【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
超絶美しい夢の世界で大画面で見るほうが楽しめるが、意外やわかりやすく描かれてて素直に見れる。
歴史物語だが、あくまでパーソナルなものとして描く2024年的表現で、監督の熱量が伝わるすごく面白い作品
www.youtube.com Decoded (2024) 解密 - Movie Trailer - Far East Films
【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 156分
監督: 陈思诚(チェン・スーチェン)
出演: 刘昊然(リウ・ハオラン)、ジョン・キューザック、陈道明(チェン・ダオミン)、吴彦祖(ダニエル・ウー)、陈思诚(チェン・スーチェン)
【あらすじ】
物語は、中国とアメリカの情勢が混乱を極め、敵の通信暗号解読が極めて重要視された時代に始まる。 数学教師キース【ジョン・キューザック】の出題した難問をいとも簡単に解いたことで注目を集めた容金珍(ルン・ジンジェン)【刘昊然(リウ・ハオラン)】は、701局のチェン(鄭)局長【陈道明(チェン・ダオミン)】によって秘密組織に引き入れられたことをきっかけに、新たな局面を迎えることに……。
中国映画週間より
【感想】
超絶に美しく幻想的な映像を堪能できる、暗号解読に一生を捧げた男を描いた作品。意外にわかりやすく描かれているので、初見でも十分楽しめたし、何度観ても発見がある深みも持った素晴らしく良質な映画だった。
なにはともあれ、絶対に劇場で見るべき作品なのは間違いない。舞台となる1940〜1964年の時代を描く美術の美しさはもとより、様々な美しいシーンが主人公の夢として何度も何度も登場して、夢だけに時に幻想的、時に荒唐無稽に現れては、主人公はもとより観客をも惑わせる。その夢から目覚める度に主人公・容金珍(ルン・ジンジェン)は、近くにある電灯のスイッチを点けたり消したりしては、己が果たして現実に戻ったのか、確認せざるを得ない。彼はとてつもない数学の天才でもあるが、それ以上にそうした己の夢に囚われた人物でもある。
暗号解読はストーリーのメインではあるが、その部分が理解できなくても何も問題ない。暗号は結局のところ数学なので、そんな話を2時間の映画に落とし込むのはそもそも無理な事で、映画のテーマはむしろ彼の師・キースとの関係にこそある。2人は普通の師弟関係ではなく、むしろ友人で、それは容金珍(ルン・ジンジェン)の傑出した数学の才能ゆえだ。前半の彼とキースの対等な友人としての心躍る議論やチェスのやり取りなど、才能溢れる者同士にしか決して分かち合えない至上のひと時だし、一方で後半では、会う事が叶わなくなってからもなお、その関係はお互いの心を強く揺さぶり続ける。
主演の刘昊然(リウ・ハオラン)の姿は、今作では驚くような変貌を遂げていて、まさに数学だけに人生を捧げる人に相応しい風貌に仕上がっていた。今までの「唐人街探偵」シリーズなどでの品の良い穏やかなイメージから一変し、一皮むけたという以上の俳優としての真価を見せる。
筆者が少し心配していたジョン・キューザックの起用も、妙な迎合などまったく無く、さすがゴールデングローブ賞クラスという存在感、演技力を見せてくれる。
もちろん陈道明(チェン・ダオミン)や吴彦祖(ダニエル・ウー)なども大変素晴らしくて、個人的には長年の側近役である王雨甜(ワン・ユイティエン)など印象的だが、今作ではより抑えた演技によって、あくまでメインの2人の物語として見せてくれている。
もし可能であれば、戦争での暗号解読の歴史や、数学者の仕事についてわかっている方がよりこの映画を楽しめるとは思う。例えば、20世紀初頭インドに実在した数学の天才・シュリニヴァーサ・ラマヌジャンや、映画「イミテーション・ゲーム(2014)」にもなったエニグマというドイツ軍の暗号機と、コンピュータの原理を作ったアラン・チューリングとの関係、書籍だがめっぽう面白い数学者の物語「フェルマーの最終定理」などに触れると、より舞台となった軍の秘密組織701局での様子や、後半での彼の行動の意味が理解でき、細かな台詞も楽しめるだろう。何より原作小説では、より深くその辺りへの言及がありそうで、映画を見るとぜひ読んでみたくなるが、残念ながら日本語版は存在しない。
ちなみに、舞台である701局や容金珍(ルン・ジンジェン)の存在が史実かどうかは定かではない。
劇中には様々なモチーフが登場する。ビートルズの楽曲「I Am the Walrus」とセイウチ、京劇の紅灯記、象棋(シャンチー)という中国将棋、そして文革。筆者もそれぞれの意味は把握しきれていないが、見終わってからそれらの意味を考えるのも面白そうだ。
本作はその素晴らしい映像でいうなら「流転の地球 -太陽系脱出計画-(2023)」にも匹敵する素晴らしい出来と思ったが、見ながら感じるのは、監督が見つめているのは中国映画界より、むしろハリウッドや世界の基準の方なのだろうなという事だ。文化大革命のシーンもしっかり描いてより多面的な歴史の解釈にトライし、一方で物語としてはより個人的なものとして描かれていて、そうしたスタンスが今の時代らしい映画になっている。
