再会の奈良 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
ユーモラスでのんびりした雰囲気、という中に中国残留孤児の懐かしくも大変辛いストーリーが隠れている。彼らを日本人として見ていない自分に戦慄した。大好きな女優・吴彦姝(ウー・イエンシュー)が國村隼&永瀬正敏と共演してるのが面白い。
www.youtube.com Tracing Her Shadow (2021) 又见奈良 - Movie Trailer - Far East Films
www.youtube.com 映画『再会の奈良』予告編
【スタッフ & キャスト】
2020年 日本・中国 100分
監督: 鹏飞(ポンフェイ)
出演: 吴彦姝(ウー・イエンシュー)、英泽(イン・ズー)、國村隼、永瀬正敏、秋山真太郎
【あらすじ】
2005年、中国から陳ばあちゃんが、孫娘のような存在のシャオザーを頼って一人奈良にやって来る。
中国残留孤児の養女・麗華を1994年に日本に帰したが、数年前から連絡が途絶え心配して探しに来たというのだ。麗華探しを始めた2人の前に、ほんの偶然の出会いでしかなかったはずの一雄が、元警察官だったという理由で麗華探しを手伝うと申し出る。
奈良・御所を舞台に、言葉の壁を越えて不思議な縁で結ばれた3人のおかしくも心温まる旅が始まる。異国の地での新たな出会いを通して、果たして陳ばあちゃんは愛する娘との再会を果たせるのか――。
Filmarksより
【感想】
深いテーマながら旅行記のようでもあり、ふとした心の引っ掛かりの描写が心に残る映画であった。
中国映画だがあまり中国映画感はなく、日本のインディ映画のような仕上がりだ。河瀬直美がプロデューサーだからか、風景の描き方、タイム感なんかに似たような雰囲気を感じるが、彼女ほどアグレッシブに異端を目指している訳では無いので違和感にはならない。
中国残留孤児である娘(養女)・陈丽华(陳麗華)を探して、母(義母)の陳ばあちゃん(陈慧明)はシャオザー、吉澤と共に様々な人を訪ねてまわる。そうして奈良・御所の文化や人々の生活、そして日本に住む中国人たちの境遇を知っていくことになる。
この道中の描写は、例えば陳ばあちゃん(陈慧明)が肉屋にて鳴き声で肉の種類を尋ねたり、吉澤の知り合いが地酒の試飲会で飲んだくれてしまったりと、時間もゆったりしてちょっとユーモラスでもあり、日本という異国の面白いものも描きこんでいて、筆者を含む多くの日本人にはその土地を巡る旅という感じで見えるように思える。
だが、会う人々が証言していく娘(養女)の実情、証言する在日中国人たちの境遇はまあまあ厳しい。日本人たちは一様に境遇を理由に薄い付き合いに終わっており、中国人たちはあまり恵まれない境遇で生活している。この映画を中国で観た人々はどう思ったのだろうかと少々心配になった。もしかすると中国と日本でのこの映画の捉えられ方には結構な差があるのではないだろうか。
筆者は映画を観ている間、ついつい娘(養女)・陈丽华(陳麗華)の事を中国人として見ていた。もちろん残留孤児だと理解もしてはいる。だが、考えもなく同じ日本人として捉えてはいなかった。ではもし我々がそう見るのだとしたら、中国の人々もまた彼女を日本人として見たのだろうか。それならはたして、陈丽华(陳麗華)の生涯には家族以外、共感してもらえる人は誰かいたのだろうか。
ある年齢以上の方であれば、昔、中国残留孤児の方々が訪日調査団として何度も来日しては家族を探していたのを覚えているはずだ。見つからずに帰国したという話も聞いた記憶がある。筆者も確かに記憶にあるのだが、恥ずかしながら映画を見終わり、あらためて反芻しながら、はじめて彼らの深い深い傷に思い至った。そういった目線でもう一度本作を見直したら、はたしてどのような感想を抱くのだろうか。
劇中での印象深いシーンといえば、やはり日中の名優ふたり、吴彦姝(ウー・イエンシュー)と國村隼がベンチに腰掛け、セリフ無しで互いの若かりし頃の写真を見せあうという、思わずニンマリしてしまう微笑ましい場面だろう。
