【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
ガラは悪いが温かい心を持つ前科者が苦境に立たされた施設で巻き起こす奇跡…といった、とても素敵でハートウォーミングな物語。
コミカルなテイストもあるマンガ的な語り口だが、終末期患者や出所した受刑者の居場所というシリアスな問題も絡まり、そして主人公二人のキャラクターがよく練られていて、気楽に楽しめるが満足度も高いとても素敵な映画。
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【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 118分
監督: 刘博文(リウ・ボーウェン)
出演: 黄轩(ホァン・シュエン)、柳岩(リウ・イエン)、刘洋(リウ・ヤン)、张哲华(ジャン・ジェフア)、董宝石(ドン・バオシ)、李晓川(リー・シャオチュアン)
【あらすじ】
刑務所に服役していた李清让【黄轩(ホァン・シュエン)】は、出所して父親の元へと帰る。だが清廉潔白な教師として生きてきた父親は前科者となった息子の帰宅を受け入れず、仕事も無い李清让は行き場を失ってしまった。
一方、終末期患者を受け入れる私設のホスピスを経営している马小琳【柳岩(リウ・イエン)】は、悪徳業者から立ち退きを迫られ苦労していた。ひょんな事からホスピスに来た李清让は、ここで働かせてもらえるよう马小琳に願い出るのだが…
【感想】
ガラは悪いが温かい心を持つ前科者が苦境に立たされた施設で巻き起こす奇跡…といった、とても素敵でハートウォーミングな物語。
コミカルなテイストもあるマンガ的な語り口だが、終末期患者や出所した受刑者の居場所というシリアスな問題も絡まり、そして主人公二人のキャラクターがよく練られていて、気楽に楽しめるが満足度も高いとても素敵な映画だった。
目新しさは少ないが、テンポ良く展開していくので飽きる事なく最後まで楽しく見れる。冒頭、獄中から行き場を失うまでのシーンは、シリアスなトーンで始まる。主人公の黄轩(ホァン・シュエン)演じる李清让の、いつも以上に寡黙だが粗暴な演技もあいまって、これは結構ハードボイルドな映画なのかと思わせられる。
しかもこの李清让のハードボイルドヤクザ風味は、本人がいたって好きなようで、そこから周囲が和やかな雰囲気になってもただ一人その雰囲気を貫こうとしていて、徐々にむしろ笑えるポイントに変わってくるのもまた良い。
一方で女経営者である马小琳【柳岩(リウ・イエン)】のキャラもすごく良い。困った人を放っておけない人情派なのに、チャキチャキとした小気味良い現実主義者でもあって、男たちが調子に乗るのをピシャリと切り捨てるきっぷの良さだ。
とはいえ、李清让はプライドも捨ててまさかのホスピスで働く事をお願いし、马小琳も前科者で見ず知らずの彼を雇い入れる、2人して真っ当な人物。そこへ更にもう2人の前科者仲間も連れてきて、この4人でこのくたびれた施設を一気に賑やかにリフレッシュしていくのだ。この辺りのストーリー運びも自然でテンポ良く、主人公2人のキャラともマッチしてすごく楽しい。
本作の良いところは、この2人の主人公がこんなに魅力的に描かれているのに、周囲の人々にもしっかりと愛情深く描かれている点だ。特に他に行き場もない終末期患者たちのキャラクターもとても愛らしく魅力的に描いていて、彼らが施設内でも様々な個性を発揮し、今までの人生を垣間見せる。特に誕生日パーティでの女性患者が思い出の歌を歌うシーンなど、一つ屋根の下のひと時の家族のような関係性がとても心を打つ。
そういったシーンを見る程に、しかし彼らの人生はまだ終わっていないし、この場を立ち退く事になれば他に行く先など無いという、人の道にもとる残酷な事実がより強く意識されるのだ。
もうひとつこの映画の美点は、男と女のストーリーながら、恋愛要素はほぼ無いところだ。それらしいシーンもあるのに、あえてそれを自ら打ち消し、意識的に恋愛を取り除いている。
随所に劉徳華(アンディ・ラウ)や林子祥(ジョージ・ラム)の80年代広東語懐メロがかかり、人生の曲がり角を描くなど、不惑に差し掛かるような大人向けに作られているのだが、だからこそ二人共に自立した大人として、ストレートに「いい話」として描こうとしたのかもしれない。
