西湖畔(せいこはん)に生きる - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
中国版ポスターの方が内容をよく表している。前作「春江水暖」がコロナ禍で配信だけになったからか、実話の事件"1040阳光工程"というネズミ講のストーリーへとガラッと変化。まるで「小さき麦の花」のように美しい風景にかえって胸が痛む。
www.youtube.com 【电影预告】草木人间(2024) 吴磊 / 蒋勤勤 / 陈建斌 /
www.youtube.com 2024/9/27(金)『西湖畔に生きる』予告編
【スタッフ & キャスト】
2023年 中国 118分
監督: 顾晓刚(グー・シャオガン)
出演: 吴磊(ウー・レイ)、蒋勤勤(ジアン・チンチン)、陈建斌(チェン・ジェンビン)、王佳佳(ワン・ジアジア)、闫楠(ヤン・ナン)、吴彼(ウー・ビ)
【あらすじ】
杭州市。最高峰の中国茶・龍井茶の生産地としても有名な西湖。そのほとりに暮らす母・タイホア(吴苔花)【蒋勤勤(ジアン・チンチン)】と息子・ムーリエン(何目莲)【吴磊(ウー・レイ)】。
父のホー・シャン(何山)は家を出て行方がわからず、10年になる。タイホア(吴苔花)は山の美しい茶畑で、茶摘みの仕事をしながら、ひとり息子を育て上げた。ムーリエン(何目莲)はもう大学卒業の年だが、仕事がなかなか見つからない。ようやく見つけた仕事は詐欺まがいで、仕事は続かず、無職になってしまう。一方、タイホア(吴苔花)も、茶畑の主人チェン(老钱)【陈建斌(チェン・ジェンビン)】と懇意になったことで、その母親の逆鱗に触れ、茶畑を追い出される。
そんな時、タイホア(吴苔花)は怪しげな「足裏シート」を販売するバタフライ社に出会う。
その実態は違法なマルチ商法だった……。
彼らに洗脳され、別人のようになってしまうタイホア(吴苔花)。ムーリエン(何目莲)は、母をなんとか違法ビジネスの地獄から救い出そうと一線を超える決断をする……。
公式サイトより
【感想】
日本版と違って鮮やかで情熱的な中国版ポスターを見るとわかるとおり、前作「春江水暖(2019)」とはガラッと変化したテイストで、遥かにドラマチックに描かれた親子の物語。アート的からジャーナリスト的アプローチへと移行した故郷への視線を感じた。
顾晓刚(グー・シャオガン)監督のデビュー作であった前作は、無名で低予算、出演者も大半が監督の親戚という素人だったにも関わらず、その山水画を思わせる詩的で美しい風景と大胆なカット、ドラマチックでは無いが庶民を見つめる暖かい視線が世界中で評判となり、日本でも高評価を得た。
だが、今作のテイストはその真逆をいく様な変化で、前作を期待して見るともしかしたら裏切られたと思うだろう。超人気俳優が主演、画質も遥かにグレードアップ、何よりドラマチックなストーリーと劇的な演出。クローズアップやカメラの扱い、光の扱い方なんかの細かいところもヒット作に相応しい仕上がりで、堂々たるメジャー感を湛えている。そうしたより多くの人に見てもらえる様な作風は、監督自身の狙いでもあるようだし、実際に本国の興収も上々で、目的は完全に達成している。
前作だって中国でも評価は高いのだが、当時はまさにコロナ禍まっただ中の時期で映画館自体がほとんど営業休止となり、結局中国での一般公開はなされずに配信だけになった。そのため興行収入と評価の釣り合いが取れていない作品になっていて、監督が前作発表後に制作した短編*1からも感じる通り、その点で色々と思うところもあったのかもしれない。
とはいえ、今作も前作から続く監督の杭州三部作(山水図)の2作目という位置付けで、同じ杭州を舞台に西湖周辺の茶畑を、水墨画を思わせる素晴らしく詩的な美しさで魅せてくれる。特に冒頭、日も昇らない早朝の、薄暗い茶畑を舐める様に捉えつつ、春の茶摘み時期の開始を告げる風習のクローズアップへと繋がっていく、長回しのワンカットは、前作で話題となった超絶ワンカット長回し水泳シーンを思わせる素晴らしいオープニングだ。
