『盲山』中国映画レビュー&解説 | 村ぐるみでの人身売買という恐怖『盲山 Blind Mountain(2007)』

豆瓣:盲山

盲山 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

騙され拉致されて農村の嫁になる事を強要されたという、壮絶な実話を映画化。人身売買の実態そのものがホラー以上に恐ろしい。だがその先に見える法律をも無視する村の価値観と、無表情に従う村人たちが更に背筋を凍らせる。

 

盲山盲山

【スタッフ & キャスト】

2007年 中国 103分 豆瓣評価:8.8/10
監督:李杨(リー・ヤン) 
出演:黄璐(ホアン・ルー)、杨幼安(ヤン・ユアン)、贺运乐(ホー・ユンラー)、张玉玲(チャン・ユーリン)、张友平(チョウ・ヨウピン)、李杨(リー・ヤン) 

 

 

 

【あらすじ】

仕事を探していた22歳の大学生・白雪梅(パイ・シューメイ)は、親切な若い女性に紹介された仕事を受けるため山奥へ向かう。長く過酷な旅の末、眠りに落ちた白雪梅が目を覚ますと、そこは見知らぬ農家だった。自分がどこにいるのかわからず、財布も身分証明書も荷物もすべて失い、紹介者の女性も見当たらない。
やがて彼女は村人から、村に住む40歳の男性・黄徳貴(ホアン・デグイ)の花嫁として売られたと聞かされ、自分が人身売買業者に騙されたことを知る。抵抗を試みる白雪梅だったが、虐待された上に監禁され、奴隷のような生活を強いられる。逃走を図るも村人は誰も白雪梅を助けようとせず、警察も無関心で、彼女は完全に囚われの身となってしまう。

映画.comより

 

 

 

【感想】

今からわずか30年前の1990年代。美しい風景が広がる山村にやって来た女子大生の白雪梅(パイ・シューメイ)。薬草を売るアルバイトで来た筈なのに、気がつくと1人になっていた。農家の者たちは驚くことに、私たちはおまえを息子の嫁として7000元(約14万円)で買ったと言い出す。

彼らとの話は噛み合わない。財布と身分証は失われている。家を離れようとすると、強引に鍵のついた部屋に閉じ込められてしまう雪梅(シューメイ)。一体どうなったのかまったく事態がのみ込めない。だが数日後の夜、息子の父親と母親が部屋に入って来る。そこで彼女は、これが紛れもない現実だと思い知らされる。力ずくで彼女を押さえつけ、なんと両親が息子の強姦を手助けしてきたのだ…

これらは冒頭わずか数分のことだ。詐欺、人身売買、拉致、監禁、不同意性交。だがその異常性はそれだけではない。
どうやらこの村の人々は、こうやって嫁を村外から"調達"する事がよくある事のようなのだ。部屋の奥で縛られている彼女を覗き込む子供たちと、嫁が来たことを祝う近隣の大人たち。村長を見つけた彼女が必死に訴えても、まったく彼女の話を聞こうとしない。山々に囲まれたこの村では、誰一人として雪梅(シューメイ)に協力する者はいない。

 

盲山

雪梅(シューメイ、画像右端)と夫となった男(画像中右)

 

村全体で行われてきた"嫁買い"

恐ろしいのは、この村全体がこの犯罪を肯定している事だ。しかし、それ以上に気になった事がある。村人たちは皆、表情を表に出さない。誰も怒らないし、笑顔も見せないかわりに、罪悪感も見えない。
息子は雪梅(シューメイ)に命令し、すぐに殴りつける。村を逃げ出しても村人が総出で連れ帰る。そうやって、まるで仕事のひとつとでも言うように、みんな無表情に淡々とこなすのだ。
舞台となった山村の風景は、同じような農村を舞台にした中国映画たち、例えば名作『山の郵便配達(1999)』などのように素朴で美しい。だが本作を観た後では、そんな美しい風景さえ以前のようには受け取れなくなる。同じく農村が舞台の『小さき麦の花(2022)』でも、主人公の夫婦は障害があるが故に村の中心から外されていて、共同体の価値観から距離を置けていたという、本作のような共同体優先の価値観が見え隠れしていた。

 

盲山

無表情な村人たち

この映画で真に恐ろしかったのは、村人たちの無表情さかもしれない。なぜあれほど無表情だったのか。ある残虐な一家の特異な犯罪ならまだ良かった。だがここでは村として、共同体の意思として若い女を買ってくる。そうした異常な習慣を、無表情なままに淡々とやってのける村人たちは、何を思い、どう考えてるのか理解不能で、その点では事件よりさらに異常だ。法律や警察よりも村の意向が優先される世界が完成している。
もしかして村人たちは善悪の事など、最初から考えていないのかもしれない。村の慣習として無思考に受け入れ、まるでシステムの部品として人々は組織されている。そう感じた瞬間、あのナチスドイツのアイヒマン裁判をめぐって語られた「命令に従っただけ」という服従の論理も頭をよぎっていた。

