鬼が来た! - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
センシティブな題材という先入観を脱臼させるようなブラックコメディ。香川照之の凄まじい迫力と入念に作り込まれた日本軍描写。抗日映画を変革しようとする監督の志の高さがカンヌ受賞と中国不許可を呼び込んだ力作。


【スタッフ & キャスト】
2000年 中国 139分 豆瓣評価:9.3/10
監督:姜文(チアン・ウェン)
出演:姜文(チアン・ウェン)、香川照之、姜宏波(チアン・ホンポー)、袁丁(ユエン・ティン)、丛志军(ツォン・チーチュン)、澤田謙也
【あらすじ】
1945年、日本軍占領下の中国の寒村。農民の馬大三(マー・ターサン)【姜文(チアン・ウェン)】は突然やってきた正体不明の男に脅され、麻袋に詰められた日本兵捕虜と中国人通訳を押し付けられる。隠していることが露見すれば村ごと処罰される恐怖の中、村人たちは処分も解放もできずに右往左往する。
【感想】
歯車が狂っていく滑稽さ
サスペンスかと思えばコメディでもあり、戦争ドラマとしても衝撃的で、見終わった後も頭がぐるぐる回り続ける。
冒頭から、「我」としか名乗らない、正体不明の人物による夜中の襲来。麻袋に入れられ、ぐるぐる巻きにされた日本兵と通訳。そして、この2人を預かれという意味不明の命令。あれよあれよと状況が出来上がってしまうが、主人公たちは何が何やら理解できない。
観客もまた、この先どうなるのか予想もつかず、ずっと居心地が悪い。これを笑っていいのか、それともシリアスなのかもわからず、戸惑う。
通訳と共に捕らえられた日本兵・花屋を演じる香川照之が、冒頭から強烈だ。日本男児たる者こんな姿で生きる訳にいかん、殺せと息巻き、威嚇するようにまくし立てる。でもその姿は麻袋にぐるぐる巻。いかにも無様だ。
そういうチグハグな演出、ひねりの効いたキャラがたくさん出てくる。一緒に捕まった通訳も、穏便に収めようと全然違う内容で通訳する。村人たちも、こんな緊急事態なのにてんでまとまらない。
それぞれがこの状況を生き延びる為に必死で、そこから少しずつ歯車が狂っていく。会話が行き違い、ニュアンスが変わり騒動へと転がっていく。笑うに笑えない、でも滑稽なストーリー。

追い込まれた姿をダイナミックに撮る
日中戦争=抗日戦争という重いテーマ、ほぼ全編モノクロの画面で、取っ付きにくい面もある。だがみなぎる熱量で、見始めて早々にイメージが覆される。
誇張したような、人々の過剰な表情はまるでアクション映画だ。村人たちがバラバラの意見を言いあう、そこに毎回「俺が殺してやる」といきり立って口を挟むのは、寝たきりの老人。カメラはそれをモノクロのクローズアップで撮る。修羅場のシーンでも揺らせながらアップで見せる。何が起こってるのか把握するより、とにかく混乱している事、みんな興奮して収拾がつかなくなっていくのが前面に出る。
香川照之が本作の日本公開時に出版した撮影日記『中国魅録』によると、姜文(チアン・ウェン)監督はまるで俳優たちを追い込むようにして撮っていったという。NGのたびにシーンの最初から撮り直し。村人のシーンでは、長老役のためになんと150回以上もリテイクしたという。そうやって追い込まれた姿がそのまま画面いっぱいに広がるのだ。
悲惨さ以上に過剰さと滑稽さが迫り、だがそこから物語は、一気に悲惨な展開へと進んでいく。一体なんなんだ、これは。

