盲井 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
『盲山』と同じく社会の不条理を突き詰めた硬派な社会派作品。だが同時にあの王宝强(ワン・バオチャン)の初々しい少年ぽさが凄まじい魅力を放つ、不思議な組み合わせの良作。

【スタッフ & キャスト】
2003年 中国・ドイツ・香港 92分 豆瓣評価:9.0/10
監督:李杨(リー・ヤン)
出演:王双宝(ワン・シュアンバオ)、王宝强(ワン・バオチャン)、李易祥(リー・イーシャン)、安静(アン・ジン)
【あらすじ】
1990年代の中国。唐朝陽【王双宝(ワン・シュアンバオ)】と宋金明【李易祥(リー・イーシャン)】は炭鉱夫として炭鉱を渡り歩いていた。貧しい農民を見つけると家族になりすまし、事故に見せかけて殺すことで、炭鉱から補償金を騙し取っていく詐欺をしていたのだ。
2人は駅で16歳だという素朴な少年・元鳳鳴【王宝强(ワン・バオチャン)】を見つける。次のターゲットとして炭鉱に連れていき一緒に働き始める3人だったが、元鳳鳴の純真な性格は次第に2人の気持ちを分裂させていくのだった。
【感想】
改革開放によって一気に資本社会へと変貌した1990年代の中国。その中でも更に奥地に存在し、危険も省みず収入だけを求めてやって来た男たちが集まる炭鉱街。
命よりも金の方が価値があったこの時代。誰がまともで、誰が人殺しか見分けもつかない。その中に身を潜め、炭鉱から炭鉱へと獲物を探し、詐欺と殺人を繰り返してきた2人の男の物語だ。
殺人犯に狙われる少年
そんなギラついた2人の狩人の前に、所在なげに駅で立っていた素朴な少年・元鳳鳴。中国映画をよく見る人には一目でああこの子、後の大スター・王宝强(ワン・バオチャン)だとわかる。けれど、ここでの佇まいはいかにも高校生で、オドオドと不安げに目をキョロキョロさせている、何も知らずに街に着いたばかりという落ち着きの無さが全身から漂っている。
あっという間に目をつけられ、粗っぽい言葉なのに気づけば炭鉱に連れてこられる。元鳳鳴少年は間違いなく次の獲物だ。その後の運命が想像できる観客は、もう彼が心配で仕方がない。

尋常でない緊張感
画面から伝わる緊張感が、もう尋常ではない。主人公2人が訪れる街や店、ストリート。どこもあの当時の中国らしい、いかにも急ごしらえな近代化の風景だ。だがそこに漂っている雰囲気は張り詰めている。海外の見知らぬ土地を訪れた時に感じる、それも少し危険な匂いを感じるエリアの、あの緊張感。画面を観ながら頭のなかで、すぐにこの場を離れろとアラートが鳴るような、そんな危険な雰囲気が張り詰めている。
ほの暗い真っ赤な照明のカラオケ店に入る。粗末なソファに垢抜けない女を横に座らせ、そこで共産主義の革命歌を唄いだすという、乱暴で猥雑な空気。この男たちも既に何人も人を殺してきた。ここで何が起こっても不思議ではない事が、ひしひしと伝わる。
王宝强(ワン・バオチャン)の輝き
そんな無法地帯のような炭鉱街にやって来た少年が元鳳鳴だ。こんな所に来るしかなかった環境もすぐに想像できる。それと同時に、信じられないほどピュアな純真さも一目で伝わってくる。
男たちは彼を信用させるために、炭鉱の同じ部屋で過ごしながら世話を焼いてやる。それもこれも、最後に男の家族として死んでもらう為だ。だが、純粋な元鳳鳴はそんな策略など考えもせず、寡黙に炭鉱作業に勤しみ、夜は勉強も欠かさない。女にも興味はあるのだが、どうしていいのかもまるでわからない。2人の男はそんな彼を、粗っぽく大人の仲間入りをさせていく。強引に削り取られていきそうな純粋さを、困った顔で必死に守り続ける元鳳鳴。その眼が、観客の奥まで貫くようにまっすぐなのだ。2人の男たちも、次第に感情が甦ってくる。

