」など数多くの作品に出演している。

雪豹

 

 

 

 

撮影クルー

◯ 左から王旭(熊梓淇(ディラン・ション / ション・ズーチー))、扎登(更登彭措)、主任(尕斗扎西)、久巴(役と同名)

◯ インタビュアー・扎登を演じた更登彭措は、出演作品数は多くないものの、今作・万玛才旦(ペマ・ツェテン)監督の「撞死了一只羊 (Jimpa、2018) 」にも出演。その他金巴(ジンパ)が主演した「皮绳上的魂 (2016) 」のほか、2021年の中国金鶏奨で新人監督賞受賞、3部門ノミネートとなったチベットが舞台の映画「随风飘散 (2020) 」にも出演と、チベットが舞台の最近の話題作に出演している。

◯ ドライバー役をしていた久巴(画像右)も「随风飘散 (2020) 」に出演している。

雪豹

 

 

 

 

www.teppayalfa.com