カンヌ受賞、でも中国上映禁止
本作はカンヌ映画祭で、最高賞パルム・ドールに次ぐグランプリを獲得。だが結局中国では上映不許可となった。
なんという捻じれだろう。とはいえ正直、不許可も驚かないというか、これでは当局側もさぞや困っただろうなと想像する。実際、当局とは制作段階から早々に摩擦はあったという。
コメディにも見える演出だし、たとえば花屋たちを預ける「我」のように、正体のはっきりしない存在もいる。不条理な展開に巻き込まれた農民たちだって、食事を与え宴会までやる。生き延びるために必死。主人公の馬大三(マー・ターサン)自体、日本兵を殺したくない。
そんな、気づくと巻き込まれていた民衆から見た戦争の話だ。
そうして見ると、中国でこのまま上映が許可されるのは、やっぱり想像しにくい。監督は前作『太陽の少年(1994)』でも文化大革命という、これもまたセンシティブな時代を舞台にしたが、こちらは11ヶ月もの長い折衝を経てなんとか公開許可を勝ち取った。それを踏まえると、監督自身その難しさも十分知っているのに、あえて次作でもう一歩踏み込んで作ったようにも感じられてくるのだ。なぜそこまでして監督はこんな映画を作ったのだろう。
中国側の固定観念を変える
映画の作りは、それまでの抗日映画とは対照的だ。日本軍は"鬼"のような存在ではなく、通訳も裏切り者(漢奸)ではない。監督はどうも、これまでの抗日映画が見せていたような、現実からかけ離れた表現を変えたかったようなのだ。実際に姜文(チアン・ウェン)自身、従来の抗日映画が中国人民を「全民皆兵」=皆が兵士であるかのように描いてきたことに疑問を呈している。つまり、本作を作るに際して、彼が一番狙っていたのは海外の評価よりむしろ中国国内、中国人自身が持つ抗日映画への固定観念の方ではなかったのだろうか。
実際、中国では様々な反応があった。不許可になったものの数多くの人が見ており、メジャーなレビューサイト・豆瓣では、歴代トップクラスとなる9点台の高評価を、今も維持している。面白いのは、作品そのものは圧倒的に高く評価されているのに、意見が割れている事だ。「農民たちを愚鈍に描きすぎ」という声もあるし「そもそも普通の農民が最初から民族や国家を背負っているはずがない」という反論もある。はたまた監督が魯迅のように、中国人の国民性について批判しているとも語られている。
結果としてこの映画は、姜文(チアン・ウェン)が抗日映画を疑ったように、「中国人自身が抗日映画をどう描くかを議論する」映画になっていると言えるのだ。

国から個人の小さな物語へ
しかも姜文(チアン・ウェン)が疑おうとしたのは、抗日映画の描き方だけではなかったようだ。香川照之の撮影日記によると、当初は50年後、老いた花屋が中国を再訪し、馬大三(マー・ターサン)の子孫に謝罪する後日譚まで撮影されていた。結果的にカットされたとはいえ、そこには戦後処理を曖昧にしたまま国交正常化へと進んだ、中国政府への皮肉も込められていたと香川は解釈している。
つまり、姜文(チアン・ウェン)の疑いは抗日映画だけでなく、国が整えた歴史そのものにも向いていたようなのだ。
もうひとつ。監督は前作『太陽の少年(1994)』で、センシティブな文革期を、政治そのものではなく少年の記憶として描き、長い折衝を経て中国公開を実現した。この『鬼が来た!』でも、同じ様な構造が見える。
つまり、個人の生活へと視線を下ろすという、前作で作り上げた方法を、今度はさらにセンシティブなテーマの中に持ち込んだ、と見ることもできるのだ。しかし、そのやり方で真正面から農民を農民らしく描こうとすればするほど、従来からの「いきなり抗日する人民」からはどんどん離れてしまう。結果的に、監督は当局の求める歴史認識とぶつかっていく。
実際には、監督は当局の承認前にカンヌ映画祭へ出品し、映画は栄光と同時に当局からの処分も食らう事となっていく。『太陽の少年(1994)』では成立できたやり方が、本作では当局の歴史認識と正面からぶつかってしまった。

