マレーシア映画レビュー&解説「幼な子のためのパヴァーヌ 搖籃凡世 Pavane for an Infant」

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幼な子のためのパヴァーヌ - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

 

【本記事は極力ネタバレせず記述していますが、心配な方は映画鑑賞後にご覧ください。】

マレーシア映画だが、主演の廖子妤(フィッシュ・リュウ)はじめ香港映画のスタッフも多く参加して制作。赤ちゃんポストをテーマにしながらマレーシア固有の問題を掘り下げていき、同じマレーシア映画「ブラザー 富都(プドゥ)のふたり(2023)」以上にマレーシアをより深く知ることになる映画。

 

 

幼な子のためのパヴァーヌ


www.youtube.com 《搖籃凡世》PAVANE FOR AN INFANT|香港版正式預告|6月19日獻映



 

【スタッフ & キャスト】

2024年 マレーシア 117分
監督:張吉安(チャン・ジーアン / チョン・キット・アン)
出演:廖子妤(フィッシュ・リュウ)許恩怡(ナタリー・スー / シュー・エンイー)原騰(ユエン・タン)袁富華(ベン・ユエン)蔡寶珠(パーリー・チュア)

 

 

 

【あらすじ】

クアラルンプールの「赤ちゃんポスト」では4人の女性が長年働いている。だがイスラム国家でもあり社会保守主義が台頭するマレーシアでは、この活動を非難する声も大きい。彼女たちは昼夜を問わず、反対の声に逆らいながら、様々な民族の女性が身体の自主性という苦境に直面するのを支え合っている。断食月(ラマダン)が終わりに近づいた頃、未成年の少女・小曼(マン)【許恩怡(ナタリー・スー / シュー・エンイー)】がベビーボックスの外で中絶の瀬戸際に立っていた。麗心【廖子妤(フィッシュ・リュウ)】は自ら進んで絶望を救おうとするが、再び暗流が渦巻く神権・父権の罠に陥っていく…

 

 

 

【感想】

マレーシア映画だが、主演の廖子妤(フィッシュ・リュウ)はじめ香港映画のスタッフも多く参加して制作。赤ちゃんポストをテーマにしながらマレーシア固有の問題を掘り下げていき、同じマレーシア映画「ブラザー 富都(プドゥ)のふたり(2023)」以上にマレーシアをより深く知ることになる映画。

筆者はそもそもマレーシア映画をあまり見ないのだが、本作に限ってこの映画を観たのは、半分香港映画なのかと思ったからだ。主演もマレーシア人だが今や香港映画でトップクラスの人気女優になったと言っていい、廖子妤(フィッシュ・リュウ)。許恩怡(ナタリー・スー / シュー・エンイー)や袁富華(ベン・ユエン)といった配役だけでなく、本作ではカメラマンに「縁路はるばる(2022)」「私たちの話し方(2024)」などの梁銘佳(レオン・ミンカイ)、主題歌は自身も「6人の食卓(2022)」などに出演している王菀之(イヴァナ・ウォン)と、香港人脈で固めている。そういう意味で見る前の見立ては間違ってなかったのだが、実際にはかなり濃厚なマレーシア映画だった。

 

幼な子のためのパヴァーヌ

 

一見したところ、正直に言えばわからないシーンがかなり多かった。そのせいでテンポが冗長に感じられて、少し疲れたのも事実だ。だがその後、監督のインタビューや解説などを読むと、むしろ様々なマレーシアの国内事情や映画作りの困難さが映画の全体に渡って織り込まれた、むしろ非常に作り込まれた作品なのがわかった。発表時にはマレーシアでの公開すら危ぶまれていた程の、監督の気概が込められた攻めた作品だったのだ。

