『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ』マレーシア・台湾映画レビュー&解説 | マレーシアの貧困難聴者の現実「富都青年 Abang Adik(2023)」

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【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

ことさら声高に不条理を叫ぶのでなく、ジワジワと主人公たちが追い詰められていく姿を見せる事で心に迫ってくる良作。マレーシアならではの暗い夜景が殊更に彼ら2人の境遇に影を落とす。

 

 

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ 富都青年Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ 富都青年


www.youtube.com Abang Adik 富都青年 - Official Trailer


www.youtube.com 映画『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』予告編《2025年1月31日公開》

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2023年 マレーシア・台湾合作 115分
監督:王禮霖(ジン・オン / ジン・オング)
出演:吳慷仁(ウー・カンレン)陳澤耀(ジャック・タン)林宣妤(セレーン・リム)鄧金煌(タン・キムワン)周雪婷(エイプリル・チャン)

 

 

 

【あらすじ】

マレーシア・クアラルンプールの富都(プドゥ)地区にある荒廃したスラム街。この地域には不法滞在者2世とも言える人々や、様々な国籍・背景を持つ貧困層の人々が多く暮らしている。その場所で、身分証明書(ID)を与えられず、過酷な生活を強いられ生きてきた兄アバン【吳慷仁(ウー・カンレン)】と弟アディ【陳澤耀(ジャック・タン)】。アバンは聾唖(ろうあ)というハンディを抱えながらも、市場の日雇いで堅実に生計を立てているが、アディは簡単に現金が手に入る裏社会と繋がっていて、彼の行動は常に危険と隣り合わせだ。そんなある日、実父の所在が判明したアディにはID発行の可能性が出てきた。しかしある事件がきっかけとなって、二人の未来に重く暗い影が忍び寄る。

公式サイトより

 

 

 

【感想】

ことさら声高に不条理を叫ぶのでなく、ジワジワと主人公たちが追い詰められていく姿を見せる事で心に迫ってくる良作。マレーシアならではの暗い夜景が殊更に彼ら2人の境遇に影を落とす。

いつもは中華映画を取り上げているが、筆者が最も頻繁に訪れているマレーシアが舞台の映画、しかもNetflixでも公開、更に映画館でも同時に全国公開もという驚異的に大きな扱いなので、これは見ないわけにはいかない。

 

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ

 

とはいえ、マレーシアの映画は正直あまり見ていないのだが、普段現地の映画館で目にする感覚では、マレーシア映画は犯罪ものやアクションなどのエンタメ系、ジャンルものが多く作られていたり、映画全体で言えばインド映画の人気も高い印象だ。人口比率的にもマレー人俳優の作品が多い事もあり、今作のような中華系、さらには台湾のスター・吳慷仁(ウー・カンレン)が主演というマレーシア作品は珍しいと思う。

ちなみに現地では、中華映画はヒット作が香港映画、中国映画、台湾映画ともに公開されるものの、全部合わせてもインド映画の半分程度の本数という感じだろうか。
そして本作は本国公開から1年以上経つものの、本国でのプロモーションなどを目にした覚えは残念ながら無い。もしかしたら本国以上に台湾などの国外での評価がより高いのかもしれない…

 

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ

 

だが、映画はとても面白く心に残った。富都(プドゥ、Pudu)というエリアは、首都クアラルンプールの中でも繁華街のすぐそば、一番の繁華街ブキッ・ビンタン地区から徒歩でも20分程度しか離れていない、例えるなら新宿のはずれみたいなエリアだ。最近オープンしたモール・ららぽーともギリギリエリア内にあるくらい近い。確かに旧中華街みたいな古い建物の多いエリアという印象だが、一番のスラムと呼ばれるほど荒れた場所という印象は無かったので、本作で初めて知ったというところだ。

同じような雰囲気のエリアはマレーシアの各都市にもあって、例えば筆者にはコタキナバルのはずれなんかも同じ雰囲気で思い出される。灯りが少ない暗がりの中、繁華街を外れて5分も行くとアバンとアディが住んでいたような団地のエリアがある。例えばアバンが働いていた市場に似た安い服なんかを売ってるエリアもあるし、一方で団地の中庭では、映写機で野外上映しているB級のギャング映画(これが上記のようなマレーシア映画だ)なんか見ながら、その周囲に出ている屋台で買った安いご飯を食べたり、子どもたちが遊んだりしていて、筆者もそこで食べたりしていた。つい数年前の話だ。監督も言うように、どの街にもこうした影のような人々、エリアは存在するのだ。

 

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ

 

映画では、なによりも主人公2人があのエリアにとても馴染む佇まいになっていたのが驚きだった。吳慷仁(ウー・カンレン)演じる兄アバンの、貧相とも言える痩せぎすの身体に使い古したTシャツ、そして陳澤耀(ジャック・タン)演じる弟アディの、顔に小傷を湛え、逞しくもあり幼さも垣間見える、いかにもあの辺りにいそうな雰囲気。
ちなみに、マレー語の原題はNetflix版と同じ「アバンとアディ」だが、"Abang Adik”は兄と弟、つまりアバン=兄、アディ=弟という意味だ。

