【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
昔ながらの香港マフィア的世界観を忠実に描いた、清々しい程のクラシックな任侠映画。ボス・鄭浩南(マーク・チェン)の尖りきったダンディズムに痺れ、旺角での大逃走劇はじめ見せ場も楽しい。
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【スタッフ & キャスト】
2024年 香港 94分
監督:吳家偉(ウン・カーウァイ)
出演:黃宗澤(ボスコ・ウォン)、張繼聰(ルイス・チョン)、陳家樂(カルロス・チャン)、鄭浩南(マーク・チェン)、陶大宇(タオ・タイユー)、周勵淇(ニキ・チョウ)
【あらすじ】
香港マフィアの若手メンバーでもある阿華、阿飛、國仔【黃宗澤(ボスコ・ウォン)、張繼聰(ルイス・チョン)、陳家樂(カルロス・チャン)】の幼馴染3人は、ある取引の現場で刺客に襲われ奪われたとでっち上げ、組が用意した現金を盗んだ。だがそこから犯人探しが始まり、組織は不安定に、あげくの果てには兄貴分・花錦【鄭浩南(マーク・チェン)】へと事件の余波がどんどん広がっていく。やがて3人の絆にも亀裂が入り始める。
【感想】
昔ながらの香港マフィア的世界観を忠実に描いた、清々しい程のクラシックな任侠映画。ボス・鄭浩南(マーク・チェン)の尖りきったダンディズムに痺れ、旺角での大逃走劇はじめ見せ場も楽しい。
今作が3作目となるこのシリーズ、前作は昨年公開されているのだが、寡聞にして筆者は存在すら知らなかった。1作目は2012年に制作されたが、昨年の2作目まで11年ものブランクがあるためキャストも違い、ストーリーも3作共に関連は無い。
また、本地制作という「逃獄兄弟」シリーズや「女子監獄(2023)」などのジャンルもの、またはいわゆる三級影片という18歳以上指定作品(日本ならPG15程度に相当するか)を中心に制作している制作会社による作品なので、コンセプト自体がいわゆるB級作品として作られているのが察せられる。日本では過去ここが制作した映画が公開された事は無いので、今作もまあ公開は無いだろうが、筆者はマレーシアで一般公開された時に劇場で見たし、アジア各国や飛行機内では気軽に見れる作品となる筈だ。
そういうB級扱いの作品だが、出ている俳優陣は黃宗澤(ボスコ・ウォン)、張繼聰(ルイス・チョン)、陳家樂(カルロス・チャン)のトップ俳優が揃って登場し、画面のルック、品質でも他の香港映画ヒット作と遜色ない。(ちなみに1作目での3兄弟の1人は、あの「ソウルメイト/七月と安生(2016)」、「少年の君(2019)」の監督である曾國祥(デレク・ツァン)が演じている。)演出は過激ではあるが、例えば同じく香港では三級指定となった大ヒット中国映画「黙する者が生きし場所 / 黙殺(2024)」よりは控えめな表現なので、内容が内容だけに見ていてもそこを意識する事は無いだろう。
それよりも遥かにビンビン伝わってくるのは、昭和かな?というような昔ながらの任侠道的価値観の方だ。仁義と家族を重んじ、その為にこそ己の命を差し出す覚悟とプライドこそが何より尊いという、クラシック香港映画の保守本流みたいな世界観で埋め尽くされたストーリー。この作品世界では、例えば「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024)」のように、"あの頃の香港映画が失われた"なんて事は微塵も考えていないし、今もなお現在進行形で"あの頃"が生きている。日本にも数多くいる今もなお黄金時代の香港映画を愛好するファンには、むしろこうした作品こそ歓迎されるのではないかとさえ思える"現役"の映画だ。
そういう訳なので映画自体に新味といったものは特にない。だが様々な見せ場はしっかり作られており、1時間34分と短い時間も相まって満足度は高い。特に中盤では旺角の彌敦道(ネイザンロード)を横切って進む大追跡シーンがあり、後半では祭の大櫓前での大乱闘と、香港らしい絵作りでもしっかり盛り上がる。
主人公はシリーズを通じて常に3人の若手のヤクザで、今回は前作と同じキャストだ。義兄弟といえる3人の絆の強さにも惹かれるし、ハードボイルドなだけではなく張繼聰(ルイス・チョン)の妹を介した和やかほっこりシーンが入ってくるのもまた印象的だ。
何よりも彼らの親分である鄭浩南(マーク・チェン)がすこぶる渋くていい。引き締まった表情にタイトな白スーツを纏い、ロックグラスを傾ける。大ごとをやらかした若い衆3人の主人公たちを懐深く受け入れつつ、きっちり後始末をつける理想的な親分像を見せる。限界まで研ぎ上げた刀の様な、ピーンと尖りきった存在感が本当に素晴らしい。