物語は、赤ちゃんポストで働く女性・麗心が主人公。虫の鳴き声が響くような街から離れた場所にあるこの施設は、主人公以外はおおよそマレー系の人々が働いていて、ポストの上には大きく30秒のストップウォッチが掲示されている。赤ん坊を置いてから30秒が経過すると扉は施錠され、母親はもうその子を取り戻すことはできない。
だが、オープニングで麗心は思い直して取り戻したいと懇願する母親に赤ん坊を返してあげる。この冒頭のシーンだけでも様々な思いが交錯して複雑な気持ちになる。赤ちゃんポストを描いた作品と言えば是枝裕和監督の「ベイビー・ブローカー(2022)」があるが、本作はポスト自体が持つ課題も描かれて、より複雑で問題意識が強く感じられる。

 

幼な子のためのパヴァーヌ

 

そうした国内事情は至るところに練り込まれている。例えばポスターにも描かれた民族衣装と独特の様式を持つ民家。これはマレーシア・インドネシアの先住民族であり、女系の伝統を持つミナンカバウという人々のもの。マレー人以外に先住民が存在すること自体、日本では知られていない事だろう。
その他にも、ラマダンの時期にはトイレで食事せざるをえない事、映画館で古いフランス映画を見ようとすると、キスシーンなどのセンシティブの場面では手で影を作って見せないようにする実話、そしてマレーシアにも多くいるインド系移民の存在。そうしたマレーシアならではの事情が垣間見えるシーンが多数登場する。

そして袁富華(ベン・ユエン)演じる呪術師のシーンも少し唐突で不思議に見える場面だ。なぜ麗心があそこに行ったのか不思議に思えたが、監督によるとコロナ禍の時期、マレーシアも感染者の大量発生、長期のロックダウンが起こり、病院に行く事すらできなくなって、多くの人々はせめてとこの様な呪術的な方法を試したのだという。マレーシアの呪術は監督の新作「母なる大地(2025)」でも採り上げられている。

 

幼な子のためのパヴァーヌ

 

本作は元々「コロナ後の女性を描く映画を作りたい」という依頼から構想が始まったという。その依頼を受けて、コロナ禍の後に孤児が急増した事や監督の元同僚が実際に経験した事から、赤ちゃんポストをテーマとする事に決めたのだが、実際にはこのテーマ、宗教的にも非常にセンシティブな問題だったようだ。
というのも、多数を占めるイスラム教徒にとって結婚せずに子供を持つ事が今でも良くない事とされており、また孤児の養子縁組も忌避感が強い。そのため保守的団体は赤ちゃんポストに反対していて、そのせいもあり、やむにやまれず赤ちゃんを遺棄する事例はむしろイスラム教徒の方が多く、そのせいもあってイスラム系の保護団体が赤ちゃんポストを運営する事が多いのだという。

本作の出発点となった監督の元同僚はイスラム教徒であったが、映画では華人に変更されている。これはマレーシアの映画検閲制度が影響しているそうだ。マレーシアの制度は厳しめで、マレー人=イスラム教を優遇する制度の影響から、性的な表現などに加え、イスラム教や政府を批判する内容も公開許可が下りない事があるという。監督の2作目でマレーシア最悪の民族衝突事件、1969年の5月13日事件を描いた2作目「五月雪(2023)」では、20箇所以上のシーン削除を行いマレーシアでの公開にこぎつけた。本作も最終的には今年8月に無事マレーシア公開が叶ったものの、様々な修正や配慮を重ねて制作されている。

 

幼な子のためのパヴァーヌ

 

そうした多くの事実を映画を見終わってから知ったのだが、それらを理解して再びこの映画を見ると、本作が日の当たらない場所で絶望する女性のそばで強い意思をもって寄り添っていることがよくわかる。そもそも監督の経歴を改めて見ると、政府の抗議デモに参加して仕事を失い、長編2作目にして宗教的な事件を描くなど、最初から強い意思を持ち続けている人となりが良くわかる。新作「母なる大地(2025)」もまたその流れを汲む作品のようでもあり、これからも見続けていきたい、そう思わせられた一作であった。

 

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◯ 監督へのインタビュー記事

funscreen.tfai.org.tw

廖子妤(フィッシュ・リュウ)インタビュー

theculturist.hk

台湾の方による映画評

vocus.cc

 

 

 