改革開放後の混沌世界
炭鉱を描いた作品といえば、例えば今村昌平『にあんちゃん(1959)』を思い出す人もいるかもしれない。だが炭鉱夫の生活を感じさせるものの、本作はもっと刹那的で、倫理観がねじれてしまった雰囲気自体が迫ってくる。
改革開放によって一気に変化した社会。そこに置いていかれないよう、危険を承知で金を求めて集まってきた人々。そうした混沌とした時代の異常性みたいなものは、例えば改革開放後の混乱を描いた賈樟柯(ジャ・ジャンクー)『一瞬の夢(1997)』なんかに近い。
撮影はドキュメンタリーの手法だが、手触りは『鵞鳥湖の夜(2019)』のようなノワール映画で、それだけに元鳳鳴の、彼だけが放つキラキラした存在感が一層際立って見えるのだ。

映画としての魅力
李杨(リー・ヤン) 監督は次作となる『盲山(2007)』でも、中国社会の暗部を描き、当局の規制に抗いながら人々に問い続けた。本作の撮影でも炭鉱側から脅迫されるなどの抵抗を受けながら完成させ、社会を告発する強い意思が伝わってくる。
だが、長編デビュー作となる本作は、むしろ『神木』という原作小説の味わいや印象深いキャラクターなど、きちんと映画としての魅力も備えていて、ストレートにとても面白い。
一方で、同じようなテーマを扱う賈樟柯(ジャ・ジャンクー)や婁燁(ロウ・イエ)といった監督たちのように、映画としての表現を磨こうという意図も見えないのだ。もっとゴリッと荒削りな、よりテーマを前面に打ち出した、青臭さと感じるほどのピュアなジャーナリスト的な精神が伝わってくる。
次作『盲山』は、正にそうした監督の作風がより研ぎ澄まされた作品になっている。一方で、個人的にはこの『盲井』の、よりドラマティックで切ない余韻を持つ味わいも、とても忘れがたい良さがある。元鳳鳴のあの素朴な瞳を一度見た人は、きっと忘れられなくなるだろう。
『盲山』に興味がある方には、ぜひこちらも見逃さないでほしい。日本未公開なのが本当に惜しい良作だ。
『盲山』中国映画レビュー&解説 | 村ぐるみでの人身売買という恐怖『盲山 Blind Mountain(2007)』 - daily diary
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追記:その後さらに激動していく石炭産業
実は本作で描かれた石炭の炭鉱業は、この後さらなる激動の時代を迎える。
急速な経済成長と石炭価格の自由化により、2002年頃から石炭価格が高騰。炭鉱経営で巨利を得る「煤老板」が続出し、黄金時代を迎える。一方で乱開発や炭鉱事故も深刻化。政府は小規模炭鉱の閉鎖・統合を進め、特に2009年の大規模な企業再編によって国有大手などへの集約が加速し、安全性も向上した。これにより個人経営の小炭鉱は急減し、「煤老板」の時代も終焉へ向かった。
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督『罪の手ざわり(2013)』第1話や『山河ノスタルジア(2015)』では、これによって成り金になっていった男と、相変わらずの生活を送る炭鉱夫とが対比するように登場する。
騙される投資家が悪いのか?中国シャドーバンク、炭鉱終焉と共に訪れるデフォルトの危機 | China Report 中国は今 | ダイヤモンド・オンライン
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【トピック】
予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)
www.youtube.com Mang Jing
中国での公開・受賞・日本での公開/配信
◯ 2003年2月12日からのベルリン国際映画祭に正式出品されワールドプレミア。銀熊賞を受賞したが、センシティブな題材である事から撮影許可の時点から未取得のまま撮影を敢行したため、結局中国での上映許可は得られなかった。
※上映はされなかったが、中国でも多くの人に見られた作品と言ってよい。当時は海賊版DVDやVCDが出回っており映画の入手は難しくなかった。それを示すかのように、後年に下記別項のような類似事件が発生した際、メディアは「盲井式犯罪」という名称で呼び、映画タイトルが定着している事を伺わせる。またメジャーレビューサイト豆瓣での本作のレビュー数は16万以上、評価は驚異的な10点中9.0点を維持し、著名作品を凌ぐ高いレビュー数と評価を得ている。
◯ 日本では現在まで未公開、配信も無しとなっている。
監督:李楊(リー・ヤン)
◯ 中国社会の暗部を暴く社会派リアリズムの巨匠である。劇団俳優やドイツ留学を経た経歴を持ち、体制の外側から中国を客観的に観察する視点を培った。
本作で第53回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。続く『盲山(2007)』で第60回カンヌ国際映画祭に出品され、国際的な名声を確立した。『盲・道(2017)』を含めた、社会の「盲点」を描く「盲」三部作を通じ、非職業俳優の起用やドキュメンタリータッチの演出で、人身売買などの暗部を冷徹に告発し続けている。
当局の厳しい検閲や規制により作品数は極めて少ないが、商業主義に走らず独自の姿勢を貫く、世界的に高く評価される独立系監督である。
『盲山』中国映画レビュー&解説 | 村ぐるみでの人身売買という恐怖『盲山 Blind Mountain(2007)』 - daily diary

