香港映画レビュー&解説「作詞家志望 填詞L The Lyricist Wannabe」

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作詞家志望 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

夢を追いかけ、夢に破れる若者の心沁み入る物語でありつつ、そこに広東語歌謡=カントポップがいかに作られているかの秘密を、わかりやすく解き明かしてくれる。
前作に続き、香港の魅力をまた新しい角度から立ち上がらせてくれる黃綺琳(ノリス・ウォン)監督、彼女の才能が光る素晴らしい映画だった。

 

 

 

作詞家志望 填詞L


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【スタッフ & キャスト】

2023年 香港 113分
監督:黃綺琳(ノリス・ウォン)
出演:鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)葛民輝(エリック・コット)陳毅燊(アンソン・チャン Ansonbean)鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン)吳冰(サブリナ・ン)朱栢康(ジュー・パクホン)

 

 

 

【あらすじ】

女子高生・羅穎詩(ロー・ウィンシー)【鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)】は、作詞の魅力に目覚め「将来は絶対作詞家になる!」と様々な努力を重ねていく。だが、広東語作詞、そして広東語歌謡=カントポップの世界の難しさの中で、気づけば10年が過ぎていく…

 

 

 

【感想】

夢を追いかけ、夢に破れる若者の沁み入る物語でありつつ、そこに広東語歌謡=カントポップがいかに作られているかの秘密を、わかりやすく解き明かしてくれる。
前作に続き、香港の魅力をまた新しい角度から立ち上がらせてくれる黃綺琳(ノリス・ウォン)監督、彼女の才能が光る素晴らしい映画だった。

とりあえず何も知らずにこの映画を見たとしても、昔、何者かになろうと頑張った事がある者ならきっと心当たりがある物語ですぐに入りこめる筈だ。特にガムシャラな熱意と自らへの失意を繰り返す日々が、こういう子いる!な等身大のキャラ・羅穎詩(ロー・ウィンシー)の目線から描かれていて、すごく楽しい。
大げさな演出によらず、でも軽やかなノリで、じわじわと沁み入ってくる繊細な感情で揺さぶられる。しかもベタなハッピーエンドでは終わらせていない。

 

作詞家志望 填詞L

 

でも、この映画は一方で広東語歌謡の世界へとドアを開き、導いてくれる素晴らしい作りになっていて、観客は主人公と共に、いかに広東語の作詞家=填詞人が大変で偉大な仕事をしているのかを理解していけるのだ。

広東語は普通話と違って6つもの声調があり、そのせいか、広東語の世界ではほぼ「すべての曲でメロディと歌詞の声調が揃って」いる。そのお陰で自然な発音のままメロディと意味がダイレクトに入ってくる。
これは実は大変なことで、日本語なら例えば関西弁の歌、ドリカムの超定番「大阪LOVER」とかやしきたかじん「やっぱ好きやねん」など色々あるが、関西弁話者は違うイントネーションになっちゃってるなとは思いつつも、その関西弁歌詞を問題なく受け入れている。それは日本の曲では広東語歌謡のように揃えないのが標準だからだ。
もし同じようなルールで、関西弁のまま歌える歌*1を作るとしたら…と考えると、想像すら難しい難題に思える。

その他、広東語の作詞には、他国の作詞では必須ではないこの4つの条件も備えた作詞が必要なのだ。どれだけ難易度の高い仕事なのかと驚愕する。

(1)声調を選び
(2)発声上の制約に注意し
(3)末尾で韻を踏みながら
(4)メッセージ性を込めた意味の通る歌詞を作る

詳しくは、本文末にリンクした小栗宏太氏による解説でわかりやすく説明されているので、是非見てみてほしい。

 

作詞家志望 填詞L

 