本作の李杨(リー・ヤン) 監督は、前作『盲井(Blind Shaft、2003)』から本作と次作『盲·道(Blind Road、2018)』と、『盲』三部作を撮った事で知られている。デビュー作『盲井』では、炭坑労働者を殺すことで補償金を騙し取ろうとする、人命より金の方が価値を持つようになった中国社会の暗部を描いた。
本作もテーマは同じだが『盲井』はサスペンス要素もある。俳優により人間ドラマが演じられていて、より映画として楽しめるように作られている。正直に言えば『盲井』の方が映画としての完成度は高く感じるほどだ。つまり、監督は映画的に作る力もあるのに、なぜか2作目になってドラマ性を減らしたようなのだ。

 

盲山

ドラマ性が後退した意味

前作『盲井』の詐欺事件との大きな違いは、事件を引き起こしたのはもはや村全体という点だ。村という共同体自体が人の人生を破壊するという恐怖。
素人を起用し、淡々と撮る事で村人たちは一人一人の個性よりも、共同体の一員として見えてくる。
監督も『盲井』の方が映画的に作り、本作ではより観客の良心の目を開かせる事を優先したと言っている。つまり本作のドラマ性の薄さは単なる弱点ではない。監督は意図的にドラマ性を後退させている。そうやって主人公・雪梅(シューメイ)一人の悲劇としてドラマチックに仕上げないようにする事で、むしろ村のありさま、共同体を覆う歪な価値観を感じ取ってもらおうとしたのではないだろうか。
そこでより浮き彫りになる、背後に立ち昇る空気そのものの違和感を、監督は伝えたかったように感じられるのだ。

監督の強いメッセージはそのままに、前作『盲井』と本作は対照的なアプローチで仕上げている。可能であれば是非前作と合わせて見て、その違いを味わってみてほしい。

 

 

 

「中国で全面上映禁止」の真偽

※日本公開でのキャッチコピーで「中国で全面上映禁止!!衝撃の問題作」と謳われているが、実際には公開されているので注意が必要だ。
公開にあたり、海外版と比べて20数カ所という修正、特にエンディングは警察が介入する形に修正は行われた。また上映規模も非常に限定的なものだった。また、公開後も現在まで配信は行われていない。
だが、当時は海賊版DVDやVCDが数多く流通している時代でもあり、実際に見ることは難しくなかったので、数多くの人が本作を見たと考えられる。
実際、メジャーレビューサイト・豆瓣での本作のページには20万以上の評価が付いている。この数は婁燁(ロウ・イエ)監督『スプリング・フィーバー(2009)』や賈樟柯(ジャ・ジャンクー)『長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)』といった著名作品よりも多い。評価自体も8.8/10と、日本のFilmarksで換算するなら4.0点に迫る非常に高い評価を得ている。それぞれのレビューも読めるので、ぜひ一度翻訳しながら読んでみる事をおすすめする。

ちなみに監督の前作『盲井(Blind Shaft、2003)』は、無許可のまま海外映画祭に出品したため中国で全面上映禁止となっており、もしキャッチコピーが前作についてのものであれば間違いない文言となっている。

 

www.teppayalfa.com

baike.baidu.com

baike.baidu.com

filmarks.com

www.teppayalfa.com

 

 

【トピック】

予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)


www.youtube.com BLIND MOUNTAIN Trailer


www.youtube.com 【本予告】『盲山』7/18(金)シネマート新宿にて1週間限定上映

中国での公開・興収ランキング・興行収入・日本での公開/配信

◯ 本作は第60回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門への出品でワールドプレミア。中国本国では政府の検閲を受けて約20カ所をカット、結末が変更され、8分ほど短縮された95分の国内版が2007年11月23日から限定的な館数で公開された。公開終了後、主要動画配信プラットフォームでの配信はなく、中国内で見るのは難しい状況になっている。

日本や海外での本作の紹介では「中国で全面上映禁止」と謳われているが、正確には海外版が上映禁止になったという形なので、注意が必要だ。

◯ 日本では2025年7月18日に日本で公開。現在は配信も行われている。

Amazon Primeでも配信中

 

 

 

監督:李楊(リー・ヤン)

◯ 中国社会の暗部を暴く社会派リアリズムの巨匠である。劇団俳優やドイツ留学を経た経歴を持ち、体制の外側から中国を客観的に観察する視点を培った。

デビュー作『盲井(2003)』で第53回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。続く本作で第60回カンヌ国際映画祭に出品され、国際的な名声を確立した。『盲道(2017)』を含めた、社会の「盲点」を描く「盲」三部作を通じ、非職業俳優の起用やドキュメンタリータッチの演出で、人身売買などの暗部を冷徹に告発し続けている。

