香港映画レビュー&解説「正義迴廊 The Sparring Partner」

正義迴廊 The Sparring Partner: wikipedia

 

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】 

 

 

正義迴廊


www.youtube.com 《正義迴廊》THE SPARRING PARTNER 正式預告片 Official Trailer | 10月27日上映

 

 

【スタッフ & キャスト】

2022年 香港 138分
監督:何爵天(ホー・チェクティン)
出演:楊偉倫(ヨン・ワイルン)麥沛東(マク・ホイトン)蘇玉華(ソ・ヨクワー)周文健(マイケル・チョウ)林海峰(ジャン・ラム)

 

 

 

【ストーリー】

アパートの一室で老夫婦が部屋で殺害される事件が発生。しかも、死体を切り刻んで捨てるという猟奇的で残酷な犯行であった。
犯人として逮捕されたのは被害者夫婦の実の次男であり、家族と仲が良くなかった張顯宗【楊偉倫(ヨン・ワイルン)】と、その友人でありどうやら知能が低い男・唐文奇【麥沛東(マク・ホイトン)】の二人。
なぜ二人は両親を殺害したのか、どうして友人・唐文奇は参加したのか、裁判で真相が明かされると期待されていたのだが…

 

 

 

【感想】

猟奇的な殺人シーンや残酷な描写、ダークな色調にヒトラーまで登場する露悪的とも見える演出。だが全体としては法廷劇という、非常に変わったバランスの映画だった。セリフや証人尋問からストーリーが展開していくので、集中していないと見逃してしまう。こんな作品が香港で大きくヒットしたのはすごく興味深い。

特徴的なのは、既に事件が終わったところから映画が始まる点だ。常人には理解不能な猟奇的な凶悪事件を描く時、事件の始まりから追体験させる事で犯人の心理も理解でき、臨場感もより高まる作りにする事が多いと思うが、今作の狙いはそこではなく、犯人の心情はむしろ明かされない。それどころか、逮捕された二人は真犯人かどうかもまだ怪しい状況で裁判が開始される。そうして、裁判の進行に合わせて観客も一緒に事件の真相に迫っていく事になるのだ。

 

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裁判の進行とともに、次第に被告二人の人となりや過去が明らかにされてくる。それらがまた突飛とも言えるようなもので、インパクトも大きい。ヒトラーに扮した犯人の張顯宗(ヘンリー)ドイツ語で喋り始めたり、神、原罪、生まれ変わりなどのキリスト教的価値観が出てきたり。それ以外にもディカプリオ、「タイタニック(1997)」、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)」などの映画の話も登場する。どの話が重要で、どれが関係ないのか頭を整理しながら見ていく事になるだろう。

一方で「十二人の怒れる男(1957)」さながらに、陪審員も様々な意見を言い合い、合議を重ね推理を働かせる。観客も彼らとともに真相を考えていく。はたまた、香港的な裁判シーンでの弁護士や検察官も尋問から真実を見出そうとし、観客も今度は彼らの立場から推理を深めていく事になる。閉廷すると途端に彼らがカジュアルになるのも妙なリアリティがあって興味深い。そうやってそれぞれの立場で事件を見ていくのだが、事件の様相は証言者の話を聞くたびに印象が変わっていく。何がいったい真実なのか、むしろあやふやになっていく。観客はそれぞれの立場に移行しながら一緒になって考えさせられていくのだ。

陰惨な殺人シーンもあり、エログロなシーンも存在するので三級片指定も納得だし、仮に日本で公開されるとしてもR15+指定には確実になりそうな映画なので、鑑賞には注意が必要だ。

 

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印象的なのは、やはり多くの映画賞が評価した通り、唐文奇(アンガス)役の麥沛東(マク・ホイトン)と姉役の楊詩敏(ハリエット・ヤン)の2人だ。2人とも素晴らしい感情のほとばしりで、知能障害の弟が興奮していくシーンとか、その姉を心配するあまり大号泣しながらの証言など、ぐっと心を掴まれてしまう。2人ともまだまだ出演キャリアも多くなく今作以降の出演も多くないので、ぜひ更に映画へ出演してほしい役者だ。

いわゆる香港映画的な演出などはほとんど無いので、古典的な香港映画ファンにはおそらく刺さらないだろう。でも昨今増加している新世代の香港映画と同じような、香港ならではのリアリティの高め方が今作でも使われていて、太い共通点を感じる映画であった。筆者としては日本語字幕でも改めて見れたらまた印象が変わりそうだと思わせる、深くて作り込まれた骨太の映画であった。

 

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【トピック】

◯ 2022年8月30日に香港国際映画祭でワールドプレミアし、同年10月27日に香港で一般公開。
公開初週の興収ランキングではドウェイン・ジョンソン主演「ブラックアダム」に次ぐ2位で、予想より売上は良くなかったが、翌週に1位を奪取。そこから3週間マーベル映画「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」に次ぐ2位を維持していたが、口コミにより人気が上昇。再び2週連続で1位に返り咲いた。
人気継続により年を超えた2023年までロングラン上映となり、歴代中華映画でも「コールド・ウォー 香港警察 二つの正義(2012)」「イップ・マン 葉問(2010)」「金手指(2024)」などに並ぶ、驚きの4300万香港ドル(8.6億円)を記録した。

