【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
寓話的なストーリー、ファンタジックでポップな画作り、そしてユーモア。「宇宙探索編集部（2021）」のようなテイストを、王家衛（ウォン・カーウァイ）へのオマージュで味つけした良作。
センスが求められる作風だが、それにしっかり応えるセンスの良さがあったので、潔いエンディングまで気持ちよく楽しめる、予想以上にいい映画だった。
www.youtube.com 《负负得正》朱一龙角色预告 | Land of Broken Hearts, ZHU Yilong Trailer
【スタッフ & キャスト】
2024年 中国 100分
監督: 温仕培（ウェン・シーペイ）
出演: 朱一龙（チュー・イーロン）、邱天（チウ・ティエン）、蒋奇明（ジャン・チーミン / チミー・ジャン）、朱珠（ジュー・ジュー）、王一通（ワン・イートン、ロイ・ワン）、陈明昊（チェン・ミンハオ）
【あらすじ】
日々仕事だけの単調で変わらない毎日を過ごしていたサラリーマン・黄振开【朱一龙（チュー・イーロン）】は、まるであらかじめ作られた脚本に沿って生かされているかのように感じていた。
ある日引っ越したアパートの同居人は、何をしているのかもわからない、ミステリアスな若い女性・李小乐【邱天（チウ・ティエン）】であった。最初は彼女を不審に思っていた黄振开なのだが…
【感想】
寓話的なストーリー、ファンタジックでポップな画作り、そしてユーモア。「宇宙探索編集部（2021）」のようなテイストを、王家衛（ウォン・カーウァイ）へのオマージュで味つけした良作。
センスが求められる作風だが、それにしっかり応えるセンスの良さがあったので、潔いエンディングまで気持ちよく楽しめる、予想以上にいい映画だった。
ストーリーはあって無いようなもので、わかりやすく展開はするけれど、その間に散りばめられた不思議な演出がたくさん登場するし、たとえそれらに目を奪われていっても何も問題ない。
とにかく王家衛（ウォン・カーウァイ）作品とか、カーウァイのルーツでもある1950年代からのフランス・ヌーヴェルヴァーグ作品の空気感を現代にリメイクしたような作品で、製作陣が本当に好きなんだろうなというのがひしひしと伝わってくる。
ポップでカラフルなライティングや美術。中国というよりアジアンで無国籍な雰囲気。そして、広東語や英語、日本語もミックスした会話とか、80年代なニューウェーブぽい音楽とか、ジミ・ヘンドリックスとかパティ・スミスという名が飛び出す欧米テイストが混ざり合った、およそ普通の中国映画からはかけ離れた空気が醸し出されていて、とても楽しい。そんなオマージュの極めつけはラストシーンの店名で、ワンカットながらまるで宣言のようにあの代表作のタイトルと同名のネオンサインが大写しになる。
そんなファンタジックな雰囲気を支配するのが、邱天（チウ・ティエン）演じるヒロイン、李小乐だ。可愛らしいルックスだが自由奔放。サバサバとオープンな性格だが本当は何をしているのかすらわからない。得体の知れないのに魅力的という小悪魔なキャラクターで、王家衛（ウォン・カーウァイ）で言うなら名作「恋する惑星（1994）」での王菲（フェイ・ウォン）をちょっと思い起こさせる。
朱一龙（チュー・イーロン）が演じる主人公・黄振开は、退屈な毎日にうんざりしつつも、自らはせいぜい髪を鮮やかな青色に染めるくらいしかできず、自分からのアクションを起こせないでいる。
でも、このサラリーマンには非現実な鮮やかな青い髪が印象的でいい。それはカラフルな李小乐の側の世界への願望そのものだけれど、その下の表情は最初の死んだようなところから次第に色を帯びてきて、気づくとあの奇抜なスタイルも違和感なく溶け込んでいるのだ。
そして彼を縛るもうひとつの存在が、珍妙な宇宙人撮影クルーだ。コテコテのいかにもな見た目の宇宙人たちは、彼らが撮影する脚本通りの生き方を求めてくる。この宇宙人監督、被り物を被っているがあの「宇宙探索編集部（2021）」の王一通（ワン・イートン）が演じていて、今作でいい脇役を演ってる蒋奇明（ジャン・チーミン / チミー・ジャン）といい、そうだ、あの映画にも似てるなと思い至る。
そう、「宇宙探索編集部（2021）」もまたファンタジックで、ロマンチックでもある。古き良き時代のテイストをほのかに感じさせるところ、そしてSFテイストやユーモアなど、よく似た雰囲気を持っている。
蒋奇明（ジャン・チーミン / チミー・ジャン）も、とても印象的なキャラを演じている。こんなにセンスを感じる好青年に見えるのも驚きだったし、「宇宙探索〜」と「第二十条（2024）」との演技の幅広さにも驚きだった。間違いなく彼は今後も一層活躍するだろう。
