小さな私 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
すべてが易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)の脅威的な演技力を抜きには語れない、素晴らしい存在感。多くの要素を詰め込みながらも穏やかで自然な語り口に仕上げた脅威の脚本と演出、それを支える小林武史の音楽。むしろ観る側の歪みを見据える程にまっすぐ作られた凄い映画だった。
www.youtube.com Big World (2024) 小小的我 - Movie Trailer - Far East Films
【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 131分
監督: 杨荔钠(ヤン・リーナー)
出演: 易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)、林晓杰(ダイアナ・リン)、蒋勤勤(ジャン・チンチン / ジアン・チンチン)、周雨彤(ジョウ・ユートン / チョウ・ユートン)、廖学秋(リャオ・シュエチウ)、岳小军(ユエ・シャオジュン)
【あらすじ】
脳性麻痺を患う青年・刘春和(リウ・チュンフー)【易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)】は、大学受験を控えるなか、祖母【林晓杰(ダイアナ・リン)】が力を注いでいる舞台を手伝っている。祖母はチュンフーを積極的に社会に関わらせようとするが、チュンフーの母【蒋勤勤(ジャン・チンチン / ジアン・チンチン)】は不安を隠せない…。
東京国際映画祭より
【感想】
すべてが易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)の脅威的な演技力を抜きには語れない、素晴らしい存在感。多くの要素を詰め込みながらも穏やかで自然な語り口に仕上げた脅威の脚本と演出、それを支える小林武史の音楽。むしろ観る側の歪みを見据える程にまっすぐ作られた凄い映画だった。
この映画の感想を話す時、易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)演じる脳性麻痺の主人公の演技の事は話さないわけにはいかないし、あの演技を否定する人はまずいないだろう。それくらい、圧倒的に見せつける素晴らしい演技であった。
歩き方、ひとつずつの仕草、話し方、どれもとてつもなくリアルというだけではない。リアルな上に、シーンごとにキメとなる本当に心に残る素晴らしい表情を見せてくれるのだ。
これはヤバい。それぞれシーンで、出来事が起こり、それが終わった時、彼の心情をフッと立ち昇らせたような表情が現れるのだ。脳性麻痺の演技中なのに。これは極めて高度な技術であると同時に、リアルとファンタジーの境界で描いているこの映画自体の立ち位置を、その表情それだけで伝えてくる。
障害者を描くのに健常者が演じる事の是非が話題になるが、あの演技を見るともう何も言えなくなるほど、彼でなければこの演技は得られなかった事が納得できる。
しかも、メイキングを見ると、この役ではわざわざ特殊メイクで少しだけ鼻を高くして人相を変えてまでやっている。わざわざバランスを崩してまでリアリティを作り上げている細やかな製作陣にも驚きだ。このメイキング、探せば簡単に見つかるので一度は見る価値がある。
ただこの映画は、2024年の作品にしてはとてもオーソドックスに作られていて、やや古臭く感じる人もいるかもしれない。ストーリー自体は少しの捻りがある程度の王道な流れで、個人的には山田洋次監督「学校(1993)」とかを思い出す様な、昔あった文部省選定映画のような香りもある。だが、今作は本当に丁寧に作られていて、まさに「学校」がそうだったように素晴らしい作品という事には寸分も変わりがない。共産党のプロパガンダ臭もかなり薄いといえる。
ストーリーは、脳性麻痺の人々が直面する様々な辛い現実を掬い上げ、様々な話が盛り込まれている。祖母・陈素群【林晓杰(ダイアナ・リン)】の友人達の、歓迎する口振りをしつつ隠しきれないグロテスクな目線がしんどくなる冒頭シーンから盛りだくさんだ。