ストーリーはネズミ講にハマっていく母親を描いていて、こういう社会問題を描いたものは最近ではお正月の大ヒット作「年会不能停!(2024)」や张艺谋(チャン・イーモウ)監督「坚如磐石(2023)」、特殊詐欺を描いた「ノー・モア・ベット: 孤注(2023)」など、中国では去年くらいから多数ヒットしているので、トレンドのトピックだという感じだ。
ただし今作の描き方は、他の作品みたいに事が解決して終わりではない。それよりもむしろネズミ講以外に行先が無く、より良い人生への選択肢を持たない母親の様な人々の、どん詰まりな環境が主に描かれている。
そして、そんな悲惨で残酷な環境がこの上なく美しい風景を湛えているという、皮肉のような不条理さ。
前半の心が洗われるような美しい風景を見た後、中盤の激しいドラマを経て再びあの茶畑の山へと戻ってきた時、それでもまだ美しいあの風景を、観客はあれほど無邪気にはもはや見てはいられない。それは例えば「小さき麦の花(2022)」の、あの美しい素朴さ故に貧困と運命を共にする夫婦を思い出す。
どん詰まりの環境といえば、前作「春江水暖」に出てくる一家も、日々ギリギリのやりくりをしながら生き延びる、心の平安や安定的な将来など見えない人々であった。今作にも、前作で警察に捕まっていた三男だけはネズミ講参加者として再登場する。前作の彼らより下層の、ほぼ母子家庭である今作の親子が更に厳しい状況に陥るのはもはや必然でもある。前作の様な暖かい目線ではもはや救えない絶望だ。
筆者は前作を見て、ドキュメンタリー的な目線と感じたが、その距離感が今回はさらに近づき、より切迫した意識を感じた。言ってみればジャーナリストが活動家に近づいた様なものだろうか。監督が杭州三部作の二つの作品で描いているのはそんなハードなリアリティだとも言える。この生活を抜けなければ生きることすら厳しいというのに、結局は杭州から出られない人、出る事を良しとしない人々、そうしてこの街に残る人々を見つめる視線の愛情深さは変わらないように感じた。
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【トピック】
◯ 2023年10月28日の東京国際映画祭でワールドプレミア。翌年の今年4月3日から中国で一般公開。公開初週から2週にわたり、「君たちはどう生きるか(2023)」と「ゴジラxコング 新たなる帝国(2024)」に次ぐ3位にランクイン。
興行収入は1.2億元(24.5億円)を達成し、1億元を超えるヒット作となった。
◯ 日本でも9月27日から一般公開。
◯ 監督の顾晓刚(グー・シャオガン)は1988年杭州生まれ。2015年の短編ドキュメンタリー「种植人生」がFIRST青年映画展で高評価を受ける。
2019年に公開した初の長編作品「春江水暖(2019)」が、カンヌ映画祭や中国金鶏奨にノミネートされるなどの高評価を受けた。
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◯ 本作のモチーフのひとつとして、日本でもお盆=盂蘭盆会(うらぼんえ)の由来となる「目連救母」の伝説がある。目連救母は、息子にとって良かれという事なら悪行もしていた母親が死後、極楽ではなく餓鬼として地獄に行っていたという、古代インドからの古典仏教にも収められた物語。僧・目連の名は今作でそのまま主人公の名前となっている。
◯ 母・タイホア(吴苔花)が従事する茶摘みは、舞台である西湖の名産・龍井茶(ろんじんちゃ)からこの地の伝統としてよく知られている。龍井茶は杭州特産であり、中でも西湖龍井は中国十大銘茶のひとつとして誉れ高く知られている。軽やかな香りが爽やかで飲みやすいお茶という印象だ。今作の冒頭のシーンのように、春が来て清明節になる前の時期に採取したものが一層高級とされる。
◯ 劇伴は日本人・梅林茂が担当。多数の映画音楽を手掛けており、中華系作品も多い。主な作品では、アイススケート・羽生結弦選手も使用している"SEIMEI"を含む滝田洋二郎監督「陰陽師(2001)」&「陰陽師 II(2003)」、崔洋一監督「友よ、静かに瞑れ(1985)」、阪本順治監督「トカレフ(1994)」、そして連続テレビ小説「ふたりっ子(1996)」などの音楽。
