中国映画レビュー&解説「ロングショット 老枪 A Long Shot」

老枪 (豆瓣)

ロングショット - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

産業が失われ未来のない街、中国東北部。孤独に人としての尊厳を求めた男のハードボイルドな切ない物語。彼に目をかけられていた若者・耿晓军の、社会にからめ捕られていく悲哀も忘れられない。

 

 

 

ロングショット 老枪


www.youtube.com A Long Shot (2024) 老枪 - Movie Trailer - Far East Films

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2024年 中国 117分
監督: 高朋(ガオ・ポン)
出演: 祖峰(ズー・フェン)秦海璐(チン・ハイルー)周政杰(ジョウ・ジェンジエ)冯雷(フォン・レイ)邵兵(シャオ・ピン)沐桐(ムー・トン)

 

 

 

【あらすじ】

1990年代初頭の中国東北部、不況にあえぐ工場では高価な原材料を巡って盗難事件が絶えない。オリンピックにも出場する程の狙撃選手だったが、訳あって軍を退役し工場の警備課の平社員となった顾学兵【祖峰(ズー・フェン)】は、シングルマザーの金雨佳【秦海璐(チン・ハイルー)】と知り合う。彼女の息子、耿晓军【周政杰(ジョウ・ジェンジエ)】が犯罪を犯しかけていることを偶然知った彼は、彼を真っ当な人間に戻すことを決意する。

 

 

 

【感想】

産業が失われ未来のない街、中国東北部。孤独に人としての尊厳を求めた男のハードボイルドな切ない物語。彼に目をかけられていた若者・耿晓军の、社会にからめ捕られていく悲哀も忘れられない。

画面はひたすら暗く、息が詰まりそうな重苦しさを抱える街の風景。ゴーストタウン寸前である事がどの場面からもわかる、1990年代の中国東北部の風景だ。煙の出ない煙突だけが目立つ町並みは、それだけでその下に不景気にあえぐ街が広がっている事まで察しがつく。そして今はその工場から、製品である合金を盗もうとする輩が夜な夜な現れる。
そんな街にいる輝かしい経歴の元アスリート。代表選手にまでなっていたのに、今はうらぶれた工場に勤めている。その表情に笑顔はない。

 

ロングショット 老枪

 

この主人公・顾学兵がとても印象深い。口数は少なく、笑顔もない。だが強烈な正義感を持っていて、表には出さないものの、もはやそれこそが彼のアイデンティティのようになっている。それは元代表選手としての、それも拳銃を扱う種目からの強烈な自負だっただろうし、その道を半ばで絶たれた事への深いショックからであろう事が伝わってくる。「どうして俺が」という思いもあり、今もなお「射撃選手としての自分」から離れられない。彼の中では、端から見れば正義感溢れる行動も、自身の未練と執着で汚れた心からのものであり、決して誇れるものではないのだ。

こうした孤高の男を描いた作品では、同じスナイパーだが朝鮮戦争を描いた张艺谋(チャン・イーモウ)&张末(チャン・モー)監督による良作「狙击手(狙撃手、2022)」での、章宇(チャン・ユー)が演じた部隊長の姿を思い起こす。彼もまた狙撃手として有能かつ寡黙で、なによりも部下への思いやりがとても篤く、まさに部下のためには死をも恐れない素晴らしい人格者であった。あの映画の事を思うと、今作の顾学兵もまた、目をかけた若者・耿晓军へ同じ思いで接していたのだとわかる。

 

ロングショット 老枪

 

個人的には今作ではこの若者・耿晓军の方がより印象深かった。無邪気とすら思えるほどの、何故と思わざるを得ないほどの彼の行動。心根が良いのはわかるのに、そんな些事は簡単に無効化されてしまう程の劣悪な環境。どん詰まりの生活。例えば80年代後半の、ヒップホップ誕生前夜の荒廃したニューヨークとか、その少し前、パンク誕生期のイギリスの若者の姿も連想させた。あの時代の黒人たちや労働者階級にも似た、盗み以外にやれる事がない酷い環境だ。

この時期の中国東北部を描いた作品として、豆瓣で8.5点と大変評価が高い映画に「鋼のピアノ(2010)」があり、今作の感想でも良く名前が挙げられている。
耿晓军の母親・金雨佳を演じた秦海璐(チン・ハイルー)は大連出身。正に「鋼の~」でもヒロイン役を演じており、自身の出世作「ドリアン ドリアン(2000)」でも牡丹江(黒龍江省)出身者を演じ、哈尔滨(ハルビン)が舞台の「崖上のスパイ(2021)」にも出演しており、ひと目で中国東北部をイメージさせる俳優として起用されているのがわかる。
「鋼の~」は今作とは違い、むしろ寓話的なタッチで、舞台も同じくする良作「无价之宝(2023)」にも共通するような作風だが、どちらも今作と同じ荒涼とした廃工場群、まともな仕事もない劣悪な環境をバックにしていて、その2作の楽しげなムードがむしろ刹那的な気持ちからなのが理解できるし、いかにこの風景が東北部のイメージであり、東北人にとってのアイコンなのかがよくわかる。
今作でのエンディングのロック調の曲使用も、「鋼の~」でもロシアのロックバンドの曲が多数使われていた事を彷彿とさせる。

衝撃的なエンディング、その後に続く、あの頃を描いた心温まるシーンとも相まって、中国東北部をひと味違った形で描いた、とても深い余韻を残す良作だ。

 

