一瞬の夢 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の長編デビュー作は、荒削りだが既に強い個性を放っている。改革開放期の価値観の急変に対応できない男。少し哀愁を持った目線で彼を見つめていく、世界の注目も納得の良作。


【スタッフ & キャスト】
1998年 中国 108分 豆瓣評価:8.6/10
監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
出演:王宏伟(ワン・ホンウェイ)、郝鸿建(ハオ・ホンジャン)、左百韬(ズオ・バイタオ)
【あらすじ】
山西省のとある都市。小武(シャオウー)はスリを稼業にしている。だがかつてのスリ仲間であった靳小勇はスリから足を洗って成功し、今や「実業家」の顔になっていた。その靳小勇が結婚するようなのだが、小武(シャオウー)はどうやら自分が招待されていないと知る。
時代に合わせて生まれ変わっていく仲間。一方で過去を忘れ、かつての仲間をまるで「犯罪者」でも見るように変わっていく事に、納得がいかない小武(シャオウー)なのだった。
【感想】
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の第一作であり、いきなりベルリン映画祭でその名を知らしめた記念すべき作品。ただ、この映画は『長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)』や『山河ノスタルジア(2015)』など、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の後年の著名作品とは色んな面で印象が違う。たとえばそれは、時代に翻弄される人々を見つめる、あの距離感だ。
主人公・小武(シャオウー)を演じるのは次作『プラットホーム(2000)』でも主演する王宏偉(ワン・ホンウェイ)。卒業制作として撮られたこの映画、彼も大学時代の友人として出演している。
まだ若いのに、いつも斜に構えた様な態度で、ぶっきらぼうに振る舞う男だ。いかにも吊るしで買ったことをアピールするようなダボダボのスーツを来ていて、自意識過剰な佇まいだ。

時代に取り残された男
小武(シャオウー)はスリを生業にしていて、その技術にはちょっと自信もある。だが冒頭から、この街でもスリの取り締まりを強化するとのアナウンスが街中に流れて、彼の将来に暗雲が立ちこめる。
劇中の時代は公開と同じ1997年。改革開放期も後半になり、それまでの混沌とした時代から次第に治安も整い始め、山西省汾陽という地方の街にも本格的に市場経済の波が波及し始めた時期だ。
昔はみんなスリをしていた周りの男たちも、時代に対応して商売を始め、犯罪から足を洗い、まともな生活を築き始める。だが小武(シャオウー)だけはそんな変化に違和感があり、昔のままでいたいと願っている。しかし世間の目は、彼をもはや犯罪者とみなすようになっていた。タバコの卸が軌道に乗った友人は、晴れの場に悪人は呼べないと、結婚式に彼を招待しない。行きつけのカラオケの女主人も、気がつくと彼を見下す様になっていく。
彼はいつしか時代に取り残され、その姿を見つめながら映画は終わっていくのだ。

日常の描写や音楽から見せる
派手な出来事は起こらない。決して悪人は出てこないし、声高なメッセージ性もない。
小武(シャオウー)は、カラオケで知り合った女・梅梅(メイメイ)に何度も歌えとせがまれるが、歌おうとしない。彼だって自分が変わるしかない事は薄々気づいている。ただ、こんなに急速に変わっていく事に戸惑っているのだ。
改革開放期の大きな変化は、小武(シャオウー)にとって自分の食い扶持の消滅として現れた。古い友人・小勇(ヨン)にとっては商売の成功だし、梅梅(メイメイ)もまた変化に迫られる。
みんな変化の中の"一瞬の"交錯で出会った人々であり、彼らはまた時代の波に飲み込まれていく。
賈樟柯(ジャ・ジャンクー)はこの映画でそうした変化を、街並みや流行歌、日常の描写といったディテールから、空気の変化として描いている。特にBGMのチョイスが、この時代を映し出していてとても印象に残る。低予算ゆえの手持ちカメラのドキュメンタリー的映像に、わかる人には当時感を強く喚起する音楽で、そのまま「あの頃の雰囲気」が閉じ込められているかのようだ。
小武(シャオウー)は街を歩く。美容院で王菲(フェイ・ウォン)『天空』をバックに、カメラはひげを剃り、髪をセットしていく美容師の手元を捉えていく。もう二度と出会えない、あの頃の穏やかな瞬間。
たとえば前回レビューした李楊(リー・ヤン)監督『盲井(2003)』などは、改革開放期の歪みが犯罪として噴き出していた。一方、本作の舞台・山西省では治安は整い始め、また一歩新しい価値観の変化が顔を出していた。同じ時期の中国でも、地域によってまるで違う時代を生きていた事が見えてくる。