王宝强(ワン・バオチャン)
◯ 父親を探しにやって来た少年・元鳳鳴。そそのかされて炭鉱で働き始める。
◯ 中国一有名な喜劇役者、王宝强(ワン・バオチャン)は、少年時代に嵩山少林寺で武術修行をし、その後アクション俳優のキャリアをスタート。農村出身の兵士の成長物語である大ヒット名作ドラマ「士兵突击(2006)」での印象的な役柄で全国的に知られる事となる。
その後、本作で長編映画デビュー。徐铮(徐崢、シュー・ジェン)、黄渤(ホアン・ボー)と主演したコメディ「ロスト・イン・タイランド(2012)」も大ヒット。「唐人街探偵 東京MISSION(2021)」をはじめとする唐人街探偵シリーズや周星馳(チャウ・シンチー)監督「新喜劇王(2019)」、陳凱歌(チェン・カイコー)監督「道士下山(2015)」、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督「罪の手ざわり(2013)」、曹保平(ツァオ・バオピン)監督「李米的猜想(2008)」など多くの映画に主演しているが、特に最近は印象的なドタバタ演技が彼の十八番だ。
「奔跑吧兄弟」などバラエティ番組での出演も多く、そちらでの知名度も高い。
監督業も始めており、コメディの第1作「大闹天竺 (2017)」は芳しくない評価に終わったが、2作目の孤児を育てるボクシングジム経営者を描いた「ネバーギブアップ(2023)」は良作で、本作での縁から李楊(リー・ヤン)監督がゲスト出演している。

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王双宝(ワン・シュアンバオ / シュアンパオ)
◯ 偽装殺人犯のひとり、唐朝阳(画像左)
◯ 1965年、陝西省西安市生まれ。京劇の武生(立ち回り専門の男役)出身で、その鋭い眼光と凄みのある立ち振る舞いに定評がある。実録犯罪ドラマ『12·1枪杀大案 (1999)』で脚光を浴びた。本作直前に『小さな中国のお針子(2002)』に出演。その後も宁浩(ニン・ハオ)監督の『疯狂的赛车 (2009)』や『無人区(2013)』など数々の話題作に出演した。

李易祥(リー・イーシャン)
◯ 偽装殺人犯のひとり、宋金明。次第に元凤鸣に愛着を感じ始める。
◯ 1973年河南省生まれ。名門・北京電影学院で演技を学ぶ。主演作『鸡犬不宁 (2006)』で北京大学生映画祭最優秀男優賞を獲得したほか、ドラマ版『神话 (2010)』の劉邦役など、小市民から歴史上の人物まで幅広くこなす。近年も高評価ドラマ『山海情(2021)』や、王宝强(ワン・バオチャン)主演のサスペンス『棋士 (2025)』といった近作・話題作に出演。映画・ドラマを問わず作品に深みとリアリティをもたらす「カメレオン俳優」として息長く活躍している。
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安静(アン・ジン)
◯ マッサージ店の娼婦・小紅を演じたのは安静(アン・ジン)。主にテレビドラマを中心に活動しており、刑事ドラマやホームドラマなど幅広い作品にバイプレイヤーとして出演を重ねている。

原作小説『神木』
◯ 本作は2000年に劉慶邦によって発表された小説『神木』が原作となっている。
原作小説では犯人たちが被害者に手をかける過程や少年に対する犯人の複雑な感情、内面描写などがより深く掘り下げられているという。またエンディングの描写も違っている。
劇中で歌われる「社会主義好」
◯ 場末のカラオケで2人が歌うのが社会主義を称賛する革命歌「社会主义好」という、中国らしい強烈な場面。もちろん歌詞に色っぽい内容は一切ない。