【トピック】

◯ 本作は2024年10月30日に東京国際映画祭でワールドプレミア。翌2025年6月19日から香港で、さらに2ヶ月後の8月14日から本国マレーシアで公開された。

2024.tiff-jp.net

 

 

 

◯ 監督の張吉安(チャン・ジーアン / チョン・キット・アン)は1978年マレーシアでも北部ペナンに近く、タイ国境に接するケダ州に生まれたマレーシア華人。大学卒業後は映像編集や星洲日報の新聞記者、TVディレクターや歌手として歌ったりもしていたが、2005年からはマレーシア国営放送局のAi FMで12年間ディレクターを務める。2011年には華人番組として初めて放送人賞を受賞したが、2017年に政府の腐敗に反対するデモに参加した事から契約が打ち切られ、そこから映画監督として活動を開始する。
3作の短編が映画賞を受賞した後、初の長編監督作「南巫(2020)」が台湾金馬奨・新人監督賞を受賞。マレーシア最悪の民族衝突事件、1969年の5月13日事件を描いた2作目「五月雪(2023)」は台湾金馬奨・音効賞受賞8部門ノミネート、ヴェネツィア映画祭映画芸術賞を受賞した。10人の監督によるオムニバス作品「タイペイ、アイラブユー(2023)」に参加の後、4作目となる本作を公開した。
今年は范冰冰(ファン・ビンビン)主演、許恩怡(ナタリー・スー / シュー・エンイー)が続投した5作目の監督作「母なる大地(2025)」が東京国際映画祭で上映。台湾金馬奨では主演女優賞など3冠を達成した。

 

 

 

廖子妤(フィッシュ・リュウ)

◯ 赤ちゃんポストで働く麗心。

◯ 1990年生まれ。マレーシア、ジョホール州ムアル出身のモデル、俳優で、「レイジー・ヘイジー・クレイジー(2015)」「姉妹関係(2016)」などに出演していたが、「アニタ 梅艷芳(2021)」で王丹妮(ルイーズ・ウォン)演じる梅艷芳(アニタ・ムイ)の姉、梅愛芳(アン・ムイ)を演じた事で一気に知られるようになる。
その後「リンボ(2021)」「6人の食卓(2022)」「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(2024)」「カウントダウン(2024)」と多くの大ヒット作へ出演。昨年以降は「これからの私たち - All Shall Be Well(2024)」やマレーシア映画「幼な子のためのパヴァーヌ(2024)」など、演技力を示すような出演作も公開されてきて、さらなるステップアップを予感させる。

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許恩怡(ナタリー・スー / シュー・エンイー)

◯ 交際相手から性暴力を受けた小曼

◯ 母親は「チャウ・シンチー マイヒーロー(1990)」「超アブない激辛刑事 カリー&ペッパー(1990)」などに出演した、俳優で歌手の柏安妮(アン・ブリッジウォーター)

デビュー作は中国映画である「僕らが空を照らしたあの日(2021)」で、その後も中国からの移民を描く香港映画「離れていても(2023)」、中国作品である「二手杰作(2023)」、林超贤(ダンテ・ラム)監督の香港映画「爆裂點(2023)」、そして放射能拡散事故を描いた香港映画「カウントダウン(2024)」、鄭伊健(イーキン・チェン)主演香港映画「ラスト・ソング・フォー・ユー(2024)」と、中国・香港どちらの映画にも出演している。

幼な子のためのパヴァーヌ

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原騰(ユエン・タン)

◯ 呪術師・強哥の助手・阿明。

◯ 1994年生まれのマレーシア人俳優。デビュー前からアシスタントとして撮影業界で活動していたが、台湾映画「樂園(2019)」でデビューし、台湾金馬奨・新人俳優賞にノミネートされる。「月老便利店(2021)」「英雄假期(2022)」「發財聯盟(2023)」などのマレーシア映画に出演を重ねている。



 

 

袁富華(ベン・ユエン)