当局の厳しい検閲や規制により作品数は極めて少ないが、商業主義に走らず独自の姿勢を貫く、世界的に高く評価される独立系監督である。

中国映画レビュー&解説『盲井 Blind Shaft(2003)』社会派&王宝强の魅力全開の良作 - daily diary

盲山

 

 

 

黄璐(ホアン・ルー)

北京映画学院在学中に本作の主演抜擢されデビュー。カンヌ国際映画祭の舞台に立ち、一躍脚光を浴びた。
その後も「インディペンデント映画の女王」と評され、婁燁(ロウ・イエ)監督の『ブラインド・マッサージ(2014)』やロカルノ国際映画祭・金豹賞を受賞した『中国娘(2009)』など、世界的な評価を得る文芸映画で印象的な演技を披露。近年は香港映画『G殺(2018)』や米ドラマ『リトル・ファイアー〜彼女たちの秘密(2020)』へも出演している。商業大作に固執せず、国境を越えてエッジの効いた作品を選び続ける名実ともに実力派の国際派女優である。

盲山



 

実際に人身売買で嫁に来た女性

画像左の女性は、実際に人身売買で嫁に来た女性が演じている。撮影の際、毎日のように撮影現場に来る女性がおり、話を聞いてみると実際に四川省から連れてこられたのだと言う。急遽出演してもらおうとしたが、夫が反対。そのため夫にも端役で出演させる事にしたのだという。
劇中でも鄭小蘭(郑小兰)という、人身売買で村に来た女性を演じている。

盲山



 

2022年発生の鎖に繋がれていた女性の事件

◯ 本作で描かれたような女性の人身売買事件は今も発生している可能性がある。

2022年1月、中国・江蘇省徐州市豊県で、首を鎖につながれたまま8人の子どもを育てる女性の動画がSNSで拡散され、大きな社会問題となった。
女性は当初「精神疾患のため保護している」と説明されたが、その後の調査で雲南省出身の小花梅(シャオ・ホアメイ)であり、1998年に複数回にわたり人身売買された末、董志民一家へ売られていたことが判明した。事件は農村部に残る女性売買や監禁、性暴力だけでなく、地方政府の不十分な初動対応や情報公開への不信も招き、中国全土で激しい議論を巻き起こした。最終的に董志民は虐待罪・不法監禁罪で懲役9年、売買に関与した複数の被告にも有罪判決が下され、関係地方幹部も処分された。また、中国政府は女性・児童の人身売買対策を改めて強化する契機となり、現代中国における農村社会の構造的問題を象徴する事件として広く記憶されている。

また、事件には現在もなお不透明な点が残る。
発覚当初、地元当局は「精神疾患のため鎖につないで保護していた」と説明し、人身売買との関係を否定した。しかし、その後の調査で説明は何度も修正され、女性は雲南省から複数回にわたり売買された被害者・小花梅であると認定された。この対応の変遷から、初動で事実を隠蔽しようとしたのではないかとの疑念が広がった。
また、なぜ20年以上も発覚しなかったのか、地域社会や行政が実態をどこまで把握していたのかなど、十分に解明されていないと感じる人も少なくない。裁判では関係者に有罪判決が下されたものの、現在もなお中国社会では「完全に真相が明らかになったのか」をめぐる議論が続いている。

丰县生育八孩女子事件 - 维基百科,自由的百科全书

gendai.media

※ この事件は名匠・张艺谋(チャン・イーモウ)監督の映画『第二十条(2024)』でもモチーフとして引用されている。

www.teppayalfa.com

 

 

 

児童誘拐・人身売買についての映画

◯ 児童誘拐は女性の人身売買以上に発生し問題となってきた。中国では映画の題材としても様々な形で取り上げられてきた。

 

我が子が誘拐され東南アジアへ売り渡された事件を追う親の物語『浴火之路(2024)』

www.teppayalfa.com

 

孤児たちを世話していたボクシングジム経営者が児童誘拐として摘発される『ネバーギブアップ(2023)』
※『盲井(2003)』の繋がりから李杨(リー・ヤン)監督も出演している。

www.teppayalfa.com

 

乳母に我が子共々失踪された母親の捜索劇『失踪、発見(2018)』

www.teppayalfa.com

 

父親が誘拐された我が子を必死で見つけた、その先まで描いた問題作『最愛の子(2014)』

www.teppayalfa.com

 

 

 


あわせて読みたい関連記事

www.teppayalfa.com

www.teppayalfa.com