太陽は我らの上に - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
【この感想では映画の印象に影響を与える内容を記述しています。
まだ映画をご覧になっていない方、本記事による影響が心配な方は映画鑑賞後にご覧になる事をおすすめします。】
予想のつかない驚きの結末。負い目を背負い、疲れきった大人たちの、それでも生きるためにもがく姿を見つめる。深く掘り下げられた素晴らしい脚本、まるでフィルム撮影のようなノスタルジックで湿度の高い映像が素晴らしい。葆树(バオシュウ)役を演じた张颂文(チャン・ソンウェン)はこの役を演じて何を思うのか…

www.youtube.com The Sun Rises on Us All new clip official from Venice Film Festival 2025
【スタッフ & キャスト】
2025年 中国 131分
監督: 蔡尚君(ツァイ・シャンジュン / シャンチュン)
出演: 辛芷蕾(シン・ジーレイ)、张颂文(チャン・ソンウェン)、冯绍峰(ウィリアム・フォン)
【あらすじ】
きっかけは、病院での偶然の再会だった。かつて恋人関係にあった曾美云(メイユン)【辛芷蕾(シン・ジーレイ)】と葆树(バオシュウ)【张颂文(チャン・ソンウェン)】は、長い別離を経て、再びお互いの人生に深く関わることになる。
曾美云(メイユン)には既婚者の恋人がおり、彼の子どもを妊娠したばかりだった。だが、刑務所を出て同じ街で暮らす葆树(バオシュウ)が末期がんだと知り、曾美云(メイユン)は彼を自らのアパートに迎え入れ、治療に専念させようとする。
【感想】
【この感想では映画の印象に影響を与える内容を記述しています。】
【まだ映画をご覧になっていない方、本記事による影響が心配な方は映画鑑賞後にご覧になる事をおすすめします。】
予想のつかない驚きの結末。負い目を背負い、疲れきった大人たちの、それでも生きるためにもがく姿を見つめる。深く掘り下げられた素晴らしい脚本、まるでフィルム撮影のようなノスタルジックで湿度の高い映像が素晴らしい。葆树(バオシュウ)役を演じた张颂文(チャン・ソンウェン)はこの役を演じて何を思うのか…
この映画は見る前から様々なニュースが耳に入り、素直に見ることがもはや難しくなってしまった作品、と言えるかもしれない。もし本作を見る予定があり、それまで情報をできる限り入手したくないなら、この感想は映画を見るまでは読まない方が良いかもしれない。

筆者はたまたまタイ・バンコクにいる際、この映画が上映されている事を知り、幸運にも10月上旬という早期に見ることができた。ここではバンコク国際映画祭というものが毎年開催されているようで、その中の1本に本作が選ばれていたのだが、筆者は全2回上映の2回目に見たからか、土曜の14時半からだったのになんと観客は4人ほど。映画祭については案内すら無いという素っ気なさのサイアム・パラゴンという繁華街にある巨大モール内のシアターの中、ガラガラの客席で見ることになった。もちろんチケットも当日その場で購入できた。英語字幕ではあったが、もし機会があるなら次回はこのバンコク映画祭でチェックされるのもオススメだ。

さて本作は、なんといってもヴェネツィア映画祭で辛芷蕾(シン・ジーレイ)がヴォルピ杯女優賞を受賞したという素晴らしいニュースで語られる映画だ。国際的な映画祭での中華系女優の受賞は「在りし日の歌(2019)」の咏梅(ヨン・メイ)によるベルリン映画祭以来の朗報で、辛芷蕾(シン・ジーレイ)自身受賞は想定外だったそうだが、演技力の高さは映画「チャオ・イェンの思い(2024)」などでも誰もが認めるところなので本当に喜ばしい。製作陣一同このニュースはいつも以上に喜んだ筈だ。

本作の中で辛芷蕾(シン・ジーレイ)は暴発しそうな感情をぐっと押し殺す我慢の演技が圧倒的だった。彼女が演じる曾美云(メイユン)という女は、映画の冒頭から幸せそうではない。妊娠がわかったというのに余裕はなさそうな、生活する事だけで手いっぱいな雰囲気が滲み出ている。
そして、冯绍峰(ウィリアム・フォン)演じる既婚者の男と不倫しているのだが、そんな中でなぜか病院で見かけた张颂文(チャン・ソンウェン)が演じる男を家に連れてきて住まわせる事にするのだ。
この疲れきって余裕のない女、曾美云(メイユン)の、破裂寸前の鬱屈した感情を力ずくで溜めこんでいる、死んだような眼がすごい。人生の中で、何もかもがんじがらめになった瞬間の、あの息が詰まる感覚は誰しも感じた事はあるだろう。そして彼女は、そうしたどん底の状況でも何とか改善しようとしていて、とても健全な姿だし、つい自然に彼女を応援しそうになる。だが、むしろそれこそが誰かを傷つける事であったり、彼女には許されない事でもあったなら… 劇中で見せる2人の姿は、かたや忙しなく動く曾美云(メイユン)に対して、毎日を無気力で怠惰に過ごすだけの男・葆树(バオシュウ)と見えるが、じわじわと2人の本当の姿が見えてくると、実は2人とも過去という鎖に繋がれた奴隷のような、それもお互いを互いに鎖で繋いでいるかのような、共依存の関係に見えてくる。
エンディングは確かにひとつの物語の結末ではあるが、その結末はこの2人のどちらにとっての結末なのか。救われたのはどちらなのか。

