中国映画レビュー&解説「盛夏の聲 倒仓 The Midsummer's Voice (2024)」

倒仓:豆瓣

盛夏の聲 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

現代に京劇の学校へ集う若者たちの青春ストーリー。とても爽やかでストレートな若者たちの物語が素敵で、周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)の強烈な存在感と共に、彼らを通して伝統芸能の魅力や現状も教えてくれる、とてもクオリティの高い良作。

 

 

盛夏の聲 倒仓


www.youtube.com 电影《倒仓》THE MIDSUMMER'S VOICE|终极预告

 

 

 

【スタッフ & キャスト】

2024年 中国 101分 豆瓣評価:6.9/10
監督:张裕笛(チャン・ユーディ)
出演:边程(ビエン・チェン)周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)陈少熙(チェン・シャオシー)徐世昕(シュー・シーシン)张弛(チャン・チー)刘钧(リュウ・ジュン)

 

 

 

【あらすじ】

京劇学校の学生・孙小磊【边程(ビエン・チェン)】は人生初の重要なコンクールを控えていたが、なかなか訪れない声変わりに焦りを感じていた。孫小磊は偶然にも二人のライバル――男勝りな女老生の时佳慧【周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)】と名門出身の谢天赐【陈少熙(チェン・シャオシー)】と友達になる。三人の学生たちは長い夏の中で、青春期の「声変わり」という試練を迎えようとしていた。

 

 

 

【感想】

現代に京劇の学校へ集う若者たちの青春ストーリー。とても爽やかでストレートな若者たちの物語が素敵で、周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)の強烈な存在感と共に、彼らを通して伝統芸能の魅力や現状も教えてくれる、とてもクオリティの高い良作。

3人を中心とした学生たちの日々がキラキラと輝いていて、見ているだけで心がうるうるしてくるようだ。
そこに映画の原題でもある「倒仓」=京劇での声変わり問題が重ねられ、更に女子ながら年配男性役=「老生」を専攻する者、京劇の名家に生まれつつも進路に悩む者という、それぞれに種類は違えど、伝統芸能と人生が交差する分岐点に立たされる。

 

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*周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)のスバ抜けた個性

ほとんどの出演者たちが、公開された2年前にはまだあまり知られていない若手だが、なかでも女子学生を演じた周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)のずば抜けた個性に圧倒される。
赵薇(ヴィッキー・チャオ)に似たルックスだが、少年のような髪型で印象的な上に演技が抜群に上手い。若者たちの微細な感情をふわっとにじませるように匂わせて、余韻で見せるのだ。いつしか彼女が演じる同級生・时佳慧の動きを追いかけてしまう程、素晴らしい存在感がある。さすが本作で金鶏奨・主演女優賞にノミネートされただけはある。
特に彼女の役は、専攻しているのが男役という事もあり性の扱い方に悩むという難しい役どころだ。その部分の表現も、女性監督という事もあって2024年基準にアップデートされた極めて丁寧な描写で好ましい。

 

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*歌の良さを引き出す演出

他の若手たちも、陈少熙(チェン・シャオシー)など京劇を学んだ経歴を持つ俳優がキャスティングされ、みんなクランクインまでに1ヶ月の京劇の訓練を受けており、踊りの姿勢や歌い方にも素人目には演劇学校の生徒としてまったく違和感がないのだが、それよりなにより見せ方の演出、歌の見せ方がいい。
まず主人公・孙小磊の気持ちが先走った「上手くない歌」シーンがあり、次に路上で師範と父が奏でる「達人の戯れの歌」、そして同級生・时佳慧の「才能ある者の上手さ」と、じわじわと京劇の歌の旨味が迫ってくるように見せる。そこで第一の見せ場である、コンクールでの主人公による素晴らしい歌声を聴かされて、思わず「京劇って良いなあ~」と心から実感してしまうのだ。本当にこのシーンでは鳥肌が立ちそうなほど感動した。

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*青春映画としての心地よい余韻

京劇に関わる者を描いた映画は、名作「さらば、わが愛 覇王別姫(1993)」だけでなく「花の生涯〜梅蘭芳〜(2008)」や昨年の良作「シータイ・戯台(2025)」などもあるが、登場する若者たちはもっと子供たちが中心で、声変わりの時期に的を絞った青春映画として描かれたものはたぶん無く、とても新鮮で満足度も高い。伝統芸能に打ち込む若者を描いた作品という意味なら、むしろ「ちはやふる(2016)」シリーズや「シコふんじゃった。(1991)」のような余韻を味わえる映画で、とても爽やかで気持ち良く見終われる、素晴らしい出来になっていた。

筆者は、観賞後にいろいろ調べながら様々な事を知り、また改めて映画を見直してその良さを再確認できた。当初は短編として作られ、その後5年をかけて長編映画化だけあって、丁寧に作られた奥の深い映画にもなっていて、日本ではほんの数回の映画祭上映で終わったのは本当もったいないと感じる。ぜひまた日本でも見られるようになって欲しい、そう思えるお薦めの映画だ。