例えば、同じ様に高齢者を描いた昨年の良作「爱してる!(2023)」ほど斬新ではないかもしれないが、この主人公2人にはひょっとするとあの映画以上に魅力がある。それくらい、見終わってもまた彼らに会いたくなる、そんな温かい気持ちにさせられる良作であった。
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【トピック】
◯ 2024年6月28日から中国で一般公開。公開初週の興収ランキングは5位となった。興行収入は5644万元(11.5億円)。
◯ 今作のプロデューサーである韩三平(ハン・サンピン)は主旋律映画「建国大業 (2009) 」などの監督であり、大ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」のプロデュースなどでも知られるヒットメーカー。中国最大の映画制作会社「中国電影集団」の会長にまで登りつめたが、党の重鎮であった周永康との関係で調査を受け退任している。
◯ 監督の刘博文(リウ・ボーウェン)は、中央戯劇学院を卒業後短編の作品で高評価を得て長編映画を手掛け始める。2作目となる前作「哀乐女子天团 (2017) 」は、バンド活動を通して若い女性たちを描き高評価を得た。今作が3作目の監督作品となる。
黄轩(ホァン・シュエン)
◯ 出所はしたものの父親らに冷遇され、行き場を失う男、李清让(三青哥)。
◯ 馮小剛(フォン・シャオガン)監督の映画「芳華-Youth-(2017)」で知られている。
婁燁(ロウ・イエ)監督「ブラインド・マッサージ(2014)」での主演で知られるようになり、同年ドラマ版「紅いコーリャン(2014)」にも出演。
以来「ミーユエ 王朝を照らす月(2015)」、「私のキライな翻訳官(2017)」、「海上牧雲記(2017)」と立て続けに人気ドラマに出演。
「芳華-Youth-」出演後も、中国共産党100周年記念のオールスター映画「1921(2021)」で主演、大ヒット作「1950 鋼の第7中隊(2021)」で毛沢東の息子役、「父に捧ぐ物語(2021)」、人気ドラマ「風起洛陽(2021)」と数多くの作品に出演している。昨年は香港人監督・邱禮潯(ハーマン・ヤウ)によるクライムアクション映画「93國際列車大劫案:莫斯科行動(2023)」で张涵予(チャン・ハンユー)、劉徳華(アンディ・ラウ)らと共演した。
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柳岩(リウ・イエン)
◯ 終末期患者たちを受け入れるホスピス・来福大酒店を経営する马小琳。
◯ 大学卒業後にテレビ番組の司会やCMでキャリアを開始し、セクシーな美人キャスターとして人気に。その後女優業も開始した。
コメディ作品への出演が多く、特に映画「無名(2023)」や「熱烈(2023)」で知られる監督・俳優の大鹏(ダーポン)と関わりが多く、彼の初監督作「煎饼侠 (2015) 」への出演や彼の主演作「受益人 (2019) 」(ちなみにこの映画の監督は後に「ノー・モア・ベット: 孤注(2023)」で超大ヒットを上げる申奥(シェン・アオ))や、「大赢家 (2020) 」での共演などがある。
主な出演作は映画「君のいる世界から僕は歩き出す(2016)」や、王宝强(ワン・バオチャン)の初監督作「大闹天竺(2017)」、梁朝偉(トニー・レオン)主演「モンスター・ハント 王の末裔(2018)」、ドラマでは「少帅 (2015) 」や「夢華録(2022)」などがある。
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刘洋(リウ・ヤン)
◯ 李清让(三青哥)に獄中で世話になった辣椒。来福大酒店で一緒に働く。
◯ 2005年以来俳優活動をしていて、主な作品はSF作家・刘慈欣(リウ・ツーシン / リュウ・ジキン)原作の映画「疯狂的外星人(2019)」でのモーションキャプチャーや、「不止不休(2020)」、「永安鎮の物語集(2021)」、「ボーン・トゥ・フライ(2023)」、ドラマ「ロング・シーズン 長く遠い殺人(2023)」など。
