『罪の手ざわり』中国映画レビュー&解説 | 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)⑥映画俳優の競演、SNS構造を組み込む先駆的試み『天注定 A Touch of Sin(2013)』

豆瓣:天注定

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【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の長編7作目は4つの死亡事件をオムニバス的に描く。
映画俳優たちによるケレン味ある映像は、SNSによる受け手の変化を反映した先駆的な試みでカンヌ映画祭・脚本賞を受賞。

 

天注定天注定

【スタッフ & キャスト】

2013年 中国・フランス・日本 133分 豆瓣評価:8.3/10
監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
出演:趙濤(チャオ・タオ)姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)王宝强(ワン・バオチャン)罗蓝山(ルオ・ランシャン)张嘉益(チャン・ジャイー / ジャーイー)李梦(リー・モン)王宏伟(ワン・ホンウェイ)

 

 

【あらすじ】

村の共同所有だった炭鉱の利益が実業家に独占されたことに怒った山西省の男。
妻と子には出稼ぎだと偽って強盗を繰り返す重慶の男。
しつこく迫る客に我慢できず切りつける湖北省の女。
ナイトクラブのダンサーとの恋に苦悩する広東省の男——。
虐げられ苦悩する彼らが起こす衝撃の結末とは?

公式サイトより

 

 

 

【感想】

4つの実際にあった事件をもとに描いていく、いわゆるオムニバス映画。だが、見終わった余韻は一般的な犯罪映画とはかなり違う。
4つの事件はそれぞれに事件のタイプも違い、犯人のキャラクターも、死に至る流れも違う。犯罪映画とくくるのも少し違っていて、共通点を探すのも難しい。

1つ目のストーリーは姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)が演じる正義感の強い男。
2つ目は、王宝强(ワン・バオチャン)演じる三儿(チョウ)。各地を渡り歩きながら、強盗殺人を繰り返す。
3つ目は趙濤(チャオ・タオ)演じるサウナ店のフロント係。富裕客から理不尽に迫られる。
4つ目は殺人事件でもない。工場地帯・東莞に出稼ぎにやってきた若者・小辉(シャオホイ)の物語だ。

4つの事件は共通点が無いだけではない。彼らが一線を越える動機について、しっかりと描かれない。少なくとも彼らは、社会の構造のせいで事を起こすといった、いつもの賈樟柯(ジャ・ジャンクー)映画的な流れには見えない。
だが、これだけ不思議な展開なのに、各パートのキャラクターには魅力がある。それぞれに、印象的なカットが用意され、グッと惹き込まれそうになるのだ。これはどういう事なんだろう。この映画は、いったい何を見せたいのだろうか。

 

罪の手ざわり天注定

シームレスな繋がり、俳優の起用

オムニバス映画として見ると、もうひとつの特徴がある。それぞれのパートを結構シームレスに繋いでいくのだ。それぞれの事件に共通点は見えないのに、事件の余韻も冷めやらぬまま、列車やバスが次の舞台へと観客を運んでいく。
王宝强(ワン・バオチャン)が、車内で杜琪峯(ジョニー・トー)の香港映画『エグザイル/絆(2006)』を流す高速バスを途中下車する。そのバスが次の停車駅に着くと、趙濤(チャオ・タオ)の不倫相手がバスから降りてくるのだ。「第三章」とか、新たな幕開けを大きく示す訳でもない。観客は気持ちを切り替える間もなく、まるでスクロールの様に次の章へと放り込まれていく。この感覚は、いったい何なんだろう。