監督自身が反映された主人公像
こうした、監督によるパーソナルな物語へと下ろす試みは、主人公の設定からも感じられる。姜文(チアン・ウェン)監督が産まれたのは1963年。彼が物心ついた頃、時代はまだ文革期だったが、彼が13歳の頃に終わりを告げる。それまで革命の物語を見て育った少年が、青年となる頃には改革開放へと変わり、物語も過去のものになっていった。彼らはみんな「大きな物語」を聞かされながらも、結局そこに遅れてしまった世代、いわば「革命の主人公」になるには遅かった世代ともいえるのだ。
そしてそれは、正に本作の主人公、馬大三(マー・ターサン)にも当てはまって見える。彼のキャラクターはそもそも、原作小説では抗日側とも接点を持つ村長という設定だった。それを監督は、わざわざ政治とは無縁の農民へと改編している。そんな馬大三(マー・ターサン)は、周りが戦争をしていたその時には「抗日」をせず、戦争が終わってから実行する。戦争が終わってからようやく「抗日」をした為に評価が逆転し、犯罪だと見做されるようになってしまう。つまり彼もまた「歴史の主人公」になるには遅れてしまった人物なのだ。そう思うと、馬大三(マー・ターサン)の生き方そのものが、姜文(チアン・ウェン)たちの世代と重なって見えてくる。

