【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
母娘を通して女性たちの生き方を描く、コミカルで温かな中国映画。少しずつ自分らしさを取り戻す姿を描きながら、今の中国映画で広がる女性映画の新たな潮流を感じさせる秀作。

【スタッフ & キャスト】
2026年 中国 118分 豆瓣評価:8.1/10
監督: 杨荔钠(ヤン・リーナー)
出演:文淇(ウェン・チー)、秦海璐(チン・ハイルー)、白客(バイ・クー)、李雪琴(リー・シュエチン)、牛莉(ニウ・リー)、刘佳(リウ・ジャ)
【あらすじ】
25歳の小学校教師、許可【文淇(ウェン・チー)】は、子宮ポリープの手術にあたり家族の署名が必要となった。仕方なく、きわめて保守的な価値観を持つ母親・胡春蓉【秦海璐(チン・ハイルー)】との同居生活を始める。
しかし、手術によって処女膜が傷つく可能性があることを知った母親はすぐに署名を拒否。母娘の衝突はまたたく間にエスカレートしていく。母親からの疑念と否定の言葉に直面して、許可は母親に教育を試みる。女性にも多様な生き方があることを母にも理解してもらおうとする許可なのだが…
【感想】
小学校教師の主人公・許可に子宮ポリープができた。医者からも簡単だからと切除を勧められたのに、いざ手続を始めると衝撃の言葉が。
ーーー「未婚?それなら止めましょう」
母と娘のコミカルなバトル
これは文淇(ウェン・チー)が演じる若い女性・許可とその母親・胡春蓉、その2人を取り巻く女性たちを巡るストーリーだ。不正出血もあって、すぐにでもポリープの切除を終わらせたい許可。だが簡単な手術だと言ってたのに、未婚だとわかった途端、なぜか母親の同意が必要だと言われる。
仕事も忙しく結婚にも興味がない彼女は、昔ながらの考えで生きている母親とは、生活のあらゆる面でソリが合わない。極めつけは娘のセルフプレジャーグッズだ。それを掃除中に見つけた母親は、子供用のおもちゃと勘違いして勝手に持ち出し、仕事先のレストランで泣いている女の子に渡して、客に激怒されたとこぼす。こりゃあ娘もブチキレる、最高のエピソードだ。
だけど、そんな母親の人生にも、娘が知らなかった悩みがあった。夫と別居してきた母親は、娘のところへ押し掛けてくる。ところが新しく見つけた家政婦の仕事で、なんとも後味の悪い事件に巻き込まれてしまう。それをきっかけに、娘はより深く母親を理解していく事になる。

真の主人公は母親
とあるシーンで考えさせられた。母親の愚痴を言う娘に友人は、「なぜ問題の根本はお父さんなのに、お母さんの方を責めるの?」と問いかけるのだ。娘・許可は男性である父親を責める事もせず、かといって身内として当事者のように扱うわけでもない。父親の姿は最後まで登場しない。
そんな許可の目に写る母親は、パーマに野暮ったい服装。お喋りな代わりに人の話は聞かない。そして娘の私生活にも気兼ねなく口出ししてくるような、典型的なおばさん風のキャラクターだ。でも、映画全体が軽やかなテイストでもあり、その雰囲気を反映するようによく笑い、とぼけた味も独特の可愛げになっている、愛嬌のあるキャラだ。そんな彼女がストーリーを通して徐々に変化していく様は、娘以上に味わい深い。
考えてみれば、人生の折り返し地点も過ぎてから、今さら過去の生き方を見直すのは簡単じゃない。長く培われた価値観を捨てる方が、遥かに大変なのは間違いない。そこには、正に彼女のような人知れず大変な思いをしている人にこそ、寄り添いたいという監督の思いが詰まっているように見えてくる。本作での真の主人公は、娘より母親の方だ。

日の当たらない人々への監督の目線
杨荔钠(ヤン・リーナー)監督の過去作はどれも大好きだが、本作に限っては、観ながら「これは男性には共感しづらいかもしれないなあ」と感じていた。なぜなら劇中に男性はほとんど登場せず、当事者になるのは女性ばかり。医師役を演じる白客のように男性は少しだけ登場するが、決断に関わろうとはしない。女性たちは結局自分で決断する事になっていく。このテーマに男性は登場しないのだ。
本作は監督にとって、大きな話題となった『ちっぽけな僕の、おおきな世界 / 小さな私(2024)』の次作となる。易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)の驚異的に素晴らしい演技が日本でも注目された『ちっぽけな僕の、おおきな世界 / 小さな私(2024)』は、脳性麻痺の青年が主人公だった。その前には、認知症になった娘を介護する85歳の母親という、これもまた壮絶な設定の、だがとても明るく仕上げている素晴らしい作品『妈妈!(2022)』を撮っている。彼女は元々ドキュメンタリー出身であり、今までの映画では常にそうした、日の当たらない人々を描いてきた。そして、本作で遂に女性たちの生きづらさを正面に据えた映画を作り上げた。

