香港映画レビュー&解説「拼命三郎 Fight For Tomorrow (2025)」

拼命三郎 (電影) - 維基百科,自由的百科全書

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

息子によるムエタイ挑戦を軸に、父子の関係を修復しようとする物語。だが背景には仁義のしがらみから足を洗い、過去を絶ち切ろうとする父親の香港映画的世界観が立ち表れる。啓徳(カイタック)エリアの町の変化も重ねあわせて、叙情的な切なさが胸に染みる。

 

 

拼命三郎


www.youtube.com 《拼命三郎》主預告釋出💥定檔6月21日香港上映❗

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2025年 香港 101分 IMDb評価:6.4/10
監督:陳大利(チェン・タイリ)
出演:譚耀文(パトリック・タム)林家熙(ロッカー・ラム)應智越(Mr LittleCat)鄭浩南(マーク・チェン)姚樂怡(シャーミング・イウ)袁富華(ベン・ユエン)

 

 

 

【あらすじ】

かつて裏社会で名を知られた石三郎【譚耀文(パトリック・タム)】は、今では落ちぶれた日々を送っていた。長年疎遠だった息子・石頭【林家熙(ロッカー・ラム)】と再会し、彼のトラブルを解決しようとしたことから、三郎は因縁深い昔の仲間と再び向き合うことになる。父の姿を通して息子は格闘技の世界に進む決意を固め、三郎もまた自分が息子に背を向けてきた過去と向き合う。コロナ禍の只中、変わりゆく時代の中で、父は息子の未来のため、最後の覚悟を決める。

 

 

 

【感想】

息子によるムエタイ挑戦を軸に、父子の関係を修復しようとする物語。だが背景には仁義のしがらみから足を洗い、過去を絶ち切ろうとする父親の香港映画的世界観が立ち表れる。啓徳(カイタック)エリアの町の変化も重ねあわせて、叙情的な切なさが胸に染みる。

*コロナ禍と時代の移り変わりを反映

前半は息子との関係によって物語が展開していくが、次第にそれまでの己を克服していく父親自身の物語へと移り変わっていく。調子が良くて貫禄のある譚耀文(パトリック・タム)のキャラクターがとってもハマっていて、憎めず親近感のある主人公なのがいい。彼の演る役はいつも軽口をたたいてヤンチャで、キレるとすぐ手が出るようなタイプなのだが、今回は、もう昔のようにはいかない事も理解はしていて、でも簡単に割り切れずに、ズルズルと黒社会=江湖と呼ばれる任侠的な社会での生き方を続けてしまっている男だ。
舞台はコロナ禍の影響のあった時期に設定され、それまでとは時代が変わった事が示される。さらに現在大規模な再開発が行われている啓徳(カイタック)地区が舞台となり、町の変化も見せつけられる。昔はアウトローな兄弟分だった鄭浩南(マーク・チェン)は、しっかりと変化を遂げてカタギの経営者へと成り上がっている。
すべてが変わりゆく中で、彼だけが時代に取り残されているのであった。

 

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*水滸伝からの変わらない価値

でもこの映画は、むしろ変われない人々や変わらない良さを大事に思う人々に寄り添っていて、愛情深く主人公・石三郎が不器用に格好をつけ続ける姿を描く。カラオケボックスでボコボコに殴られるシーンでの、息子に聞かれないようにすっと音量を上げる姿の哀しさ。あの頃大切だったものすら捨てなければならないのかと自問自答する中年男性。
タイトルの「拼命三郎」は水滸伝の登場人物・石秀の別名で、彼の無茶をする若者という性格から鉄砲玉や命がけの熱い男を指すようなニュアンスだ。石三郎は確かに無茶はするがもう若くない。それよりはむしろ、かつての自分からの訣別を迫られ「ケリをつける」ために無茶をしようとする。
その意味で石三郎は、トーンは違えど「エグザイル/絆(2006)」「エレクション 黒社会(2005)」などの杜琪峯(ジョニー・トー)作品の主人公たちと同じ宿命を背負っていて、彼らの物語を現代に置き換えたような作りになっている。

 

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*譚耀文(パトリック・タム)と林家熙(ロッカー・ラム)