とにかく全体にやりすぎないのが素晴らしい。オマージュなどにも適度に遊びがあって、マニアックなこねくり回しになってないし、特にすっきりとしたエンディングが潔くて大変好ましかった。
そういう意味で言えば、ビジュアルこそ違うが、主人公の寄るべなさは王家衛（ウォン・カーウァイ）作品っぽくもあり、そこから導き出されたのがあのオマージュだったのかもしれない。孤独な男・黄振开は、劇中には両親兄弟などの家族がただの1人も出てこず、記号的な大都市に住む匿名的なサラリーマンの1人で、それは確かに今までの中国っぽくないが、むしろ今のトーンダウンした中国では共感を呼びそうな孤独感を持つ。その居場所を探している感じとか流浪する感覚が、あらためて王家衛（ウォン・カーウァイ）作品の登場人物達に繋がるのは、ちょっとわかる気がする。
ただし、全体のノリは「宇宙探索〜」と同じような、すっとぼけたおふざけのようでもあるし、センスのいい小品として世界観を楽しんでもいい。それが一番作り手の感覚に近いような気もする。どちらにしても余韻が気持ちよい、素敵な映画だった。
中国映画レビュー&解説「宇宙探索編集部 宇宙探索编辑部 Journey to the West」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「第二十条 Article 20」 - daily diary
【トピック】
◯ 夏休み中の2024年8月10日に中国で一般公開。公開初週の興収ランキングは「抓娃娃(じゅあわわ)（2024）」や「アップストリーム（2024）」に次ぐ6位に入った。
興行収入は7007万元（15.1億円）。
中国映画レビュー&解説「抓娃娃(じゅあわわ) 後継者養成計画 抓娃娃 Successor」- daily diary - daily diary
中国映画レビュー&解説「アップストリーム ～逆転人生～ 逆行人生 Upstream」 - daily diary
◯ 今作はヒットメーカー、宁浩（ニン・ハオ）が、主演の朱一龙（チュー・イーロン）と共にプロデューサーに就いている。
宁浩（ニン・ハオ）は、「星期四，星期三（2001）」で大学生映画祭の最優秀監督賞を受賞以来、「香火（2003）」や「绿草地（2005）」で映画賞を受賞し、当初から華々しい成績を上げ続ける。
商業映画に進出後も、郭涛（グオ・タオ）、刘桦（リウ・ホア）、黄渤（ホァン・ボー）らが主演し、シリーズ化した「クレイジーストーン（疯狂的石头、2006）」や「疯狂的赛车（2009）」、「疯狂的外星人（2019）」が大ヒット。
プロデュース作でも、「薬の神じゃない（2018）」、「愛しの母国（2019）」、「ノー・モア・ベット: 孤注（2023）」、「二手杰作（2023）」 など錚々たるヒット作を手掛けていて、彼が携わる作品には間違いないと言える状況だ。
中国映画レビュー「疯狂的外星人 Crazy Alien」 - daily diary
中国映画レビュー「薬の神じゃない！ 我不是药神 Dying to Survive ニセ薬じゃない！私は薬の神ではない」 - daily diary
中国映画レビュー「愛しの母国 / 私と私の祖国 我和我的祖国 My People, My Country」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「ノー・モア・ベット: 孤注 孤注一掷 No More Bets」 - daily diary
中国映画レビュー「二手杰作 World's Greatest Dad」 - daily diary
中国映画レビュー「愛しの故郷 我和我的家乡(我和我的家郷) My People My Homeland」 - daily diary
中国映画レビュー「素晴らしき眺め 奇跡の眺め 奇迹·笨小孩 Nice View」 - daily diary
◯ 監督の温仕培（ウェン・シーペイ）は米コロンビア大で映画を学んだ秀才で、2013年以来制作した数作の短編が評価され、今作プロデューサーの宁浩（ニン・ハオ）による若手育成計画「坏猴子72变电影计划」（「薬の神じゃない！ （2018）」なども同じプロジェクトで制作された）によって、「热带往事 (2021) 」で商業映画デビュー。彭于晏（エディ・ポン）・張艾嘉 （シルヴィア・チャン）が主演し、カンヌ映画祭にも出品された。本作が2作目の長編監督作となる。
朱一龙（チュー・イーロン）
◯ 無気力に仕事だけの日々を過ごしていた主人公・黄振开。
◯ 本作ではプロデューサーにも名を連ねている。
大ヒットサスペンスドラマ「鎮魂（2018）」で一気に知られることになり、古装劇「明蘭～才媛の春～（2018）」やスパイもの「叛逆者（2021）」、映画では「クラウディ・マウンテン 峰爆（2022）」やコロナ禍を描いた「穿过寒冬拥抱你（2021）」、ミステリー「妻消えて/ロスト・イン・ザ・スターズ（2023）」などに出演した。