これまでの賈樟柯(ジャ・ジャンクー)作品とは違い、本作ではより知名度のある映画俳優を主要人物に起用している。今までは作品の舞台となる地域でスカウトした素人や、監督の仲間がメインキャストになっていたが、姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)や王宝强(ワン・バオチャン)、そして趙濤(チャオ・タオ)らが主役を演じている。
それに呼応するように、彼らは単なるリアリティを越えた役回りを見事に演じる。姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)の西部劇的な居住まい、王宝强(ワン・バオチャン)の狂気を湛えたような強烈な目つきなど、それぞれに印象的な見せ場が用意される。
なかでも白眉は、趙濤(チャオ・タオ)の武侠映画さながらの一瞬のナイフさばきだ。それまでの雰囲気を一変させる様な、文字通り空気を切り裂くカット。
映画の随所には京劇が登場して、寓話的なテイストも漂う。監督自身、今回は「厳密なリアリズム」を扱っていないため、経験豊かな俳優が必要だったと語っている。

 

罪の手ざわり天注定

なぜ動機を描かないのか

とはいえ、観ながら様々な疑問が湧いてくる映画なのは変わらない。なかでも不思議なのは、犯罪映画的なのに、彼らの動機をきちんと描かない事だ。
たとえば第一話の姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)演じる大海(ダーハイ)。彼が様々な不満を抱えている事は描かれるが、そこからクライマックスまでには、まだまだ大きな距離があった。社会に不満を抱えた大人達はたくさんいるけれど、皆あんな大事件を起こす事なく、なんとか平穏に生きている。
なぜ彼はあんな事をするに至ったのか、そこを描けば良いのに、それが無いため、彼に共感する事が難しい。
監督は「なぜ普通の人間が暴力に至るのか」を理解しようとした映画だと繰り返し語っている。水は、じわじわと温度を上げていき、ある点を境に沸騰へと変化する。この映画の人々は、日々積み重ねていった気持ちの蓄積が、ある点を境に犯罪へと移行していく。
だから、本作は一線を越えた事について、そこにだけ特別な心理的説明を加える事をしない。犯罪者の心の動きを描けば描くほど、「彼/彼女はああしなければならなかった」と、その気持ちに共感できるようになる。さらに犯罪者に寄り添い、犯罪を正当化して、"一線を越えた"事にカタルシスを覚える事にもなっていく。賈樟柯(ジャ・ジャンクー)はそうした「観客が犯罪者に近寄っていく」犯罪映画的な構造から距離を置こうとしたのではないか。
本作が見つめているのは、特殊な「犯罪者」の心理そのものではない。「普通」の人間が、日常の延長線上で暴力へと転じてしまう社会の状態だ。そう考えると、本作はかなり変則的な「社会派映画」なのだと考えられる。

 

罪の手ざわり天注定

SNSによる変化を反映した映画づくり

実は、取り上げられた4つの事件は、どれも中国のSNS、微博で大きな反響があったものだという。ニュースで取り上げられた犯罪だからというより、監督自身が微博で、これらの事件が大きな話題になっていく過程を目にしたのだそうだ。それと同時に、新しい事件が次々と起こることで、古い事件は上書きされるように忘れられていくとも語っている。
暴力が社会の問題という意識から、本作は構想された。これは、実際に暴力事件が増えたという監督の実感でもある。だがそれ以上に重要なのが、スマホやSNSなどの新しいメディアを通して、暴力を目にする機会が大きく増えていった事だろう。それまでバラバラだった事件が、新しいメディアを通して一掴みの社会現象へと成長していく。この流れが本作での新たな語り口の採用へと繋がっていったのではないか。

そう考えると色々と腑に落ちる。次々と凶悪な事件が表示されて、見る気がなくても目に入る感覚。そこには事件のタイプとか、いちいち分類されない。どんどんと短く流れていき、動機が示されたりしない。スクロールしていくだけで、次々とシームレスに事件が消費されていく。そして、まるで映画俳優によるワンカットのような、クリックさせるためにヒキの強い映像。この感覚、身近なアレそのものと同じ仕掛けだ。
つまり、この映画はSNSを見る時の感覚を、映画の構造から再現しようとしている。映画を観ている2時間、観客は知らぬ間に同じ行動をさせられていくのだ。賈樟柯(ジャ・ジャンクー)は、SNSを描くのではなく、SNSによって変化した「人間の認知の仕方」そのものを映画として再現した、と考えられる。
想像してほしい。本作が製作されたのは2013年。今から13年も前のこの時期に、単にSNSを描くのではなく、認知そのものを、映画の構造にまで落とし込む事で再現する。そこまで理解を深めていた映画作家など、当時はまだ極めて限られていた筈だ。現実の変化を素早く掴み、それに合わせて映画の構造そのものを変えてしまう。恐ろしいほどフットワークの軽い作家だと、改めて感じられる。