検閲制度の変遷
本作が公開されてから既に25年が経つ。今も中国映画には検閲はあるが、制作側と当局の関係性や表現のやり方はあの当時から大きく変わった。たとえば今では、本作のような日中戦争の戦禍から逃げる農民を描き、ドラマ界の実力派が顔を揃えて作り上げた良作『得闲谨制(2025)』も作られ、しっかりと全国公開されている。
もちろん様々な違いはあるが、現在は制作側も許容される着地点を把握し、当局側も人物描写やジャンル表現には幅を認める。その折衷の方法は、この25年でずっと洗練されてきたように見える。この『鬼が来た!』のようなぶつかり合った時代を経て、今の中国映画ができていく、その過程を思わせる生々しい闘いの足跡のような作品だ。
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【トピック】
予告編
▶ 海外版&日本版予告編(クリックで開きます)
www.youtube.com "Devils on the Door Step" aka "鬼子来了" (2000) Trailer
www.youtube.com 映画「鬼が来た!」日本版予告
中国での公開・受賞・日本での公開/配信
◯ 2000年5月12日からのカンヌ映画祭に正式出品され、ワールドプレミア。その後中国を除く欧米各国では、おおむね2001年3月以降に公開されていった。
◯ 日本では2002年4月27日から全国公開された。過去にDVDが販売されたが、現在配信はされていない。
中国当局による修正指示
◯ 本作は中国では上映不許可となった上、姜文(チアン・ウェン)監督は数年間の監督活動停止処分も受けるという、通常以上に厳しい処分となった。
通常、こうした中国当局の意向に沿わずに作られた作品は、例えば賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督のように、当局の許可を得ずに出品した事をもって国内で上映禁止処分を受ける事が多かった。だが本作については、単なる手直しというレベルを超えて「作品の根本的な骨組みやテーマの変更」を迫る厳しいものであった。
後に流出した検閲意見書によると、「映画公映許可証」を取得するための「試写・審査(検閲)」を受けた際に、国家ラジオ映画テレビ総局から以下のように広範な修正指示が出されている。
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中国農民の描き方(抗日意識・無知さへの指摘)
当局が最も問題視した点。当時の抗日映画の定石であった「強い愛国心と敵意を持ち、果敢に日本軍に抵抗する勇敢な人々」という像からかけ離れ、「無知で愚かで、敵味方の区別すらついていない」とされた。 -
捕虜を殺さず食料(米・小麦粉)を与えた場面の削除要求
脚本段階で「日本兵に小麦粉や白米を分け与えるシーンは削るように」と事前指示が出されていたにもかかわらず、本編でそのまま撮影・使用され、さらに「軍糧と穀物を交換する」という展開に拡大されていた。 -
八路軍(共産党軍)や抗日ゲリラの不在
劇中、日本兵捕虜が「自分を襲う村人たち」を恐れて想像するシーンで、彼らが侍(サムライ)のような姿で描かれている点について、「日本兵が真に恐れるべきは八路軍や抗日遊撃隊であるべきであり、このように描くことは中国人を卑下するものだ」と指摘された。 -
国民党政府に関する歴史認識
国民党の将校が「日本軍の降伏を正規に受け入れられるのは国民党のみである」と宣言するシーンが、共産党史観の正当性と抵触するとされた。 -
性的表現・風紀上の問題
主人公・馬大三(マー・ターサン)と恋人・鱼儿(ユーアル)の冒頭シーンが「刺激が強すぎる」とされたほか、罵詈雑言(「シナ豚」などの差別用語)の多用や、ロバの交尾を思わせる描写などが「品位を欠く」として削除要請の対象となった。
監督はこれらの要求に対し、7ヶ月間当局と折衝を続けていたが審査に通過しなかった。このタイミングで本作がカンヌ映画祭のコンペに選出された事が伝わる。
2000年4月24日:カンヌ・コンペ選出が中国側に伝わる
4月26日:映画局が製作会社3社を緊急召集。「審査を通っていない作品を勝手に海外映画祭へ出すのは重大な規則違反」として、製作側にカンヌから作品を撤回するよう命令し、「従わなければ結果は壊滅的になる」とまで警告。
5月15日:カンヌで上映
5月21日:カンヌ・グランプリ受賞
5月23日前後:映画局が正式に問題視。映画局は「重大な規則違反」と明言。
その後も審査に向けての交渉は続く。
2001年2月:姜文自身が、『太陽の少年』は11か月修正した、『鬼が来た!』はまだ7か月程度だから「まだ希望がある」という趣旨の発言
6月:映画局長・劉建中が公式に「現在も修正中であり、中国の映画管理規定に合うよう修正されれば必ず上映できる」と発言。少なくともこの時点でもまだ修正すれば公開可能というスタンスだった。
2004年:製作会社側が再審査を目指して映画局に意向書を提出し、以前の修正要求に沿って手直しする準備をしていたとの報道。
これ以降、現在に至るまで中国で劇場公開はされる事はなかった。
姜文(チアン・ウェン)は、少なくともカンヌ映画祭までに審査を通過して、正式に出品へと持っていきたかった様に見える。
原作小説・類似作
作家・尤鳳偉(ヨウ・フォンウェイ)による小説『生存(1996)』が原作となる。
映画化にあたり大幅に改編されている。原作小説は、抗日戦争末期の農村へ日本兵と通訳の捕虜が持ち込まれ、村人が処置に困り、最終的に捕虜側から「命と引き換えに食糧」という取引が持ちかけられるというストーリー。
だが、話の構造やテーマなど様々な箇所が変更されている。特に捕虜を引き渡す「謎の"私"」や主人公の後半の流れなども、原作から大きく改編された。
このため原作者の尤鳳偉(ヨウ・フォンウェイ)とも揉める事となった。
◯ また、大戦末期に村人が敵兵士を預かる羽目になるという、よく似たストーリーから、大江健三郎の小説『飼育(1958)』と、それを原作とした大島渚監督の同名映画(1961)との相似・関連を指摘する話もある。監督自身、日本文学や映画に造詣が深く、大江健三郎とも親交があったが、これらを直接参考にしたという事実は見当たらない。
監督・主演:姜文(チアン・ウェン)
◯ 本作では監督と主演・馬大三(マー・ターサン)役を務める。
カンヌ国際映画祭グランプリを獲得したものの、当局の許可を得ずに出品したことなどから国内で上映禁止処分を受け、数年間の監督活動停止を余儀なくされた。
1963年生まれ、中国河北省出身の映画監督・俳優。中央戯劇学院を卒業後、俳優としてキャリアをスタート。张艺谋(チャン・イーモウ)監督の『紅いコーリャン(1987)』で一躍脚光を浴び、中国映画界を代表する名優となる。
1994年、文化大革命下の少年期を描いた『太陽の少年(1994)』で監督デビュー。同作はヴェネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞するなど国際的に絶賛された。
本作からの処分復帰後は『さらば復讐の狼たちよ(2010)』など、娯楽性と強烈な諷刺精神を両立させた骨太な大作を次々と発表。昨年も天才ピアノ少年を描いた監督主演作『你行!你上! (2025)』を公開した。
『太陽の少年』中国映画レビュー&解説 | 甘美な青春時代を歪めていく記憶『阳光灿烂的日子 In the Heat of the Sun(1994)』 - daily diary


