赦されぬ罪 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画
【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】
宗教者は果たしてどこまで神聖でいられるのか、という問いを巡るストーリーだが、手の込んだプロットで最後まで見せきる。まさかの卒業制作が映画化される快挙の新鋭の初監督作。

www.youtube.com 《不赦之罪》VALLEY OF THE SHADOW OF DEATH|香港版預告|6月5日 愛你的仇敵?
【スタッフ & キャスト】
2025年 香港 84分
監督:譚善揚(アントニオ・タム)、林善(ジェフリー・ラム)
出演:黃秋生(アンソニー・ウォン)、蘇玉華(ルイーザ・ソー)、歐鎮灝(ジョージ・アウ)、陳書昕(シーナ・チャン)、陳紫萱(サマー・チャン)
【あらすじ】
牧師である梁保羅【黃秋生(アンソニー・ウォン)】は、3年前に高校生だった娘【陳書昕(シーナ・チャン)】を自死で亡くしている。梁保羅はある日、娘を強姦し自死に追いやった当時の同級生・陳梓樂【歐鎮灝(ジョージ・アウ)】が、出所後にホームレスとなっていたところを見かけ、牧師としての使命から保護する。
それを知った妻【蘇玉華(ルイーザ・ソー)】は激怒。梁保羅もまた、自らの使命と感情との間で苦悩する。
【感想】
宗教者は果たしてどこまで神聖でいられるのか、という問を巡るストーリーだが、手の込んだプロットで最後まで見せきる。まさかの卒業制作が映画化される快挙の新鋭の初監督作。
牧師や僧侶のような宗教者が罪を犯す事件は、ここ最近のカトリック教会の性的虐待の事件に限らなくても、昔から良く聞くし、珍しいとも思わないと言ってもいいが、ことフィクションではあまり思い付かない印象だ。
むしろ悪徳僧侶みたいな根っからの悪人であればまだしも、本作の黃秋生(アンソニー・ウォン)が演じる主人公の牧師・梁保羅のように誠実な人物が今までのアイデンティティと天秤にかけなければならないような、重い葛藤に苦しむストーリーはかなり引き込まれ、とても面白く楽しめた。この脚本は、共同監督のひとり譚善揚(アントニオ・タム)が、香港演藝學院の卒業制作として書いたものが出発点という驚きのもので、まだ若干29歳というから、これから先が楽しみな俊才だ。

映画としてはまだ粗削りな感じもするし、サブストーリーとか脇役の掘り下げも少なくて、とにかく粗筋だけで引っ張っていく。上映時間も短いのは良いが細かな描写も一緒に削られてしまってる感もするが、映画として十分面白い。
この、重いテーマにも関わらず不謹慎にもあえて面白いと書くのは、この脚本が観客の下世話な興味をわかって書かれているからだ。
主人公・梁保羅はとても模範的な牧師であり、良心的で讃えられるべき人格者だ。キリスト教の教義にも真摯に向き合い、それをそのまま現代社会に落としこむ理性も持ち合わせている。そうした人物にあえて苦難を与え、答えを求めて迷う様を見せていく。
愛娘を死に追いやった少年犯を保護させるだけでなく、あまつさえ彼は真摯に罪を悔い、改めようと神に救いを求める真摯な姿勢を見せてくる。そうして梁保羅をどんどん煽り立て、これでもまだおまえは自然な感情を切り捨て、神に忠誠を尽くすと言うのか、という残酷な問いを突きつけてくるのだ。すさまじく苛烈なやり方だが、実はそれをこそ求めているのは他ならぬ安穏と画面を眺めているだけの観客である我々という皮肉。

まあ、そこまでは言わなくとも、倫理と感情のジレンマというなら、例えば黃秋生(アンソニー・ウォン)も出演していた「インファナル・アフェア」的なアンダーカバー(潜入捜査)ものと同じテーマのリアレンジ、変奏曲みたいにも捉えられるようにも感じた。そういう事ならば本作は、そうした香港映画の伝統の上に成り立つ一本と言える気もする。
とにかく少年犯であり元同級生であった陳梓樂役の歐鎮灝(ジョージ・アウ)の眼がとても印象的で、素晴らしいキャスティングだった。純真無垢で仔犬のような目が本当に良い仕事をしていて、こんなに素直そうなのに…とか、この眼であんな犯罪を…とか、何のシーンでも彼の眼に引っ張られて印象が二転三転してしまう。最高である。
こんな密度の高い脚本を在学中に手掛けるという譚善揚(アントニオ・タム)の才能は、本当に素晴らしかった。是非ともこれからも映画制作を続けて欲しい、すごい映画だった。