だが一方ですごく整理もされていて、肉親なのに母親については大胆に出演量が抑えられていたり、周雨彤(ジョウ・ユートン / チョウ・ユートン)が演じる女友達・雅雅(ヤーヤー)とのやり取りの扱いも絶妙で上手い。若い女を、若い男である主人公のファンタジーの餌食に安易にせず、しかし一方で彼の憧れの対象という障害者=弱者でもある主人公側の主体性もきちんと残す、繊細にバランスが取れた最高に上手い脚本だ。憧れるまでは良いが、"男に都合の良い存在"にはなっていない。
本作の脚本家は、あの名作「シスター 夏のわかれ道(2021)」での脚本家、游晓颖(ヨウ・シャオイン)で、筆者は「シスター」以来、その力量には彼女の名前を覚えるほど強い印象を持ったので、個人的には大納得である。
特に、主人公が「障害者である前に普通の若い男である」事に説得力を持たせる様々な演出も細やかに散りばめてあって、特に「大した特技もない」ところが本当にいい。「異能の障害者が健常者に一目置かれる」的な、バカバカしい"映画あるある"でなく、映画の中でも障害者が平等に扱われていると感じられる。
中国映画は最近、検閲とかポリコレとかの現状を飛び越えるように、「熱烈(2024)」や「⼈⽣って、素晴らしい / Viva La Vida(2024)」のように、シンプルで素朴な主題を扱い、そこから良作が生まれる事が増えていて、これもまたその流れの最新版とも言える。
そして見終わってから気づいたのが、今作の監督はなんとあの「妈妈!(2022)」の監督だったのだ。筆者はこの「妈妈」をその年のマイベスト一位にした程、いたく感動した。今まで世話をしていた65歳の娘に認知症が出て、85歳の母親が逆に娘を介護するという、壮絶なストーリーをいかにも軽やかに描いていて、まさに観客より先に当事者に深く寄り添う映画という物を見せられたような、金鶏奨・主演女優賞受賞作だ。今作もまさに同じスタンスで作られた、連作の一つの様とも言える。
あまりにド直球、模範的に描いている為、やや鼻白らむと言えるかもしれない。また当事者でない者が演じるという点にも、引っ掛かる事はあるだろう。しかし監督一同が施設に訪問している様子なんかもメイキングで見てしまうと、そうした批判もすべて飲み込んだ上で制作したのだろうと思えてしまう。
少なくとも易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)の演技は映画賞に値するし、中国でなく世界で知られるべき名優と言ってよいクラスになっただろう。素晴らしい映画だった。
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【トピック】
◯ 2024年11月2日からの東京国際映画祭でワールドプレミア。その後同年12月27日に中国全土で公開された。公開初週は「共謀家族/誤殺」シリーズ最新作で、その後大ヒットとなった「误杀3 (2024) 」を抑えて興収ランキング1位を獲得した。
興行収入は7.65億元(159億円)のヒット作となった。
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◯ 日本では2025年3月20日からNetflixで配信開始予定。
◯ 本作は東京国際映画祭・コンペティションで観客賞を受賞した。
◯ 監督の杨荔钠(ヤン・リーナー)は元々俳優として贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の「プラットホーム(2000)」などに出演したが、その後映画監督として、「春梦(2013)」、「春潮(2019)」で映画賞を受賞。そして、それらに続く3部作の3作目として制作した前作「妈妈!(2022、当初のタイトルは「春歌」)が、中国金鶏奨で主演女優賞を受賞した。
◯ 脚本は游晓颖(ヨウ・シャオイン)。2010年頃からドラマの脚本を担当するようになり、張艾嘉(シルビア・チャン)監督主演作で金馬奨ノミネートされた映画「妻の愛、娘の時(2017)」で香港金像奨・脚本賞を受賞。そして名作「シスター 夏のわかれ道(2021)」の脚本を手掛ける。
その後、ドラマ「愛上特種兵(2021)」、「三悦有了新工作 (2022) 」、映画では「平凡英雄(2022)」や「祝你幸福! (2024) 」の脚本を担当した。
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◯ 音楽は小林武史。言わずとしれたMy Little LoverやMr.Childrenなどで知られる名プロデューサーだが、映画音楽も「スワロウテイル(1996)」や「リリイ・シュシュのすべて(2001)」などの岩井俊二監督作品を中心に数多く手掛け、中国映画でも韩寒(ハン・ハン)監督「いつか、また(2014)」や李玉(リー・ユー)監督「万物生长(2015)」などを手掛けている。