 

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【トピック】

◯ 本作は2024年4月28日からのウーディネ極東映画祭でワールドプレミア。同年6月の上海国際映画祭を経て8月24日から中国で公開された。興行収入は327万元(7200万円)。

 

◯ 2024年9月5日からのあいち国際女性映画祭で「盛夏の聲」という邦題で日本初上映。同年11月の北九州映画祭でも上映された。

盛夏の聲 | あいち国際女性映画祭2024 Aichi International Women's Film Festival

盛夏の聲|上映作品|【公式】北九州国際映画祭 KIFF2024

 

 

◯ 本作は中国金鶏奨で新人監督賞を受賞。主演女優賞【周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)】、中小作品賞の2部門でノミネートされた。また若手作家による映画コンテスト「FIRST电影展」では脚本賞を受賞した。

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◯ 監督の张裕笛(チャン・ユーディ)は1994年生まれ。アメリカ・南カリフォルニア大学を卒業し、アメリカで脚本・監督した短編「Marie(2019)」が映画祭に招待されるなど高い評価を得る。そして本作の元となった同名の短編映画「倒仓(2019)」を、京劇の経験がある脚本家・霍雪滢と共にまず制作。その撮影の際、モデルとなる学生たちに出会った事で長編へと発展していくこととなった。
なお、本作公開までにドラマ「听见我的声音 (2022) 」に脚本で参加している。

 

 

◯ 京劇の指導には宋小川が就いている。劇中でも師範の一人として出演している。
1961年生まれ。1982年から中国京劇院に入団し小生の大家・葉盛蘭に師事。映画「さらば、わが愛 覇王別姫(1993)」では張國榮(レスリー・チャン)の京劇化粧を担当、許鞍華(アン・ホイ)監督「おばさんのポストモダン生活(2006)」での京劇指導、「花の生涯〜梅蘭芳〜(2008)」での化粧の指導を行うなど、映画界にも数多くの関わりがある。

 

 

 

边程(ビエン・チェン)

◯ 老生の役を学んでいる孙小磊。変声期の時期なのにまだ声が変わらない事で、自身の進路に悩んでいる。

◯ 2004年生まれで、2010年から子役として活動していた。そこから「如懿伝(2018)」「孤城閉(2020)」「惜花芷(2023)」「长安二十四计 (2025) 」など、映画では「紅楼夢~運命に引き裂かれた愛~(2024)」など、古装劇を中心に数々のドラマに出演している。2022年より北京電影学院に在学中。

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周美君(ジョウ/チョウ・メイジュン)

◯ 同級生の时佳慧。才能はあるものの、女性ながら老生のクラスを選択している事で男子学生からいつもからかわれている。

◯ 2004年生まれ。子役として10歳頃から活動を開始し、その頃には赵薇(ヴィッキー・チャオ)主演のドラマ「虎妈猫爸 (2015) 」にも出演している。文晏(ヴィヴィアン・チュウ)監督による性的虐待を描いたヴェネチア映画祭コンペ部門出品作「天使は白をまとう(2017)」に出演し、多くの映画賞を受賞。
20歳を迎える頃になり、東京国際映画祭出品作「白い小船(2023)」と本作という2つの主演作が公開され、実力派俳優として知られるようになる。昨年はついにドラマ版「長安のライチ(2025)」や日本軍・731部隊を描いたドラマ「反人类暴行 (2025) 」などの大型作品への出演も増えている。

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陈少熙(チェン・シャオシー)

◯ 同級生の谢天赐。名門の出身だが将来に迷っている。

◯ 2002年生まれ。幼少期に京劇を習っていたが、本作同様に変声期になり、教師の勧めで昆曲に転向している。中国戯曲学院も昆曲専攻で卒業。本作出演に際しても自身の経験からオーディションに参加したとの事である。
本作以外には黄暁明(ホァン・シャオミン)主演の東京国際映画祭出品作「陽光倶楽部(2024)」に出演している。

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徐世昕(シュー・シーシン)

◯ 同級生の郑艺雯。

◯ 2000年生まれ。大学入試の際に様々な入学試験で全国上位の成績を取り中央戯劇学院に入学。2021年にリアリティショー「我是女演员」に出演し芸能界入りする。ドラマ「ひそかな恋模様は、曇りのち晴れ(2023)」などに出演している。

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张弛(チャン・チー)