吳慷仁(ウー・カンレン)は前作の香港映画「離れていても(2023)」でも、似たような貧困層の役だった事もあり、尚更に役柄にハマっていた。聾者の設定だが、補聴器を付けた難聴のようで、時折声も発したり、手話だけでないコミュニケーションが驚くほど自然に組み合わされていて、すごくハイレベルな演技に見えるし、社会の一員としてサバイブするために臨機応変に対応してきたアバンの生き方が伝わってくる。

そして弟・アディを演じる陳澤耀(ジャック・タン)。彼は、彼だけでなくこの映画の母体ともなった映画「分貝人生(2017)」で見て以来、7年ぶりかの再会なのだが、あの時の若くほっそりとした、妹思いだがまだ頼りない長男という役柄から、ぐっと逞しい体つきになっていて、忘れられない良作だったあの映画からの思いがけない再会に胸が熱くなる。どちらの映画でも、誠実だが環境に流されてしまいがちなキャラが共通していて、まさに「分貝人生」での彼に再会した気持ちにさせられる。

 

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ

 

「分貝人生(2017)」は、年端もいかない妹を常に思いやりながら生活していた兄が、バイクの事故で妹を失い、そこからギリギリだった貧困生活が破綻し始めていくという、今作とも共通するテーマを描いている。張艾嘉(シルヴィア・チャン)も出演、台湾金馬奨も受賞した心に残る秀作だ。そして、改めて予告編を見ると、今作でも出てきた出生証明書が既にこの映画でも取り上げられていた事を知った。まさに2つの作品は同じような境遇の人々についての地続きの物語だ。

今作は同じテーマを描きつつも、後半からの展開はより一層考えさせられるものになっている。選択肢は既に数少なく、希望を持つ事が事態を改善する事もない。兄が最後に考えた事は、これまでもずっと考え続けていた事だろうし、だからこそアバンという人が忘れられなくなる。見終わってから、改めてマニーの部屋でのダンスシーンを思い出すと、あの時からアバンの気持ちには一切のブレも無かったのだと、あらためて涙が湧いてくる。

個人的にはたまたま見ることになった「分貝人生(2017)」との出会いから7年、その果実にこんな素晴らしい形で再会できた事が嬉しくて仕方ない経験だった。

 

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★★★★☆ 星4

Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ

 

 

 

【トピック】

◯ 台湾で2023年12月1日に公開。マレーシアでは2週間後の12月14日に公開され、その他香港マカオ、シンガポール、タイ、中国、イタリアなどで公開された。
興行収入はそれぞれ1億台湾ドル(4.7億円)、584万マレーシア・リンギット(2億円)、2600万香港ドル(5.2億円)となった。

その後、2024年6月14日からNetflixで、日本含む全世界配信も開始された。

www.netflix.com

 

 

◯ 日本ではまず2023年11月29日に沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバルで上映。2025年1月31日より「アバンとアディ」というタイトルから「Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり」へと改題されて全国公開となった。
『アバンとアディ』|Cinema at Sea-沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル

www.reallylikefilms.com

 

 

◯ 本作は台湾金馬奨で吳慷仁(ウー・カンレン)に主演男優賞受賞、7部門ノミネート。イタリア・ウディーネ・ファーイースト映画祭で3部門受賞、そしてアカデミー賞国際長編映画賞にはマレーシア代表としてエントリーされた。
香港金像奨・アジア中国語作品賞にもノミネートされた。

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◯ 監督の王禮霖(ジン・オン / ジン・オング)は、本作が長編デビュー作となり、台湾金馬奨では新人監督賞にノミネートされた。
陳澤耀(ジャック・タン)が主演した「分貝人生(2017)」以来プロデューサーとして「ミス・アンディ(2020)」など6作品の映画に携わってきた。

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Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり / アバンとアディ 富都青年

 

 

◯ 2017年に公開された映画「分貝人生」が今作のルーツとでも言える作品となる。
今作の王禮霖(ジン・オン / ジン・オング)監督は、この映画がキャリア初のプロデュース作品であり、その後こうした作風の映画をプロデュースしていく事になる。
弟アディ役の陳澤耀(ジャック・タン)にとっても、初の本格的な長編映画出演作であった。
2017年の台湾金馬奨で新人監督賞と撮影賞にノミネート、上海国際映画祭ではアジア新人奨の作品賞、男優賞、撮影賞を受賞するという高い評価を受ける。そして、2人は同テーマの良作「ミス・アンディ(2020)」を経て、今作に結実する。

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◯ 主題歌を担当したのは日本人である片山凉太で、出演もしている。
1990年日本生まれだが、マレーシア人の母とともに4歳でマレーシアやオーストラリアで育った。
RYOTA名義で楽曲の発表を始め、2017年にEPを発表。アルバムを2枚発表している。
「逃啊逃啊(2018)」でマレーシアの作曲賞を受賞。「身份不明(2019)」を収録したEPも高い評価を受ける。