また、劇伴も面白くて、アンビエントというより環境音楽のような、静かだがスタイリッシュな音楽がかかっており、さすが鈴木慶一と唸る仕事っぷりであった。一方で、アパート付近のシーンでは住宅地なのに犬の鳴き声がSEで入っていて、監督は我慢できなかったのだろうかとちょっと微笑ましい気持ちになったりもした。もう日本では、住宅地に犬の鳴き声は違和感を覚えるようになってしまったのだ。
さて、大きな余談であるが、筆者は奈良市で生まれ育ち、奈良南部・香芝市や広陵町周辺で数年仕事をしていた事もある。奈良が誇る文化人となられた河瀬直美氏の地元での扱いも良く知っているし、御所市にもそれなりの関わりもある。そういった目線で本作の舞台・御所市が描写されているのを見ていたが、元地元の人間とすれば何故この地を選んだのだろうねと不思議に感じていた。
この地は奈良の感覚からすれば相当南の端で、御所・五條と括って語る事も多く、和歌山文化圏が侵食し始めるエリアになる。言葉も「もみない」などの和歌山弁が混ざり、めはり寿司のようなものも出回り、興福寺などがある奈良市から人が来る時には「えらい都会から」と恐縮されるような地域という認識だ。本作のテーマである中国残留孤児はもとより、外国人の方々が住んでいる印象もまったくない。
同じような田舎の自然がある奈良の風景ならば、桜井や吉野、他にもいくらでもあるのだが、鴨都波神社でのススキ提灯献燈の祭りを撮りたかったという事だろうか。
御所といえば金剛山、葛城山で始まった役行者や山伏の修験道といった伝説の地というイメージも結構大きいので「あ、そっちなのね」という印象であった。
とはいえ劇中で描かれている地域の描写は、御所っぽい雰囲気がバランスよく描かれているように感じた。山を抱いた後景や、一方で山に入ったエリアでの田園風景も懐かしく思いながら見ていた。
【トピック】
◯ 2021年3月19日に中国で公開。日本では2022年2月4日に公開された。中国内の興行収入は501万元(1.04億円)を達成。
◯ 若手映画監督に奈良を舞台に作品を制作してもらうという、なら国際映画祭の「NARAtive」プロジェクトの2020年作品として、エグゼクティブプロデューサーに奈良県出身の河瀬直美、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)を迎えて制作された。
◯ 撮影は2019年11月3日 から11月28日にかけて、奈良県御所市で行われた。
◯ 鹏飞(ポンフェイ)監督は8ヶ月御所市に滞在しながら、30人以上の残留孤児二世にも取材を行い、中国でも5人の中国残留孤児にインタビューしている。空港で登場する老人、民家で京劇のような歌を見せる夫婦の妻役の女性は、実際の残留孤児二世である。
※奈良県では吉野、大塔村、十津川村などから満蒙開拓団として農民たちが満州に移住した歴史がある。彼らの子供たちの一部が場合によっては残留孤児となった可能性もある。
このシーンで演じているのは京劇、なかでも毛沢東時代に作られた革命現代京劇のひとつ「智取威虎山」だ。1958年に上海京劇で作られた。人民解放軍が東北の威虎山に潜んだ国民党を攻め滅ぼすというストーリーで、長年に渡る大人気の演目となった。後に徐克(ツイ・ハーク)監督によって「タイガー・マウンテン 雪原の死闘(2014)」というタイトルで映画化もされている。
彼らにとっての、故郷での懐かしいカルチャーとして演じたのだろうか。
◯ 鹏飞(ポンフェイ)監督は、マレーシアの蔡明亮 (ツァイ・ミンリャン)監督の映画で東京フィルメックスでも上映された「ヴィザージュ(2009)」で助監督、ヴェネツィア映画祭審査員賞/台湾金馬奨監督賞・最優秀主演男優賞受賞作「郊遊 ピクニック(2013)」で助監督・脚本を務める。
