未完成の映画 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
コロナ禍を描く娄烨(ロウ・イエ)監督の最新作であり、一段とアグレッシブで斬新な、最高傑作の一つにも思える良作。あの時期を過ごした人々に心から寄り添う優しさがひしひしと伝わってくる。
www.youtube.com 12.20《一部未完成的電影》金馬獎最佳劇情片╳最佳導演 🏆 名導婁燁獻給未竟時代的頌歌
www.youtube.com 5/2(金)公開『未完成の映画』予告編 90秒ver.
【スタッフ & キャスト】
2024年 ドイツ・シンガポール 106分
監督:娄烨(ロウ・イエ)
出演:秦昊(チン・ハオ)、毛小睿(マオ・シャオルイ)、齐溪(チー・シー)、黄轩(ホァン・シュエン)、梁鸣(リャン・ミン)、张颂文(チャン・ソンウェン)
【あらすじ】
2019年、物語は10年間電源が入っていなかったコンピューターが起動される場面から始まる。そこには放置された未完の映画が入っており、その映画の監督は主演俳優を呼び出し、制作の再始動を提案する。様々な理由で躊躇していたものの、2020年1月の春節を目前に撮影準備が始まると、主演俳優はクルーに合流している。彼らはすぐに制作に取りかかるが、程なくしてコロナ禍対策のためのロックダウンのニュースが広まり始め、何人かのキャストは荷物をまとめて去っていく。そしてすぐにホテル全体が強制的に封鎖され、主演俳優とクルーは各部屋に閉じ込められてしまう……。
【感想】
コロナ禍を描く娄烨(ロウ・イエ)監督の最新作であり、一段とアグレッシブで斬新な、最高傑作の一つにも思える良作。あの時期を過ごした人々に心から寄り添う優しさがひしひしと伝わってくる。
中国の映画でコロナ禍を描く意味は、上手く収束できた最初の一年と、その後徹底したゼロコロナ政策の結果、2022年の上海ロックダウンによる政策批判にまで至った騒動を経た後では大きく変わってしまった。それらを踏まえてもなお監督がこの映画を作り、そして当然のように上海についても触れたのが、まずもう流石だ。
筆者は中国でのあの時期を直接体験してはいないが、それでもコロナ禍自体の劇的な生活の変化以外にも、結果的にかの地のバブル景気にとどめを刺し、その後の価値観まで変えるきっかけになった出来事として、たぶん日本以上に中国の人々の記憶に残る現代中国史のターニングポイントになったと思っている。
見る前までは、ちょうど同時期に発表され、しかも両作ともコロナ禍で制作方針が変わったという触れ込みなので、贾樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の映画「新世紀ロマンティクス(2024)」との比較をイメージしていたが、よもやこれ程までに違うとは思っていなかった。2つの映画は全然別の方向を見ているし、特に今作は娄烨(ロウ・イエ)監督にしか作り得ない作品で、フェイクドキュメンタリー / モキュメンタリーとして作りながら、あの頃の記憶だけを純粋に抽出してみせる、当時の中国を経験した人々に寄り添った感動作とも言える作りになっていた。
冒頭から監督のメイキング作品「夢の裏側 ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ(2019)」を再び見ているかのような、監督のクルー達が映るドキュメンタリー的映像。何故か昔の役名で呼ばれる俳優たち。そうした違和感だけを点々と置いていきながら不安定な気持ちのまま、春節直前の、あのパンデミックへの心配が急速に高まっていった時期へとカウントダウンしていく。
見ていると何度も、同じコロナ禍の中国を描いた映画「アウトブレイク(中国医生、2021)」が頭をよぎる。あれも新型肺炎が発生して一旦の収束を見た2020年4月頃まで、今作とほぼ同じ期間の武漢を描いている。当時集中的に対応した武漢市金銀潭病院を舞台にした劉偉強(アンドリュー・ラウ)監督作で、当時の震源地であった武漢の緊迫した状況が非常によくわかる。
ただし決定的に違うのは、2021年というまだコロナが完全に収まる前に制作/公開された事で、中国自身がその後に更に酷い状況、それまで以上の感染者、上海での超長期のロックダウンからの白紙革命、突然のゼロコロナ方針転換などの様々な惨事へと突入していく事は誰も予想していなかった。そうした、ある意味でまだ牧歌的だった時期の描写に終わっている事だ。
今作の劇中でいくつかの曲が流れるが、個人的には「紅い花サリラン」こと「火红的萨日朗」が一際印象的で涙が湧いてしまった。広い仮設病棟での看護師と患者が一緒に踊るシーンで流れたこの曲は、実際に当時あったシーンであり、緊急に緊急が重なり疲弊しきった状況を和らげる、とてもシンボリックな出来事として「アウトブレイク(2021)」でも描かれている。筆者もそれ以来数年振りで、曲がかかった瞬間に一気に当時へと引き戻された。
今作では最後にもう一度、この曲だけがわざわざダメ押しのようにかかる。それだけであの頃を共に経験し忘れられない人々への、監督の暖かく優しい眼差しが伝わるし、同じくこのシーンを再現した「アウトブレイク(2021)」の体制礼讃な描き方への、彼なりの返答にも聞こえてくるのだ。
