春江水暖~しゅんこうすいだん - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
まるで山水画の様に美しい風景描写で、中国の地方都市の一家族の日常なのに、とても忘れ難い余韻を残す、素晴らしく個性的な映画だ。素朴でドキュメンタリー的で、今の中国映画では味わえない魅力を持っている。
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www.youtube.com 『春江水暖~しゅんこうすいだん』(グー・シャオガン監督)予告編
【スタッフ & キャスト】
2019年 中国 150分
監督: 顾晓刚(グー・シャオガン)
出演: 杜红军(ドゥー・ホンジュン)、钱有法(チエン・ヨウファー)、汪凤娟(ワン・フォンジュエン)、章仁良(ジャン・レンリアン)、章国英(ジャン・グオイン)、孙章建(スン・ジェンジェン)
【あらすじ】
再開発のただ中にある杭州市の富陽地区。顧家の家長である年老いた母の誕生日を祝うため、4人の息子や親戚たちが集まる。しかし祝宴の最中に母が脳卒中で倒れ、命は取り留めたものの認知症が進み、介護が必要になってしまう。
飲食店を営む長男、漁師の次男、ダウン症の息子を男手ひとつで育てる三男、気ままな独身生活を楽しむ四男ら、息子たちは思いがけず、それぞれの人生に直面することになる。
映画.comより
【感想】
まるで山水画の様に美しい風景描写で、中国の地方都市の一家族の日常なのに、とても忘れ難い余韻を残す、素晴らしく個性的な映画だ。素朴でドキュメンタリー的で、今の中国映画では味わえない魅力を持っている。
現在、今作は大手サイトでは配信されておらず、配給を行なったムヴィオラが配信するミレールというサイトでのみ見ることができる。中華系作品は本作に限らず、たとえ高評価であっても時々しか配信されない事も多い。現在、せっかく次作「西湖畔(せいこはん)に生きる」が劇場公開されるという、改めて触れるには非常に良いタイミングなので、より多くの人が見れるようになって欲しいと思う。
さて、本作はとても個性的な映画だ。日本に限らずImdbなど世界でも高い評価を得ているが、2019年に公開されたとは思えない、クラシックな佇まいを持つ。監督自身も言及し多くの人も連想する侯孝賢(ホウ・シャオシェン)やエドワード・ヤン監督ら台湾の巨匠たちの影響を受けたという、静かに余白で見せるスタイル。
個人的には、何よりもドキュメンタリー映画的だと感じた。監督も、新しく変わりつつある富陽の街の姿を記録しておきたいという制作動機を語っていた通り、まさに失われつつある昔ながらの風景、小舟を使う漁、強い杭州方言、まだ貧しかった頃の中国の価値観、若い監督と劇中での娘とジャン先生が直面した世代間のズレ… すべて数年後には跡形も無く消えてしまうかもしれない、それらを静かに、距離を置いた目線で映画にしていったような印象だ。
ちょうど少し前に見た、歌手さだまさしが大変な思いをして制作した素晴らしいドキュメンタリー映画、「長江(1981)」の印象に大変近く感じて、あそこでの1980年の中国が今もなお富陽の街には残っているのだと感じさせてくれた。
本作の画質もあの頃のフィルムに近く、やや霞んだようなコントラストの低い画質が、予算の面からだったとはいえ、むしろ良い作用を起こしている。
色んな撮り方をしているが若さ故の遊び心にも感じる事もある。本作の驚きのひとつである、突如始まる長い長いワンカットのシーンも、決してストーリーのクライマックスという訳ではない。そういう未完成に感じる驚きもあるし、一方で一応脚本がある物語として作られているものの予測不可能なスリリングさもある。演技素人ならではのぎこちなさや、余白をたっぷり取ったテンポも、そこに驚きや深読みをさせるスキがあって、ゆったりしてるのに飽きずに楽しめる。
登場人物は皆とても印象深い。特に四兄弟の家族は全員が絶妙に良い演技になっていて、例えば長男夫婦の硬い表情も、まあ緊張からなのだろうが、それぞれの役のキャラにとても良く似合っていて微笑ましくも実直な印象になる。
しかし彼らの生活には余裕は見えない。長男とて休みなしに働かなくては将来が不安になるだろうし、ましてや次男の伝統的な漁や、三男においては既に厳しい局面に直面している。厳しいけれど笑って朗らかに人生を楽しむ、なんて感じでもない。
