流水落花 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
鄭秀文(サミー・チェン)の里親制度についての泣ける映画。香港らしくない郊外的な風景が印象的。「縁路はるばる」等と同じ新しい香港映画の系譜で、芯があるのに重くなく見せていて、素晴らしい。子供たちが忘れられない!
www.youtube.com 《流水落花》正式官方預告 | Lost Love - Official Trailer
【スタッフ & キャスト】
2022年 香港 92分
監督:賈勝楓(カー・シンフォン)
出演:鄭秀文(サミー・チェン)、陸駿光(アラン・ロク)、談善言(ヘドウィグ・タム)
【あらすじ】
陳天美(ティンメイ)【鄭秀文(サミー・チェン)】と何彬(バン)【陸駿光(アラン・ロク)】夫妻は養育里親として様々な背景の子供たちを受け入れてきた。
他人になかなか心を開かないサム、離婚した両親から育児放棄されたチェン、口蓋裂で自分に自信を持てずにいるファー、心優しいミン、大人を信じられなくなっているガーヘイとガーロンの姉弟、大学生になってもティンメイの家に留まりたいというチョンハン。
里子たちと暮らす二人に少なからぬ試練が降りかかる。第三者が現れることで亀裂の入った夫婦の心が、事件と時を経て信頼を取り戻し、幼くして我が子を失くした深い悲しみに対峙し乗り越えていく。何十年と変わらぬ風景の中を散歩するティンメイだったが、別れの時が突然訪れる。
OAFF2023より
【感想】
養子縁組ではなく里親になるという、より深い愛情が求められる仕事をすごく分かりやすく描いてある。
それと同じくらい、イメージの香港とはまるで違う、穏やかな自然溢れる郊外の香港を描いた、何層にも魅力が重なった素晴らしい映画であった。
たぶん皆が最初に惹きつけられるのは、舞台である香港北部・錦田ののどかな夏の風景だ。山の峰々が遠くに見え、小川にかかった橋を渡ってたどり着く夫婦の家。子供を連れて歩く林を抜ける小径。とても香港とは思えない、素晴らしい風景が舞台となっている。ちょっと日本の郊外の様でもあって、彼らの求めている価値観に親近感が湧いてくる。「縁路はるばる(2021)」など、ここ最近の香港映画でこういう新しい風景を描いている作品が増えているのも新鮮な驚きだ。
養子や血の繋がっていない親子を描いた映画は過去にも色々あるが、里親制度を扱ったこの映画を見ていて湧いてくる感情は、たぶんそれらとはかなり違う。
筆者は過去に養子縁組を検討した事があり、その際に里親制度も一緒に検討した。だがこの2つは完全に似て非なる制度で、そもそも比較するようなものでは無かった。
日本も香港も、里親制度は期間限定のものというのが大前提で、陳天美(ティンメイ)と何彬(バン)も直面したように、里親としてどれほど愛情をかけられたとしても、親になる事はできない。
里親を必要とする子供は間違いなく存在する。そうした子供たちにとって、これは大変に大変に大事な役目なのはわかる。だが同時に、里親役にとっては相当に難しい仕事だろうと感じた。いつか出ていくであろうこの子を親身になって世話をし、次の子にも同じだけの愛情をキープし続けるのは、並大抵の事ではない。
特に、彼らのように、自分たちの子供の喪失という経験を経た身には、里親制度の"愛情のコントロール"が必要な役割は、時にあまりにも酷で、時にはそれが地獄のようなルールに思えてしまうんじゃないかと…そう思えてしまう(繰り返すが絶対にこの制度は必要な前提だ)。筆者だって、結果的に里親になっていない。
そんな思いでこの映画を見ていると、これほど悩んでいたとしても、それでも止める事なく里親であり続けたこの夫婦を尊敬するしかない。一方で、どうして里親になる事を選択したのだろうと、聞いてみたい気持ちにもなった。