日本版タイトル「太陽は我らの上に」は英題「The Sun Rises on Us All」からの訳だが、劇中で太陽は最後まで出てこず、このある種スローガン的な言葉に現実との皮肉を込めているように感じる。一方で原題である「日掛中天」は、広東オペラ(粵劇)の古典「紫釵記」の台詞「日掛中天格外紅,月缺終須有彌縫(赤く輝く太陽もいずれは沈み、欠けた月もいずれは満ちる、の意味)」から取られていて、ここから、運命で結ばれた2人という「紫釵記」での登場人物も思い起こされ、改めて監督の意図を再確認したようにも感じられた。だがその意図もストレートに素敵なものとは真逆の、むしろ決して逃れられない因果とでも言えるような残酷なものとしてのそれだ。
脚本が大変素晴らしいのと同時に、映像も独特の美しさを持っていて印象的だった。特に最後のシーンでの、まるでフィルム撮影なのかと思わせるようなザラっとした粗い質感が、ノスタルジックでもあり、寓話的にも感じられて一際印象的だった。
この感想は未だ中国での全国公開も始まっていない段階で書いたので、公開後にどんなリアクションが起こるのかわからない。だが本土では、张颂文(チャン・ソンウェン)の演じた役に色々と思う人はいるだろう。
現在彼は下記に記した通り、昨年末にDV疑惑が起こって以来、半年以上沈黙を貫いている。その際に正に本作の出資者が騒動の沈静化を図った事も明るみになり、彼のキャリアはもとより、本作の公開自体危ぶまれる事になった。
この映画での彼の役は、過去の罪とどう向き合うか問うという、まさに騒動を想起させるような立場になっている。カンヌ映画祭で彼は久しぶりに公の場に登場したが、この映画を見た観客は、よくこんな映画で復帰しようと思えたな、と感じても不思議ではない程に、皮肉な巡り合わせに感じられる。
そうした場外での騒ぎのせいで、映画自体に集中されなくなったのは不運としか言いようがない。
あえていえば、主人公・曾美云(メイユン)の物語はこんなにハードであってもなおピュアな寓話であり、現実はむしろそれ以上に汚れているのかもしれない、そう感じさせる映画であった。

【追記】
その後本作は中国で公開され、人々のレビューも続々とアップされるようになった。評価も非常に高く、数多くの人が好意的に評価している。と、同時に张颂文(チャン・ソンウェン)についての言及は殆どされていないように見える。言及がないので疑惑について黙殺なのか我慢しているのかもわからないが、大体のところ、彼とこの映画について極めて理性的に反応されているように見受けられる。
筆者もこの映画が世に出た事をとても良かったと思っているし、なんでもキャンセルとなる事には必ずしも同意しない。だが、もし公開から間もない今の時点で見ようというなら、まずは騒動の存在程度は知った上で評価する事が必要だと思う。少なくとも本作は当事者でもあり、彼の立ち位置も未だ不安定なままだ。
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【トピック】
◯ 本作は当初、2025年公開として2024年10月にはティーザーポスターが登場し始めていたが、その年末から出演俳優の张颂文(チャン・ソンウェン)によるDV疑惑が大きな問題となり、更に本作制作会社も関与していた疑惑で炎上した(詳しくは下記本人の項目を参照のこと)。
2025年9月にヴェネツィア映画祭に出品後、2025年11月7日から中国本土で全国公開。公開初週の興収ランキングは「プレデター:バッドランド(2025)」や李庚希(リー・ゲンシー)主演の「即兴谋杀 (2025) 」などに次ぐ4位となった。11月18日現在での興行収入は2099万元(4.5億円)。
◯ 2025年9月5日にヴェネツィア映画祭コンペティション部門でワールドプレミア。辛芷蕾(シン・ジーレイ)がヴォルピ杯女優賞を受賞した。