自身の監督第一作はフランスとの合作映画「地下·香(2016)」で、2015年ヴェネツィア映画祭ヴェニス・デイズセクションに選出。第2作が下記「ライスフラワーの香り(米花之味、2017)」となる。
今年は春節に合わせて公開のAppleによるiPhone 14 Proで撮影した京劇にまつわる短編「过五关」で監督・脚本を担当した。
www.youtube.com Chinese New Year 2023 short movie by Apple | Shot on iPhone 14 Pro | 'Through Five Passes'
◯ 今回の鹏飞(ポンフェイ)監督選出には、監督の前作「ライスフラワーの香り(米花之味、2017)」がある。2018年のなら国際映画祭で本作が観客賞を受賞した。
これは、雲南省でミャンマーの影響を受けた文化を持つ少数民族、タイ族にまつわる映画で、今作での残留孤児二世のシャオザー役英泽(イン・ズー)は、この作品で脚本・主演している。
映画の原題にある米花とは、ポン菓子のように米を揚げたり焼いたタイ族特産の食べ物のこと。
www.youtube.com The Taste of Rice Flower (米花之味, 2017) de Song Pengfei
◯ 肉屋のシーンでは鹏飞(ポンフェイ)監督自身が、肉屋の主人として出演している。
◯ 本作と監督前作「ライスフラワーの香り」は、共にはちみつぱい、ムーンライダーズ等の鈴木慶一が音楽を担当しており、映画に出演もしている。
◯ また國村隼や永瀬正敏の出演は、制作予算の面から河瀬直美による依頼によって決まったとの事である。
國村隼は、河瀬直美の初商業監督作品でカンヌ映画祭新人賞受賞作「萌の朱雀(1997)」での出演以来、永瀬正敏とは「あん(2015)」やカンヌ映画祭メイン・コンペティション選出作「光(2017)」以来の関係である。
◯ 二人が言葉を交わさずに自分の昔の写真を見せ合いっこする、この微笑ましいシーンは、監督が小道具だけを用意し、後は二人の俳優のアドリブで撮影されたものである。
吴彦姝(ウー・イエンシュー)
◯ 残留孤児を養女として育てあげ、彼女を探すために日本にやってきた陳ばあちゃん(陈慧明)役は吴彦姝(ウー・イエンシュー)。
◯ 1938年生まれで1950年代から、舞台劇を中心とした俳優として活躍する。
最近になり映画出演依頼が増加。シルヴィア・チャンが監督した「妻の愛、娘の時(2017)」や「花椒の味(2019)」などの他、昨年もコロナ禍を描いた「穿过寒冬拥抱你(2022)」や韩寒(ハン・ハン)監督作「四海(2022)」に出演。
そして昨年のマイベスト中国映画で、65歳の痴呆症の娘を介護する85歳の母親を演じた「妈妈!(2022)」に主演するなど、近年ますます活躍の場が増えている。
今年も春節映画「交换人生」に出演。
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英泽(イン・ズー)
◯ 残留孤児二世のシャオザー(小泽)/清水初美
◯ イギリスに留学していた俳優だが、基本的に鹏飞(ポンフェイ)監督の第一作「地下·香(2016)」以来、ほぼ全作に出演し、時に脚本も担当している。
國村隼
◯ シャオザー(小泽)の働く居酒屋の客だった元警察官の吉澤一雄。
永瀬正敏
◯ 寺の管理員、剛を演じた永瀬正敏。
◯ 本作での撮影期間は1日半だったが、彼は撮影現場に入る3日前からノイズキャンセリングヘッドフォンを装着して過ごし、ろう者の生活環境を作り出すために電話にも出なかったという。
秋山真太郎
◯ シャオザー(小泽)の元カレである福田健二役は、劇団EXILEの秋山真太郎。
◯ この部屋を去り際、陳ばあちゃん(陈慧明)に「バカ」と言われる。これは最初に彼女が慌ててロシア語で話しかけてしまい、最後にもロシア語でのフレンドリーなさよならの意味「Пока! / パカー」と言ったという場面。
◯ 映画の冒頭には中国残留孤児が生まれたいきさつを、コミカルでアップテンポなアニメで描くという意表を突く斬新さ。