映画自体は監督らしく、過去作と同様にあくまでもエンタメ大作のスタンスを崩さずに描くという強い意志も感じられて、たとえば「シャドウプレイ(2019)」などの婁燁(ロウ・イエ)監督のような、世界で評価される中国映画たちとも全く違う存在感を作っている。簡単に言えば「本当に世界で通用する映画を作りたいんだな」と思えてくる。
個人的には主人公の最後の台詞は引っかかるのだが、間違いなくこんな中国映画は見たことない。2024年に見るべき中国映画のひとつに必ず挙がる素晴らしい一作だ。
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【トピック】
◯ 2024年8月3日から中国で一般公開。公開初週は興収ランキング3位を獲得した。興行収入は3.34億元(70.5億円)のヒット作となった。
◯ 2024年10月22日からの2024東京・中国映画週間で「デクリプト」というタイトルで公開された。
◯ 筆者は本作を2024年中国/香港映画の個人的ベストの第10位に選出した。
◯ 原作である小説「解密」は、小説家・麦家(マイジャー)によって2002年に出版されたもので、その年の中国小説学会から長編小説の1位に選出、麦家の処女長編小説ながら中国の茅盾文学賞にもノミネートされた。
2014年には英ペンギン・クラシックスから英語版が出版され、その年のエコノミスト誌にはベスト10小説に選出された。
麦家の作品は、翌2003年に発表され茅盾文学賞を受賞した「暗算」は梁朝偉(トニー・レオン)主演の香港映画「サイレント・ウォー(2012)」、中国ドラマ「プロット・アゲインスト (2006) 」として、2007年の「风声」は周迅(ジョウ・シュン)主演の同名映画(2009)として、どちらも映像化されている。
◯ 劇中では様々なモチーフが登場する。
・ビートルズの1967年の楽曲「I Am the Walrus」とセイウチ(Walrus)
www.youtube.com I Am The Walrus (Remastered 2009)
・京劇「紅灯記」
革命現代京劇という、劇中の時代と同じ1964年に制作された作品で、この時代の多くの作品と同様に、共産党を称えるもののひとつ。元々は映画「自有后来人 (1963) 」として作られたもので、後に京劇の台本として改編・改題され完成した。1971年に映画版も作られている。
ストーリーは、1938年晩秋ハルビン(哈爾浜)で、日本軍に殺された母の復讐を遂げる共産党工作員である娘の物語だ。
※ 革命現代京劇が登場する映画といえば、最近なら「再会の奈良(2020)」で、登場人物の故郷の思い出として「智取威虎山」が演じられている。
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・師・キースとはチェスをする一方で、象棋(シャンチー)という中国将棋も登場する。よく公園で行われていたりする、あれだ。
沖縄でも、琉球象棋やチュンジーという名で遊ばれている。
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◯ 監督・出演は陈思诚(チェン・スーチェン)。 「唐人街探偵」シリーズの監督であり、それぞれ大ヒットの「共謀家族(2019、原題:误杀)」&「误杀2(2021)」、「妻消えて(2023)」、そして今年の「黙殺(2024)」という"異国ものサスペンス映画"シリーズのプロデューサーでもある。昨年末の良作「三大队(2023)」もプロデュース。
俳優としてキャリアを始め、大ヒットした名作ドラマ「士兵突击 (2006)」で知られるようになる。婁燁(ロウ・イエ)監督の映画「スプリング・フィーバー(2009)」などにも出演。
2012年、自身が監督・脚本・主演したドラマ「北京爱情故事 (2012)」が大ヒットし、その映画版(2014)も自らで撮り上げ、こちらも興行収入4億元を越すヒットとなって監督としてのキャリアをスタートした。女優・佟丽娅(トン・リーヤー)の元夫。
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刘昊然(リウ・ハオラン)
◯ 容金珍(ルン・ジンジェン)。自閉症でもあるが、傑出した数学の才能を持つ。名家である容家で育てられた。
◯ 大ヒット映画「唐人街探偵」シリーズ全3作の主演で知られる。ドラマでは「最上のボクら(2016)」、「琅琊榜<弐>(2017)」、「九州縹緲録(2019)」など。
そもそも今作の監督・陈思诚(チェン・スーチェン)が監督・脚本・主演したドラマ「北京爱情故事 (2012)」で芸能界デビューし、新人賞を獲得しキャリアを開始している。
最近では映画「一点就到家 (2020) 」や「1921(2021)」、「四海(2022)」にも出演しているが、特に今年は、主演作「国境ナイトクルージング(2023)」が公開、「わが友アンドレ」が東京国際映画祭に出品、カメオ的に「飞驰人生2(2024)」や中国映画週間で上映される「雲の上の売店(2024)」に出演、宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか(2023)」中国版では主人公・眞人役の声を担当と、様々な出演作が目白押しとなっている。