それはもうひとつの印象的なシーン、廊下にスタッフ皆が出て踊り出す場面でも同様だ。決して褒められる事じゃなくたって、ああしなければやってられない時もある。
辛かった事を忘れられなくても良いんだよ、と。
2020年2月10日、武漢の仮設病棟での事である。
「天安門、恋人たち(2006)」にしろ、「スプリング・フィーバー(2009)」にしろ、今までの娄烨(ロウ・イエ)監督作品は、社会から見えなくなった人々を可視化してきた。今作でもその目線は変わらないが、今まで以上にリアルとフィクションの境界を重層的に作っていて、最高に興奮する。ドキュメンタリーの様なオリジナルストーリー、出演者たちの限りなくリアルな動き。そして数多く登場する実際の娄烨(ロウ・イエ)組の制作スタッフたち。
フィクションのストーリーなのに、さも現実のように動いているという、映画の原初的な魅力。もう、とてつもなく映画でしかできない事を突き詰めて作られた、すごく映画的な映画だった。
そうやって様々な要素を丁寧に組み上げ、あの当時の「集合的記憶」だけを蒸留し抽出したような映画になっている。まるで、あの記憶だけは我々の心から決して消せないという宣言みたいだ。
正直、中国で上映するための検閲問題については、後半の記録映像だけをカットすれば通過しそうな、そこまで攻めた作りにはなっていない気がする。でもそのお陰で、却ってあの映像だけは絶対にカットしないし、たとえ上映できなくなっても都合よい場面だけを切り離したりしない。それこそが作り手と観客共通の「集合的記憶」だという強い意思表明になっている。まさに検閲を飛び越えて作り続ける環境を持つ唯一の中国人・娄烨(ロウ・イエ)監督にしか作る事ができない映画だ。彼の自身の立場についての誠実さが深く伝わってくる。
監督は、自身も中国人として強く強く観客へ寄り添い、あの頃傷ついた中国の人々を癒そうとしているように見える。その意味でまごうかたなき中国映画だし、それこそが、まさに映画ができる事なのだ。ただ唯一、彼らが見ることだけは叶わないけれど。
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【トピック】
◯ 2024年5月16日にカンヌ映画祭スペシャル・スクリーニングでワールドプレミア。同年11月24日からの東京フィルメックスに特別招待。12月20日から台湾で一般公開が開始された。
◯ 日本では2025年5月2日から一般公開開始された。
◯ 本作は台湾金馬奨で作品賞、監督賞の2冠受賞、3部門ノミネートされた。
◯ 監督の娄烨(ロウ・イエ)は今も現役の中国映画の監督として、五指に入る著名監督。中国の社会と人々の業をリアルに描く作風で映画の評価も高いが、中国当局による処分を乗り越えて映画製作をし続けた行動によっても語られる監督でもある。
監督3作目となる「ふたりの人魚(2000)」でロッテルダム映画祭に許可なく出品した事で2年の映画製作禁止処分
5作目の「天安門、恋人たち(2006)」では天安門事件の描写とヌードシーンが含まれていて、検閲の拒否、5年間の映画製作禁止、公開禁止、映画収益とプリント差し押さえ処分
6作目の「スプリング・フィーバー(2009)」は同性愛描写が含まれているが、上記の映画製作禁止処分の期間中に密かに制作され公開された。
監督作品は全12作中、5作がカンヌ映画祭出品、2作がベルリン映画祭出品、2作がベネチア映画祭出品、2作が台湾金馬奨・作品賞受賞と国際的に高い評価を受けているが、中国内の映画賞での評価はほとんど無い。
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秦昊(チン・ハオ)
◯ 主演俳優・江诚(ジャン・チョン)※「スプリング・フィーバー(2009)」での役名と同じ。
◯ 1978年生まれ、2000年に中央戯劇学院を卒業。
王小帅(ワン・シュアオシュアイ)監督のカンヌ映画祭・パルムドール&審査員賞ノミネートの映画「シャンハイ・ドリームズ(2005)」に出演。監督作にはその後も「左右 (2007) 」、「重慶ブルース(2010)」に出演。
2009年に今作の娄烨(ロウ・イエ)監督作「スプリング・フィーバー(2009)」に初出演。監督作にはその後も「二重生活(2012)」、「ブラインド・マッサージ(2014)」、「シャドウプレイ(2018)」、そして本作と出演を続ける事となる。
その他には倍賞千恵子主演の日中合作「東京に来たばかり(2012)」や「火锅英雄(2016)」、「長江 愛の詩(2016)」、染谷将太らが出演の陈凯歌(チェン・カイコー)監督作「空海 ーKU-KAIー(2017)」、岩井俊二監督「チィファの手紙(2018)」など、日本と繋がりのある作品への出演も多い俳優だ。
ドラマでは「バーニング・アイス(2017)」、「驪妃(2020)」、「バッド・キッズ(2020)」、「ロング・シーズン(2023)」などに出演している。
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齐溪(チー・シー)