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【トピック】

◯ 2023年10月24日からの東京国際映画祭でワールドプレミア。1年後の2024年11月1日から中国で全国公開された。評価は高かったものの興行収入は562万元(1100万円)という結果になった。

 

◯ 本作は東京国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞した。

2023.tiff-jp.net

受賞結果 | 第36回東京国際映画祭

 

 

◯ 印象的な廃工場の風景は、1990年代中国東北部を描く際のよく知られたイメージでもあるが、これは改革開放により苦境に陥った鉄鋼業・機械業を中心とした国有企業の姿でもある。
80年代半ばまで、中国東北部は国による計画経済によって国有企業による重工業が盛んであった。だが、鄧小平による改革開放政策・市場経済への転換で南部の経済特区へと経済の中心は移行。国有ゆえ、大企業ゆえに転換スピードの遅いこの地域の変化は遅れ、大企業に生活まで依存していた多くの労働者たちも同じ運命を辿るという「東北現象」が発生した。特に1993年頃は企業・地元政府の債務も莫大な状況となり、給与の遅配も頻発するまでに追い込まれた。本作の舞台はまさにこの時点での中国東北部である。

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◯ 監督の高朋(ガオ・ポン)は北京電影学院を卒業後、広告ディレクターとして数多くのCMや短編を制作。本作が長編映画初監督作となる。
監督の言葉によれば、本作の物語は監督が2011年頃から温めていたものだそうだ。

写在《老枪》上映之时(老枪)影评

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祖峰(ズー・フェン)

◯ 顾学兵。中国代表に選抜されるほどの射撃の腕を持っていたが、引退して工場で警備をしている。
◯ 1999年にデビュー以来、「沉默的证人 (2004) 」「潜伏 (2008) 」「北平无战事 (2014) 」「欢乐颂 (2016) 」「面具 (2018) 」などの数多くのドラマに出演。
映画では「妻への家路(2014)」「黄金時代(2014)」「封神伝奇 バトル・オブ・ゴッド(2016)」「无问西东(2018)」「この夏の先には(2021)」「涉过愤怒的海(2023)」などに出演している。
また映画「六欲天 (2019) 」では自身が監督。カンヌ映画祭ある視点部門にノミネートされた。

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秦海璐(チン・ハイルー)

◯ シングルマザーの金雨佳。洋服を販売する過程で顾学兵と知り合う。

◯ 大連出身。1996年に中央戯劇学院を卒業し、同級の章子怡(チャン・ツィイー)、梅婷(メイ・ティン)、袁泉(ユエン・チュアン)らと共に「八大金钗」と呼ばれる。
香港映画「ドリアン ドリアン(2000)」で台湾金馬奨主演女優賞と新人賞をダブル受賞。他に映画では「鋼のピアノ(2010)」、アンディ・ラウ主演「桃さんのしあわせ(2012)」「The Crossing -ザ・クロッシング- PartⅠ(2014)」「三城記(2015)」「不止不休(2020)」など。最近作では张艺谋(チャン・イーモウ)監督作「崖上のスパイ(2021)」で主人公のスパイチームの一員を演じている。
ドラマでは「白鹿原(2017)」「猟罪図鑑(2022)」と続編の「猎罪图鉴2 (2024) 」などに出演している。

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周政杰(ジョウ・ジェンジエ)

◯ 金雨佳の息子・耿晓军。

◯ 2000年生まれ。2019年の新人芸能人のスポーツバラエティ番組「超新星全运会」第2シーズンからデビュー。翌年映画「风平浪静 (2020) 」に出演、ドラマ「不就是拔河么 (2023) 」や東野圭吾の小説「さまよう刃」が原作の「彷徨之刃 (2024) 」、ヒットドラマ「边水往事 (2024) 」、刑事ドラマ「我是刑警 (2024) 」などに出演している。

周政杰(ジョウ・ジェンジエ)

 

 

 

冯雷(フォン・レイ)

◯ 金雨佳に良くしている赵永强。

中国鉄路文工団という、中国鉄道部に所属し演劇以外にも雑技団や舞踊団もある芸術団体に所属する俳優。
大ヒットドラマ「人民的名義(2017)」で知られている。他には「小姨多鹤(2009)」「一马换三羊(2016)」「姐妹兄弟(2016)」など。
于和伟(ユー・ハーウェイ)とは彼が主演した「巡回检察组(2020)」「二手杰作(2023)」の2作に出演している。

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邵兵(シャオ・ピン)

◯ 顾学兵の理解ある上司、田永烈。

◯ 友情出演の邵兵(シャオ・ピン)は1968年生まれ、1992年デビュー。
ドラマ「生死极限 (2003) 」やジャッキー・チェン主演映画「THE MYTH/神話(2005)」、周潤發(チョウ・ユンファ)主演作「さらば復讐の狼たちよ(2010)」、ドラマ「兵临城下 (2010) 」、邓超(ダン・チャオ)主演映画「銀河学習塾(2019)」、刑事ドラマ「我是刑警 (2024) 」などの出演している。

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沐桐(ムー・トン)

◯ 耿晓军がツルんでいる悪友のひとり、马二勇。父親を工場での殉職で失っている。

◯ 1999年生まれ、2017年デビュー。「開端-RESET-(2022)」「国色芳华 (2025) 」などのヒットドラマに出演している。

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