映画『好東⻄』との違いと共通点
中国映画はここ最近、女性の生き方を正面から描いた作品が数多く公開されていて、しかもそれがきちんとヒットするという、とても興味深い状況になっている。昨年中国で大ヒットになった『好東⻄ -Her Story-(2024)』という作品は、その象徴のような映画だ。2人の世代もタイプも違う女性が、お互いに影響されながら生き方を見直すという物語が、軽やかなタッチ、美しい映像で描かれる。けっして声高に叫ぶことなく、ストーリーの背後や台詞に細かくテーマを練り込む事で、予想外の大ヒットを記録した。
こちらの『好東⻄ -Her Story-(2024)』では男性も登場する。彼らは彼女たちの考え方に気づき、変わっていく人々としてストーリーの内側にいて、少し理想的にも感じられるような描き方がされている。
それに比べると、この『我,许可』はもっと現実的だし、複雑な感情まで掬い取ろうとしているかのように感じる。
娘・許可と母・胡春蓉、周りの人々は皆、女性である事で悩まされる。色々な種類のエピソードが描かれ、個人的にはちょっと詰め込みすぎにも感じられるほどだ。でも、それはたぶん監督の意図なのだろう。理想とは違って、現実は今もなお生きづらい。その事実を、様々な事例を積み重ねていくという、監督らしいドキュメンタリー的なやり方で見せようとしたのかもしれない。それこそが、今までもずっと日の当たらない人々を見つめ続けてきた監督の姿勢でもあるのだし。

この映画で監督は、男性の理解や社会を変える事よりも、まずは女性同士の理解を優先しようと考えているようにも見える。『好東⻄ -Her Story-(2024)』という良作との対話というか、対称的な住み分けとして作られているようにも感じられる。一つの正解だけではなく、それぞれ違う角度から語る。そんな豊かなバリエーションが、中国の女性にまつわる映画の中で今、出来上がり始めている。
この映画も辛さや苦しさを声高に訴える作りではない。少しずつ女性たちが自分らしさを取り戻し、笑顔を見せていく。そんな小さな変化の積み重ねが、見終わって爽快な気持ちにさせてくれる快作だった。今の面白い状況を象徴する1本として、ぜひ観てみてほしい。
【トピック】
予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)
www.youtube.com 【Official Trailer】 It's OK 《我,许可》 (2026)
中国での公開・興収ランキング・興行収入・日本での公開/配信
◯ 本作は、清明節の連休に合わせた2026年4月3日から中国本土で全国公開スタート。公開初週は『プロジェクト・ヘイル・メアリー(2026)』や『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー(2026)』に次ぐ興収ランキング3位だったが、翌週から2週連続で1位を獲得する人気作となった。
7月17日現在の興行収入は1.92億元(46億円)。
◯ 現在のところ、日本公開の予定はない。
監督: 杨荔钠(ヤン・リーナー)
◯ 監督の杨荔钠(ヤン・リーナー)は、元々俳優として杨天乙(ヤン・ティェンイー)の名で贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の『プラットホーム(2000)』 などに出演した。
その後映画監督としてドキュメンタリー映画制作を始める。そこからドラマ作品の監督に進み、『春梦(2013)』、『春潮(2019)』で映画賞を受賞。3部作の3作目として制作した高齢で認知症の娘をその母親が看護するという名作『妈妈!(2022)』で、中国金鶏奨で主演女優賞を受賞した。
前作『ちっぽけな僕の、おおきな世界 / 小さな私(2024)』は、主演した易烊千玺(イー・ヤンチェンシー / ジャクソン・イー)による脳性麻痺患者の演技が絶賛され、中国金鶏奨・主演男優賞受賞、4部門ノミネートと高く評価された。

脚本:游晓颖(ヨウ・シャオイン)
◯ 脚本は游晓颖(ヨウ・シャオイン)で、杨荔钠(ヤン・リーナー)監督とは『ちっぽけな僕の、おおきな世界 / 小さな私(2024)』からのタッグだ。
2010年頃からドラマの脚本を担当するようになり、張艾嘉(シルビア・チャン)監督主演作で金馬奨ノミネートされた映画「妻の愛、娘の時(2017)」で香港金像奨・脚本賞を受賞。そして本作のプロデューサー・尹露(イン・ルー)が手掛けた名作「シスター 夏のわかれ道(2021)」の脚本を手掛ける。
その後、ドラマ「愛上特種兵(2021)」、「三悦有了新工作 (2022) 」、映画では「平凡英雄(2022)」や「祝你幸福! (2024) 」の脚本を担当した。