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ジョン・キューザック
◯ 容金珍(ルン・ジンジェン)の数学教師・キース(希伊斯)。彼の才能を高く評価する。
◯ 80年代から活躍する名優・ジョン・キューザックは数多くの主演作もあるが、やがて自身で映画製作も開始し「ポイント・ブランク(1997)」や「ハイ・フィデリティ(2000)」といった良作を監督した。
主な出演作は「スタンド・バイ・ミー(1986)」、「セイ・エニシング(1989)」、「ウディ・アレンの影と霧(1992)」、「コン・エアー(1997)」、「マルコヴィッチの穴(1999)」などがある。
陈道明(チェン・ダオミン)
◯ 秘密組織・701局のチェン(鄭)局長(郑某)。
◯ 陈道明(チェン・ダオミン)は、まずドラマ「末代皇帝(1988)」で知られるようになる。主なドラマは「围城(1990)」や「康熙王朝(2001)」、「传承者(2015)」など。映画では金鶏奨主演男優賞を受賞した「我的1919(1999)」、馮小剛(フオン・シャオガン)監督の「唐山大地震(2010)」、张艺谋(チャン・イーモウ)監督の「妻への家路(2014)」など。
最近では大ヒットドラマ「慶余年(2019)」や「人世间(2022)」などに出演している。
昨年は张艺谋(チャン・イーモウ)監督のサスペンス映画「坚如磐石(2023)」に出演している。
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吴彦祖(ダニエル・ウー)
◯ 容金珍(ルン・ジンジェン)が育った容家の当主・小黎黎(容小来)。
◯ 華人系アメリカ人でスカウトされ、香港映画「美少年の恋(1998)」で映画デビュー。ジャッキー・チェン主演の「香港国際警察/NEW POLICE STORY(2004)」で台湾金馬奨・助演男優賞を受賞したが、それ以外にも「ゴージャス(1999)」以来「80デイズ(2004)」、「プロジェクトBB(2006)」、「新宿インシデント(2009)」、「ライジング・ドラゴン(2012)」とジャッキー・チェンとは数多く共演している。
主な作品はそれ以外にも香港映画の「玻璃(ガラス)の城(1998)」、「ワンナイト イン モンコック(2004)」、「独身の行方(2011)」、ハリウッドでの「ジオストーム(2017)」、「トゥームレイダーファースト・ミッション(2018)」、「ウォークラフト(2016)」などがある。中国映画では今年公開の良作「⼈⽣って、素晴らしい/Viva La Vida(2024)」に繋がる韩延(ハン・イェン)監督の三部作の第一作「滚蛋吧!肿瘤君(2015)」に主演した。
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その他の俳優
◯ 容小来の妻・叶筱凝(容太太)を演じたのは俞飞鸿(ユー・フェイホン)。
まだ10代だった1980年代から俳優として活動し、ドラマ「小李飛刀(1999)」や「牵手 (1999) 」などに出演。2009年に自身が監督・主演した映画「爱有来生 (2009) 」を発表し好評を得た。
その後、章子怡(チャン・ツィイー)&金城武主演の映画「The Crossing -ザ・クロッシング- PartⅠ(2014)」&「Ⅱ(2015)」や「悟空伝(2017)」、「逢いたい(2018)」、アン・ホイ監督、坂本龍一音楽の東京国際映画祭上映作「第一炉香(2020)」などに出演、ドラマでは「大丈夫 (2014) 」や「慶余年2(2024)」などに出演している。
◯ 容必瑜を演じた陈雨锶(チェン・ユシ)は、映画では「小さき麦の花(2022)」の李睿珺(リー・ルイジュン)作「路过未来(2018)」や、「閃光少女(2017)」、ドラマでは「梦见狮子(2021)」、「他是谁 (2023) 」などに出演している。
今作監督の陈思诚(チェン・スーチェン)の作品では、映画「误杀2(2021)」、ドラマ版「唐人街探案(2020)」に出演している。
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◯ 小梅役の任璐遥(レン・ルーヤオ)は、ダンスのリアリティ番組「舞蹈生(2021)」から芸能界デビュー。本作が映画初出演となる。
◯ 701局で容金珍(ルン・ジンジェン)の世話役となる瓦西里を演じた王雨甜(ワン・ユイティエン)。
当初ファッションモデルとして知られるようになり、その後俳優業も開始。映画「オペレーション:レッド・シー(2018)」で新人賞を受賞、その他彭于晏(エディ・ポン)主演「紧急救援 (2020) 」や「绝地追击 (2023) 」、张译(チャン・イー)主演の良作「三大队(2023)」などに出演している。
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◯ それ以外にも、吴彦姝(ウー・イエンシュー)、王宝强(ワン・バオチャン)、肖央(シャオ・ヤン)、「最高でも、最低でもない俺のグッドライフ(2024)」 にも出演している周野芒(ジョウ・イエワン)など、豪華な役者陣が登場する。
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