香川照之
◯ 日本軍兵士・花屋小三郎。通訳とともに捕らえられる(画像中)。
◯ 卓越した演技力で長年にわたり第一線でキャリアを重ねてきた実力派俳優・歌舞伎役者。
1965年生まれ、東京都出身。東京大学文学部卒業後、1989年に俳優活動を開始。数々の映画やドラマで名バイプレイヤーとして強い印象を残し、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞をはじめ数々の賞を受賞。2012年には九代目市川中車を襲名して以降は、歌舞伎界を中心に活動している。
主な出演作は『ゆれる(2006)』、『劔岳 点の記(2008)』、『坂の上の雲(2009~)』、『鍵泥棒のメソッド(2012)』、『半沢直樹(2013)』など。

『中国魅録―「鬼が来た!」撮影日記』
日本公開の際、彼が書いていた撮影日記を出版しているが、これが非常に面白く、興味深い事実が多数記されている。読む価値の非常に高い良書だ。
興味深い事実とは、たとえば
- 当初はカラーで撮影する予定だったが、クランクイン直前にモノクロへの変更を決定。急遽モノクロフィルムを調達するためにクランクインが遅れる。
- 後日譚があり、実際に撮影もされた。終戦から50年後に花屋が再び中国を訪問し、同じ場所に来て、馬大三(マー・ターサン)の子孫に謝罪するというもの。香川は本シーンの撮影のために再度中国に渡ったという。これは戦後処理をきちんと行わないまま国交正常化へと向かう、中国政府への皮肉だと、香川は解釈している。
- 姜文(チアン・ウェン)監督による徹底した調査は日本人、日本軍にも及んでおり、日本人俳優はクランクイン前に日本軍を描いた映画、軍記などの書物などを読み込む事を求められ、軍隊らしい振る舞いの練習として、気をつけの姿勢を30分x5セットなど、かなりハードな練習を課している。
- 撮影では、日本のようにカットごとに撮影せず、毎カットでもシーンまるまるの演技を撮っていた。そのため膨大な時間やフィルムが必要となったが、特にフィルムは最終的に550ロールを費やしたという。これはおよそ通常の映画の20倍などという尋常でない消費量で、香川はそれを見て「狂ってる」と思ったという。
というような驚愕の事実が明かされている。
ぜひ一度は目を通してみて欲しい。
姜宏波(チアン・ホンポー)
◯ 馬大三(マー・ターサン)の妻・鱼儿(ユーアル)。
◯ 1973年斉斉哈爾(チチハル)出身。沈陽体育学院でバレーボール選手として活動した後、北京電影学院入学から俳優へと転身。本作出演以降、ドラマ『阮玲玉 (2005) 』や大ヒット作『ミーユエ 王朝を照らす月(2015)』、映画では劉徳華(アンディ・ラウ)主演『三国志(2008)』などに出演。
最近では王一博(ワン・イーボー)主演『ボーン・トゥ・フライ(2023)』で王の母親役で出演している。
『ボーン・トゥ・フライ』中国映画レビュー&解説 「长空之王(長空之王)Born to Fly(2023)」 - daily diary