◯ 日本では11月21日からの東京フィルメックスでオープニング作品として上映。
◯ タイトルの「日掛中天」は広東オペラ(粵劇)の古典・「紫釵記」の中での台詞「日掛中天格外紅,月缺終須有彌縫(赤く輝く太陽もいずれは沈み、欠けた月もいずれは満ちる、の意味)」から取られている。
粵劇「紫釵記」はもともとは明代の戯曲(崑曲)として湯顕祖が書いたものを、粵劇の大家・唐滌生が粵劇に翻案したもので、紫玉のかんざしで結ばれた二人の別れと再会を描いた物語。名コンビ・任劍輝(ヤム・キムファイ)と白雪仙(バク・シュッシン)の主演で1959年に映画化もされた。
◯ 監督の蔡尚君(ツァイ・シャンジュン / シャンチュン、画像中左)は1967年生まれ。脚本家として90年代から活躍し、「スパイシー・ラブスープ(1998)」、「こころの湯(1999)」、「胡同(フートン)のひまわり(2005)」の张扬(チャン・ヤン)監督作品で脚本を担当。
その後、陳建斌(チェン・ジェンビン)主演の「人山人海 (2011) 」を監督してヴェネツィア映画祭・銀獅子賞を受賞。前作となる「氷の下(2017) 」は主演の黄渤(ホアン・ボー)が上海映画祭・主演男優賞を受賞。両作とも東京フィルメックスで上映されている。

辛芷蕾(シン・ジーレイ)
◯ 曾美云(メイユン)。独身。洋服のネット販売で生計を立てているが、恋人の子を妊娠している事がわかる。
◯ 1986年生まれの辛芷蕾(シン・ジーレイ)は、病の父と看病のために働けない母を抱えた状況で19歳で芸能界入りする。「画皮 あやかしの恋(2008)」のドラマ版「画皮 千年の恋(2011)」でデビュー。
ドラマでは「蒼穹の剣(2018)」、「狼殿下(2018)」、「如懿伝(2018)」、「慶余年(2019)」とヒット作へ出演していく。映画では「長江 愛の詩(2016)」、「修羅:黒衣の反逆(2017)」などがある。
昨年は、王家衛(ウォン・カーウァイ)が監督した大ヒットドラマ「繁花 (2023) 」、そして大ヒット作の続編「慶余年2」、夏休み映画としてデリバリードライバーを描いた快作「アップストリーム ~逆転人生~(2024)」、ミャンマー華人を描いた「チャオ・イェンの思い(2024)」と、数多くの出演作が公開されている。

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张颂文(チャン・ソンウェン)
◯ 葆树(バオシュウ)。身寄りもなくガンで入院しているところで曾美云(メイユン)と再会する。
◯ 娄烨(ロウ・イエ)監督作品の常連として「パリ、ただよう花(2011)」や「シャドウプレイ(2019)」、「サタデー・フィクション(2019)」、そして最新作の「未完成の映画(2024)」に出演。
一方、大ヒットドラマ「バッド・キッズ 隠秘之罪(2020)」で主人公の父親役を演じて知られるようになった。共産党100周年記念映画「革命者(2021)」で主演、同じテーマの「1921(2021)」でも大役で出演と、同時期公開の2作で活躍した後、大ヒットドラマ「狂飙(2023)」、映画「第八の容疑者(2023)」など、多くの作品に主演格で出演している。陈凯歌(チェン・カイコー)監督「志願軍 ~雄兵出撃~(2023)」にも出演している。
だが昨年末から张颂文(チャン・ソンウェン)についてのDV疑惑の騒動が持ち上がっている。女優に対する性行為の強要等を告発されたが、本人は今に至るまで一切の反応をせず、本作の制作会社によって女優への口止め疑惑まで発生した。
一連の流れはFalさんにより纏められたこちらの記事が詳しい。

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冯绍峰(ウィリアム・フォン)
◯ 其峰。曾美云(メイユン)の恋人だが既婚者。
◯ ドラマ「宮 パレス 〜時をかける宮女〜(2011)」や映画「項羽と劉邦/White Vengeance(2011)」で知られるようになる。2015年に韩寒(ハン・ハン)監督のデビュー作「いつか、また(2015)」に主演。その他の監督作「四海(2022)」や「飞驰人生2(2024)」にも出演している。
ディズニー映画「ムーラン(2020)」主演の刘亦菲 (リウ・イーフェイ)と共に「二代妖精之今生有幸(2017)」にも主演。他にも映画では「黄金時代(2014)」、「西遊記 孫悟空vs白骨夫人(2016)」、ドラマでは「明蘭~才媛の春~(2017)」など。
昨年は「封神~嵐のキングダム~(2023)」で天上人的な存在である太乙真人を演じた。

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