 

罪の手ざわり天注定

観客に問いかける

ラストシーンがまた、極めて示唆的だ。
京劇『玉堂春』が野外で演じられ、劇の主役・蘇三が罪を認めるよう迫られる。が、そこで突然カメラは群衆の方へ向き直り、「お前は罪を認めるのか?」と問うてくる。キョトンとする群衆。
これ、まさに観客を群衆に重ねているのでないか。
残虐な犯罪、事件を見ては忘れを繰り返し、2時間垂れ流しのように見せられてきた観客も、ここで突然監督に問われる。そして、群衆と同じようにキョトンと立ち尽くす。
監督は当時、こうした犯罪について「語らないことも、それ自体が罪なのかもしれない」と語っている。だがしかし、なんという意地の悪い幕引きだろう。

この『罪の手ざわり』という映画、紐解いてみるととてつもなく先鋭的で実験的な事がわかる。しかし実際のところ、これが当時どこまで理解されていたのか、疑問を持つのも正直なところだ。
しかし、2026年の私たちならば、この映画の構造は遥かに納得しやすい。13年も経ち、監督の懸念はより身近なものとして迫ってくる。
社会問題を暴くのではなく、私たちが社会をどう見ているのかを暴く、強烈に賈樟柯(ジャ・ジャンクー)らしい、社会派映画になっている。



 

【トピック】

予告編
▶ 海外版&日本版予告編(クリックで開きます)


www.youtube.com A TOUCH OF SIN Trailer | Festival 2013


www.youtube.com 『罪の手ざわり』予告編

中国での公開・受賞・日本での公開/配信

◯ 2013年5月からのカンヌ映画祭コンペティション部門に正式出品されワールドプレミア。脚本賞を受賞。同年12月にはフランスで公開された。中国では現在まで審査許可とならず、結果的に上映できていない。
制作側は2013年に中国公開を予定していたが、予定を延期。その状態のまま、2014年2月頃にはネット上に海賊版が出回り、実質的に公開できない事となった。2013年の中国映画監督協会賞の表彰式では、最優秀作品賞と最優秀監督賞の2つの賞が空席となり、本作への協会の意思表明ではないかと考えられた。

◯ 日本では2014年5月31日から全国公開。過去にDVDが販売され、現在はAmazon Primeで配信されている。

 

 

 

監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)

◯ 本作では第四部でクラブの客としてカメオ出演している。

1970年山西省生まれの映画監督・脚本家。北京電影学院で学び、1990年代以降の中国映画界における「第6世代」を代表する作家として知られている。急激な経済成長と社会変化の波に直面し、取り残されていく市井の人々の姿を、詩的で生々しいリアリズムで描き出してきた。

1998年長編デビューの『一瞬の夢(1998)』がベルリン国際映画祭などで高く評価され、一躍脚光を浴びた。『長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)』でヴェネツィア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞し、世界的評価を確立した。さらに本作でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞したほか、『山河ノスタルジア(2015)』『帰れない二人(2018)』といった話題作を次々と手がけ、現代アジア映画を牽引する第一人者として活躍を続けている。

また第一作の上映不許可の後も、未許可のまま地方でゲリラ撮影して、当局を通さずに海外で映画を公開するという手法で制作し続けたが、2003年に当局との話し合いが持たれ、その後本作以降は正式に許可を得た作品として中国国内でも公開されるようになった。