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文淇(ウェン・チー)
◯ 主人公・許可(许可)。小学校の教師をしている25歳。
◯ 2003年台湾生まれ。北京の中央戯劇学院を卒業している。本作の杨荔钠(ヤン・リーナー)監督とは、監督の前々作「妈妈!(2022)」に特別出演してからの縁。
文淇(ウェン・チー)は、そもそも杨荔钠(ヤン・リーナー)監督のデビュー作でプロデューサーを務めた文晏(ヴィヴィアン・チュウ)監督の作品群に出演していた俳優であった。
文晏(ヴィヴィアン・チュウ)監督の前々作「天使は白をまとう(2017)」で台湾金馬奨・主演女優賞ノミネート、翌年の「血観音(2017)」で台湾金馬奨・助演女優賞を受賞。昨年には、こちらもシスターフッド映画であるベルリン映画祭コンペティション部門出品作『ガールズ・オン・ワイヤー(2025)』で主演し、高く評価された。

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秦海璐(チン・ハイルー)
◯ 許可の母、胡春蓉。
◯ 大連出身。圧倒的な演技力と存在感で中国映画界を牽引する、中国東北地方を代表する実力派俳優だ。名門・中央戯劇学院の伝説的黄金世代(96期)出身であり、京劇の「刀馬旦」で培った強靭な身体性を演技の土台に持つ。同級の章子怡(チャン・ツィイー)、梅婷(メイ・ティン)、袁泉(ユエン・チュアン)らと共に「八大金钗」と呼ばれた。
デビュー作『ドリアン ドリアン(2000)』で香港の出稼ぎ女性をリアルに演じ、金馬奨の最優秀主演女優賞と新人賞をダブル受賞する快挙を成し遂げた。その後も『鋼のピアノ(2010)』や『崖上のスパイ(2021)』、『ロングショット(2024)』など、東北の厳しい風土や労働者の哀歓を描いた重厚な作品で無二の存在感を発揮。近年は脚本やプロデュース業にも定評がある。

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白客(バイ・クー)
◯ 許可の子宮ポリープを診察した医師・陈瑜。
◯ 元々大学生の頃に日本のギャグアニメを翻訳してネットに投稿するグループの先駆け「cucn201」の一人として2010年頃に知られるようになる(「ギャグマンガ日和」の中文翻訳は中国アニオタ史の大きなエポックだが、これを投稿していた)。
その後俳優として活動を開始、大ヒットしたコメディ・ウェブドラマ「万万没想到(2013)」で人気となる。映画界にも進出し、周星馳(チャウ・シンチー)監督「人魚姫(2016)」、新聞記者を描いた「不止不休(2020)」、大ヒットドラマ「三体(2023、テンセント版)」、映画「来し方 行く末 / 耳をかたむけて(2023)」、「唐人街探偵1900(2025)」や「長安のライチ(2025)」など数々の作品に出演。
大鹏(ダーポン)&庄达菲(ジュアン・ダーフェイ)と共に主演した大ヒット映画「年会不能停!(2023)」では、役柄が「オメガバース(ABO)」というBLと近しい二次創作での世界観内の設定で大人気となった。

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李雪琴(リー・シュエチン)
◯ 許可の友人・何伞伞。
◯ 2020年頃からピン芸人として活動し、それ以外にも様々な分野で活躍するマルチタレント。北京大学卒業、ニューヨーク大学に留学した高学歴でもある。
映画でも、大鹏(董成鹏、ダーポン)監督・主演の『いいひと 保你平安(2023)』以来、贾玲(ジア・リン)主演『YOLO 百元の恋(2024)』や『“骗骗”喜欢你(2024)』、『我,许可(2026)』などに出演し、『鉄⻄区に⽣きる(2023)』や『飛行家(2025)』などで主要キャストも演じており、今まさに飛躍の途上にあるキャリアを重ねている。

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牛莉(ニウ・リー)
◯ 胡春蓉を家政婦として雇った家の妻を演じたのは牛莉(ニウ・リー)。春節の夜に放送される特番「春晩」での小品(コント)にもよく出演している人気俳優。軍人の家庭に生まれ、俳優デビュー前はアスリートとして目覚ましい活躍をしていた。1986年にアーティスティックスイミングの団体優勝、1990年には射撃で全国1位を獲得している。
1991年に俳優デビュー。『空镜子 (2001』や『闖関東(ちんかんとう、2008)』、『老农民 (2014)』などの名作ドラマへの出演で知られている。

刘佳(リウ・ジャ)
◯ 許可がいくつか受診した婦人科医の1人を演じたのは刘佳(リウ・ジャ)。中国を代表する実力派の国家一級俳優である。映画『黒三角(1977)』でスクリーンデビュー。北京電影学院で演技を学んだ後も映画やドラマで活躍を続けたが、一時期は家庭を優先してキャリアの第一線を離れた。その後、2005年に実在の女性警察長を演じた主演ドラマ『任长霞(2005)』が社会現象を巻き起こす大ヒットを記録し、金鷹奨や飛天奨など数々の演技賞を総なめにして完全復活を果たした。近年も大ヒット映画『こんにちは、私のお母さん(2021)』での温かみのある演技や数々の話題作に出演し、厚みのある「母親役」を演じきる名バイプレーヤーとして圧倒的な支持を得ている。
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