【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
昔ながらな家族関係で苦悩する、現代的な価値観の息子が主人公。そんな彼をただ一人受け入れる葛优(グォ・ヨウ)演じる叔父がシンボリックな存在として中和していく。精神障害者の生きる意味を寓話的に見せていて、穏やかだが挑戦的な作り。
www.youtube.com 《刺猬》终极预告 葛优王俊凯知己携手奔向自由
【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 103分
監督: 顾长卫(グ・チャンウェイ)
出演: 葛优(グォ・ヨウ)、王俊凯 (ワン・ジュンカイ)、李萍(リー・ピン)、刘威葳(リウ・ビエベン)、耿乐(ゴン・ロー)、张本煜(チャン・ベンユー)
【あらすじ】
王战团【葛优(グォ・ヨウ)】は幼いころの不思議な出会いが原因で心を病み、家族からも疎まれる。甥の周正【王俊凯 (ワン・ジュンカイ)】は吃音と学業成績のせいで周囲になじめず、両親の強引なしつけにも反発し、居場所を失っていった。
周囲から理解されない二人は、いつしか互いの心を見抜き、共に「狂う」大切な友人となっていく。
【感想】
昔ながらな家族関係で苦悩する、現代的な価値観の息子が主人公。そんな彼をただ一人受け入れる葛优(グォ・ヨウ)演じる叔父がシンボリックな存在として中和していく。精神障害者の生きる意味を寓話的に見せていて、穏やかだが挑戦的な作り。
世間的な売り出し文句では王俊凯 (ワン・ジュンカイ)主演作だが、見た後では演じる叔父の不思議で魅力的な存在感が忘れられなくなる。
高い煙突の上で笛を吹いたり、二階から空を飛ぼうとしたり、とにかく変わった事ばかりしている。どうやら家族にとっても叔父は変な人なのだが、説明的な描写はせず、ふんわりと家族の中に居続けている感じだ。
どうやら原作の短編小説から、彼は精神障害を持っているという事のようで、そうと分かれば色んな行動にも納得できるが、劇中ではことさら明示せずに話は進んでいく。
甥・周正もまた、彼を風変わりに思ってはいたが、成長と共に自身が社会と上手く付き合えなくなっていく。家族もまた変な占い師を呼んできたり、彼にとっては余計なお世話ばかりしてくる。
そうして悩むほどに、叔父の生き方、彼への接し方がちょうど良く感じられて、世間からは疎まれている存在ながら、次第に彼の存在が救いになっていく。
時代設定は2000年前後のようだが、それ以上に家族や周囲の価値観が昔ながらで、彼ら2人への理解がまったくない。強引な矯正かそれが駄目なら放置みたいな極端な接し方しかなく、この頃の当事者はさぞや生きづらかっただろう。だから、この疎外された2人が寄り添うのはむしろ必然だったのかもしれない。
さすが撮影監督出身の顾长卫(グ・チャンウェイ)監督だけあって、映像がとても美しい。それも煙突の上だったり、ボーダーのシャツやタイトルでもある刺猬=ハリネズミだったりという、象徴的な画作りが素敵で、より一層寓話的な雰囲気を高めて印象的な映画になっている。
そして脚本は、原作小説「ハリネズミ・モンテカルロ食人記・森の中の林」の著者でもある鄭執(ジョン・ジー)。脚本家でもある彼が手掛けた非常に出来が良い恋愛映画だった「被我弄丢的你(2024)」とも共通する、心の傷を柔らかく描写する暖かなタッチは、本作でも共通している印象だ。個人的には、名優・葛优(グォ・ヨウ)のキャラ、演技力の幅が存分に楽しめて大満足な映画だった。
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【トピック】
◯ 2024年6月20日からの上海映画祭でワールドプレミア。夏休みの同年8月23日に中国で全国公開された。公開初週の興収ランキングでは「エイリアン:ロムルス(2024)」や「名探偵コナン 100万ドルの五稜星(2024)」などに次ぐ4位に入った。
興行収入は1.44億元(28.7億円)を記録した。
◯ 本作は作家・鄭執(ジョン・ジー)が2018年に発表し、日本翻訳大賞も受賞した小説「ハリネズミ・モンテカルロ食人記・森の中の林」内の短編「ハリネズミ(原題:仙症)」が原作となっている。なお鄭執(ジョン・ジー)の小説が原作となった作品にはドラマ「臆病者(2022)」もあるが、自身脚本家としても活動しており、今までに映画「我在时间尽头等你 (2020) 」や、檀健次(タン・ジェンツー)&张婧仪(チャン・ジンイー)主演の良作「被我弄丢的你(2024)」などがある。
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◯ 監督の顾长卫(グ・チャンウェイ)は1957年生まれの現在68歳。陈凯歌(チェン・カイコー)・张艺谋(チャン・イーモウ)・田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)ら錚々たる名監督と同じ年に北京電影学院で学び、卒業後はカメラマンとして「紅いコーリャン(1987)」、「子供たちの王様(1987)」、「さらば、わが愛/覇王別姫(1993)」、「太陽の少年(1994)」という錚々たる名作の撮影を担当、中国金鶏奨、台湾金馬奨での撮影賞を受賞、米アカデミー賞撮影賞にノミネートされた経験も持つ。
初監督作品「孔雀 我が家の風景(2005)」もベルリン映画祭銀熊賞を受賞。その後章子怡(チャン・ツィイー)&郭富城(アーロン・クォック)主演「最愛(2011)」や杨颖(Angelababy)&陈赫(チェン・フー)主演「微爱之渐入佳境(2014)」などの監督作がある。