個人的に感じたのは、譚耀文(パトリック・タム)は「風再起時(2022)」以来の少々久しぶりの映画出演で、ちょうど同時期公開の郭富城(アーロン・クォック)主演の「無名指(2025)」にも出ていて、元気いっぱいな姿が見れたのが何よりも嬉しい。
そして最近「カウントダウン(2024)」「プロセキューター(2024)」などで登場機会が一気に増えている林家熙(ロッカー・ラム)はムエタイの試合シーンがとても良かった。しっかり作り上げられた体を見せているし、張文傑(ジャーマン・チョン / キット・チャン)がアクション監督を努めているだけあって、ちょうど今香港で公開中のボクシング映画「金童(2025)」にも迫る、しっかり見応えがありつつ気軽に楽しめる作品だった。

 

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【トピック】

◯ 2025年6月21日に香港で公開。公開初週の興収ランキングでは「ヒックとドラゴン(2025)」や古天樂(ルイス・クー)主演「私立探偵(2024)」「赦されぬ罪(2025)」などに次ぐ10位に入った。監督や譚耀文(パトリック・タム)らがSNSで劇場動員を呼びかけたが、2週間後の興行収入は77万香港ドル(1570万円)という結果になった。

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◯ 監督・脚本の陳大利(チェン・タイリ、画像右)は脚本家として知られていて、「イップ・マン 序章(2008)」からのイップ・マンシリーズ全作では脚本チームのひとりとして参加、「イップ・マン外伝 マスターZ(2018)」「スーパーティーチャー 熱血格闘(2018)」ではメインの脚本家として参加している。
監督・脚本の 毛舜筠(テレサ・モウ)主演「黃金花(2018)」で香港金像奨・新人監督賞を受賞した。谷垣健治がアクション監督・任賢齊(リッチー・レン)主演の中国映画「烈探 (2022) 」が監督2作目となり、本作が3作目の監督作となる。同時に本作は「黃金花(2018)」からの"明天三部作"の2作目という位置づけになっている。

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◯ アクション監督を張文傑(ジャーマン・チョン / キット・チャン)が担当している。アクション監督を担当するのは黃宗澤(ボスコ・ウォン)、張繼聰(ルイス・チョン)、陳家樂(カルロス・チャン)の3人が主演した「紮職2(2023)」とシリーズ続編「紮職3(2024)」以来の3作目。
3歳から中国武術に親しみ、10歳から父や叔父から正式に習得を開始。詠春拳、テコンドー、ムエタイなどに通じている。15歳頃から映画・テレビにアクションやスタントで参加。
主な出演作は甄子丹(ドニー・イェン)主演の「スーパーティーチャー 熱血格闘(2018)」、陳木勝(ベニー・チャン)監督の遺作「レイジング・ファイア(2021)」「神探大戦(2022)」「未来戦記(2022)」「爆裂點(2023)」「臨時決鬥(2025)」など。「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024)」では"城寨四少"のひとり、四仔(セイジャイ)を演じた。

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◯ 舞台となったのは啓徳空港の跡地である啓徳(カイタック)エリア。空港が閉鎖された後、大規模な開発が計画され複合商業施設Air Sideや啓徳体育園、多数の高層住宅が建設されていった。香港そごうも今年新店をオープンさせている。ただし、昨年から住宅価格の下落がこのエリアにも大きな影響を与えている。

hongkonglei.com

www.arukikata.co.jp

香港の旧国際空港跡地、人気エリアから不動産不況のシンボルに転落:  Bloomberg.com

 

 

 

譚耀文(パトリック・タム)

◯ 石三郎。張淑欣とは離婚し、独り身である。

◯ 多くの香港映画に出演している名脇役だが、歌手でもある。
俳優としては「BEAST COPS 野獣刑警(1998)」で香港金像奨で助演男優賞を受賞。膨大な出演歴があるが、最近では「イップ・マン 継承(2015)」、や「イップ・マン外伝 マスターZ(2018)」「L風暴(2018)」「P風暴(2019)」などの風暴シリーズや「逃獄兄弟(2020)」からの投獄兄弟シリーズ、「レイジング・ファイア(2021)」「風再起時(2022)」など、少々悪い匂いのする脇役としておなじみの存在だ。
今年は本作と郭富城(アーロン・クォック)主演の「無名指(2025)」で主人公の友人役として出演している。

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林家熙(ロッカー・ラム)