◯ メイキングフィルムを見ると、実際の作り込みや施設へ行き脳性麻痺の人々と過ごしたのがわかる。衝撃的なのは特殊メイクで鼻梁を持ち上げている事だ。
www.youtube.com 【易烊千玺】小小的我幕后纪录片《小小的我们》
易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)
◯ 脳性麻痺を患う青年・刘春和(リウ・チュンフー)。教師になりたいと大学受験を志している。
◯ もはや「TFBOYSのメンバー」や名作「少年の君(2019)」主演という説明も不要の、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの大人気俳優に成長した。大作への出演が目白押しで、最近では朝鮮戦争を描いた「1950 鋼の第7中隊(2021)」&「1950 水門橋決戦(2022)」の「长津湖」シリーズやNetflixで放映されたベンチャー成功物語「素晴らしき眺め(2022)」など。最近作は张艺谋(チャン・イーモウ)監督の時代劇「満江紅(マンジャンホン、2023)」となり、この後は陳可辛(ピーター・チャン)監督のカンヌ出品作「酱园弄 (2024) 」の公開も控えている。
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林晓杰(ダイアナ・リン)
◯ 刘春和(リウ・チュンフー)の祖母・ 陈素群。コーラスグループを組んでいて、孫を練習に連れ出す。
◯ 非常に面白いキャリアを持つ俳優だ。1962年ハルビン生まれ。映画「人生没有单行道 (1984) 」で俳優デビューする。「女人的故事 (1988) 」での演技などが評価されるも、1996年で一旦俳優業を休業。
20年後の2016年、オーストラリアでのドラマ「The Family Law(罗家、1996)」への出演で俳優業を再開。2シーズンに出演した後、今度はオークワフィナ主演でゴールデングローブ賞受賞のアメリカ映画「フェアウェル(2019)」に出演した。
その後、今度は中国の大ヒットドラマ「ロング・シーズン(2023)」、そして「見習い弁護士パン・イエン(2023)」に出演し、中国でも再び知られるようになった。中国映画への出演は本作が実に34年ぶりとなる。
蒋勤勤(ジャン・チンチン / ジアン・チンチン)
◯ 刘春和(リウ・チュンフー)の母、陈露。心配のあまり過保護になりがち。
◯ 1990年代半ばから「苍天有泪 (1998) 」などの数多くの古装劇に出演。映画「姐姐词典 (2005) 」で高評価を得た後、大ヒットドラマ「乔家大院 (2006) 」での、陈建斌(チェン・ジェンビン)との主演で数多くの演技賞を受賞した。主演映画「所有梦想都开花 (2007) 」でも高評価を得ている。その陈建斌(チェン・ジェンビン)とはドラマ「乔家大院」放映の年に結婚。その後も映画「疫病神 (2014) 」や「第十一回 (2019) 」などで夫と共演している。その他ドラマ「海上牧雲記(2017)」や「清越坊の女たち(2020)」などにも主演している。
昨年は顾晓刚(グー・シャオガン)監督作「西湖畔に生きる(2024)」に主演した。
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周雨彤(ジョウ・ユートン / チョウ・ユートン)
◯ 公園で刘春和(リウ・チュンフー)と知り合う雅雅(ヤーヤー)。
◯ 1994年生まれ。韓国映画「怪しい彼女(2014)」の中国版「20歳よ、もう一度(2015)」や井柏然(ジン・ボーラン)主演のドラマ「皇后的男人(2015)」に出演。
ドラマ「大宋少年志(2019)」や、「華麗なる契約結婚(2020)」、「愛すべき私たちへ(2021)」、「愛なんて、ただそれだけのこと(2023)」、「春色寄情人 (2024) 」など多くの主演作がある。
映画では任敏(レン・ミン)&辛云来(シン・ユンライ)主演のラブロマンス「我是真的讨厌异地恋(2022)」に出演している。
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