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◯ 本作は香港で、日本で言うR指定となる第III級電影(三級片)の指定を受け、18歳以上のみ鑑賞可能となった。

 

◯ 香港国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。香港金像奨では15部門ノミネート・新人監督賞と編集賞の2部門受賞。その他数多くの映画賞を受賞している。

 

◯ 本作は香港電影発展局によって定期的に行われる、首部劇情電影計画という新人監督発掘オーディションによって250万香港ドル(5000万円)の援助を受けて制作された。
同様の支援により制作された映画は「毒舌弁護人(2023)」「四十四にして死屍死す(2023)」「燈火(ネオン)は消えず(2022)」「香港ファミリー(2022)」「縁路はるばる(2022)」「流水落花(2022)」「逆流大叔(2018)」「ランアウェイ 香港脱出(2017)」「ミッドナイト・アフター(2014)」など。

 

 

◯ 何爵天(ホー・チェクティン)監督は、郭富城(アーロン・クォック)主演「九龍猟奇殺人事件(2015)」などで知られ、プロデューサーに就いている翁子光(フィリップ・ユン)監督のもとで助監督などをしていた。初監督作品となる本作が大ヒット。その後二作目としてホラー・コメディ「四十四にして死屍死す(2023)」を監督。

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楊偉倫(ヨン・ワイルン)

◯ 1人目の被告で主犯格の張顯宗(ヘンリー)。被害者夫婦の次男。若い頃にいじめられた経験もあり、ひねくれた性格を持つ。

◯ 本作で香港金像獎・主演男優賞にノミネートされた。
主に舞台劇で活動しており、受賞歴も複数ある。本作の出演で一気に知名度を上げ、何爵天(ホー・チェクティン)監督の次作で、ヒット作となったホラー・コメディ「四十四にして死屍死す(2023)」にも引き続き出演。他にも「闔家辣(2022)」「全世界どこでも電話(2023)」「作詞家志望(2024)」「12怪盜(2024)」と続々と出演作が増加している。
香港版おっさんずラブのドラマ「大叔的愛(2021)」にも出演している。

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麥沛東(マク・ホイトン)

◯ 2人目の被告・唐文奇(アンガス)。やや知能が低いようである。

◯ 本作で香港金像奨・主演男優賞ノミネート。
香港演芸学院在学中から舞台演出と演技で評価を得て奨学金も獲得する。卒業後も演劇で活動し2016年と2022年に受賞歴も持つ。
映画出演は、本作がパラアスリートを描いた「ゼロからのヒーロー(2021)」の次、第三作めとなる。監督の次作「四十四にして死屍死す(2023)」にも出演している。

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蘇玉華(ソ・ヨクワー)

◯ 唐文奇(アンガス)の弁護団を代表する資深大律師(上級弁護士)、游嘉莉。

◯ 1990年代から舞台・映画・ドラマで活動してきた。主な作品に映画「人間有情(1995)」、 謝君豪(ツェー・クワンホウ)主演の「南海十三郎(1997)」、ドラマ「刑事偵緝檔案(1995)」などがある。

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周文健(マイケル・チョウ)

◯ 検察官の朱愛倫。やたらと英語を使ってくる。

「新Mr.Boo!香港チョココップ(1986)」で映画デビュー。主な作品はシティハンターのオマージュ映画「孟波(1996)」「逃學威龍2(1992)」、最近では郭富城(アーロン・クォック)&梁朝偉(トニー・レオン)が主演した「風再起時(2023)」などとなるが、その他にも
「レディ・スクワッド/淑女は拳銃がお好き(1988)」「ポリスストーリー2/九龍の眼(1988)」「僕たちは天使じゃない(1988)」「城市特警(1988)」「ミラクル/奇蹟(1989)」「ゴッド・ギャンブラー(1989)」「彼女はシークレットエージェント(1990)」「月夜の願い/新難兄難弟(1993)」「ラッキー・ファミリー(1997)」などなど多数の作品への出演歴がある。

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林海峰(ジャン・ラム)

◯ 張顯宗(ヘンリー)の弁護人、吳冠峰。独特の主張をする被告に冷笑気味に対応する。

◯ ラジオDJ、コメディアン、歌手、俳優と様々な顔を持つタレント。妹は歌手でタレントの林珊珊(サンディ・ラム)である。
映画出演はジャッキー・チェン主演の「シティーハンター(1993)」「29歳問題(2017)」などがある。

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朱栢謙(ジュー・パクヒム)