洋画では 羊たちの沈黙・続編「ハンニバル・ライジング(2007)」、トム・フォード監督「シングルマン(2009)」など。
中華系では王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の「花様年華(2000)」&「グランド・マスター(2013)」、ジェット・リー&中村獅童「SPIRIT スピリット(2006)」、チェン・アル監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海(2016)」など。
ゲームでも日本を舞台にした大ヒットPS4用ソフト「Ghost of Tsushima(2020)」など、錚々たる作品が並ぶ。
吴磊(ウー・レイ)
◯ 大学を卒業し故郷に戻ってきた息子、何目莲(ムーリエン)。名前は上記の目連救母にちなんでいる。
◯ 3歳の頃から子役でも活動していた俳優だ。大ヒットドラマ「琅琊榜(2015)」に出演し、その後「蒼穹の剣(2018)」、「覇剣(2020)」、「クロスファイア(2020)」、「長歌行(2021)」、「星漢燦爛(2022)」と多くの人気ドラマで主演を務める。2019年にはフォーブスの中国著名人100人にも名を連ねた。
映画では、张子枫(チャン・ズーフォン)と「モフれる愛(2019)」、「この夏の先には(2021)」の2作で共演。「父に捧ぐ物語(2021)」《乘风》編では吴京(ウー・ジン)と共演し、教育パパママの奔走を描いた「学爸(2023)」や、本作と同時期公開の胡歌(フー・ゴー)主演「耳をかたむけて(2023)」などに出演している。
本作では東京国際映画祭出品の際、来日してレセプションに出席した。
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蒋勤勤(ジアン・チンチン)
◯ 何目莲(ムーリエン)の母、吴苔花(タイホア)。長年茶摘みの仕事に耐えながら息子の学費を工面してきた。
◯ 1990年代半ばから「苍天有泪 (1998) 」などの数多くの古装劇に出演。映画「姐姐词典 (2005) 」で高評価を得た後、大ヒットドラマ「乔家大院 (2006) 」での、本作にも出演している陈建斌(チェン・ジェンビン)との主演で数多くの演技賞を受賞した。主演映画「所有梦想都开花 (2007) 」でも高評価を得ている。その陈建斌(チェン・ジェンビン)とはドラマ「乔家大院」放映の年に結婚。その後も映画「疫病神 (2014) 」や「第十一回 (2019) 」などで夫と共演している。
その他ドラマ「海上牧雲記(2017)」や「清越坊の女たち(2020)」などにも主演している。
陈建斌(チェン・ジェンビン)
◯ 茶畑の社長・老钱(チェン)。従業員であった吴苔花(タイホア)を見初める。
◯ 中央戯劇学院で教師をしていた時に脚本・主演した「ラブストーリー・バイ・ティ(菊花茶、2001)」が高評価を得る。翌年にドラマ「结婚十年 (2002) 」出演を経て大ヒット歴史ドラマ「乔家大院 (2006) 」で、後に妻となり今作主演の蒋勤勤(ジアン・チンチン)と共に主演し演技賞も受賞した。
その後も大ヒットドラマ「三国志 Three Kingdoms(2010)」や「宮廷の諍い女(2011)」、「長安二十四時(2019)」、映画では賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督「四川のうた(2008)」、台湾映画「軍中楽園(2014)」、自身の初監督作であり妻との共演作「疫病神 (2014) 」、大ヒット作「无名之辈 (2018) 」などに主演/出演している。宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか(2023)」の中国版では火野正平が演じた大伯父役の声を担当した。
その他の俳優