www.youtube.com 中国革命歌 "社会主义好" 【日本語字幕】
盲井式犯罪とは
◯ 本作に登場するような、事故を装って炭鉱の坑内で殺人し、家族として偽ってその死亡補償金をだまし取る犯罪だ。
本作は現実の事件をかなり忠実に反映しており、映画制作の前からこうした事件は知られていた。原作小説『神木』の作者・劉慶邦は「小説を書く前の時点で、新聞だけでも40件以上、約60人の被害が報じられていた」と語っている。
本作が公開されたことでより大々的に知られる事となり、その後の報道では映画タイトルから「盲井式犯罪」という呼び名が定着した。
◯ そもそもこうした犯罪が多数発生した原因は、実行する価値があるほど割がいいと思わせる構造や制度上の穴があったためだ。
- 鉱山側、特に中小鉱山は坑内死亡事故による行政処分を避けたいので、事故を大きくしたくない。
- 「遺族」を名乗る人物も、裁判より示談金が欲しい。
- 出稼ぎ労働者は身元確認が難しく、行方不明になっても気づかれにくい。
こうした利害の一致から「事故死の補償金」が一種の商品として扱われるようになってしまった事で、事件が続発した。
大きなものでは以下の5件が有名だ。
① 潘申宝グループ事件(1996~1998)
『盲井』に最も近い、映画のモデルとなった代表的事件。
陝西省出身の潘申宝ら約60人が出稼ぎ労働者を落盤事故や爆発事故を装って死亡事故を偽装。遺族になりすまして鉱山側から補償金を受け取っていた。
被害者:28人
立件:27件
詐取額:約52万元(約1040万円)
2000年、主犯10人に死刑判決
この事件では被害者を「点子(獲物)」と呼んでいたことも有名。
各地“盲井”案已至少判44人死刑,专家:完善矿难上报制度_一号专案_澎湃新闻-The Paper
② 王武和グループ事件(1996~1998)
中国でも最大級とされる「盲井式犯罪」。
犯人グループは江蘇・河北・山西・遼寧・山東・安徽・河南など各地を転々とし、犯行を繰り返した。報道では殺害110人以上、負傷3人、詐取額200万元(約4000万円)以上とされている。
ただし、この事件は全てが一つの裁判で認定された数字ではなく、複数地域で確認された犯行をまとめた数字として紹介されることが多く、研究資料では慎重な扱いがされている。
各地“盲井”案已至少判44人死刑,专家:完善矿难上报制度_一号专案_澎湃新闻-The Paper
③ 余貴銀グループ事件(1998)
遼寧省義県第14炭鉱で発覚した事件。余貴銀らは「唐朝家」という偽名を付けた被害者を坑内で殺害。坑内事故を偽装したものの、補償金交渉中に警察へ発覚した。最終的に8~14人以上を殺害、10件前後の事件/補償金詐欺が判明した。2000年には11人へ死刑が執行されている。
井下故意杀人诈骗抚恤金案将在义县开庭_社会新闻_新闻中心_新浪网
④ 河北省武安市・渉県「現実版『盲井』事件」(2011~2012)
『盲井』公開から約10年後に発覚した類似事件。四川省・雲南省出身の21人がグループを組み、同郷の出稼ぎ労働者を鉄鉱山へ連れて行った。坑内で死亡事故を偽装し、別の仲間が遺族になりすまして鉱山側から死亡補償金を騙し取るという手口。
被告:21人、被害者:4人、詐取額:約185万元(約3700万円)、2014年、一審で主犯5人に死刑判決、その他16人にも有罪判決。
この事件は、映画『盲井』と犯行手口が酷似していたことから、中国メディアでも現実版『盲井』と大きく報じられた。
21人团伙锤杀工友伪造矿难 2年杀4人骗赔185万_新闻_央视网(cctv.com)
⑤ 雲南省塩津県「盲井式犯罪」(2012~2016)
『盲井』公開から約10年後に発覚した事件。雲南省塩津県廟壩郷では90人以上が関与したとされ、山東・山西・陝西・内モンゴルなど北部炭鉱へ出稼ぎ労働者を紹介。殺害、
事故を偽装、遺族を装い補償金を要求するという犯行が行われていた。
一つの村だけで40人以上が関与し、家族ぐるみ・村ぐるみで犯罪が広がっていたことが大きな衝撃となった。
地元政府は公開文書で、「映画『盲井』を見て、この方法で金儲けができると考えた住民もいた」とまで言及している。ただし、多くの評論は映画が犯罪を生んだのではなく、1990年代から続く制度上の問題が根本原因と指摘している。
各地“盲井”案已至少判44人死刑,专家:完善矿难上报制度_一号专案_澎湃新闻-The Paper
⑥ 内モンゴル・74人起訴事件(2016)
中国中を震撼させた事件。被告74人、被害者17人(実際はさらに多い可能性)、山西・河北・新疆など6省区にまたがる犯行で、しかも役割分担が完全に組織化されていた。
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