◯ 張顯宗(ヘンリー)の兄、張顯祖。上手くいかない弟が疎ましく、仲は良くない。

◯ 朱謙とも呼ばれる。兄弟は元々バンドでの音楽活動で知られるようになった。
兄の朱栢謙(ジュー・パクヒム)は「私のプリンス・エドワード(2019)」で台湾金馬奨、香港金像奨でそれぞれ助演男優賞にノミネート。
弟である朱栢謙(ジュー・パクヒム)は、舞台演劇「大龍鳯(2014)」で受賞歴あり。映画「暗色天堂(2016)」「ファストフード店の住人たち(2019)」「白日青春-生きてこそ-(2022)」「星くずの片隅で(2022)」などなど、出演作が増加中だ。

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楊詩敏(ハリエット・ヤン)

◯ 唐文奇(アンガス)の姉、唐文珊。弟の無実を信じている。

楊詩敏(ハリエット・ヤン)は、本作で香港金像奨・助演女優賞ノミネート。
主に舞台劇で活動しているが、映画では蔡卓妍(シャーリーン・チョイ)主演「戲王之王(2007)」や、「猛男滾死隊(2011)」、郭富城(アーロン・クォック)「九龍猟奇殺人事件(2015)」「アニタ 梅艷芳(2021)」などに出演していて、コメディ的な演技が強みの俳優だ。

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陪審員たち

左から區焯文、葉蘊儀(グロリア・イップ)、鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)

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左から張凱娸(キキ・チャン)、陳桂芬(ブレンダ・チャン)、黃宇詩、鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)、林善、葉蘊儀(グロリア・イップ)、黃華和(ウォン・ワーウォー)、區焯文、邱萬城

 

◯ 主婦の陪審員:葉蘊儀(グロリア・イップ)は「孔雀王(1988)」「孔雀王/アシュラ伝説(1990)」「ホンコン・フライド・ムービー(1988)」「ミラクル/奇蹟(1989)」など数々の映画で知られる女優。結婚の際に一度引退するがドラマ「ネバー・ダンス・アローン(2014)」で復帰した。

◯ 青い髪をした陪審員:鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)は「黄昏をぶっ殺せ(2022)」で香港金像奨・助演女優賞、新人賞にノミネート。「作詞家志望(2023)」でも香港金像奨・主演女優賞にノミネートされた。その他、「アニタ 梅艷芳(2021)」「ゼロからのヒーロー(2021)」などにも出演している。

◯ 元校長先生の陪審員:陳桂芬(ブレンダ・チャン)は「香港国際警察/NEW POLICE STORY(2004)」「エレクション 死の報復(2006)」「桃さんのしあわせ(2011)」「インテグリティ/煙幕(2019)」「命案(2023)」などに出演している。

◯ 頭の薄い男性陪審員:邱萬城は蘇玉華(ソ・ヨクワー)も出演していた「南海十三郎(1997)」で映画デビュー。「レクイエム 最後の銃弾(2013)」「コールド・ウォー 香港警察 堕ちた正義(2016)」「白日青春 生きてこそ(2022)」などに出演。

◯ 理知的な青年陪審員:林善は評論家の荻上チキに似ているが、「G殺(2018)」で香港金像奨・新人賞にノミネートされた。

 

 

 

蔡紫晴(龍小菌、ロン・シャオジュン)

◯ 検察官・助手、陳玉瑜

◯ 蔡紫晴は、龍小菌(ロン・シャオジュン)という名で知られる歌手。2012年頃からYoutube上で音楽を発表し大人気になる。最初にリリースした「誰可聽我唱歌」は100万アクセスを越すバイラルヒットとなった。当時は中学教師であったためマスクをして歌っていたが、後に教師を辞め顔を出して正式にプロデビューする。
2014年頃から俳優としての活動も開始。映画には許冠文(マイケル・ホイ)主演「Delete愛人(2014)」と、本作の後「4拍4家族(2023)」に出演している。

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www.youtube.com 龍小菌 - 《誰可聽我唱歌》MV

 

 

 

梁雍婷(レイチェル・リョン)

◯ 張顯宗(ヘンリー)の弁護人・吳冠峰のインターン、 賀敏兒。

梁雍婷(レイチェル・リョン)「どこか霧の向こう(2017)」での猟奇的な少女を演じて香港金像奨新人賞ノミネート。
名匠陳木勝(ベニー・チャン)の遺作アクション「レイジング・ファイア(2021)」などにも出演しているが、特に香港新世代映画の良作「縁路はるばる(2022)」でさらに知られる事となる。以降「流水落花(2022)」「燈火(ネオン)は消えず(2022)」「白日の下(2023)」「年少日記(2023)」と立て続けに新世代の映画に出ていて、今後が注目の俳優だ。

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モデルとなった実際の事件

◯ 本作は2013年に発生した実話の事件を元にしている。大角咀地区で発生した本作と同様に両親をバラバラ殺人した事件で、主犯の男は殺害後、Facebookに両親を探すページを設けて捜索を呼びかける偽装工作も行っていた。

大角咀肢解父母案 - 维基百科,自由的百科全书

 

 

 

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