【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
2023春節1位の映画。南宋の英雄・岳飛についてのドロドロした謀略の演技合戦。チャン・イーモウ監督にしては軽めだが、日本語字幕でもう一度見たい!
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【スタッフ & キャスト】
2023年 中国 159分
監督: 张艺谋(チャン・イーモウ)
出演: 沈腾(シェン・トン)、易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)、张译(チャン・イー)、雷佳音(レイ・ジャーイン)、岳云鹏(ユエ・ユンポン)、王佳怡(ワン・ジアイー)
【あらすじ】
南宋時代の伝説的武将・岳飞(岳飛)が謀殺されて4年後。宰相である秦桧(秦檜)【雷佳音(レイ・ジャーイン)】が金国と会談する予定だったその前夜、金の使者が殺害され、密書が消えた。
副司令官の孙均【易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)】と、ひょんな事から関わることになった小兵・张大【沈腾(シェン・トン)】は、秦檜に犯人探しを命ぜられる。だがそこには巨大な陰謀が潜んでいた。
【感想】
张艺谋(チャン・イーモウ)による陰謀渦巻く宮廷世界に、開心麻花の笑いをほんの少し混ぜたサスペンス的な時代劇だった。
香港の金鐘Pacific Placeという映画館で一度観て、配信で再度改めて観たが、正直あまり良さがわかっていないように思う。
映画館では、大陸での評価は高いが香港ではそれ程でもないというのに、平日午前の回、しかも香港での公開から2ヶ月も経っていたのにも関わらず、それでも観客はやや年齢層高めの10人程度はいたのが意外であった。笑い声などは無かったが、見終わった後は皆満足そうであった。
さて、本作は時代劇である。個人的にドラマも含めて古装劇(時代劇)はあまり観ないが、今作は特に南宋の英雄・岳飛が大きなキーとなるので、人物像と満江紅の詩だけでも前知識を入れておくべきだった。
とはいえ岳飛は登場せず、岳飛を謀殺した秦檜と、それ以外は歴史上に出てこない人物たちが登場人物となるので、歴史に詳しくなくともストーリー自体は理解できる。
それよりも大事なのは、台詞の妙を理解できるかどうかが大きそうだ。というのは本作の謳い文句ではサスペンスあり、コメディ風味もあると言われていたが、筆者には観ている間そういう面白い要素があまり見つからず、2時間39分とかなり長尺のその間、ずーっと何が良いのか探し続けているような具合だった。
捻りのある台詞回しが多く、少ない登場人物らによる会話での応酬が続くので、おそらく「鎌倉殿の13人」のように台詞の魅力が本作の魅力になっているんだと思う。
映画全体は相当シリアスだ。謀略が渦巻き、あっさりと人が斬られ、ドス黒い雰囲気が漂うシーンが続く。なにせ策略家の秦檜が頂点にいる世界なのだ。しかも大掛かりでドラマチックな戦いのシーンなどは無く、登場人物も少なめで、彼らの掛け合いがメインとなる。
俳優陣はどれも皆、魅力的だった。それぞれ他の映画では見ない面を見せてくれていて、演技合戦の様相を呈している。易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)は、いつもの滲み出る優しさが消え去り、渇ききったハードボイルドさへと豹変しており、沈腾(シェン・トン)もいつものコメディアンらしいオーバーアクションを控え、微妙な表情を多用している。岳云鹏(ユエ・ユンポン)はお茶目さと狡賢さを行ったり来たりのメリハリのあるキャラがいい。そして雷佳音(レイ・ジャーイン)の悪くて抜け目なく、策略しか考えてなさそうな、人を超越した妖気…
最高だったのは张译(チャン・イー)だ。非常に注意深く、権威が大好きで、悪代官そのものだが、ブラックユーモアをさも楽しそうに話す、まさに「鎌倉殿の13人」の頼朝=大泉洋にそっくりだった。
魏翔(ウェイ・シャン)など開心麻花の俳優も何人か出ていて、そこからも张艺谋(チャン・イーモウ)作品に彼らのコメディ要素を取り入れてリズム感を増すという方向性が垣間見えた。
音楽が良かったのも言っておきたい。ラップとドラムンベースを京劇風に仕立てた曲が随所にかかり、めちゃくちゃ格好いい。ただの劇伴で終わらせるのは勿体ないくらいだ。
中国人でないと理解できなさそうな部分も多い映画だ。特にクライマックスへのストーリーは日本人とは違う歴史観が存分に反映されていて、俯瞰的に見がちな多くの日本人の感覚では少し盛り上がりにくいかと思う。日本公開があるかも微妙だが、改めて日本語字幕で、できれば岳飛や南宋についてもう少し知識を持って見に行きたい。
【トピック】
○ 「満江紅」とは宋の時代の詩「宋詩」の詞牌の一つで、有名なのが南宋時代の愛国武将・岳飛が書き下ろした「満江紅・怒髮衝冠」。終わることのない戦争に国を憂い、戦いへの決意を新たにしている。歌にもなり庶民にも大変親しまれた。
楊先生の漢詩朗読(その18 中国の中で英雄の中の英雄として絶大な人気を誇る岳飛の漢詩「満江紅」)
○ 岳飛は農民出身でありながら、武将として金国との数多くの戦いに勝利して民衆の絶大な人気を得た。しかしあまりの名声によって危険視され、秦檜によって冤罪を被されて謀殺された。現代でも中国史上の英雄として、三国時代・蜀の関羽とならび真っ先に挙げられる名前の一人。彼を祀った廟では、広州・西湖の近くにある岳王廟が有名だ。
ドラマでは黄晓明(ホアン・シャオミン)主演の「岳飛伝 THE LAST HERO(2013)」などが知られている。
本作公開後の岳王廟での反響について報道されている。
○ 2023年1月22日に春節映画として公開され、初週は興収ランキングで「流転の地球 -太陽系脱出計画-」にリードを許して2位となるが、翌週から2週連続で1位となり、春節映画で興収ランキング1位となった。