袁丁(ユエン・ティン)
◯ 花屋と共に捕らえられた通訳官・董漢臣(トン・ハンチェン)。
◯ 撮影当時は役者ではなく、NHK(日本放送協会)のディレクター・映像ディレクターであった。本作での演技からその後ドラマ『自娱自乐 (2004) 』などにも出演している。
1965年長春生まれ。『NHKスペシャル 故宮~至宝が語る中華五千年~(1995)』、中国中央テレビ(CCTV)制作の『故宫 (2005) 』に携わり、その後ワーナー・ブラザース中国に移籍する。だが2012年にまだ40代という若さで病没している。

丛志军(叢志軍、ツォン・チーチュン)
◯ 1928年大連生まれのベテラン俳優。2007年に享年79歳で没した。南京軍区前線話劇団に所属し、40年以上にわたって新劇(話劇)の舞台や映画・テレビドラマで名バイプレイヤーとして活動した国家一級演員。映画デビュー作は文化大革命前となる『东进序曲 (1962) 』。主な出演作は本作の他、『菊豆(1990)』、『小さな中国のお針子(2002)』、ドラマ『笑傲江湖(2001)』など。
◯ 村人の長老格・五爺。香川照之の日記には、何度指示しても想定以上のNGを出し、150テイクも撮り直したシーンもあるという。

吴大维(デヴィッド・ウー)
◯ 国民党軍の高将校(画像中)を演じたのは吴大维(デヴィッド・ウー)。
◯ 米ボストン生まれの台湾系アメリカ人の俳優・歌手・タレント。ネイティブな英語と中国語を操るバイリンガルとして1980年代後半に芸能界入りし、アジア全域で人気を集めたMTVの看板VJ(MC)として活躍した。俳優としては 許鞍華(アン・ホイ)監督の『今夜星光燦爛(1988)』で香港電影金像奨の新人賞を受賞したほか、『さらば、わが愛/覇王別姫(1993)』、『タイガー・コネクション(1990)』、『三国志 呂布 鬼神伝(2020)』などに出演している。

澤田謙也
◯ 部隊を指揮する酒塚猪吉隊長。
◯ 日本だけでなく香港・中国などアジア各国でも活動している。1990年代半ばから香港・アジアの映画界に果敢に挑戦し、ジャッキー・チェン主演の映画『デッドヒート(1995)』や『新宿インシデント(2009)』などに出演し、アジア映画界における日本人俳優の先駆的なポジションを築いた。
他に『ストリートファイター(1994)』、『イップ・マン 葉問(2010)』、『マンハント(2018)』などに出演している。

宮路佳具
◯ 野々村耕二を演じた。
◯ 時代劇や芝居の経験・知識が豊富で、撮影ではアドバイザーとしても活躍したという。また当時のハードな撮影環境に、日本人俳優でも最も適応しており、出番がなくてもずっと現場に滞在していたという。
吉永小百合主演の『天国の大罪(1992)』やドラマ『おんな太閤記(1981)』、『HOTEL 第3シリーズ(1994)』、『名奉行 遠山の金さん』シリーズなどに出演している。

長野克弘、梶岡潤一
◯ 丸山通信兵を演じたのは長野克弘(画像左)。
大学卒業後に名門「文学座附属演劇研究所」に入所。看板女優・杉村春子の付き人を務める。本作の出演でカンヌ映画祭にも出席し、これを皮切りにパク・チャヌク監督『お嬢さん(2016)』など、アジア圏の作品にも精力的に進出している。
主な出演作は『座頭市(2003)』や『テルマエ・ロマエ(2012)』、『るろうに剣心 最終章 The Beginning(2021)』など。ドラマにも多数出演している。
◯ 小曹長を演じたのは梶岡潤一(画像右)。
香川照之の元でドラマや演劇に出演していたが1995年に渡中。中央戯劇学院などで学び本作への出演で再び香川照之と共演。どちらも南京大虐殺を描いた陆川(陸川、ルー・チュアン)監督『南京!南京!(2009)』と张艺谋(チャン・イーモウ)監督『金陵十三釵(2011)』に出演している。
後に渡英。『47RONIN(2013)』や『007 スペクター(2015)』に出演した。一方で監督として『インパール1944(2014)』などを制作した他、インド映画に出演するなど世界各地で活動している。
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