ではそんなに大変な要求をどうやって形にしていってるのかを、「押韻」、「0243」など物語と填詞にまつわる7つのチャプターに分けて、とても自然にわかりやすく見せていく。
特に作詞ではなく、曲に言葉を当てていく=だから(充填の填で)"填"詞人と呼ばれる、というところなど、個人的にはまるで光が差すような感覚だった。いままで、たまに広東語の曲を聴き、たとえば張國榮(レスリー・チャン)「MONICA」とか張學友(ジャッキー・チュン)の「每天愛妳多一些(「真夏の果実」のカバー)」など、数多い昭和歌謡の広東語カバーなんかをなんとなく軽く見ていた筆者には、頭をぶん殴られた気分すらした。

原曲の意味を変えないまま声調を揃え、譜割も揃えて歌詞を作り、それをアイドル歌手が歌うというパッケージに仕上げる。これはもう香港芸能の職人の技である。すごい。

 

作詞家志望 填詞L

 

でも、そうした楽しい作詞の時間は前半で終わる。主人公も大人になり、落ち着いた雰囲気に変わっていくが、同時に挫折も知り、表情も少しずつ明るさが減っていく。だがそれもまた良い。厳しい現実も、ドラマチックに演出せず、むしろ淡々とぶつかっていくしか無いリアルだ。

さらっと前作の主役、鄧麗欣(ステフィー・タン)が登場したり、他にも、楊偉倫(ヨン・ワイルン)、胡子彤(トニー・ウー)… それに鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン)らの同級生たち、元カレ役の戴玉麒(タイ・ユッキ)…そう、この映画は周りのキャラ達の造形もかわいいし、キャスティングにも新しく台頭してきた新鮮な俳優たちを揃えていて、それぞれに忘れられない魅力を放っている。

この映画の中だけでも色んな方向から楽しめる映画になっているし、前作「私のプリンスエドワード(2019)」とはまた違う方向から香港の魅力を切り出して見せた、本当に新しい香港映画の魅力がたくさん詰まった、すごく味のある良作だ。

 

香港映画レビュー&解説「私のプリンスエドワード 金都 My Prince Edward」 - daily diary

 

こちらも素晴らしい映画評なので、ぜひ読んでほしい。

with.kodansha.co.jp

 

広東語歌謡の特徴について、香港文化研究で著作もある小栗宏太氏による考察でわかりやすく説明されているので、是非見てみてほしい。最終章では広東語歌謡そのものの現在地の考察へと飛躍していく。

中国大陸製「エセ広東語」歌謡に学ぶ正しい「カントポップ」の作り方 : 旋律と声調を合わせよう(「協音」)|阿栗

中国大陸製「エセ広東語」歌謡に学ぶ正しい「カントポップ」の作り方(2):短母音と入声と「咬字」|阿栗

中国大陸製「エセ広東語」歌謡に学ぶ正しい「カントポップ」の作り方(3):押韻と文体|阿栗

中国大陸製「エセ広東語」歌謡に学ぶ正しい「カントポップ」の作り方(終):カントポップは誰のものか|阿栗

 

作詞家志望 填詞L

 

 

 

【トピック】

◯ 2023年11月12日に香港アジア映画祭でワールドプレミア。2024年3月7日に香港で一般公開となった。公開初週の香港での興収ランキングは5位だったが、翌週には「デューン 砂の惑星PART2(2024)」「哀れなるものたち(2023)」に次ぐ3位まで上昇した。興行収入は700万香港ドル(1.38億円)。

 

 

◯ 日本では香港での一般公開の1日前から大阪アジアン映画祭で上映された。

oaff.jp

 

 

◯ 筆者は本作を2024年中国/香港映画の個人的ベストの第6位に選出した。

www.teppayalfa.com

 

 

 

◯ 監督の黃綺琳(ノリス・ウォン、画像左)は、本作で香港金像奨・新人監督賞を受賞した。

◯ 本作は自身が先に発表した原作小説「我很想成為文盲填詞人(2013)」を元にしている。

◯ そもそもは本作と同様、曲の作詞家=填詞人として2006年頃から現在も活動している。2011年頃から短編の制作も手がけ始め、監督した5作品は数多くの映画賞を受賞。Viu TVのドラマ「瑪嘉烈與大衛系列 綠豆(2016)」と続編的な「歎息橋(2019)」では脚本を担当している。