そうした波乱を予感させる状況の中でも、ただひたすら大河・富春江は美しい佇まいを見せる。物語が進むにつれて、ただその美しさだけを評価する事に違和感を感じ始める。この家族にはより良い生活を送って欲しいと思う一方、街はそれに応えるかのように古い風景を破壊し新しく生まれ変わろうとしていく。そんなこの街の記憶を写し込んだ、また何年か後に見返したくなるような、そんな素敵な映画であった。
中国映画レビュー&解説「西湖畔(せいこはん)に生きる 草木人间 Dwelling by the West Lake」 - daily diary
【トピック】
◯ 2019年5月22日にカンヌ映画祭批評家週間クロージング作品としてワールドプレミア。
だが当時コロナ禍まっただ中の期間で、2020年7月まで中国国内では全国ほとんどの映画館が営業休止となった事もあり、一般公開は無しとなる。2020年8月21日に配信が開始された。興行収入は89.9万ドル(1.3億円)。
◯ 日本では2021年2月11日から一般公開された。
◯ 今作はカンヌ映画祭でカメラドール(新人監督賞)にノミネート。中国金鶏奨では中小作品賞、音楽賞にノミネートされた。
◯ 監督の顾晓刚(グー・シャオガン)は1988年杭州生まれ。2015年の短編ドキュメンタリー「种植人生」がFIRST青年映画展で高評価を受ける。2017年から2019年の1月まで1年半をかけて本作を撮影。撮影が終わってすぐの2019年に本作を発表した。
昨年には続編であり杭州三部作の二作目となる「西湖畔(せいこはん)に生きる(2023)」を公開した。
本作発表後、長男夫婦と娘夫婦のやり取りを描いた後日譚(季節は夏のようだ)的な短編「夏风沉醉的晚上 (2020) 」も発表している。これはコロナ禍の大量映画館休止によって一般公開が叶わなかった事を受けて制作されたもののようで、まるで灯籠流しのように本作を映写した船が富春江を流れていくという、11分と短いが当時の監督の心情が伝わってくる作品だ。
タイトルは監督の故郷・杭州市富陽区出身の小説家・郁達夫の古典であり婁燁(ロウ・イエ)監督の「スプリング・フィーバー(2009)」(原題は春风沉醉的夜晚)のモチーフ元でもある短編小説「春風沉醉的晚上」をもじっている。
春風沉醉的晚上 - 维基文库,自由的图书馆(原文がそのまま掲載)
www.youtube.com 种植人生 PLANTING FOR LIFE (预告片 Trailer) (顾晓刚 Gu Xiaogang , 2014)
◯ 芸術コンサルタントとして「パープル・バタフライ(2003)」以来、「天安門、恋人たち(2006)」、「スプリング・フィーバー(2009)」、「シャドウプレイ(2019)」などを含む娄烨(ロウ・イエ)監督作品に脚本として携わってきた梅峰(メイ・フォン)が就いている。
中国映画レビュー&解説「シャドウプレイ 风中有朵雨做的云 (風中有朶雨做的雲) The Shadow Play」 - daily diary
演技未経験者ばかりの出演者たち
◯ 4人兄弟をはじめとして、多くの登場人物は予算の都合もあり監督の周辺の人々が演技をしている。もちろんほとんど演技経験は無かった。
◯ 四人兄弟の母親・白玉兰(ユーフォン)を演じた杜红军(ドゥー・ホンジュン)。
本作まではエキストラや小さな役しかなかったという事だが、大ヒットドラマ「如懿伝(2018)」や「運命の桃花~宸汐縁~(2019)」などの出演経験はあったようだ。
本作出演後は人気ドラマ「三悦有了新工作 (2022) 」、「古相思曲(2023)」、「承欢记 (2024) 」などにも役名付で出演するようになっている。
◯ 長男・顾有富(ヨウフー)役の钱有法(チエン・ヨウファー)。監督の実際の母方の叔父である。
◯ 長男の嫁・凤娟(フォンジュエン)を演じた汪凤娟(ワン・フォンジュエン)。二人は実際にも夫婦である。
◯ 次男夫婦・余有路(ヨウルー)と阿英(アイン)を演じた章仁良(ジャン・レンリアン)と章国英(ジャン・グオイン)。当地の漁師をしている実際の夫婦だ。
◯ 三男・余有金(ヨウジン)役の孙章建(スン・ジェンジェン)。監督の次作にも出演している。監督の父方の叔父。横に座っている息子・康康(カンカン)役の孙子康(スン・ズーカン)は彼の実子である。
◯ 四男・余有宏(ヨウホン)役の孙章伟(スン・ジャンウェイ)。同じく父方の叔父。
◯ 長男の娘、顾喜(グーシー)役の彭璐琦(ポン・ルーチー)。本来は劇団(江一(ジャン先生)が川を泳ぐ長回しワンカットシーン中で諳んじる芝居を演じていた)で女優をしている。
◯ 江一(ジャン先生)役の庄一(ジュアン・イー、画像左)。実際に二人はカップルである。