2022年公開の良作「星明かりを見上げれば（2022）」で主演し、中国金鶏奨・主演男優賞を受賞した。
中国映画レビュー&解説「1921」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「穿过寒冬拥抱你 Embrace Again」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「妻消えて ロスト・イン・ザ・スターズ 消失的她 Lost In The Stars」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「星明かりを見上げれば 人生大事 Lighting Up the Stars」 - daily diary
邱天（チウ・ティエン）
◯ 黄振开のルームメイトとなった李小乐。様々な顔を見せるミステリアスな存在。
◯ 2017年デビュー。「バトル・オブ・ザ・リバー 金剛川決戦（2020）」や日本が舞台の「如果有一天我将会离开你（2021）」、そして「薄氷の殺人（2014）」や「鵞鳥湖の夜（2019）」で知られる刁亦男（ディアオ・イーナン）監督作品で、東京国際映画祭でも上映された「平原のモーセ（2023）」にも出演している。
中国映画レビュー&解説「如果有一天我将会离开你 Before Next Spring」 - daily diary
蒋奇明（ジャン・チーミン / チミー・ジャン）
◯ コンビニで働いている男・道明寺。李小乐と仲が良い。
◯ ミュージカルなどで活動していたが、舞台「杂拌、折罗或沙拉（2021）」で高評価を得る。高評価となった良SF映画「宇宙探索編集部（2021）」に出演後、大人気サスペンスドラマ「ロング・シーズン（2023）」に出演した。
昨年は少数民族を描いた高評価のドラマ「トゥ・ザ・ワンダー (我的阿勒泰、2024) 」や、张艺谋（チャン・イーモウ）監督の「第二十条（2024）」に出演。一気に人気俳優の地位へと登りつめた。
中国映画レビュー&解説「宇宙探索編集部 宇宙探索编辑部 Journey to the West」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「第二十条 Article 20」 - daily diary
朱珠（ジュー・ジュー）
◯ 偶然李小乐と友人になった裕福な女・拉利法。
◯ 1984年生まれ。2005年にMTVのVJとなり、歌手としても活動を開始した。
俳優としてはドラマ「始皇帝 天下統一（2020）」や「斗羅大陸（2021）」、「贅婿（2021）」などに出演のほか、Netflixによるアメリカドラマ「マルコ・ポーロ（2014）」にも出演。映画では「93國際列車大劫案：莫斯科行動（2023）」や「デクリプト（2024）」など。
ドラマ「叛逆者（2021）」では本作主演の朱一龙（チュー・イーロン）と共演している。
中国映画レビュー&解説「93國際列車大劫案：莫斯科行動 Moscow Mission」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「デクリプト 解密 Decoded」 - daily diary
陈明昊（チェン・ミンハオ）
◯ 黄振开が診察を受ける消化器科医師として出演。ここ数年でヒット作に恵まれ、一気に知られるようになってきた。ドラマでは、本作主演の朱一龙（チュー・イーロン）が主演した冒険ドラマ「重启之极海听雷（2020）」や大ヒット作「ロング・シーズン (2023) 」に出演。
映画では、尹正（イン・ジョン）主演「扬名立万（2021）」、そして三谷幸喜「ザ・マジックアワー（2008）」の中国版リメイク「トゥ・クール・トゥ・キル（2022）」、映画「三大队 (2023) 」、そして昨年には蒋奇明（ジャン・チーミン / チミー・ジャン）と同じく「第二十条（2024）」に出演した。
中国映画レビュー&解説「トゥ・クール・トゥ・キル 〜殺せない殺し屋〜 这个杀手不太冷静 Too Cool To Kill」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「扬名立万 Be Somebody」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「三大队（三大隊）Endless Journey」 - daily diary
中国映画レビュー&解説「第二十条 Article 20」 - daily diary