本作の主題歌「一路以來」で台湾金馬奨ノミネート、金曲奨では楽曲賞を受賞した。


www.youtube.com RYOTA 片山凉太、谭一礼 《逃啊逃啊》Official Music Video 【光合作用单曲计划】


www.youtube.com 《身份不明》 RYOTA 片山凉太 、Chris M. Yong、周明骏【Official Music Video】


www.youtube.com RYOTA 片山凉太《一路以來 A Walk To Remember》Official MV - 電影【富都青年】主題曲

 

 

 

富都(プドゥ)地区

◯ クアラルンプールの富都(プドゥ、Pudu)地区とは、KLの中心繁華街であるブキッ・ビンタンから2kmほどしか離れていない、歩いても30分程度のほど近い場所にある。
2022年にオープンした、ららぽーと ブキッ・ビンタン シティ センターもぎりぎり富都(プドゥ)地区の北端に入る。このららぽーと、当初は集客が芳しくなく、それは当地がプドゥ刑務所跡地だった事、それも戦時中は日本軍による戦争犯罪人収容にも使用されていた事から呪われているのだ、といったような噂もあった。関連はともかく史実ではある。

blog-tourismmalaysia.jp

 

筆者は以前、KL在住マレーシア人に富都(プドゥ)にあるフィッシュヘッドカレーの老舗に連れて行ってもらった事があるが、カジュアルな雰囲気ながら非常に美味で、とにかく賑わっていた事を覚えている。オーナーは広東省からのマレーシア華人だ。
ちなみにこのフィッシュヘッドカレーはイポーという都市の名物。ボランティア・李佳恩(ジアエン)役の林宣妤(セレーン・リム)の出身地でもあり、歴史的に華人が多く住む都市だ。

markleo.net

 

最近マレーシアが舞台になった映画といえば、明示されてはいないがペナンで撮影を行った中国の大ヒットサスペンス映画「黙する者が生きし場所 / 黙殺~沈黙が始まったあの日(2024)」がある。

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吳慷仁(ウー・カンレン)

◯ 兄であるアバン(陈亚邦、阿邦、Abang)。難聴で手話を使っている聾者。身分証明書、出生証明書を持っていない為、困窮の中で生活している。

◯ 本作で台湾金馬奨・主演男優賞を受賞した。

台湾の俳優・モデル。2007年、CM出演を契機に芸能界入り。人気ドラマ「秋のコンチェルト(2009)」に出演し、その後も「悪との距離(2019)」「華燈初上 -夜を生きる女たち-(2021)」「模仿犯(2023)」など多くの人気台湾ドラマに出演。

映画でも「コード CODE 悪魔の契約(2016)」「狂徒(2018)」「High Flash~引火点(2018)」などに主演のほか、金馬奨受賞作「つかみ損ねた恋に(2021)」に主演。香港映画「離れていても(2023)」にも出演している。

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陳澤耀(ジャック・タン)

◯ 弟のアディ(张文迪、阿迪、Adik)。兄同様に身分証明書を持っていないが、出生証明書を持っていて申請すれば取得できる。だが、両親を嫌悪し証明書を欲しがらない。

◯ 1991年生まれ。元々歌手として、2009年に2人組デュオ「東于哲」としてデビューし、現在までにアルバム4枚を発表、ドラマ主題歌など数多く提供する人気グループだ。それと共にCM出演、テレビタレントとしても活動。
俳優としてドラマ出演も2009年のデビュー時以来数多くこなしているが、主演映画「分貝人生(2017)」で上海国際映画祭・主演男優賞を受賞し、以来映画出演も一気に増加した。「分貝人生」のプロデューサーによる大阪アジアン映画祭上映作「ミス・アンディ(2020)」などに出演している。

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林宣妤(セレーン・リム)

◯ 兄弟の身分証明書取得を手助けしようとするNGOボランティア・李佳恩(ジアエン)。

◯ 1996年にイポーのあるペラ州生まれ。20歳の時に華人ミスコンテストに選出される。2018年に香港TVB無綫電視と契約するも、ストレスからの過食症などから2年後に契約終了。その頃には林峯(レイモンド・ラム)主演の「使徒行者3 (2020) 」「反黑路人甲 (2020) 」など香港ドラマに出演している。
映画では、阿部寛が出演している台湾金馬奨9部門ノミネートのマレーシア映画「夕霧花園(2019)」にも出演している。

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鄧金煌(タン・キムワン)

◯ 同じアパートに住むLGBTQの友人・Money姊(マニー)。

◯ 本作で台湾金馬奨・新人賞にノミネートされた。

長い芸歴を持つと思いきや、本作以外のフィルモグラフィとしては昨年のマレーシア・ペナンで撮影した大ヒット中国映画「黙する者が生きし場所 / 黙殺~沈黙が始まったあの日(2023)」に出演歴があるくらいの、確かに新人といって良いキャリアだ。

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周雪婷(エイプリル・チャン)

◯ ミャンマーから出稼ぎに来ていた小苏。アバンと良い仲になる。

◯ 1995年ジョホール州生まれのマレーシア人俳優。演劇などからキャリアを始め、ドラマや映画に出演。翟天临(ジャイ・ティエンリン)&尹正(イン・ジョン)が主演の中国ドラマ「オリジナル・シン -原生之罪-(2018)」にも出演している。

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