今作主演の葛优(グォ・ヨウ)とは「さらば、わが愛/覇王別姫(1993)」以来の約30年ぶりとなる。
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葛优(グォ・ヨウ)
◯ 王战团。周正の叔父で精神疾患を持っている。
◯ 今作監督の顾长卫(グ・チャンウェイ)とは「さらば、わが愛/覇王別姫(1993)」以来、30年ぶりの仕事となる。
1957年生まれ。父親も俳優として数多くの映画に出演していたが、文化大革命により自身も農村へ下放となり養豚をしていた。25歳で軍の文工団に入団し俳優として活動、映画にも出演を始める。张国立(チャン・グオリー)と主演した映画「顽主 (1988) 」が高い評価を受け、主演したドラマ「编辑部的故事 (1992) 」で更に知られる事となった。
映画「再見のあとで(1993)」、「さらば、わが愛/覇王別姫(1993)」、「活きる(1994)」、「甲方乙方 (1997) 」と多くの名作に出演し、映画賞も多数受賞する。
その他「狙った恋の落とし方。(2009)」、「さらば復讐の狼たちよ(2010)」、浅野忠信も出演する「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海(2016)」、オールスター映画「愛しの母国(2019)」とその続編「愛しの故郷(2020)」などがある。
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王俊凯 (ワン・ジュンカイ)
◯ 周正。彼もまた自閉スペクトラムや吃音を持っている。
◯ 中国アイドルの草分けであり、易烊千璽(イー・ヤンチェンシー/ ジャクソン・イー)もメンバーの伝説的グループTFBOYSのリーダー。1999年生まれで未だ25歳という若さだが、2010年デビューなので既に芸歴15年を超える。
ソロとして、俳優としての出演は映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟-再生-(2017)」が初となり、ディザスター映画「断·桥 (2022) 」、ドラマ「重生之门 (2022) 」、海外でのテロを描いた映画「万里归途(2022)」などがある。
なお2024年は本作以外にも、ビッグバジェット作にも関わらず驚異的な低評価を記録したSF映画「749局 (2024) 」、そして孤児を演じた実話の主演映画「野孩子 (2024) 」と、3作もの主演作が立て続けに公開された。
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李萍(リー・ピン)
◯ 周秀玲。周正の祖母。
◯ 1965年生まれで、2000年を超えてからヒット作へ出演を始めた遅咲きの俳優で、多くの作品での主演の母親役として知られている。
主な出演作はドラマ「大宅门 (2001) 」や「奋斗 (2007) 」、「我的青春谁做主 (2009) 」など。映画では開心麻花の初映画「夏洛特烦恼 (2015) 」、曾国祥(デレク・ツァン)監督の良作「ソウルメイト/七月と安生(2016)」、大ヒット作「年会不能停! (2023)」などに出演している。
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刘威葳(リウ・ビエベン)
◯ 周正の母。
◯ 1976年生まれ。1990年代後半から多くの名作ドラマに出演してきた。
主な作品は「征服 (2003) 」、「我的团长我的团 (2009) 」、「推拿 (2013) 」など。ベルリン映画祭銀熊賞・受賞作の映画「左右 (2007) 」にも出演している。
耿乐(ゴン・ロー)
◯ 周正の父。
◯ 今年映画「ブラックドッグ(2024)」を公開した管虎(グェン・フー / グァン・フー/クワン・フー)監督による主演映画「头发乱了 (1994) 」でデビュー。だが、同年に出演した名作の誉れ高い中港合作「太陽の少年(1994)」での、主人公の兄貴分・イクー役で一気に知られることとなった。
映画「开往春天的地铁 (2002) 」、「天使は白をまとう(2017)」などで映画賞を受賞。その他「面引子 (2011) 」、「疯狂72小时 (2014) 」、「1950 鋼の第7中隊(2021)」と続編の「1950 水門橋決戦(2022)」、「1921(2022)」、ドラマでは「長歌行(2021)」、「天才基本法(2022)」などに出演。
昨年は本作の前に公開されたクライム・サスペンス映画「扫黑·决不放弃(2024)」にも出演している。
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张本煜(チャン・ベンユー)
◯ 李广源。王战团の娘婿。
◯ 2013年からのドラマ「报告老板!」シリーズや大人気コメディ「万万没想到(2013)」など、刘循子墨(リウ・シュンズーモオ)監督のコメディで知られるようになった。
その縁で尹正(イン・ジョン)主演のヒット作「扬名立万(2021)」に出演。「乗風破浪(2017)」、そして「ペガサス/飛馳人生(2019)」とその続編「飞驰人生2(2024)」と、韩寒(ハン・ハン)監督作では常連だ。
2023年には张涵予(チャン・ハンユー)&劉徳華(アンディ・ラウ)がW主演したクライム・サスペンス映画「93國際列車大劫案:莫斯科行動(2023)」、昨年には夫から逃れる妻を描いた実話のフェミニズム映画「家出の決意(2024)」に出演している。
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