公開3ヶ月後の4月10日には45.4億元(890億円)を突破、2023年の興収ランキングで最も売れた映画となった。
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◯ 2023年10月23日からの東京国際映画祭・ガラセレクションにて上映が決定。さらに大阪・中国映画週間でも上映予定。
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○ 张艺谋(チャン・イーモウ)監督にとっては、本作は「SHADOW/影武者(2018)」以来の時代劇映画。
なお、監督の長男、张壹男(チャン・イーナン)も書記官役として本作で映画デビューを飾っている。
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沈腾(シェン・トン)
○ 捕らえられた小兵たちの一人で、甥の孙均と共に秦檜に命令を受けることになってしまった张大を演じる。
○ 喜劇集団「開心麻花」出身の超人気喜劇役者で、本当に数多くの映画に主演している。また「父に捧ぐ物語(2021)」内の一遍では初監督した。最近は本作や「四海(2022)」の刘昊然(リウ・ハオラン)のように、話題の若手との組み合わせが徐々に増え始めている印象だ。
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易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)
○ 副司令官として叔父の张大を捕らえていたが、一緒に命を受けた孙均。冷酷な性格で人を斬ることを厭わず、立身出世に専心している。
○ もはや「TFBOYSの」という説明も不要の、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの大人気俳優に成長した。大作への出演が目白押しで、最近では朝鮮戦争を描いた「1950 鋼の第7中隊(2021)」&「1950 水門橋決戦(2022)」の「长津湖」シリーズやNetflixで放映されたベンチャー成功物語「素晴らしき眺め(2022)」など。
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张译(チャン・イー)
○ 秦檜の部下、何立は恐ろしく狡猾で冷血。武術には劣るが策謀に長ける。
○ 张艺谋(チャン・イーモウ)監督常連で「狙击手(2022)」、「崖上のスパイ(2021)」、「ワン・セカンド(2020)」等、最近の彼の作品には全て出演している上、贾樟柯(ジャ・ジャンクー)、陈凯歌(チェン・カイコー)、冯小刚(フォン・シャオガン)、林超賢(ダンテ・ラム)などなど、あらゆる著名監督の作品でも活躍している。半年前の大ヒット作「万里归途(2022)」にも主演。ドラマでは「士兵突击(2006)」や「我的团长我的团(2009)」、「狂飙(2023)」などで知られている。
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雷佳音(レイ・ジャーイン)
○ 宰相・秦檜。岳飛を謀殺してなお、権力を維持するために策謀を巡らせる。敵国だった金と関係を結ぼうとしている。
○ 色んな作品にひっぱりだこの売れっ子の雷佳音(レイ・ジャーイン)。映画では個人的にも大好きな「ルームシェア(2018)」や「ゴッドスレイヤー 神殺しの剣(2021)」で主演、ドラマでは「長安二十四時(2019)」や「和平饭店(2018)」、「我的前半生(2017)」などが知られているが、チョイ役なども含めると膨大な作品数に出演している。张艺谋(チャン・イーモウ)監督作では「崖上のスパイ (2021)」でも出演している。
本作と同じタイミングで春節映画として公開されたコメディ「交换人生」にも主演している。
○ 控えている2人の女官は绿珠(蒋鹏宇)と蓝玉(许静雅)という名で、2人とも耳が聞こえず手話でやり取りする。
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岳云鹏(ユエ・ユンポン)
○ 武义淳は、张译(チャン・イー)演じる何立と共にいる秦檜の部下。
○ 中国漫才である相声の超有名芸人でテレビでも大活躍だが、映画でも「大闹天竺(2016)」あたりから様々な作品に出演している。易烊千玺(イー・ヤンチェンシー)の映画2作目「送你一朵小红花(2020)」で彼とは一度共演済みだ。
本作と同じタイミングで春節映画として公開されたコメディ「交换人生」にも、雷佳音(レイ・ジャーイン)と共に主演している。
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王佳怡(ワン・ジアイー)
○ 芸妓の瑶琴。内に秘めた強い思いを持つ。
○ 青島出身で、これが映画デビューというか俳優デビュー作となる。
○ 瑶琴と共にいた青梅(周晓凡)と柳燕(林博洋)。殺害された夜に金の使者たちと共にいた事から疑われる。
○ 二人とも张艺谋(チャン・イーモウ)監督に気に入られているのか、彼の作品に関わりが深い。左の周晓凡は「崖上のスパイ(2021)」でデビュー。林博洋も「狙击手(2022)」や公開予定の「坚如磐石(2023)」などに出演している。
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劇伴、サウンドトラック
www.youtube.com 满江红 电影原声音乐 Full River Red OST
劇伴も現代的でカッコよかった。特に4曲目のドラムンベースのリズムにラップ的な歌唱を載せた「提审」から、8. 「花火」、15. 「辨认」、23. 「凌乱的脚步」、25. 「威风凛凛」あたりの、同じコンセプトの連作群がすばらしい。