天注定

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姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)

◯ 山西省の烏金山に住む大海(ダーハイ)。石炭業者「煤老板」が村長と癒着している事に不満を抱いている。

◯ 1967年生まれ。俳優でもある「太陽の少年(1994)」などの映画監督・姜文(チアン・ウェン)は実兄である。
駆け出しの頃に張芸謀(チャン・イーモウ)監督の名作「活きる(1994)」に出演しているが、知られるようになったのは風呂屋を描いた良作「こころの湯(1999)」で多くの映画賞を受賞してからだ。
この時期に香川照之も出演したカンヌ映画祭・審査員特別グランプリを受賞した兄・姜文(チアン・ウェン)監督の戦争映画「鬼が来た!(2000)」にも出演している。その後ドラマ「空镜子 (2001) 」「别了,温哥华 (2003) 」「小姨多鹤 (2009) 」などに出演。
その後は映画出演が増加、「我的唐朝兄弟 (2009) 」や姜文(チアン・ウェン)監督作「さらば復讐の狼たちよ(2010)」「罪の手ざわり(2013)」「無言の激昂(2017)」、香港映画「ショック ウェイブ 爆弾処理班(2017)」「エイト・ハンドレッド(2020)」「修羅の街、飢えた狼たち(2021)」、フェミニズム映画の「家出の決意(2024)」、京劇俳優を描いた『シータイ・戯台(2025)』、この夏抗日戦争80年の象徴として話題となった「731(2025)」などに出演している。

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王宝强(ワン・バオチャン)

◯ 重慶の三儿(チョウ)。出稼ぎと称し各地で強盗殺人を重ねてきた。

◯ 中国一有名な喜劇役者、王宝强(ワン・バオチャン)は、少年時代に嵩山少林寺で武術修行をし、その後アクション俳優のキャリアをスタート。農村出身の兵士の成長物語である大ヒット名作ドラマ「士兵突击(2006)」での印象的な役柄で全国的に知られる事となる。
その後、『盲井(2003)』で長編映画デビュー。徐铮(徐崢、シュー・ジェン)、黄渤(ホアン・ボー)と主演したコメディ「ロスト・イン・タイランド(2012)」も大ヒット。「唐人街探偵 東京MISSION(2021)」をはじめとする唐人街探偵シリーズや周星馳(チャウ・シンチー)監督「新喜劇王(2019)」、陳凱歌(チェン・カイコー)監督「道士下山(2015)」、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督「罪の手ざわり(2013)」、曹保平(ツァオ・バオピン)監督「李米的猜想(2008)」など多くの映画に主演しているが、特に最近は印象的なドタバタ演技が彼の十八番だ。
「奔跑吧兄弟」などバラエティ番組での出演も多く、そちらでの知名度も高い。

監督業も始めており、コメディの第1作「大闹天竺 (2017)」は芳しくない評価に終わったが、2作目の孤児を育てるボクシングジム経営者を描いた「ネバーギブアップ(2023)」は良作で、本作での縁から李楊(リー・ヤン)監督がゲスト出演している。

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趙濤(チャオ・タオ)

◯ 湖北出身の小玉(シャオユー)。湖北省宜昌のサウナ店でフロントを務めていた。

◯ 1978年生まれで北京舞蹈学院卒業後、『プラットホーム(2000)』でデビュー。以来、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督作全12作品に出演しているミューズであり、監督の妻でもある。『山河ノスタルジア(2015)』では台湾金馬奨・主演女優賞を受賞。
監督作以外にはアンドレア・セグレ監督の伊仏合作『ある海辺の詩人 小さなヴェニスで(2011)』、ドラマ『大生活 (2009) 』、アイザック・ジュリアンのビデオ・インスタレーション『Ten Thousand Waves(2010)』に張曼玉(マギー・チャン)と共に出演している。