◯ 呪術師である強哥。

「トレイシー(2018)」で金馬奨&金像奨で助演男優賞をW受賞、高齢者クィア映画「ソク・ソク / 叔·叔(スク・スク、2019)」で香港金像奨・助演男優賞ノミネート、「餃子クイーーン!(2025)」で中国金鶏奨・助演男優賞を受賞し、最近より一層活躍著しい。
俳優のキャリアは1990年代からで、周星馳(チャウ・シンチー)監督の大ヒット作「喜劇王(1999)」では、ギャング役として非常に有名なセリフ「你唔係外賣仔!」を発している。
「トレイシー」以降、より広く知られるようになり「花椒の味(2019)」に出演。さらに本作が公開されて以降は「バーニング・ダウン 爆発都市(2020)」「手巻き煙草(2020)」「レイジング・ファイア(2021)」「贖罪の悪夢(2024)」「盗月者 トウゲツシャ(2024)」「我、邪で邪を制す(2023)」「風林火山(2025)」など出演作がどんどん増加している。

搖籃凡世

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蔡寶珠(パーリー・チュア)

◯ 赤ちゃんポストのベテラン職員・琴姐。

◯ マレーシア人俳優。1980年代から舞台を中心に活動しており、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督による台湾映画「黒い眼のオペラ(2006)」で台湾金馬奨・助演女優賞にノミネートされている。
張吉安(チャン・ジーアン / チョン・キット・アン)監督の長編デビュー作「南巫(2020)」にも出演しており、本作に続き次作「母なる大地(2025)」でも続投している。

 

 

 

【トリビア】

◯ この民族衣装の女性はミナンカバウ族で、インドネシア、マレーシアに暮らす民族。母系の大家族で暮らし、財産は母系が相続していく女系社会を作っている。マレーシアではクアラルンプール南側のヌグリ・スンビラン州にミナンカバウ人の文化が色濃く残っている。

 

 

◯ 袁富華(ベン・ユエン)演じる強哥のエピソードに近い犯罪が、本作公開後に発生した。監督も公開時のインタビューでこの事件「GISB兒童之家醜聞」をほのめかしている。
この事件はイスラム系団体・GISBホールディングス傘下の児童養護施設で児童に対する身体的・性的虐待の痕跡が確認され、マレーシア警察は2024年9月以降600名以上の未成年者を救出した。この団体は1990年代に設立されたが、カルト的集団を形成して企業形態で農業、飲食などの事業を展開しながら、児童搾取、強制結婚、経済的搾取などで告発が相次いでいた。

edition.cnn.com

xuan.com.my

 

 

◯ 映画館での上映中に、映写技師によってスクリーンの一部を手で遮られる映画はアラン・レネ監督「二十四時間の情事(1959)」。冒頭にラブシーンが登場する。張吉安(チャン・ジーアン / チョン・キット・アン)監督は、マレーシアの検閲に抵抗する意味で、昔ながらのやり方で検閲を自ら行ってみせたと言う。
本作は原題が「Hiroshima, mon amour」で広島の原爆被害を描いた作品だが、監督がなぜこの作品を選んだのかが知りたいところだ。

 

◯ タイトルの「幼な子のためのパヴァーヌ」は、劇中での赤ちゃんポストの扉を開けている最中にかかる曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」と関連させている。この曲の原題はフランス語の「Pavane pour une infante défunte」で「亡き幼い王女」という意味なのもあり、本作の英題もそれを関連させた「Pavane for an Infant(幼な子のためのパヴァーヌ)」としている。

 

◯ 赤ちゃんポストの建物の前を通っていく櫓で奏でられているのは仏教の大悲呪=大悲心陀羅尼で、サンスクリット語原文を音読する長文の呪文である陀羅尼のひとつ。日本でも使われている。

 

◯ 赤ちゃんポストの30秒で戸を閉める制限は、現在は撤廃済であるという。

 

◯ 劇中で登場するカタツムリは雌雄同体のシンボルとして登場する。持ち込まれる赤ちゃんにはある程度両方の性器を持つ子がおり、縁起が悪いとして赤ちゃんポストの職員すら忌み嫌うという。

 

 

 

 

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