【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
カナダを舞台に中華系移民たちの巻き起こす騒動を描いたコメディ。
中国&香港の人物像の違いも面白いが、欧米圏ならどこの国でもありそうな普遍性もあり、移民や華人の物語として楽しめる。


www.youtube.com 敗走麥城 FRESH OFF MARKHAM | 正式預告片 Official Trailer | 香港 X 加拿大獨立電影 | 11.28 錦繡中華
【スタッフ & キャスト】
2024年 カナダ・香港 84分
監督:阮浚德(Kurt Yuen)、羅懷恩(Cyrus Lo)、蔡康凝(Trevor Choi)
出演:陳苡臻(ジェシカ・チャン)、常念、李赫、愛德蒙基勒(Edmond Clark)
【あらすじ】
カナダ・トロントの郊外にある街・マーカム(Markham)は、カナダでも最も非白人割合の高い街で多くの中華系移民が住んでいる。そのマーカムを舞台に、移民中国人が起こす日本食居酒屋での強盗事件、そして彼らや地元民、そして不動産投資の為にやって来た香港人の4人が巻き起こす騒動を3つの章に分けて描く。
【感想】
カナダを舞台に中華系移民たちの巻き起こす騒動を描いたコメディ。
中国&香港の人物像の違いも面白いが、欧米圏ならどこの国でもありそうな普遍性もあり、移民や華人の物語として楽しめる。
この作品は香港映画となっているが、香港で公開はされたものの実質的にはカナダ在住の監督3人が共同製作したインディ映画という感じで、見ていても欧米作品の空気に満ちていてアジア映画の雰囲気は無い。
それと同時に、最近増えている印象のある中華系移民=華人の生き様を描いた作品としても見る事ができて、その意味での2024年現在の潮流も感じさせる映画だ。

登場するのは、2人の中国からの移民、1人の香港からの訪問者、そして地元のカナダ人。それぞれが主人公として《滿江紅》、《五點零》、《地下室》という3つの章で描き、各章は主人公こそ変わるが全体で繋がりを持ったストーリーとなっている。それらの中でも中国からの移民と、香港からやって来た女性(移民ではなさそうだ)の置かれた状況には相当な隔たりがあって、その落差も映画の面白さにもなっている。
中国の東北部から来た男はとにかく切羽詰まっている。仕事もなく将来への希望も持てない故郷の状況から、数年前にマーカムに移住した親戚の「こっちに来たら仕事あるぜ」という薄っぺらい適当な言葉一つだけを頼りにカナダまでやって来た。これだけでもう、彼の恵まれない状況や学の無さ、後先を考えるより動く他に選択肢が無かった事が想像できる。まるで20年前から何も変わっていない中国人の姿のようだ。
だが想像通り、実際のマーカムもそんな簡単に仕事はなく、軽口で誘った親戚にそそのかされ、あれよあれよと日本食居酒屋で強盗を働く羽目になってしまう。
監督の話によれば、脚本を書いた数年前にはまだ治安は悪くなかったそうだが、今はこうした事件も現実味を持ってしまっているそうで、このストーリーも結構リアルなものらしい。故郷にも期待できず、自らも何も持たず、軽々しく犯罪へと踏み入れてしまう、この感じ。移民のひとつの側面なのは間違いない。
そしてもう1人の華人、香港から不動産の物件探しに来た若い女も、別の意味でこの土地に全く馴染めていない存在として登場する。富二代=富裕層の娘が資産として不動産を買うために、現地の香港人セールスと共に邸宅を内見して回る中、この中国人2人に遭遇してしまうのだ。

ここ最近、香港映画なら「バイタル・サイン(2023)」や「ラスト・ダンス(2024)」など、中国映画なら「唐人街探偵 東京MISSION(2021)」や「唐人街探偵1900(2025)」などの唐人街探偵シリーズや「共謀家族(误杀、2019)」などの共謀家族シリーズ、ミャンマー華人を描いた「チャオ・イェンの思い(2024)」など、移民や華人をテーマにした映画が再び増加してきたような印象がある。それには香港は2019年の反送中デモ、中国は本土のバブル崩壊やナショナリズムの高まりという現状が影響しているのだろう。ただ映画の中ではアメリカやカナダに住む華人を描いた作品はまたまだ少なく、新しい視点が提供されていてとっても新鮮だ。
本作はカナダはトロントからすぐそばにある街、マーカム(Markham)を舞台している。とはいえ、この街特有の事情や風景をことさらに描かず、むしろ他の欧米圏の都市でも見られそうなストーリーとして描いていて、例えばこれがオーストラリアのメルボルン郊外が舞台などと言われても納得できるような普遍性も持っている。筆者も劇中のようなノリは良くわかるし、欧米圏に住んだ事がある人には既視感、親近感を感じる光景だろう。