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罗蓝山(ルオ・ランシャン)

◯ 東莞の工場に働きにやって来た小辉(シャオホイ)。

◯ オーディションによって選ばれ本作で俳優デビュー。ジョーダン・シーレ監督によるベルリン映画祭フォーラム部門出品作『三伏天 (2016)』などに出演している。

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张嘉益(チャン・ジャイー / ジャーイー)

◯ 小玉(シャオユー)の不倫相手、ヨウリャン。小辉(シャオホイ)が働いていた広州の工場を経営している。

◯ 2020年までは張嘉譯(チャン・ジャイー / ジャーイー)という名で、1990年代から活動。大ヒットドラマ『蝸居(2009)』で知られるようになる。王小帥(ワン・シャオシュアイ)監督によるベルリン映画祭・脚本賞受賞作『我らが愛にゆれる時(2008)』や、馮小剛(フォン・シャオガン)監督『わたしは潘金蓮じゃない(2016)』などに出演している。

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天注定

 

 

 

李梦(リー・モン)

◯ 東莞でホステスをしている莲蓉(リェンロン)。同じ列車に乗っていた小辉(シャオホイ)と次第に仲良くなる。

◯ 北京電影学院卒で、ベルリン映画祭正式出品の映画『白鹿原 (2012) 』に出演したがカットとなる。本作で知られるようになり、劉德華(アンディ・ラウ)主演の『誘拐捜査(2015)』『少年バビロン(2015)』『夏、19歳の肖像(2017)』、大ヒットドラマ『バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)』など、現在までコンスタントに出演している。

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王宏伟(ワン・ホンウェイ)

◯ 湖北省宜昌での暴力組織の幹部。

◯ 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)組の俳優として、『一瞬の夢(1998)』以来、「青の稲妻(2002)」「世界(2004)」、そして「長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)」など、監督作品に数多く出演している。
最近では张律(チャン・リュル)監督最新作「白塔の光(2023)」のほか、顾晓刚(グー・シャオガン)監督の2作目「西湖畔に生きる(2024)」にも出演した。

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英題が踏まえている武侠映画『侠女』

本作の英題『 A Touch of Sin』は、『A Touch of Zen』という英題を持つ武侠映画の傑作『侠女』を踏まえている。特に趙濤(チャオ・タオ)=小玉(シャオユー)を「現代の侠女」として描いている。

『侠女』(1970–71年)は、胡金銓(キン・フー)監督による武侠映画史を代表する作品。蒲松齢『聊斎志異』の「侠女」を原案に、明代を舞台として、権力者に追われる女侠・楊慧貞と、彼女を助ける書生・顧省斎らの戦いを描く。竹林での剣戟など、素早い編集と空間を生かしたアクションで武侠映画の表現を大きく発展させる一方、後半では禅や仏教的な超越へと物語が変化していく異色作でもある。1975年カンヌ国際映画祭で高等技術委員会グランプリを受賞し、中国語圏の武侠映画が国際的に評価される重要な契機となった。
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)自身も『侠女』や『大酔侠(1966)』『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿(龍門客棧、1967)』など胡金銓作品から着想したことを認めている。

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モデルとなった実際の事件

胡文海(フー・ウェンハイ)事件

第一話:姜武(チアン・ウー / ジャン・ウー)

2001年10月、山西省の炭鉱村で元経営者の胡文海(当時47歳)が猟銃で村幹部や住民ら14人を射殺、3人に重軽傷を負わせた。

動機は村幹部らによる炭鉱利益の不正懐柔と腐敗だ。胡は100名以上の署名を集め行政機関へ何度も告発・直訴を行ったが黙殺された。さらに暴行被害を受けた際も警察が動かず、公的機関や司法への絶望から自力救済・報復を決意。腐敗幹部らの「リスト」を作成し実行に及んだ。