◯ 石三郎の息子・石頭。ムエタイ選手を目指している。

◯ 映画「最初の半歩(2016)」で俳優デビュー。その時の役名からロッカーと呼ばれるようになった。「ゼロからのヒーロー(2021)」「レイジング・ファイア(2021)」「闔家辣(2022)」「神探大戦(2022)」「カウントダウン(2024)」「プロセキューター(2024)」などに出演している。

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應智越(Mr LittleCat)

◯ 対戦相手の李大偉。李萬四の息子。

◯ 1994年生まれ。韓国に留学しアイドル練習生として2016年にボイーズ・グループCatchersメンバーとして韓国でデビュー。翌年には中国のオーディション番組「偶像練習生」に参加。2019年にグループは解散するも、その前年に、後に大人気グループMIRRORを輩出することになる香港のオーディション番組「全民造星(2018)」に参加し、7位の成績を得て香港での活動をスタートさせた。
音楽活動がメインとなるが、映画は本作が、張敬軒(ヒンス・チャン)&王菀之(イヴァナ・ウォン)が主演し韓国映画「時失里2km(2004)」のリメイクとなる「超神經械劫案下(2023)」に次ぐ2作目の出演となる。

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鄭浩南(マーク・チェン)

◯ 石三郎が昔世話になっていた李萬四。今は経営者として成功している。

◯ 陶大宇(タオ・タイユー)とほぼ同じ1964年生まれ。1980年代から数多くの映画に出演してきた。ソフトボール選手だったがスカウトされ映画界入り。デビュー主演作の「愛神一號(1985)」で香港金像奨・新人賞を受賞。
その後、徐克(ツイ・ハーク)監督「北京オペラブルース(1986)」
杜琪峯(ジョニー・トー)監督「エレクション 死の報復(2006)」
李连杰(ジェット・リー)&ジェイソン・ステイサム主演のハリウッド作品「ローグ アサシン(2007)」
中国映画「征途(2019)」など、「赤裸羔羊2性追緝令 (1993) 」のような三級影片も含め無数の映画に出演している。最近の出演作では「紮職3(2024)」「プロセキューター(2024)」など。

「男たちの挽歌(1986)」では当初自身が主役のマーク役であったがスケジュールの都合で出演が叶わず、同じくデビュー間もなかった周潤發(チョウ・ユンファ)に役を譲ったというエピソードがある。
また、JACから香港へと渡り、ジャッキー・チェンの事務所にも所属した日本人香港映画アクション俳優・大島ゆかりと結婚していたという話もある。

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姚樂怡(シャーミング・イウ)

◯ 石三郎の元妻で石頭の母・張淑欣。

◯ 1973年生まれで、TV番組用の即席ガールズグループ「電波少女」のメンバーとして1998年にデビュー。グループはすぐに解散し、今度はソロとしてバラエティ番組での司会などのほか映画・ドラマにも出演、当時大人気の鄭裕玲(ドゥドゥ・チェン)にも匹敵する人気タレントとなった。2010年前後からはマネージメント業を主としてタレント事務所を経営している。
2008年以降は映画「闔家辣(2022)」など数本の映画・ドラマに出演する程度になっている。

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袁富華(ベン・ユエン)

◯ 張淑欣の現在の夫・鄧國良(画像中)

「トレイシー(2018)」で金馬奨&金像奨で助演男優賞をW受賞、高齢者クィア映画「ソク・ソク / 叔·叔(スク・スク、2019)」で香港金像奨・助演男優賞ノミネート、「餃子クイーーン!(2025)」で中国金鶏奨・助演男優賞を受賞し、最近より一層活躍著しい。
俳優のキャリアは1990年代からで、周星馳(チャウ・シンチー)監督の大ヒット作「喜劇王(1999)」では、ギャング役として非常に有名なセリフ「你唔係外賣仔!」を発している。
「トレイシー」以降、より広く知られるようになり「花椒の味(2019)」に出演。さらに本作が公開されて以降は「バーニング・ダウン 爆発都市(2020)」「手巻き煙草(2020)」「レイジング・ファイア(2021)」「贖罪の悪夢(2024)」「盗月者 トウゲツシャ(2024)」「我、邪で邪を制す(2023)」「幼な子のためのパヴァーヌ(2024)」「風林火山(2025)」など出演作がどんどん増加している。

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