2024年の世界の映画シーンからは完全に取り残されたような、まさに香港人のマフィア映画好きの為だけに作られたようなドメスティックな作品だが、むしろこういう作品がどっこいまだまだ作られていて、しかもアジア全域でもまだまだ需要がある事はもっと知られていい。配信だけでも日本で見られれば、きっと喜ぶファンがたくさん出てくるだろう。そんな満足度の高いエンタメヤクザ映画であった。
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【トピック】
◯ 2024年8月29日から香港、マカオ、マレーシアで一般公開。公開初週の興収ランキングは2位に入った。興行収入は372万香港ドル(7300万円)。
◯ 本作は「紮職(Triad, 2012)」を初作とする紮職シリーズの3作目となり、英題の通り香港の犯罪組織「三合会(Triad)」を描いたもの。2作目は1作目から11年を経て「紮職2(2023)」として公開。1年後に本作が公開された。主演3人のキャストは「紮職2」と変わらないがストーリーに関連はない。
◯ 第三級影片(III)の指定を受けており、マレーシアでは16歳、台湾では15歳、シンガポールでは18歳以上観覧可の指定となっている。
◯ 監督を務めた吳家偉(ウン・カーウァイ、画像左)は、「サンダーストーム 特殊捜査班(L風暴、2018)」や「G風暴 (2021) 」などの風暴シリーズ、「神探大戦(2022)」、中港合作「第八个嫌疑人(2023)」などで助監督を務めた後、今シリーズの前作「紮職2(2023)」で監督デビューした。
吳卓羲(ロン・ン)主演で今年の春節に公開された「反貪風暴之加密危機 (2024) 」に次いで今作が監督3作目となる。
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黃宗澤(ボスコ・ウォン)
◯ 3人の主人公のひとり、阿華。幼馴染であり、一緒に組織に加入した仲。
◯ 18歳の時にスカウトされテレビCMに出演、その後無綫電視(TVB)と契約する。後に映画化もされたヒットドラマ「恋するパイロット(2003)」や、「賭場風雲(2006)」、「潛行狙擊(2011)」、「護花危情(2012)」、「幕後玩家(2016)」などの数多くのドラマに出演した。
映画では「男人唔可以窮(2014)」、「刑警兄弟(2016)」、「G風暴(2021)」、「無間一戰(2023)」などに出演している。
張繼聰(ルイス・チョン)
◯ 主人公3人のひとり、阿飛。重い病気を持つ妹がいる。
◯ 子役から俳優のキャリアを始め、数多くの作品に出演している。
パトリック・タムと同じく「イップ・マン 継承(2015)」、「L風暴(2018)」や「P風暴(2019)」などの風暴シリーズ、
「逃獄兄弟(2020)」からの投獄兄弟シリーズ、
郭富城(アーロン・クォック)&梁朝偉(トニー・レオン)主演の「風再起時 (2023)」、
大ヒット作「6人の食卓 飯戲攻心(2022)」とその続編「飯戲攻心2(2024)」にも出演している。
「星くずの片隅で(2022)」で台湾金馬奨&香港金像奨の主演男優賞にノミネート。また歌手としても広く知られている。
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陳家樂(カルロス・チャン)
◯ 主人公3人のひとり、國仔。
◯ 2003年にデビュー。恵英紅(カラ・ワイ、クララ・ワイ)と共演した映画「幸福な私(2016)」で知られるようになり、ドラマ「逆緣(2017)」、
1970年代香港のバンド温拿樂隊(Wynners)についての映画「兄弟班(2018)」、
「ハード・ナイト(2019)」、「我的筍盤男友(2020)」、
「アニタ 梅艷芳(2021)」でのアダム・チェン役、
「神探大戦(2022)」など多くのヒット作に出演。
昨年末に公開され、日本でも翌年に公開予定の「ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件(2023)」にも出演している。
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鄭浩南(マーク・チェン)
◯ 主人公3人のボス・花錦。
◯ 陶大宇(タオ・タイユー)とほぼ同じ1964年生まれ。1980年代から数多くの映画に出演してきた。ソフトボール選手だったがスカウトされ映画界入り。デビュー主演作の「愛神一號(1985)」で香港金像奨・新人賞を受賞。