◯ 長編初監督の「私のプリンスエドワード(2019)」は新しい視点で香港を描いた良作で香港金像奨・新人監督賞を受賞した。現在は拠点を台湾に移して活動している。

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鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)

◯ 羅穎詩(ロー・ウィンシー)。高校時代から作詞家になるため努力する。

◯ 本作で香港金像奨・主演女優賞にノミネートされた。
「黄昏をぶっ殺せ(2022)」では香港金像奨・助演女優賞、新人賞にノミネート、さらに本作の後、「看我今天怎麼說(2024)」では台湾金馬奨・主演女優賞を受賞と、一気に映画賞常連俳優の一員となった状況だ。
その他、「アニタ 梅艷芳(2021)」「ゼロからのヒーロー(2021)」「正義迴廊(2022)」、そして今年の最大ヒット作「ラスト・ダンス(2024)」などにも出演している。

◯ また本人自身、本作で演じた主人公、そして黃綺琳(ノリス・ウォン)監督と同様に填詞人(作詞家)でもあり、今作共演の鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン)や陳毅燊(アンソン・チャン Ansonbean)だけでなく歌神・陳奕迅(イーソン・チャン)やMIRROR・柳應廷(ジェール・ラウ)らの楽曲も手掛けている。

つまり、この役はまさに彼女にぴったりの役であり、実際に黃綺琳(ノリス・ウォン)監督はまっさきに本人にオファーしたとの事だ。

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鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン)

◯ 高校時代の同級生・丸丸(画像左)。後に鍾雪瑩の兄と付き合うようになる。

◯ 鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン、画像中左)は人気YouTubeチャンネル「小薯茄」のメンバー。日本の歌手・YUIやYOASOBIが好きだと公言し、自身のチャンネルでも数多くの邦楽カバーをアップしている。
鍾雪瑩(ジョン・シュッイン)と同じくViuTVのドラマ「教束(2019)」で演技デビューし、以来様々なドラマに出演している。
映画でも甄子丹(ドニー・イェン)主演「スーパーティーチャー 熱血格闘(2018)」「ママの出来事(2022)」「四十四にして死屍死す(2023)」 「全世界どこでも電話(2023)」などに出演している。

《Hello》~Paradise Kiss~ Cover|麗英 LaiYing- YouTube

《直到世界的盡頭...》 世界が終わるまでは… Cover|麗英 LaiYing- YouTube

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吳冰(サブリナ・ン)

◯ 高校時代の同級生・何雞(画像右)

◯ 上記の鄧麗英(エミー・タン、タン・ライイン)と同じく人気YouTubeチャンネル「小薯茄」のメンバー。ViuTVのドラマ「理想國(2019)」で俳優デビュー。
映画では「ソロウェディング(2023)」「年少日記(2023)」などに出演している。

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葛民輝(エリック・コット)

◯ 羅穎詩(ロー・ウィンシー)の父。

◯ 1980年代後半から活動するヒップホップ・デュオ「軟硬天師」のMCで、楽曲のリリースやライブ以外にも、ラジオでも活躍している。
また、俳優としても90年代から出演しており、主な作品はジャッキー・チェン主演の「シティーハンター(1993)」「ゴージャス(1999)」、それ以外も「星願 あなたにもういちど(1999)」「男人四十(2002)」「29歳問題(2017)」、香港が舞台の中国映画「港囧 (2015) 」などがある。
また、声優としても日本映画ではジブリ作品「魔女の宅急便(1989)」でのジジ、「ハンサム★スーツ(2008)」での塚地武雅の吹き替え、「カーズ(2006)」「カーズ2(2011)」での吹き替えなども担当した。