【トピック】
◯ 本作は2024年10月31日に東京国際映画祭でワールドプレミア。翌年6月5日から香港で一般公開された。公開初週は「リロ&スティッチ(2025)」、「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング(2025)」、「バレリーナ:The World of John Wick(2025)」に次ぐ4位に入った。翌週には「私立探偵(2024)」などに次ぐ6位に。
興行収入は530万香港ドル(1.05億円)。
◯ 監督は譚善揚(アントニオ・タム、画像左)と林善(ジェフリー・ラム、画像右)。
譚善揚(アントニオ・タム)は1998年生まれ。本作は彼の香港演藝學院での卒業制作として書いた脚本であり、初の監督・脚本の作品となる。
林善(ジェフリー・ラム)は1995年生まれ。大学卒業後、短編の制作も行っていたが、俳優として「G殺(2018)」に出演し香港金像奨・新人俳優賞を受賞。「正義迴廊(2022)」や「7月に帰る/バックホーム(2023)」にも出演し、脚本などでも映画界で活動していたが、コロナ禍で状況が一変。映画界の仕事がなくなり足を洗うことも考えたという。宗教を題材にした短編制作の経験があった事から陳詠燊(サニー・チャン)監督から引き合いがあり本作の共同監督に就任。現在は監督業以外に香港電影資料館に務めているという。
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◯ 音楽は波多野裕介が担当。米ニュージャージー生まれ、香港在住。
他にも香港・中国映画の劇伴を手掛けており、「ソウルメイト/七月と安生(2016)」で香港金像奨音楽賞を受賞。その他「幸福な私(2016)」、「花椒の味(2019)」、「映画 真・三國無双(2021)」、「盗月者 トウゲツシャ(2024)」などがある。
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黃秋生(アンソニー・ウォン)
◯ 教会の牧師・梁保羅。数年前に娘を失っている。
◯ 名作「インファナル・アフェア(2002)」シリーズをはじめとした1990~2000年代の香港映画を代表する俳優のひとり。
1961年生まれのイギリス人とのハーフで、当初ATV(亞洲電視)の練習生として所属するが、香港演藝学院で演技を学びTVB(無綫電視)に移籍し、ドラマ出演を経て1990年頃から映画に進出する。以来数多くの映画に出演。合計200本以上の出演作がある。
「八仙飯店之人肉饅頭(1993)」、「BEAST COPS 野獣刑警(1998)」、「頭文字D THE MOVIE(2005)」、「淪落の人(2018)」などで香港金像奨を受賞。「プリンセス D(2002)」や「白日青春 生きてこそ(2022)」では台湾金馬奨を受賞している。
2014年の雨傘革命、2019年の反送中デモに支持を表明し、以降、中国大陸の作品に出演できなくなっている。
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蘇玉華(ルイーザ・ソー)
◯ 梁保羅の妻。看護師をしている。
◯ 1968年生まれ。1990年代から舞台で活躍し、舞台劇奨も数多く受賞している。
ドラマでは「恋するパイロット(2003)」や「梟雄(2015)」、「平安谷之詭谷傳說(2018)」、映画では高志森(クリフトン・コー)監督の「人間有情(1995)」や謝君豪(ツェー・クワンホウ)主演の「南海十三郎(1997)」、本作監督の林善(ジェフリー・ラム)も出演していた「正義迴廊(2022)」などが主な出演作である。
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歐鎮灝(ジョージ・アウ)
◯ 同級生の陳梓樂。
◯ 1998年生まれ。オーディション番組「全民造星II(2019)」でMC張天賦らに次ぐTop4に入り、そこで結成された3人のグループP1X3Lのメンバーとして2021年にデビュー。
グループでの活動以外にも、同じく全民造星出身のMIRRORの呂爵安(イーダン・ルイ)らが出演した香港版おっさんずラブ「大叔的爱(2021)」や、COLLOR邱彥筒(Marf / マリフェ・ヤウ)が主演した映画「寄了一整個春天(2024)」などに出演している。
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陳書昕(シーナ・チャン)
◯ 梁保羅のひとり娘・梁恩晴。数年前に強姦された事から自死した。
◯ 2002年生まれで、当初はモデルとして2021年頃から活動し、衛詩(ジル・ビダル)や張敬軒(ヒンス・チャン)のMVにも出演した。その後俳優としても活動を開始。MIRROR盧瀚霆(アンソン・ロー)主演の映画「假冒女團(2021)」以降、良作「作詞家志望(2023)」や「寄了一整個春天(2025)」に出演している。

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