少々余談だが見終わったあと、「この映画を香港映画として見るのは不可能なのだろうか?」そんな疑問がふと湧いてきた。
監督・出演者は香港人なのだが、舞台も雰囲気もいわゆる香港映画とはかけ離れていて、現在のところ本作をそう見るのは難しいかもしれない。だが今後もまたこんな海外を舞台にした、香港にルーツを持つ人が主人公の、香港ルーツの監督が作った作品の場合、それは香港映画にはならないのだろうか。それはやはり移民先の国で作られた映画になってしまうのだろうか。
この映画と同じ感覚を持つ中華系移民=華人が描かれた映画は、きっと今後も作られるだろう。その時、香港人が作る華人映画は香港映画としてカウントされるようになるのか、そうした将来も頭をよぎった作品であった。
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【トピック】
◯ 本作は2024年3月28日に香港国際映画祭でワールドプレミアされ、11月25日からのトロント・リールアジアン国際映画祭でも上映された。11月30日には香港で一般公開され、翌2025年1月17日にはカナダでも一般公開された。
◯ 中文タイトルの「敗走麥城」とは、樊城(麦城)の戦いの事で、建安24年(219年)、名将・関羽によって樊城を陥落寸前まで追い詰めたが、呉の寝返りにより最後を遂げる、劉備軍の最大の悲劇であり「三国志」の名シーンのひとつである。
舞台となったカナダ・マーカム(Markham)が、中文地名を麥城(麦城)とも呼ぶ事にちなんでいる。
◯ また、英文タイトルの「Fresh off Markham」とは、2015年からアメリカの20世紀FOX製作・ABCテレビで放送されたアジア系ファミリーを描いたシットコム「フアン家のアメリカ開拓記(2015)」の原題「Fresh Off the Boat」にちなんでいると思われる。この作品は、アメリカテレビ史上初めてアジア系を主人公として描かれたシットコム作品として知られている。
Fresh offは~したばかりという意味で、つまり「フアン家~」は「(移民の)船から降りたばかり」、本作は「マーカムに着いたばかり」という意味だ。

◯ 4人が食事をするシーンでの、アーリーアメリカン調のレストランはHollywood Cafe。実際にマーカムで営業していてメニューもしっかり香港式になっている。
◯ 監督は阮浚德(Kurt Yuen)、羅懷恩(Cyrus Lo)、蔡康凝(Trevor Choi)のカナダ在住香港人3人がそれぞれの章を担当している。

陳苡臻(ジェシカ・チャン)
◯ 不動産投資の為にマーカムを訪れた香港人富二代でYoutuberのCircle Tam。
◯ 1996年生まれ。モデルとして活動していたが、2020年頃に「バイタル・サイン(2023)」や「私たちの話し方(2025)」などに主演している俳優・游學修(ネオ・ヤウ)に誘われ、彼が主宰する人気Youtubeチャンネル試當真Trial & Errorに参加。そこでの演技で知られる事となった。MVでは曾比特(マイク・ツァン)の「奔跑吧!」などに出演。
映画は「年少日記(2023)」での教師役やMIRRORの江𤒹生(アンソン・コン)主演「7月に帰る(2023)」の他、本作の後に林明禎(リン・ミンチェン)主演のホラー映画「手機見鬼(2024)」にも出演した。
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www.youtube.com Mike 曾比特 -《奔跑吧!》MV
李赫、常念
◯ 中国東北部から移民としてやって来たばかりの趙山(李赫、画像左)と、数年前に移住し世話をしてやる男・小岳(常念、画像右)。
◯ 李赫は中国で活動しているようで「王牌保镖之疾速追击 (2021) 」という映画に出演している。

愛德蒙基勒(Edmond Clark)
◯ マーカムで生まれ育ち、今はUberでドライバーをしているO’Shea Johnson。星5のドライバー評価をキープし続けており、趙山と小岳が星3をつけた事に激怒する。