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陳毅燊(アンソン・チャン Ansonbean)

◯ 同級生だったが、後に歌手としてデビューする、王曉東(肥乜)。

MIRRORERRORらをデビューさせた大人気オーディション番組「全民造星 シーズン3(2020)」からデビューした歌手・俳優。映画では「臨時強盗(2024)」「潜入捜査官の隠遁生活(2024)」などにも出演している。

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朱栢康(ジュー・パクホン)

◯ 作詞教室の教師・魯永康

◯ 本作で台湾金馬奨、香港金像奨でそれぞれ助演男優賞にノミネートされた。
弟である朱栢謙(ジュー・パクヒム)とのバンドでの音楽活動で知られるようになった。「香港の流れ者たち(2021)」「星くずの片隅で(2022)」「白日の下(2023)」「離れていても(2023)」、そして話題のアクション映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024)」と、続々と話題作に出演を続けている。

◯ 弟・朱栢謙(ジュー・パクヒム)も「白日青春-生きてこそ-(2022)」「正義迴廊(2022)」「星くずの片隅で(2022)」「白日の下(2023)」などなど、出演作が増加中だ。

◯ 今作の黃綺琳(ノリス・ウォン)監督は前作「私のプリンスエドワード(2021)」でも主演に起用しているが、キャスティングの際、歌手・許廷鏗(アルフレッド・ホイ)の楽曲「演員的自我修養」での、全編ワンカットで撮影されたMVを見て起用を決断したそうだ。

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潘宗孝(ERN9、アーネスト・プン)

◯ 羅穎詩(ロー・ウィンシー)の兄、羅偉樂。

潘宗孝(ERN9、アーネスト・プン)は有名ユーチューブ・グループ試當真Trial & Errorのメンバー。ちなみに試當真は「縁路はるばる(2022)」主演の岑珈其(カーキ・サム/シャム)や「焚城(2024)」などに出演の林家熙(ロッカー・ラム)らもメンバーである。2017年には日本に留学していた経験もある。

試當真Trial & Error - YouTube

填詞L 作詞家志望

 

 

 

戴玉麒(タイ・ユッキ)

◯ 大学での同級生・宅聰。後に交際に発展する。

戴玉麒(タイ・ユッキ)は2019年に俳優デビュー。昨年2023年頃から「7月に帰る(2023)」「ブルー・ムーン(2023)」、そして「年少日記(2023)」など、様々な作品に出演をし始めている。
それまではブレイクダンスにも熱中しており、ストリートで後にMIRRORメンバーとなる王智德(アルトン・ウォン)やERRORの何啟華(ホ・カイ・ワ)にも会っていたそうだ。

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填詞L 作詞家志望

 

 

 

胡子彤(トニー・ウー)

◯ 売れっ子歌手・Chris Leeを演じた胡子彤(トニー・ウー)は、古天樂(ルイス・クー)の事務所に所属する俳優。香港野球チームを描いた「最初の半歩(2016)」で映画デビューし、金像奨新人賞を受賞。陳詠燊(サニー・チャン)監督の「逆流大叔(2018)」「飯戲攻心2(2024)」に出演しているほか、「レイジング・ファイア(2021)」「アニタ 梅艷芳(2021)」「未来戦記(2022)」「神探大戦(2022)」「七人樂隊(2021)」「爆裂点(2023)」などなど、最近は一気に出演作が増加中。
そして今年は大ヒット作「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024)」で主役の4人組の一人を演じている。

作詞家志望 填詞L

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www.youtube.com おつきさま 石原和三郎作詞・納所弁次郎作曲

*1:※調べてみると関西弁イントネーションで作曲された歌も存在しており驚いた。
明治33年に納所弁次郎が作曲し幼年唱歌に掲載された「おつきさま」が一例で、上の動画でも分かる通り関西弁イントネーションに沿ったメロディで作られてある。