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张哲华(ジャン・ジェフア)
◯ 李清让(三青哥)に獄中で世話になった河北。来福大酒店で一緒に働く。
◯ 俳優だが、出身は2014年にコントのオーディション番組から。現在もコントに出演しつつ、ドラマにいくつか出演のほか、映画「凡人歌 (2024) 」にも出演した。
董宝石(ドン・バオシ)
◯ 来福大酒店が入居しているビルを所有する地主・王达基。追い出して建て替える事を画策している。
◯ 宝石Gemという名のラッパーで、俳優として出演の際は本名の董宝石(ドン・バオシ)を名乗っている。ラッパーのオーディション番組「中国新说唱」第二期(2019)に出演。「野狼Disco」や「电梯战神」という曲で知られている。
映画には東京国際映画祭出品作「平原のモーセ(2023)」や「末路狂花钱 (2024) 」などに出演している。
www.youtube.com #披荆斩棘 的宝石Gem舞台纯享大合集 整顿中国说唱 洗脑循环超上瘾!
李晓川(リー・シャオチュアン)
◯ 利用者の息子・毛会计。
◯ かまいたち山内氏にも似ている風貌の李晓川(リー・シャオチュアン)は、曹保平(ツァオ・バオピン)監督のノワール的な良作「烈日灼心(2015)」に出演した頃はまだ役名がつくのも少なかった。
だが最近では易烊千玺(イー・ヤンチェンシー) 主演のドラマ「長安二十四時(2019)」と映画「送你一朵小红花(2020)」、马思纯(マー・スーチュン)&王俊凯 (ワン・ジュンカイ)主演のディザスター映画「断·桥(2022)」、张艺谋(チャン・イーモウ)監督の最新作「第二十条(2024)」、難病ものの良作「⼈⽣って、素晴らしい(2024)」などに出演し、徐々に知名度を上昇させている。
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その他俳優
◯ カンフーの剣術が好きな終末期患者・老石を演じた葛四(グースー)。1964年生まれの現在59歳だが、40歳を過ぎていた2007年に誘われて俳優業を始める。
主な作品はドラマ「ロング・ナイト 沈黙的真相(2020)」、「古董局中局 (2018) 」、「扫黑风暴 (2021) 」、「繁城之下 (2023) 」など。今年は蒋龙(ジャン・ロン)が主演の実写ドラマ版「時光代理人(2024)」、本作と同時期公開の映画「スケッチ~彼女と描いた光~(2024)」にも出演している。
◯ 膨大な書籍を所有している元学者の終末期患者・傅爷を演じた任洛敏(レン・ルオミン)。
大人気ドラマ「ミーユエ 王朝を照らす月(2015)」への出演から知られるようになり、映画「薬の神じゃない!(2018)」や、ドラマ「大唐女法医(2019)」、「それでも、家族(2019)」、そして大ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」などに出演している。
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◯ 泣かせる歌を歌う終末期患者・孙秀梅を演じたのは王红梅(ワン・ホンメイ)。大ヒットドラマ「如懿伝(2018)」への出演を契機に「ママと同級生(2020)」、「孤城閉(2020)」、「亲爱的小孩 (2022) 」、「ロング・シーズン 長く遠い殺人(2023)」とここ数年で人気作への出演が増加している。今年もドラマ「大江大河(2024)」に出演。
劇中歌
◯ 父親のカセットデッキから流れた曲は劉徳華(アンディ・ラウ)の「一起走过的日子」。映画「至尊無上II之永霸天下(1991)」の主題歌である。
www.youtube.com 劉德華-一起走過的日子(來生緣)(粵)-MV.flv
◯ 入所者集めのために街や病院を回るシーンでかかるのは林子祥(ジョージ・ラム)の代表曲のひとつ、1988年の「真的漢子」である。
www.youtube.com 林子祥 George Lam -《真的漢子》Official Audio