◯ 彼らを教えている王老师

◯ 1992年生まれ。6歳から京劇の老生を学び9歳で北京戯曲学校に入学。中国戯曲学院に進学したが、本作同様に変声期によって北京曲劇へと転向した。卒業後は舞台で活動していたが、コロナ禍で休業している期間中に京劇風に替え歌したネット動画がバズった事で知られるようになる。オーディション番組で彼の歌が評価され、バラエティ番組などでのコントも人気となりタレントとしても活躍する。
张艺谋(チャン・イーモウ)監督「満江紅(2023)」に出演。そこからドラマ「柳舟恋記(2024)」「慶余年2(2024)」「春色寄情人 (2024) 」、本作の公開後も映画「好東⻄(2024)」やドラマ「似錦(2025)」などの人気作品に出演している。

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刘钧(リュウ・ジュン)

◯ 孙小磊の父親・孙建军。京劇の衣装係をしており、息子に期待も心配もしている。

◯ 大ヒット歴史ドラマ「康熙王朝(2001)」への出演で知られるようになり、以来「无限生机 (2005) 」「明蘭(2017)」「琅琊榜<弐>(2017)」「それでも、家族(2019)」「孤城閉(2020)」「乔家的儿女 (2021) 」「玫瑰的故事 (2024) 」などの数多くのドラマに出演している。
映画では冯小刚(フォン・シャオガン)監督「一九四二 (2012) 」「平凡英雄(2022)」、そして良作「最高でも、最低でもない俺のグッドライフ(2024)」など。

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【原題の意味、役柄=行当について】

◯ 「倒仓(倒倉)」は、京劇などの伝統戯曲で使われる専門用語で、俳優が思春期に迎える変声期を指す。
京劇では特に高音や独特の声色が重要なため、声が低くなったり不安定になったりする変声期は大きな問題となる。多くは男性俳優に起こり、この間は舞台を休み、喉を保養しながら回復を待つ。うまく乗り越えられなければ役柄変更や転向を迫られることもあり、俳優人生の大きな転機とされる。一方で、この経験を経て新たな芸風を築く例もある。
例えば四大名旦のひとり・程硯秋は声変わりで公演を中断し、独自の流派・程派を創始したり、清末の富連成社は生徒の集団的な声変わりにより存続の危機に直面した。

 

◯ 京劇を学ぶ際は、まず体格や声質などで適した役柄=行当を割り当てられ、その役柄を専攻して学んでいく。その後、基本的に他の役柄を学ぶことはない。
行当は以下のように細かな分類から選択する。

・生(ション):男性役

老生(年配男性)
小生(若い男性)
武生(武芸中心)
红生(赤隈取の関羽など)

・旦(ダン):女性役

青衣(貞淑・正統派)
花旦(活発な若い女性)
刀马旦(武芸女性)
老旦(年配女性)

・净(ジン):隈取の男性役(豪傑・悪役など)

正净(主役級)
副净
武净

・丑(チョウ):道化役

文丑(滑稽な庶民)
武丑(武芸+滑稽)

 

 

【劇中で登場する京劇の演目】

武家坡

◯ 前半で生徒たちの前で孙小磊がキーを上げて歌い、たしなめられるのは「武家坡」での老生の歌唱が聞きどころとなる「一马离了西凉界」という唱段(フレーズ)。ライブハウスで流していたのも同じ演目の「苏龙魏虎为媒证」という唱段。
「武家坡」を含む演目「紅鬃烈馬」は、「薛平貴与王寶釧」というタイトルで映画ドラマとして中国、香港、台湾で作られている。

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珠帘寨

◯ コンクールで时佳慧に導かれながら主人公・孙小磊が歌ったのは「珠帘寨」での「昔曰有个三大贤」という老生の唱段。

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智取威虎山

◯ 自宅での酒の席で、叔父達を前に謝先生が歌った曲、また谢天赐の父の劇団のバックステージに訪問した際に上演していたのは毛沢東時代に作られた革命京劇「智取威虎山」。
この演目は徐克(ツイ・ハーク)によって「タイガー・マウンテン 雪原の死闘(2014)」として映画化されている。映画「再会の奈良(2020)」の劇中でも中国残留孤児がこれを演じている。

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白蛇伝

◯ 孙小磊がカセットテープで繰り返し聞いていた祖父の歌唱は古典「白蛇伝」中の「游湖借傘」。
徐克(ツイ・ハーク)による武侠映画「青蛇転生(1993)」、李連杰(ジェット・リー)主演で林峯(レイモンド・ラム)も出ている「白蛇伝説(2011)」などで映画化されている。

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楊門女将

◯ 最後に学生たちが演じたのが「楊門女将」という女性たちが活躍する演目。孙小磊が「风萧萧雾漫漫星光惨淡」、时佳慧が「听说是杨元帅为国丧命」の唱段を歌っている。
映画としては張栢芝(セシリア・チャン)&任賢齊(リッチー・レン)出演の「女ドラゴンと怒りの未亡人軍団(2011)」があるが、TVBによる1981年香港版2001年中国版などのドラマ版も作られている。

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定軍山

◯ 駅のホームで三人が歌うのは三国志の定番「定軍山」から「这一封书信来得巧」という老生の代表的演目内の唱段。

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