「我々の物語」だからこその近さ
後年の作品で、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督は一貫して時代に取り残された人や風景を描いている。その志向はもうデビュー作から一貫していた事がうかがえる。それでも、その後彼の作品で常に主演していく事になるミューズ、趙濤(チャオ・タオ)はまだ出てこないし、雰囲気はかなり違って見える。
特に後年と違うのは、もっと人々との距離感が近く、主人公に寄り添う気持ちが伝わってくる気がするところだ。それは多分、自分の故郷、自分の友人たちと撮った「我々の物語」だからなのかもしれない。それまでの第5世代による壮大な中国映画とは違い、検閲を通さずに自分達のリアルをそのまま撮ったことが、世界にとっては貴重な記録となっていて、むしろ今見る方がより強く感じるほどだ。
この映画は、2020年にマーティン・スコセッシ率いる団体によって選ばれ、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督自身の監修により4Kデジタルリマスターされていて、そちらを観ると当時の質感がより一層鮮やかで、素晴らしい臨場感を感じられる。見るなら是非ともこちらをお勧めしたい。
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【トピック】
予告編
▶ 本国版予告編(クリックで開きます)
www.youtube.com “Pickpocket” (r. di Jia Zhangke, Cina, 1997)
中国での公開・受賞・日本での公開/配信・4Kリマスター
◯ 1998年のベルリン国際映画祭・フォーラム部門に出品され、新人監督賞などを受賞のほか、釜山国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞。だが本作は事前に許可を受けずに国際映画祭に出品した為、中国で上映許可が下りなかった。
しかし、海賊版DVD/VCDが多数流通していた当時、海外での高い評価を受けて中国でも多くの人が見たと考えられる。後述の2003年の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督への待遇が変化してからは、公式な劇場公開はないものの、イベントや授業での上映などは行われるようになっている。
◯ 日本ではベルリン国際映画祭での受賞から約1年半後の1999年12月25日、「ビターズ・エンド」の配給によって渋谷ユーロスペースなどのミニシアターを中心に公開された。過去にDVDが発売されたが、現在は配信はされていない。
◯ 2020年、映画監督のマーティン・スコセッシが設立した映画保存と修復が目的の法人・The Film Foundationにより、オリジナル16mmネガフィルムからの4Kデジタルリマスターが行われた。監修には賈樟柯(ジャ・ジャンクー)本人が携わり、2020年ベルリン国際映画祭でワールドプレミアされた後、世界で上映された。
※本作がベルリン国際映画祭に出品された際、次作『プラットホーム(2000)』の共同プロデューサーとなる市山尚三に出会っている。
監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
1970年山西省生まれの映画監督・脚本家。北京電影学院で学び、1990年代以降の中国映画界における「第6世代」を代表する作家として知られている。急激な経済成長と社会変化の波に直面し、取り残されていく市井の人々の姿を、詩的で生々しいリアリズムで描き出してきた。
1998年長編デビューの本作がベルリン国際映画祭などで高く評価され、一躍脚光を浴びた。『長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)』でヴェネツィア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞し、世界的評価を確立した。さらに『罪の手ざわり(2013)』でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞したほか、『山河ノスタルジア(2015)』や『帰れない二人(2018)』といった話題作を次々と手がけ、現代アジア映画を牽引する第一人者として活躍を続けている。
また本作の上映不許可の後も、未許可のまま地方でゲリラ撮影して、当局を通さずに海外で映画を公開するという手法で制作し続けたが、2003年に当局との話し合いが持たれ、その後『世界(2004)』以降は正式に許可を得た作品として中国国内でも公開されるようになった。

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王宏伟(ワン・ホンウェイ)
◯ 主人公・小武(シャオウー)。スリを稼業としていたが、次第に周囲が足を洗っていく。
◯ 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)と大学での友人だったところから、本作以来、「青の稲妻(2002)」や「世界(2004)」、そして「長江哀歌(ちょうこうエレジー)(2006)」など、監督作品に数多く出演している。
最近では张律(チャン・リュル)監督最新作「白塔の光(2023)」のほか、顾晓刚(グー・シャオガン)監督の2作目「西湖畔に生きる(2024)」にも出演している。

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郝鸿建(ハオ・ホンジャン)
◯ 友人で昔のスリ仲間であった靳小勇(ヨン)を演じたのは、郝鸿建(ハオ・ホンジャン)。
主に1990年代後半のインディペンディント映画界を中心に活動し、素朴でリアリティのある演技を披露した。プロの俳優ではない非職業俳優(素人俳優)として起用された経緯を持ち、その自然体な存在感によって作品の世界観に特異な生活感とリアリズムをもたらした。本作と同監督による短編作品『イン・パブリック(2001)』などに出演。

