挑戦(自己満足としての)

「荒野へ」 ジョン・クラカワーを読んだ。

 

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荒野へ (集英社文庫)
荒野へ (集英社文庫)
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ジョン クラカワー
集英社
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アラスカの荒野へと旅をして、不幸ながらそこで餓死してしまった24歳の若者の話。

 

たとえ読んだ後でも、率直に言って愚か者だと思う。こんなヤツは程度の差こそあれ山ほどいる。ああまたか、と思うほど同じような"馬鹿な"若者たちの不幸な報道も見る。

でも、やっぱり読んでいる内に澄み渡る感情が湧いてくることを実感するんだ。この感情は一体何なんだろう。憧れなのかもしれない。いや、でも自分はこんな事をしたいとは、特に彼の歳に思ったことなど無かった筈だ。

 

でも、この気持ちはわかるんだ。

 

軽々しく彼を肯定したいとは思わない。彼の主張も理解できないし。

しかし、「挑戦」「チャレンジ」「精一杯」「一所懸命」っていうのは、誰のためなんだろう。何のためなんだろう。自己満足とそれらは何が違うのだろう。

失敗してもまたチャレンジできるのは、「チャレンジした」と言えるのだろうか。彼は少なくともそんな場所でチャレンジし、そして失敗した。愚かだが、僕らの失敗以上に愚かだとは、僕には思えなかったからか。

 

登山家のクラカワー氏がこの本を書いた理由も良く分かる。同じ人種だからだ。

teppay-dailydiary.hatenablog.com

 

読み終わってクリス・マッカンドレスの画像を探してみた。どの写真もそれぞれとても充実している様子が伝わる。

 

充実していたのがすごく良く分かる。そして、悲しくなる。