重いテーマだが、92分とタイトに仕上がっているし、なによりもどの子たちも本当にかわいい。たとえば、自信のなかった運動会で顔を上げて一生懸命に走る小花(ファー)の、その後の陳天美(ティンメイ)がじっくり抱きしめてあげるシーンとか、本当は一人ずつの良いシーンを挙げてあげたいほど何度でも見直したくなる。
もちろんどの子にも里子になるだけの辛い事情があるのだが、一方で陳天美(ティンメイ)と何彬(バン)の夫婦も、里親として一からのスタートだ。いろんなトラブルがあり、決していつでもウェルカムな家庭環境を維持できる訳ではない。特に鄭秀文(サミー・チェン)の演じる陳天美(ティンメイ)は、想いを抱えたまま常にほんのりと不機嫌さを漂わせていて、難しいキャラクターだ。
ベランダに出て一息つくシーンが何度か出てきて印象に残る。時に陳天美(ティンメイ)ひとりであったり、時に子どもとただ会話もなくアイスを食べるだけだったりする。そうやってあの外の素敵な風景を視界に取り込んで、ついつい子どもと向き合うだけの狭い視野に入り込んでしまうのをリセットさせているように見えて、いい。
本作ではエピソードをドラマチックに描くより、むしろ年代記的に長いスパンで描いている。一瞬一瞬はたぶん濃厚であっただろうけど、年老いてそれぞれの里子を俯瞰して思いを馳せるその気持ちを想像させてくれたのも、またいい手法だなと思える。
いわゆる"香港映画らしさ"からは一線を画していて、でも間違いなく素敵な映画であった。
【トピック】
◯ 2022年11月13日に香港アジア映画祭でワールドプレミア。2023年3月2日に香港で一般公開された。興行収入は732万香港ドル(1.4億円)。
◯ 日本では2023年3月10日から大阪アジアン映画祭にて公開された。
◯ 今作で鄭秀文(サミー・チェン)が過去10度のノミネートの末、遂に香港金像奨主演女優賞を受賞。自身の歌う主題歌も歌曲賞を受賞した。
◯ 本作は香港電影発展局によって定期的に行われる、首部劇情電影計画という新人監督発掘オーディションによって800万香港ドル(15億円)の援助を受けて制作された。
同様の支援により制作された映画は「毒舌弁護人(2023)」、「四十四にして死屍死す(2023)」、「燈火(ネオン)は消えず(2022)」、「逆流大叔(2018)」、「ランアウェイ 香港脱出(2017)」、「ミッドナイト・アフター(2014)」、「The Way We Dance -狂舞派-(2013)」などがある。
◯ タイトルの「流水落花」は9世紀中国,唐末の節度使であった高駢 (こうべん)による漢詩「訪隠者不遇詩」の一節から。
散る花と流れいく水という意味。落花は流れに身をまかせたいと願い、水は落花を流れに乗せたいという気持ちがあるということから、転じて、男女の一方に相手を思う気持ちがあれば、相手にも同じ気持ちが生まれ、したいあう気持ちが通じるものであるということをたとえていう。
◯ 監督の賈勝楓(カー・シンフォン)は大学卒業後、旅行やカルチャーのライターをしながら何本かの短編やドキュメンタリーを制作していた。本作が初の長編監督作品となる。なお脚本の羅金翡は妻である。
www.youtube.com 《飛往父親的鳥》A Bird Goes By 第十三屆鮮浪潮國際短片節(本地競賽短片)
ロケ地
◯ 冒頭から登場する小橋は、北部新界にある元朗の東側、錦田にあり、ロケ地として既にGoogle mapに登録されている。林村郊野公園となっている鶏公嶺の山々を望む風景が美しい。
鄭秀文(サミー・チェン)
◯ 陳天美(ティンメイ)。3歳の子供を亡くし、里親になる事を決意した。