その後、徐克(ツイ・ハーク)監督「北京オペラブルース(1986)」、
杜琪峯(ジョニー・トー)監督「エレクション 死の報復(2006)」、
李连杰(ジェット・リー)&ジェイソン・ステイサム主演のハリウッド作品「ローグ アサシン(2007)」、
中国映画「征途(2019)」など、「赤裸羔羊2性追緝令 (1993) 」のような三級影片も含め無数の映画に出演している。
「男たちの挽歌(1986)」では当初自身が主役のマーク役であったがスケジュールの都合で出演が叶わず、同じくデビュー間もなかった周潤發(チョウ・ユンファ)に役を譲ったというエピソードがある。
また、JACから香港へと渡り、ジャッキー・チェンの事務所にも所属した日本人香港映画アクション俳優・大島ゆかりと結婚していたという話もある。
陶大宇(タオ・タイユー)
◯ 対立する組のボス・群哥。麻薬の販売を巡って他の組と対立する。
◯ タレント・歌手でもある。鄭浩南(マーク・チェン)とほぼ同じ1963年生まれ。19歳の時に無綫電視(TVB)の養成所に加入。劉青雲(ラウ・チンワン)や劉嘉玲(カリーナ・ラウ)、吳君如(サンドラ・ン)らと同期になる。
「壹號皇庭(1992)」、「大時代(1992)」、「刑事偵緝檔案(1995)」、「縱橫四海(1998)」、「青出於藍(2004)」、「學警出更(2006)」などの数多くのヒットドラマに出演してきた。
映画では任達華(サイモン・ヤム)も出演している主演作「紅燈區(1996)」などがある。
周勵淇(ニキ・チョウ)
◯ 病院で阿華たちと知り合った方亭。
◯ モデルから女優業へと転身。作家でもある。
主な出演作は映画では「ファイティングラブ(2001)」、
鄭保瑞(ソイ・チェン)監督の「カルマ2(2002)」と「愛・作戦(2004)」の2作、
ブルース・ウィリスも出演の中国映画「エア・ストライク(2018)」、
甄子丹(ドニー・イェン)主演「追龍(2017)」と、さらに谷垣健治が監督した「燃えよデブゴン/TOKYO MISSION(2020)」、
タイのホラー映画「あるメイドの秘密(2020)」など。
ドラマでは中港合作で王珞丹(ワン・ルオダン)&林峯(レイモンド・ラム)が主演の歴史劇「賢后 衛子夫(2014)」などがある。
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その他の俳優
◯ 阿飛の妹・沈寶芝を演じた林千渟(エンジェル・ラム、画像左)は、1993年生まれのモデル・タレントとして活動していたが、2019年に古天樂(ルイス・クー)の天下一集團に所属。張繼聰(ルイス・チョン)の主宰する演劇のワークショップに袁澧林(アンジェラ・ユン)らと共に参加した。
過去「作詞家志望(2023)」などに出演しており、今作が4作目となる。
◯ 朱栢謙(ジュー・パクヒム、画像右)も出演している。元々バンドでの音楽活動で知られるようになり、舞台演劇「大龍鳯(2014)」で受賞歴あり。映画「暗色天堂(2016)」や「白日青春-生きてこそ-(2022)」、「正義迴廊(2022)」、「星くずの片隅で(2022)」、「談判專家(2024)」などなど、出演作が増加中だ。
なお、弟の朱柏康(ジュー・パクホン)も「私のプリンス・エドワード(2019)」などで俳優として活躍中。
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◯ 徐忠信(アラン・ツイ / アラン・チュイ)は、俳優として、さらに武術指導家としてもよく知られた存在であった。
1970年代初頭からアクション俳優として、マフィアや黒社会のリーダー、または武術の達人などの無数の悪役を映画や無綫電視(TVB)のドラマで数多く演じたが、鄭少秋(アダム・チェン)のスタントダブルを演じた際の怪我が元でアクションから引退し武術指導へと転身した。
主な出演作は映画では「大酔侠(1966)」、「少林寺三十六房(1977)」、「ラスト・ヒーロー・イン・チャイナ 烈火風雲(1993)」、「奪命金(2011)」など。
ドラマでは「醉打金枝(1996)」や「雷霆掃毒(2012)」など。
武術指導としては映画「少林寺VS忍者(1979)」、「サイキックSFX/魔界戦士(1985)」、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー(1987)」などがある。
2022年に心不全により70歳で死去。今作が遺作となる。