惨劇でありながら、ネット上では「悪徳幹部を退治した義賊」と賛同する声すら上がり、末端の市民が法で救われない社会構造の欠陥と腐敗問題を浮き彫りにして強い衝撃を与えた。

◯ 会長がプライベートジェットで現れるシーンは、当時急成長していた「山西省の炭鉱バブル(煤老板)」の異常な貧富の差を示している。

◯ 猟銃をトラの絵が描かれた布に包んで歩く姿は、『水滸伝』の「虎退治」のメタファー

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周克華(ジョウ・コーフア)事件

第二話:王宝强(ワン・バオチャン)

2004年から8年間、重慶や南京などで銀行帰りの客らを狙った連続持銃強盗事件。周克華(当時42歳)は頭部を一撃で撃ち抜く冷酷な手法で11人を射殺し、2012年に射殺された。

背景には極貧の生い立ちや服役歴があり、社会から完全に孤立していた。動機は社会への抗議ではなく、単に手っ取り早く大金を得て生活するための手段に過ぎず、家族や他者への情を欠いた強い虚無感が根底にあった。

広域を跨ぎ単独で逃亡し続けたため最高レベルの指名手配犯となり、懸賞金は500万元を超えた。急成長する都市部で突如襲われる恐怖を植え付け、ネット上では「中国版ジャッカル」と称されるなど社会に大きな不気味さと衝撃を与えた。

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鄧玉嬌(ダン・ユージャオ)事件

第三話:趙濤(チャオ・タオ)

2009年5月、湖北省のホテルでペディキュア係の鄧玉嬌(当時21歳)が、性的サービスを強要し襲いかかってきた地元役人2人をフルーツナイフで応戦し、1人を刺殺、1人に重傷を負わせた。

背景には「金で買えないものはない」と札束で顔を叩き暴力を振るう権力者の傲慢さがあった。動機は強姦の危機から身を守るための正当防衛である。

当初警察が彼女を容疑者として拘束・精神病院へ送致したことで世論が大炎上。「現代の侠女」と絶賛する声がネット(微博)上で爆発し、巨大な世論の圧力が司法を動かして異例の免訴判決を勝ち取った。ネット世論が権力の暴走を阻止した象徴的事件として大きな衝撃を与えた。

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深圳富士康(フォックスコン)従業員連続飛び降り自殺事件

第四話:罗蓝山(ルオ・ランシャン)

2010年、広東省深圳にある大手電子機器製造企業・富士康(フォックスコン)の工場で、10代から20代の若手出稼ぎ労働者18人が相次いで飛び降り、14人が死亡した。

背景には「世界の工場」を支える軍隊式の過酷な管理体制、単純作業の連日繰り返し、寮生活における人間関係の断絶と強い孤立感があった。動機は他者への殺意ではなく、都市部での未来に希望を見出せず絶望した末の自死(自己への暴力)だった。

事件はAppleなど国際企業のサプライチェーンの歪みを世界に露呈させた。防止ネットの設置や給与引き上げ等の対応がなされたが、格差社会で尊厳を奪われた若者の悲劇として世界に強烈な衝撃を与えた。

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◯ この時期の「出稼ぎ第二世代(新世代農民工)」は、共通の問題を抱えていた。
親世代と異なり、彼らは「田舎に戻って農業をする」選択肢を持たず、かといって都市部で正規の市民として受け入れられるわけでもない「都市の漂流者」であった。
そのため、未来への希望を見出せず、強い虚無感と孤独を抱えていた。この構造的な問題は、『小さき麦の花(2022)』で知られる李睿珺(リー・ルイジュン)監督が、その前作のカンヌ映画祭・ある視点部門出品作『路过未来(2018)』で生々しく描いている。

本作『罪の手ざわり』では都市に出てきて実態を知る若者だが、『路过未来(2018)』では既に都市の工場勤務で疲弊している若者たちと、さらに一歩進んだ状況が描かれる。

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