◯ マルチ商法組織・バタフライの罗总役:梁龙(リャン・ロン)は歌手が本業だが、ドラマ「我在他乡挺好的 (2021) 」や劉慈欣 (刘慈欣 リウ・ツーシン / リュウ・ジキン) 原作のコメディ映画「疯狂的外星人(2019)」などに出演している。
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マルチ商法組織・バタフライのメンバーである万晴:王佳佳(ワン・ジアジア、画像左)と吴彼贵:吴彼(ウー・ビ、画像右)
◯ 王佳佳(ワン・ジアジア)は1984年生まれで主演映画「回到被爱的每一天 (2015) 」もあるが、その他にも「致我们终将逝去的青春 (2013) 」、「微爱之渐入佳境(2014)」、「薬の神じゃない!(2018)」、「柳川(2021)」、ドラマ「ロング・シーズン(2023)」など良作への出演が多い俳優だ。
◯ 吴彼(ウー・ビ)はコントやコメディで活躍しており、俳優としても「更年奇的な彼女(2014)」や、つい最近放映されたばかりの刘亦菲(リウ・イーフェイ)主演の高評価ドラマ「バラの物語(2024)」などに出演している。
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◯ 董万里:闫楠(ヤン・ナン)は演劇で活躍している監督・俳優で、今作が映画初出演となる。
◯ 张勇:鞠帛展(ジュ・ボージャン)は大ヒットドラマ「大江大河1(2018)」への出演で知られるようになり、その後は陳可辛(ピーター・チャン)監督の映画「中国女子バレー 奪冠(2020)」、曾国祥(デレク・ツァン)監督の名作「少年の君(2019)」と続々と良作に出演。
「開端-RESET-(2022)」や「问心 (2023) 」と人気ドラマへの出演が増加中の俳優だ。
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◯ 王总:王宏伟(ワン・ホンウェイ)は、豆瓣のプロフィールに書かれるほど賈樟柯(ジャ・ジャンクー)組の俳優として、監督のデビュー作「一瞬の夢(1997)」以来、「青の稲妻(2002)」や「世界(2004)」、そして「長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)」など、監督作品に数多く出演している。最近では「柳川(2021)」の张律(チャン・リュル)監督最新作「白塔の光(2023)」にも出演した。
ベースとなった実際の事件
◯ 今作は2000年代前半に発生した1040阳光工程という実際の事件を元にしている。大規模なポンジ・スキームという投資詐欺でありネズミ講事件で、最初に70,000元(約140万円)の投資をすると数年後には1040万元(2.1億円)ものリターンが得られるという触れ込みで、「国家によって秘密裏に運用されているプロジェクト」というストーリーにより数多くの富裕層までもが参加して参加者を勧誘。広西省・広東省から始まり20省以上にまで広まって、2,000人以上の被害者が発生した。
日本でも歴史上、同様の事件は多数発生しており有名なところでも投資詐欺として「光クラブ(1948)」や、「豊田商事(1985)」、「安愚楽牧場(2011)」、「ジャパンライフ(2017)」など、無限連鎖講=ネズミ講としては「天下一家の会(1977)」、「国利民福の会(1987)」など、最近でも発生している。
中国でも「河南浩辰公司特大农村诈骗案(2015)」、「李文星事件(2017)」などの知られた事件や、それ以外にも無数の同じ様な事件が発生している。
*1:前作「春江水暖」発表後、長男夫婦と娘夫婦のやり取りを描いた後日譚(季節は夏のようだ)的な短編「夏风沉醉的晚上 (2020) 」を発表している。これはコロナ禍の大量映画館休止によって一般公開が叶わなかった事を受けて制作されたもののようで、まるで灯籠流しのように本作を映写した船が富春江を流れていくという、11分と短いが当時の監督の心情が伝わってくる作品だ。タイトルは婁燁(ロウ・イエ)監督の「スプリング・フィーバー(2009)」の原題(春风沉醉的夜晚)をもじっている。