◯ 江诚(ジャン・チョン)の妻・桑琪(サン・チー)※「二重生活(2012)」での役名と同じ。
◯ 撮影時、実生活でもちょうど夫・王传君(ワン・チュアンジュン/エリック・ワン)との第一子出産のタイミングでもあった。撮影はスタッフが彼女の家に行って撮影している。
娄烨(ロウ・イエ)監督の「二重生活(2012)」で台湾金馬奨新人賞を受賞。その後も范冰冰(ファン・ビンビン)主演の「万物生长(2015)」やベルリン国際映画祭最優秀男優賞&最優秀女優賞W受賞作品「在りし日の歌(2019)」に出演。
最近では、在日中国人の映画「如果有一天我将会离开你(2021)」で主演、大鹏(ダーポン)主演の良作サスペンス「第八个嫌疑人(2023)」、同じく大鹏が監督した王一博(ワン・イーボー)主演作「熱烈(2023)」、今月日本公開の「来し方 行く末(2024)」など、年々大作への出演比率を増している。
映画「無名(2023)」やドラマ「三体(2023、テンセント版)」をはじめ、数多くの作品に出演している名脇役で「素晴らしき眺め(2022)」で共演している王传君(エリック・ワン / ワン・チュエンジュン)と再婚した。
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黄轩(ホァン・シュエン)
◯ 共演俳優・叶晓(イエ・シャオ)※「スプリング・フィーバー(2009)」での役名。
◯ 娄烨(ロウ・イエ)監督の「ブラインド・マッサージ(2014)」での主演で知られるようになったが、それ以前にもカットされたものの既に「スプリング・フィーバー(2009)」に出演していた事がわかった。
ドラマ版「紅いコーリャン(2014)」や「ミーユエ 王朝を照らす月(2015)」、「私のキライな翻訳官(2017)」、「海上牧雲記(2017)」と立て続けに人気ドラマに出演。
馮小剛(フォン・シャオガン)監督の映画「芳華-Youth-(2017)」や中国共産党100周年記念映画「1921(2021)」で主演、大ヒット作「1950 鋼の第7中隊(2021)」や「父に捧ぐ物語(2021)」、人気ドラマ「風起洛陽(2021)」、张涵予(チャン・ハンユー)&劉徳華(アンディ・ラウ)主演作「93國際列車大劫案:莫斯科行動(2023)」、主演したハートフルな良作「来福大酒店(2024)」などに出演した。
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梁鸣(リャン・ミン)
◯ 共演俳優・阿健(アジェン)※「スプリング・フィーバー(2009)」での役名。
◯ 1984年生まれ。2004年にデビューし、娄烨(ロウ・イエ)監督「スプリング・フィーバー(2009)」でカットされたが黄轩(ホァン・シュエン)と共演していた。その後、「パリ、ただよう花(2011)」でも同じく出演するもカットとなり、監督の次作「二重生活(2012)」では助監督として参加する。
初長編監督作「日光之下(2019)」はロッテルダム国際映画祭に出品された他、大阪アジアン映画祭でも上映された。2作目の監督作「鉄西区に生きる(2023)」も多くの映画祭で好評を博し、現代中国映画祭2024でも上映された。
张颂文(チャン・ソンウェン)
◯ 共演俳優・唐(トン)※「シャドウプレイ(2019)」での役名から。
◯ 娄烨(ロウ・イエ)監督作品の常連として「パリ、ただよう花(2011)」や「シャドウプレイ(2019)」、「サタデー・フィクション(2019)」に出演。
一方、大ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」で主人公の父親役を演じて知られるようになった。共産党100周年記念映画「革命者(2021)」で主演、同じテーマの「1921(2021)」でも大役で出演と、同時期公開の2作で活躍した後、大ヒットドラマ「狂飙(2023)」、映画「第八个嫌疑人(2023)」など、多くの作品に主演格で出演している。陈凯歌(チェン・カイコー)監督「志願軍 ~雄兵出撃~(2023)」にも出演している。
だが昨年末から张颂文(チャン・ソンウェン)についてのDV疑惑の騒動が持ち上がっている。女優に対する性行為の強要等を告発されたが、本人は一切の反応をせず、新作映画「日掛中天 (2025) 」の制作会社側からの口止め疑惑も発生し、公開予定もストップした。
一連の流れは fal48さんにより纏められたこちらの記事が詳しい。
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コロナ禍を描いた中国/香港映画
◯ コロナ禍を描いた中国 / 香港映画は以下のようなものがあるが、発生当時の緊迫感の再現という点で「アウトブレイク(2021)」は出色の出来だ。「穿过寒冬拥抱你(2021)」は庶民の側から発生当時の武漢が描かれており、「星くずの片隅で(2022)」は香港での時短営業により困窮した人々を描いている。
コロナ禍の当時を映画を通して振り返るなら、これらの作品が代表的と言えるだろう。