◯ 鄭秀文(サミー・チェン)は今作で、過去10度のノミネートの末、遂に香港金像奨主演女優賞を受賞。自身の歌う主題歌も歌曲賞を受賞した。
歌手として絶大な人気を誇る一方、俳優としても数多くの名作に出演している。
歌手として、「值得(1996)」、「終身美麗(2001)」、「一步一步愛(2010)」、「信者得愛(2010)」、「不要驚動愛情(2010)」などの大ヒット曲を送り出し、既に40枚以上のアルバムを発表しており、10回以上香港コロシアム(紅磡香港體育館)での単独ライブを開催している。
映画出演は名作「インファナル・アフェア(2002)」IとⅢをはじめとした「ダイエット・ラブ(2001)」などのアンディ・ラウとの共演作品のほか、關錦鵬(スタンリー・クワン)監督による「長恨歌(2005)」、「名探偵ゴッド・アイ(2013)」、「インスタント・ファミリー(2014)」、「花椒の味(2019)」などがある。彭昱畅(ポン・ユーチャン)主演の中国映画「僕らが空を照らしたあの日(2021)」に、本人役としてゲスト出演している。
中国映画レビュー「僕らが空を照らしたあの日 燃野少年的天空 The Day We Lit Up The Sky」 - daily diary
陸駿光(アラン・ロク)
◯ 陳天美(ティンメイ)の夫、何彬(バン)。
◯ 陸駿光(アラン・ロク)は、ドラマ「導火新聞線(2013)」や香港電台「火速救兵 シーズン4(2018)」、「獅子山下 2017之尋找家的鑰匙(2017)」などの出演で知られ、その後映画「G殺(2018)」にも出演している。
談善言(ヘドウィグ・タム)
◯ 里親団体の職員・莫姑娘(モーさん)
◯ 1990年生まれ。方力申(アレックス・フォン)や余文楽(ショーン・ユー)、蔡卓妍(シャーリーン・チョイ)などを輩出した人気ドラマ、Y2Kシリーズのひとつ「DIY2K(2012)」で人気になる。香港野球チームを描いた「最初の半歩(2016)」で香港金像奨新人賞にノミネート。「小男人週記3之吾家有喜(2017)」や「告別之前(2017)」などに出演した後、楊偲泳(レンシ・ヨン)とのLGBT映画「はじめて好きになった人(2021)」で大阪アジアン映画祭ABCテレビ賞を受賞した。「香港ファミリー(2022)」にも出演している。
香港映画レビュー「香港ファミリー 過時·過節 Hong Kong Family」 - daily diary
黃慧君(アーファー・ウォン)"花姐"
◯ ティンメイが自家製の菊花茶を置かせてもらっている、雑貨店の奥さんとして特別出演している黃慧君(アーファー・ウォン)"花姐"は、Viu TVのプロデューサーとして大人気アイドルグループMIRRORやERRORを作り上げ、彼らのマネージャーに就任した有名人。ERRORのMV「殺死我的經理人(feat.花姐) 」にも出演している。
◯ その他、スクールバスの運転手役に谷祖琳(ジョー・コク)、育児放棄し、問い詰められると金を渡す菁菁(チェン)の母親役として上記「縁路はるばる(2021)」にも出演の梁雍婷(レイチェル・リョン)が特別出演している。
里子となった子どもたち
◯ 母が薬物中毒となり愛情を受けてこなかった張文森(サム)
◯ 離婚した両親から育児放棄され祖母と暮らしていた菁菁(チェン)
◯ 口蓋裂で自分に自信を持てずにいる小花(ファー)
◯ 夫婦の雰囲気が悲惨な状態でもこらえる、優しい譚俊明(ミン)
◯ 大人を信じられなくなっている李家希(ガーヘイ)と李家朗(ガーロン)のやんちゃな姉弟
◯ 大学生になってもこの家にいたいと言う仲恆(チョンハン)
◯ 陳天美(ティンメイ)と何彬(バン)の子で、三歳の時にこの世を去った何志滔。