左百韬(ズオ・バイタオ)
◯ カラオケ店のホステス・胡梅梅(メイメイ)を演じた左百韬(ズオ・バイタオ)。彼女もまた素人俳優として出演。監督2作目『プラットホーム(2000)』にも出演している。

劇中に登場した演劇:現代晋劇
◯ 主人公・小武(シャオウー)が実家へ帰った時に家族で見た演劇は、山西省の地方劇・晋劇の中でも「現代劇(现代戏)」と呼ばれるタイプ。現代の家庭や農村、職場を舞台にした作品で、1980~90年代の山西省ではごく普通に上演されていた。
劇中で上演されていたのは「家庭倫理劇」というもの。
- 1980年代以降、中国では地方劇も「現代の人々の生活を描く」作品が盛んに作られた。
- 親孝行、夫婦関係、嫁姑問題、家族の絆などが定番テーマだった。
- 県や郷鎮の劇団が巡回公演を行い、祭りや広場、劇場で多くの人が観ていた。テレビ放送もあり、地方では非常に身近な娯楽だった。
劇中に登場した流行歌
①『心雨』 毛寧(マオ・ニン)&楊鈺瑩(ヤン・ユーイン)
◯ カラオケのシーンでデュエットの定番曲として選ばれ、別のシーンでも流れる本作のテーマ的な一曲。
◯ 1993年リリース。90年代前半を代表する男女デュエットで、中でも『心雨』はKTV(カラオケ)の定番中の定番で、中国人ならほぼ誰でも知っていた曲だ。
「明天我将成为别人的新娘(明日、私は他の人の花嫁になる)」という切ない歌詞が有名である。
www.youtube.com 毛宁 & 杨钰莹 - 心雨
②『天空』 王菲(フェイ・ウォン)
◯ 小武(シャオウー)が梅梅(メイメイ)の見舞いにやって来たシーンで、彼女が歌うのがこの曲。
◯ 1994年発売のアルバム『天空』のタイトル曲で、王菲(フェイ・ウォン)を中国全土のトップスターへ押し上げた代表曲の一つ。
当時、中国の若者の憧れであった香港/台湾ポップスの中でも、圧倒的な人気であった王菲(フェイ・ウォン)は、知的で都会的、少し幻想的なイメージの象徴であった。
「空はいつ一つになるの?」という歌詞を歌いながら、都会へ行く夢を持っていた梅梅(メイメイ)は涙を流す。
www.youtube.com 王菲『天空』
③『霸王别姬』屠洪剛(トゥ・ホンガン)
1996年に発表された大ヒット曲で、京劇『覇王別姫』の項羽と虞姫をモチーフに、英雄の没落や時代の終焉、別れ、誇りを失わない生き方を歌っている。
歌の中の主人公・項羽は古い時代を生き方を捨てられない男であり、この曲自体が歴史性や男らしさ、伝統文化をポップスとして再解釈してヒットした作品で、昔ながらの男である小武(シャオウー)を象徴したような選択だ。
www.youtube.com 屠洪刚 霸王别姬【经典歌曲MV】
④『大姑娘美大姑娘浪』
◯ カラオケで梅梅(メイメイ)が歌っていた曲。
◯ 1980年代末に作られた東北地方の民謡風ポップス。タイトルは直訳すると「娘さんは美人で、元気いっぱい」。恋人を探す陽気な歌で、農村や地方都市、結婚式、お祭りなどで非常によく流れていた、「地方の庶民文化」を代表する一曲。
www.youtube.com [2017中秋晚会]歌组合 东北四季·夏《大姑娘美大姑娘浪》 | CCTV-4
⑤『淺醉一生』葉蒨文(サリー・イップ)
◯ 小武(シャオウー)が街を眺めるシーンで、香港映画の音声に重なりながらこの曲が流れる。
◯ 呉宇森(ジョン・ウー)監督、周潤發(チョウ・ユンファ)主演の香港映画『狼/男たちの挽歌・最終章(1989)』の主題歌。当時の風景そのままでもあり、歌詞の「毎一天,我在徬徨/每日每夜我在流浪(毎日私はさまよい、昼も夜も流浪している)」という一節は、小武(シャオウー)の心境でもある。
なお監督は、この曲を『プラットホーム(2000)』や『四川のうた(2008)』、『帰れない二人(2018)』でも使用し、特別な曲になっている。
www.youtube.com The Killer 1989, Qian Zui Yi Sheng (Theme Song) - Sally Yeh, 4K Up-scaling & HQ Sound